焼のり・焼きたて・うまい焼海苔、毎日焼きたて!鳥山海苔店
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どうぞよろしく!


2代目おかみ、サチコです。


【2008/9月1(月)】  No181 『 米寿 』 

我が母は2008年8月18日で88才になりました。
八の五並びじゃん!
めでたい、めでたい。
だからこの間クジ引きで1等を3本も当てたのかな。
まっここまで元気に生きてこられたのは、実の娘である私と一緒に住んでるから?
私には言いたい放題、三度三度、栄養満点料理が座れば出てきて、すべて完食!
このまま行けば100も夢じゃないと思います。
ただねえ、足元が危なっかしくて、忘れた頃に転びます。
おとといも雨のつかの間の晴れ間に洗濯物を外へ出してくれたのはいいのですが、雨だ!と急いで取り込もうとしてバスタオルを踏んでしまい片手に持ってた10連のハンガーの洗濯物の上に倒れこんだらしい。
ハンガーがメチャクチャに折れて、母は青タンだらけ・・・
私の留守中の出来事で店にいた、息子を呼べど叫べどレスキューに来てくれず、しばし仰向けになったカメ状態?
昔、事故に会って以来、膝が曲がらない母はやっとこさっとこ、はいずって4階の倉庫に積んである海苔の箱につかまって起き上がったんだそうな。

だから洗濯物はいじらないで!って言ったじゃないと私は怒ります。
だって本当に何回転がって骨折して救急車のお世話になったことか・・・3回。
でも入院の度に不死鳥のごとく帰還します。
「早く治して家に帰って商売するんだから」とリハビリも一番熱心だったとか。
大正9年生まれはしっかりもんが多いですね。
私のお茶の師匠も大正9年生まれでまだ車の運転をなさってます。
考えると危なっかしくて怖い〜〜。
モミジマークなんてちゃんちゃら可笑しいと嫌がって付けてないらしいです。
最近、超高齢化社会になって公共交通の便が悪い群馬ではお年寄りの足に車は
不可欠のようで、一人よがりの運転をする車を見るとたいていお年寄り・・・
その内自分も通る路ですので悪口は言いたくないですが、頑固になりますね。
すべてにおいて。

八十八を縦に書くと米、なので88才のお祝いを米寿というそうな。
米寿は赤ならぬ金色のちゃんちゃんこと恵比寿さんがかぶるような帽子をかぶって記念写真を撮る方もおいでになるそうですが、我が母は「ヤダヤダ」と拒否されました。
おしゃれで毎晩、お顔のマッサージを忘れずにこなし、薄紫色に白髪を染めて服のコーデェネートもなかなかのものです。
趣味は洋裁。
布を触ってれば落ち着くとかで、パッチワークをしたり、簡単な巾着やメガネケースや扇子入れなど一日で5,6個作ってしまいます。
「キミコブランド」で店の片隅に陳列してあげました処、フアンが出来まして売上げを空き缶に入れておいてあげますと、結構溜まります。
それがまた励みになりまして、せっせと製作に励んでくれますので、ボケ予防にもなって助かります。
なにしろボケが一番、回りも大変ですし、本人も生きてる悔がないのではないでしょうか。
私も母の生き方をお手本に皆に迷惑をかけない老後を過ごせるように気をつけたいと思います。
涼風が立ったら娘4人と相方、孫7人、ひ孫4人も交えて皆で祝宴を開くのを楽しみにしてます。

【2008/8月25(月)】  No180 『 森永教授曰く・・・ 』 

今日は23日。
暦の上では「処暑」
な〜んか暦どおり雨が降ってるせいか寒い・・・
まさか、このまま秋にに突入するとは思えんが、あの猛暑はもううんざりだから心地良いですね。
今日は若夫婦は代休、従って時間のある時に店主便りをしたためておきます。

最近、テレビの「雑学王クイズ」番組ですっかり森永卓郎教授のフアンになってしまいました。
元々自分と体型が等しい、石塚英彦さんや小堺一樹さんが好きなタイプでしたが
森永先生は大変な博識家であられる、そこを尊敬の念で見てます。
先日の読売新聞の切り抜きがここにあります。
「失速、最長景気インタビュー」記事です。

その中でこう言っております。
「景気は少なくとも2002年から2007年まで5年間は確実に拡大しました。
その間、国内総生産は22兆円増えましたが、働く人は大損しました。
労働者の賃金は5兆円減り、5兆円増税され、社会保障の負担が4兆円増えたのです。
非正社員が劇的に増えて24才以下では5割近くに上ります。
製造業への派遣社員の一部は月20万あるかないかの賃金で3交代勤務に入るのです。先進国の日本で。
一方で役員報酬や配当金は増えている。景気が拡大したかどうか、立場によって全然違う、いままでに無かったことです。
かっては「一億総中流」で平等を重んじる社会だったのに、階層が作られて、階層間の差別がとても大きくなりました。
これが回復を伴う構造改革の中で起きたことです。
国民生活は、この一年間くらいは「嵐」でしょう。
中略
ただ、嵐は続いてもせいぜい一年間ほど。
現在の原油高はバブルです。
来年中には暴落すると見ています。
嵐を避けるためですから、その間、緊急避難の景気対策が必要でしょう。
中略
現在の金融資本市場が行き詰まった後は、物作りや高いサービスなどが評価される時代がきます。
一夜にして巨万の富を稼ぐ人ではなく、営々と努力を重ねた人が評価される世の中を作るべきです。
それ以外に日本の生きる道はありません」以上。


バブルがはじけて金融大手がつぶれ、デフレになった1997年の二の舞にならないように政府も経済界もアタマをひねって欲しいものです。
基はと言えば日本は農耕民族が主でした。
それをかっこばかり気にして、農家の跡取りが農協や自動車工場に就職してては困るんです。
小さい時から親の働きぶりを目の当たりにしてるからこそ、次世代をになうのはその家の跡取りの役目だと私も教わりました。
そして小さな海苔やですがコツコツと毎日毎日、汗びっしょりかいて焼海苔に精を出してます。
森永先生の説にならえば我が家みたいに営々と細く長くやってる人たちが報われる世の中になるのが真の日本の姿だと言えるのではないでしょうか。
郊外を車で走るとこの前までは確か、田んぼだった国道沿いはほとんど食べ物やと車やで占領されてます。
恐らく年寄りが死んでいなくなるんを待ってご先祖様から受け継いだ土地を売りに出してるに違いありません。
そんなあぶく銭、あっという間に使い果たしてしまうに違いありません。
田んぼを耕してお米を収穫してれば永久に収入があるはずなのに。

原油高のあおりを食って諸物価が高騰してます。
特に西洋風の食材が横並びに値上げに踏み切ってます。
だからこそ、こんな時は日本人ならお米を食べて!
お米は昔と比べても全然値上がりしてません、海苔同様。
お弁当は梅干入りの海苔巻きおむすびで経済、経済。
当店一押しは10枚入り210円の焼のり、毎日焼いてますのでパリパリの焼きたて!
この海苔でおむすびをこしらえたら、プンプンいい匂いでお昼まで待ちきれない事請け合います。
さ〜さ、5帖で1050円、1コ25円のおむすびマークのポイント2コ押してさしあげます。あっという間に満タンでなんと1000円サービスでっせ!いらっしゃい、いらっしゃい!



【2008/8月18(月)】  No179  『 北京オリンピック 』 

今日は日曜、朝から雨がしとしとと降り地球の熱もいったん下がり人間様もホッとしてることでしょう。
連日北京からの中継を見ててついつい夜更かしの毎日です。
北島康介選手の金メタル2個は本当に偉い!
文句なしに褒めたたえたい快挙と態度でございますね。
金をとれたのは支えてくれた皆さんのお陰です、と謙虚なコメントに一回り大人になったと
自分の息子よりかわいく思えました。

柔道!
「ママでも金」は残念ながら果たせなかったですが堂々の銀メタルも偉いの一言!
惜しみない拍手をおくりたいと思います。
ウイルス感染で高熱を出してたお子さんはもう元気になったかどうか心配です。
100キロ級金の石井君、もっとしゃべって貰いたかったけど周りで止めたらしいですね。
まだまだ子供だからこれから、アタマも強くなってロンドンで楽しませてくれるでしょうね。

あ〜きりがないのでオリンピックの話はさておいて・・・
そううだ、野口みずき選手、身辺を厳重に警戒してほしいです。
だって昔、円谷選手があんな事になったのはプレッシャーに押しつぶされたからでしょ。
野口選手にはしっかり体を直してこれからの行く道を考えていただきたいと思いました。

それはそうと谷選手の母と子がかかったウイルスって空気感染するんですよね。
おっかいないですねえ。
なにしろモラルの低下がハンパじゃない国ですので。
私も中国には2回ほど遊びに行きました。
最初は娘が横浜の専門学校へ通学してた時ですので20年前の平成3年かな?
香港がまだイギリス領の時代でしたから、免税店で色々な買い物をしてきた記憶しかありません。
何しろショピング〜が大好きな娘ですので、景色名勝なんて目もくれないであっという間の3日間でした。
思い出すのは添乗員が男性でツアー客は私達親子だけ。
だから何処へ行くのも3人連れで食事の時だけ、彼は別のテーブルで食べてましたっけ。
その時は香港だけでしたので都会の景色は日本と大差なく違和感もかんじませんでしたが、映画「哀愁」の舞台になった高台から香港の100万ドルの夜景を見て感動したのは思い出しました。

2回目は平成15年に北京と上海へこれまた娘とツアーへ参加して行って来ました。
私は元はといえば満州の奉天生まれなんです。
父が職業軍人でしたので母とか、かなり恵まれた中国暮らしをしてたそうな。
でも日本の敗戦により、命からがら体一つで3人で引き揚げてきたんだそうです。
まだ一才の私には何一つ記憶は残ってませんが、母が聞かせてくれる苦労話でよくぞ
日本に帰れたと、守ってくれた親に感謝の気持でいっぱいになります。
奉天は今は瀋陽と言ってテレビで見た感じではビルが立ち並ぶ都会のようです。
2回目に中国へ行く時に母に懐かしい場所を見に行く?と誘いましたら「嫌な記憶があるから行かない」と断られました。
じゃまた、娘と行くならHISの格安ツアーでいいかと・・
当時のメーリングリストに帰国後、長い紀行文を書きましたら、頼みもしないのに表紙も装丁して綺麗なミニ雑誌に製本して5冊ほど送ってくれました。
私が同時にアップしたスナップ写真も載っててまるで素人が作ったとは思えぬ出来栄えで今でも2冊は手元に残して宝物になってます。
ほんとにくみちゃん、すずめさんあの時はありがとうございました。
今でもこのMLは存続してますがUPする方がほとんどいなくて風前の灯なのが心配です。でも6年も続いたMLなんて珍しいんじゃございません?

え〜久しぶりにその「おゆきが行く、中国旅日記」なる雑誌を開いてみました。
黒の長いダウンを着て頭から赤いストールをほっかむりして万里の長城に立つ私はまるで中国人そのもの、風景に溶け込んでます。
お決まりのコース、故旧博物院、天安門広場、天壇公園、行きました。
そしてチンドンヤみたいな飾りの付いた2人乗りのリヤカーみたいなヤンチョに乗ってフートン巡りをした時の感想にこう書いてあります。

「しかし、なんだこの汚さは・・・そして時々すごいお便所の臭いが・・・そうです、今北京ではオリンピックに向けてこういう昔のあばらやを壊して高層ビルのアパート建設ラッシュなのです。が一部ここだけは観光のために残ってる場所なんだそうです。途中下車して一般の家の中を見物させてもらいましたが、定年退職したご夫婦の家庭で土間にあるお勝手で旦那さんがちょうどお昼ご飯の用意をしてました。このご馳走は他のツアー客に食べて貰うらしいです。
中略
お腹もきつくなって、ここらで一寝入りしたいとこですがそうはは問屋はおろしてくれません。高速をぶっとばして一時間ほどの山中でバスから降ろされました。
やだ、外は小雪が舞ってるじゃない・・
なになに、ここどこ?山道をトコトコ10分くらい歩いて着いたのがなな、なんとここが万里の長城の入り口かい?ふと上を見上げれば山並みに沿って延々と石垣が連なってるじゃありませんか。そうですねえ、巾は馬が4頭並んで歩けるって聴いてたから結構広いです。しかし小雪まじりの風の寒さは想像以上でした。足元はすべるしおっかなかったな〜。・・・」

この短編の中からは今現在、開催されてるオリンピックの事はあまり触れられておりませんが、あれから5年さぞや変わってしまった事でしょう。
あの高速道路の両端の貧相な村は今はどうなってるのでしょうか?
ですから私はあの派手な開会式の陰で何百年も祖先から住んでた住処を追われてお金で片付かれた民衆の暗い顔が見え隠れて仕方ありません。
色々な事が気にかかる北京オリンピックを最後まで楽しみましょう。

ラジオで私の大大大好きな向田邦子さんの特集をやってます。
お店にお客様がいらっしゃるのでゆっくり聴けないのが」残念!
爆笑問題の太田光さんが向田さんの大フアンで27人の関係者からコメントを貰ったそうです。
最初の森繁久弥さんを聞き逃したのが残念で仕方ありません。
最後は妹の向田和子さんがおっしゃべりしてます。
私もネットからメールを送りましたが残念ながら読んでもらえませんでした。
しかし、本当に惜しい方を亡くしました。今年で没後26年になるのでしょうか?



【2008/8月04(月)】  No.178 『 健康の大切さ 』 

どうもここ二日ほど体の調子がいまいち・・・胃腸を壊したようです。
原因はよ〜く分かってます。
いわゆる暴飲暴食?
新マイパソコンを買ったせいか、夜遅くまで遊んでてお腹が空くとついついお菓子や冷チャの取りすぎを
してました。
せっかく毎朝、リンゴとニンジンの生ジュースとショウガ入り紅茶で体温が上がり体調万々歳と思ってた矢先の
この胃の不愉快さ・・・食いしん坊にバチが当たりました。
あれほど食欲があったのに、怖くて何も手が出ません。
一日も早くいつもの大食いのさっちゃんに戻りたいとつくづく、健康のありがたさを痛感してます。

皆様はどんな風に夏を過ごしてますか?
まだまだ去年なんて9月の終わりまで暑かったですものね。
栄養と睡眠を充分に取って、自分の体は自分で守らないと誰も替わってくれませんからね。

なんかの雑誌に載ってた足裏マッサージをしてみました。
何やら効果があったみたいで胸焼けがおさまってきました。
今夜はニンニクばっちり利かせてキーマカレーでもこさえてみますか。
お金も名誉もスタイルも気にならない、わたしゃ丈夫な胃があればいい!

それにしても「夜ふかし」からさまざまな問題が起きる事を今回ほど痛感したことはありません。
テレビ、パソコン、読書と幾ら時間があっても切がないのです。
せめて11時には寝るように肝に銘じておきます。
今夜は「篤姫」を見てお風呂に入ってパソコンは開かないでおきましょ。
それから間食は絶対禁止!!



【2008/7月28(月)】  No.177 『 つかの間の夏休み 』 

内孫達が小学生1年と4年になりました。
当然、このクソ暑い前橋ではひとつき以上長い夏休みがあります。
でも我が家は自営業ですので日曜以外は親は休みはありません。
それでも昔は家のお手伝いをしたり、妹達の面倒をみたり私としては長女なので
夏休みイコール家政婦?くらい働きましたね。
姉妹が多いと自然と役割、分担が決まり階段や廊下の拭き掃除とか、ご不浄(フル!)の掃除とか店先の掃除とかタダでずいぶんと働かせましたねえ。

わたし、性分で夏休みの宿題は全部先にやっちゃいました。
日記だけはそうはいかないので毎晩豆に書いた記憶があります。
自由課題が面倒くさいのよねえ。
今でも良く覚えているのは、大きなヒマワリの花をフランス刺繍した手提げを作りました。
おかあさ〜ん、わたしのあのヒマワリはどこへいったんでしょうねえ・・・
何回か新築引越しをしてる内に処分されたのかな。
懐かしいです。
我ながらセンスある、今ならエコバッグに使えるような大きな手提げ袋でした。
長いと最初は感じた夏休みもほんとに、あっという間に終わり宿題や作品を持って
2学期の始業式迎える日には全員、真っ黒けな顔が勢ぞろいしたもんです。
我が家から付属小まで歩いて15分くらいかしら・・・
プールに行った帰りのあのだるさ・・・まるで昨日の出来事のような気がします。
おいおい、もうあれから50年以上たってるんだ、しんじられな〜い。

今年の我が家の孫達は今日、明日と北軽のキャンプ場へ連れて行ってもらってます。
なにしろ息子夫婦はアウトドア人間ですから、すべて事後承諾!
予約を入れてから「出かけていいかい?」
駄目って言わせないようになってるんだ。
もうお中元も一段落だからと踏んでのお出かけなんでしょうが、ところがどっこいそうは
問屋はおろしません。
幾分、曇りがちで気温が下がったせいか、朝から先客万来でイスに座ってる間もございませんでした。
本当にありがたいですねえ。
遠くからわざわざ当店にだけお越しくださるんですから。
冷たい水出し煎茶でおもてなしをさせていただいておりますが、腰を七重八重に折って
「本当にありがとうございます」と申しあげてますよ、のんきに遊びに行ってる若い奴らの分までね。
あと何年、こうして私に店を任せて夫婦で遊んでいられるのか、今のうちにせいぜい子供をダシにキャンプでも海水浴でも行ってらっしゃい。
帰ってきたらこき使ってやるから。
それにしても、よくこんな暑さの中、出かける気になるよ。
エアコン利かせて店番してる方がなんぼマシか・・・私も年くったな〜(;O;)



【2008/7月21(月)】  No.176 『 幸せってなんだ・・・ 』 

7月21日「海の日」で祝日・・なにそれ?
ばっかじゃなかろか!
原油が意味不明に高くなってるてえのに、漁師の身にもなってみいいや。
ビキニが着られない体型だから愚図言ってるって、そらそうや。
じゃないの、あまりに政治家はじめ国を引っ張るべき方々が能天気すぎます。
一次産業で休みなしで、汗水たらして働く身になっていただきたいのです。
上着なしでは寒いくらいエアコンがんがん利かせて、机上論ばかり言うなとこの際言いたい。
だってそうでしょ。
24時間ストやって、次の日仕掛けた網に入った魚の売値から経費諸々引いたら1万円弱ですってよ。
これでじいさん、ばあさん、子供達家族7人どうやって暮らして行けって?
これじゃ漁師の跡継ぎは何年後にはゼロかもね。
えっ?
そしたら毎日輸入の魚を食えばいいって?
周り中、海の島国でね。

ここからが夢なんですが、私がもしも総理大臣だったら鎖国しますね。
一旦、10年間なら10年間。
何から何まで自給自足の暮らしを国民に強いるんですよ。
だってかの「篤姫」の時代に戻ればあれはあれで国は栄えていたんでしょう。
黒船なんかでペルーがやってきて、日本中をかき回しに来なければ今みたいな変な世の中にならなかったような気がしてなりません。
日本人は日本人らしく、国産の穀物を食べ、海の産物を主に食べてれば糖尿病なんて無縁だった気がしてなりません。

自給率が高い国はどこも封建的に自国の産物を大事に守り、むやみやたらにファーストフードに飛びつきませんね。
何千年も昔から祖先が食べてきた食べ物が体に会ってるに違いありません。
それと何でもかんでもかっこいい職業を勘違いしてる若い人が多すぎます。
横文字の何をやってるかわからないような男性が綺麗なタレントさんんと結婚なんてするから素人の男性も憧れるのかしら?
ほんとは横文字の商売くらい先が見えない仕事ないんですけどね。

もっともっと地に足をしっかり付けてコツコツ仕事に励んでいただきたいと思います。
そして仕事に見合った報酬を手に入れられる世の中になるようになればいいなと、もう今となっては死ぬまで海苔やの焼のりバアサンしか能がない私は考えます。
テレビの影響って恐ろしいんですよね。
だからさ、脚本家の皆さんもっともっと一次産業で頑張るかっこいい役を役者に割りふってさ、いまどき本当に幸せな奴は自分の仕事に生きがいを持つ奴なんだって事を教えてあげてほしいな。そこから自給率が少しづつでも上がれば日本の将来は明るい!



【2008/7月14(月)】  No.175 『 温暖化現象 』 

娘夫婦が碓井峠を下って来ました。
前橋が七夕まつりの最終日とは知らずにあまりの混雑さにびっくりしてました。
それにしても、この暑さ!
避暑地暮らしの体には相当応えたのではと聞きましたら、昨今の軽井沢も連日30度を超えてて、昔のようにクーラー無しでは暮らせないそうな。
七夕まつりを見に出かけた孫も暑くて真っ赤な顔してすぐに帰ってきてエアコンの効いた部屋でお昼寝していきました。
確かに地球は嫌な方向へ刻々と向かってるようで気味が悪いことこの上なしですね。

北海道の超高級ホテルを借りきってのサミットは何のメリットがあったんでございましょうや。
打ち揃った各国党首達に本当の意味で地球の温暖化を危惧する気持を持っていたかどうかは、いささか疑問符が残りました。
ブッシュ大統領は自国が一番、CO2を排出してるのにもかかわらず他人事みたいな暢気な父さん風情で、あとわずかな任期をそつなくこなす気きりないみたいで嫌い!

福田総理、もっと堂々と威厳を正してちょうだいよ。
奥様のお点前は素晴らしかったけど・・・

うえ〜どうしよう、娘達が帰ってやっとこれを書き出したら、すごい雷雨!
電源切ったほうが身のためだなこりゃ。
気の毒にユカタ姿でキャーキャー言いながら飛んでく若い娘の多さも今年は目立ちました。
どうやら仕掛け人がおるようで、猫もしゃくしもユカタ、ユカタ。
それも安っぽい柄といい色合いといい、目を覆う始末でございます。
恐らくこれもメイドインチャイナなんじゃない?
安けりゃいいはもういい加減によしましょうよ。
日本人らしさをもっと子供の時分から植えつけないと、このままじゃ日本の将来は暗雲が立ち込め何から何まで外国勢にのっとたられかねません。

私がいま一番お気に入りのテレビ番組はNHKの「篤姫」です。
もちろん宮尾登美子さんの原作も読みました。
夫の家定亡き後、天障院と名乗り、大奥消滅まで政治に口を出したそうですが、彼女は目先の利ではなく遠い先の先まで考えて進言なさったとか。
今の政治家にもこれから先、子孫の代まで心おきなく暮らせるような政治をしていただきたいもんです。
それにはまずは、国民一人一人に地球の危機感を訴えて何をどうすべきか指針を説いて欲しいと思います。

と、バカな事を書く前に自分で考えて温暖化を食い止めるべきじゃないんかい、と言われそうなんで、まずは店のクーラーを止めました。
寒いくらい効いてました。
夕立のせいで一気に地表の温度が下がったみたいで、打ち水効果?小池百合子が以前まいてたっけな〜桶で。。私と同じ位バカみたい。
あ〜やっぱりカミナリが怖いのでここでお終いにします。



【2008/7月7(月)】  No.174 『 この街で 』 

もう七夕ですね。
はやい、早い。
まるで一週間があっという間・・・
ショウガ入り紅茶、一週間で効果出てます!
私も母もなんと体温が36度台に上がり、足の冷えびえとした感触が和らぎました。
ニンジンとリンゴの生ジュースも美味しくいただいてます。
ただねえ、ジューサーに残るカスがなんだか捨てるに忍びなくてタッパに入れて冷凍して取っておくのがかさ張って使いきれません。
ハンバーグに入れたり、かぼちゃコロッケに入れたり・・・レシピの巾が少なくてねえ。
ポタージュ風に煮てみたけど「まずいよ」の母の一言でもう作らない。
どなたか美味しい活用法がございましたら伝授お願いいたします。

さて、私は毎週土曜日に中央公民館に歌の会に出かけております。
歌の会と申しましても歌うのは昔懐かしい、唱歌とか童謡の類で半分は大蓮寺住職さんの大変こころ温まるお話をうかがうという演歌とはほど遠い会なんですよ。
え〜おゆきさんが童謡?
テレサ、テンじゃないんかい?
あっそれはスナックに飲みに行った時ね。

前回教わったステキな歌をご紹介します。

「この街で」
作詞作曲  新井満&三宮麻由子

1 この街で 生まれ この街で 育ち
  この街で 出会いました あなたと この街で

2 この街で 恋し この街で 結ばれ
  この街で お母さんに なりました この街で

3 あなたの すぐそばに いつも わたし
  わたしの すぐそばに いつも あなた

4 この街で いつか おばあちゃんに なりたい 
  おじいちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい

5 坂の上に 広がる 青い空
  白い雲が ひとつ 浮かんでる

6 あの雲を 追いかけ 夢を 追いかけて
  よろこびも かなしみも あなたと この街で

7 この街で いつか おばあちゃんに なりたい
  おじいちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい

8 この街で いつか おじいちゃんに なりたい
  おばあちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい

9 いつまでも 好きなあなたと
  歩いて ゆきたい

どうですか、こころに響く歌じゃありませんか?
メロデーも「千の風にのって」と同じくらい覚えやすくて口ずさめます。
総勢40名位のむかしはお嬢さんだった女性たちがかわいらしい声でこの歌を唄いあげますと、思わず鳥肌たちます、ほんま。
詩がいいですよねえ。
この街・・・前橋。
地価が2年連続全国最下位ですけど、それだけ住みよい街って事ですよね。

私もこの街でお母さんになりました。
悔しいけどおばあちゃんになった時に一緒に歩くおじいちゃんは死んじゃったけど・・・
なあんか、前橋に住んでたら老後は心配ないような気がします。
折しも街なかで高層の老人ホーム2棟が槌音高く築かれてます。
中央通りに面した旧赤かんばん跡地と広瀬川沿いの旧勢田会館跡地にです。
いよいよ人に面倒かける体になりましたらどちらかに入れてもらいましょ。

住んでる街が人生最後を決める!
これ私の人生訓?
だってそうでしょ、前橋は全国一開業医が多いそうです。
過疎で病人が出ても車で何時間もかかる場所に住んでるお年寄りは可哀想ですね。
たとえ中心商店街がシャッター通りでも私はこの街で最後を迎えたいと思いました。
よそが商売やめても私の目の黒いうちは絶対にお店は続けますからよろしくね。



【2008/6月30(月)】  No.173 『 冷え性 』 

今日は梅雨らしい雨が日がな一日中ビチャビチャと降り続いてます。
朝からず〜とよそンちのブログを読んでたらあっという間に2時間たってしまいました。
いいんです、暇つぶしには。
ちょっとした言葉行き違いで傷ついて娘と音信不通になって2週間・・・
孫の様子も聞けないまま日がたち、その憂さ晴らしにブログをさまよってました。

そしたら今朝ほど突然卓上の携帯がなってびっくりして飛び上がりました。
それくらい鳴らなかったもんですから・・・
娘からでした。
よく折れてくれたなあ。
内容は事務的に軽い沢の大賀ホールで星野富弘さんの詩画展があるからチケットとりましょうか?
まだ文面が硬い。
でも向こうからメールくれたから許してあげよう。
嬉しかった。
すぐに返信しました。
残念ですがお中元セール真っ最中で行けないよ。
ところで2人の孫は成長はいかに?
日々順調に大きくなってます、だってさ。
そうじゃなくて、私は動画が見たいんだよ。
でもそう書かない。
前に催促したら怒ってそれから音信不通になったから。
それはそれは息災ですな。
その返信が婦警さんの敬礼絵文字一個だけ!

まだ引きづってるんだ、お互いに。
もっと言う事あるはずじゃん。
遅くなりましたが「あれ」やっとこしらえました。見て!
こういうメール一日千秋の想いで待ってる母の気持通じないのかな。
いいよ、もう。忘れた振りしてやっから。
以上。娘との確執報告お終い。

わたしはこの2、3年急に冷え性になりました。
以前はこんな兆候なかった気がします。
何ででしょうね。
もしかして中年太りして末端まで血液が行かないから?
今も冷房なんてしてないのに下半身が冷えて冷えてひざ掛けをして書いてます。
夕べも文学館へ演劇鑑賞に出かけましたが母共々寒くて母なんて途中で逃げ出す始末・・・
私は最後まで我慢してましたが、もう足がつれそうになりました。
もちろんいつも持参の「パシミナ」のショールを幾重にしてひざ掛けにしててもでした。

そこで一念発起、冷え性対策に乗り出しました。
カンコウドウ書店で見つけて来た石原ユウミ(字がわかんない)先生のベストセラー本に従いまして体の芯から温める生活を始めました。
まだ二日目なんで効果の程は定かじゃないんですがしばらく改善するまで続けてみましょ。
まずは朝食からです。
20年位お蔵入りだった「ジューサー」を見つけて出してきました。
うん、どうやら歯は切れるみたい。
リンゴとニンジンのジュースをコップ一杯飲みます。
次にショウガを皮ごとすりおろしコーヒーカップに、その上から熱々の紅茶をそそぎ粉の黒糖かハチミツを入れてフーフー言いながら飲みます。
確かに体は温まりますな。
でも物足りない。
バナナ一本食べちゃいました。

お昼は「蕎麦」がいいんですって。
貰った乾麺が沢山あったので茹でて上にキュウリ、シゾ、トマト、錦糸卵、すりごま、ネギ、もみのりなど等色取りよくトピングーして3倍に薄めたつゆの素をかけていただきました。
一日起きに全粒粉のクルミ入りパンとタマネギドレッシングーかけサラダを食べてます。
タマネギドレッシングは母特製で何やらノートを見ながら10種類位の調味料を入れた中に2個のタマネギを細くザクザク切った奴を漬け込んで置くそうです。
3日起きに作ってくれますが上で母がこれを作りだすと店までタマネギ臭くて閉口します。
でもこれ、美味しくて体に良さそう。
だから誰も文句は言いません。
お昼になると唯一する調理で母は腰が痛い、痛いと言いながら4人分のサラダを用意してくれます。
用意した後、必ずベッドにひっくり返って伸びてますがね。
助かります。
お昼までみっちり焼き海苔三昧の我々にとっては。
後はパン焼いてココアをいれればいいだけなので。
あっそうか、今度は蕎麦茹でがあるんだ、めんどくせ。
でも体の芯から温めるんだから仕方ないやりますか。

夕飯はあえて指定は無いみたい。
出来たら玄米やら根菜類やら色で言ったら赤、黒、濃い緑系の野菜がいいそうです。
我が家はもうずっとご飯に発芽玄米を入れてますので、おかずに肉より魚を多くするように心がけましょう。
海草がいいらしいですよ、海苔、昆布、ワカメ!
売るほどあるじゃん、うちには。
もっと、もっと食べよ。
海草類はダイエットにも効果ありますしね。

それと足湯が効くんですって。
やだ、これも押入れから引っ張りだして来ましたよ。
スイッチ入れると足元からブクブク泡が出てきてマッサージしてくれる器具。
まったくあったってしまいぱなしじゃ、宝の持ち腐れてもんじゃないかい。
それにしても捨魔の私としたことが、よく捨てなかったもんだ、よかった〜。
これからじゃんじゃん活用し一日も早く冷え性からおさらばできますよう精を出します。
また成功の暁には後日談を書かせていただきます。
果たして飽きずに何時まで続けてられるかが問題ですがね・・・



【2008/6月23(月)】  No.172 『 魔の時刻? 』 

この10日間ほど梅雨らしい雨も降らずにどうしたもんかと思ってましたら、6月も終わりになってようよう降りだしました。
業種によってはその季節には季節通りの天気になってくれないと困るのでは?
でも我々関係ない商売には降らないでくれた方がありがたいですね。

午後12時15分。
ランチタイムののどかな時刻になると「ドッカ〜〜〜〜〜〜〜〜ン、バリバリバリ」
ブレーキを踏む「キーー」も聞こえぬ間もなく恐ろしい衝突音が辺り一面とどろきます。
「またか」
食べてたパンを放り投げて窓に飛びつきます。
3階で私いつも食べてますので、様子によっては救急車を呼んであげるつもりで。
国道17号線上、信号内で右折車と直進車がボンネットから煙を上げながらぶつかってます。
一瞬、時間が止まった感がして回りも動きが止まります。
運転席から人が出て来るのを様子を伺います。
なかなか出てこないと家の店長が飛んで行って声をかけたり連れ出します。
車も国道ですから交通の邪魔にならないように皆で力を貸して歩道に移動させます。
けが人がいれば早急に救急車の手配をしてそれから110番も呼びます。
こう事故が多いと近所の者も手馴れてきてやることが早くなりました。

今日もちょうど、この魔の時刻にぶつかりました。
あまり音が大きく無かったし、雨も降ってたので店の中から様子をうかがってましたら
今日のはレッカーを呼ぶほど車は破損してませんが、私は呼びませんでしたが救急車が来て運転手を搬送して行きました。
メモっておけば、はっきり分かったのですが思いお越しても恐らく信号が変更してから事故は20回くらい起こってますね。

国道17号からスズランデパートの駐車場や公営の大駐車場が二つもある銀座通りへ曲がるここの信号は以前は右折禁止されてました。
ところが日に多くて2,30台の違反車両が曲がってました。
それを警察官が信号から離れた場所で見張っていて、交番へしょっ引いて行かれました。家のお客様も何人も捕まりました。
挙句に反則金7000円を払う羽目に。
知らないで曲がる人がほとんどなのに、容赦しません。
スズランのお客様がほとんどなんですが、スズランは知らん振りでした。

そこで、これ以上街にお越しになる人達に嫌な思いをしてもらいたくないので皆で相談して商店街の理事長と千代田町2丁目の自治会長と市民の代表の私とで警察へ陳情にあがりました。
「どうか、これ以上中心商店街へ買い物に来てくださる方々の足を引っ張るのは止めにしていただきたい。このままではますます街に人が来なくなるので、それにはこの信号の右折禁止を解いていただきたい」と。

それから半年位たった頃でしょうか・・・
旧西武デパートの坂上の信号とここが右折解除になったのです。
あ〜これでやっと捕まる車が出なくなって万々歳だね、と喜んでいたのもつかの間。
えらい事になりました。
連日のように「ドッカ〜ン」と衝突事故のメッカになってしまったのです。
渋川方面から来る車は信号機と信号機の間が短いのでスピードを加速して青信号を通り過ぎようとした瞬間、まだ直進車は来ないだろうと踏んだ右折車は思い切って右折するから、お互いにかなりのスピード同士の衝突ですからたまったもんじゃありません。
寝てる子も思わず飛び起きるような恐ろしい衝突音に驚かされるという毎日になってしまいました。
ひどい時は続けて2回もぶつかった日がありました。
それも決まってお昼休みの時間帯なんです。

さ〜ここで黙ってるさちこさんではございません。
県警のHPにメールを何回も書きました。
「このままじゃ、いずれ死亡事故が起きるに違いありませんので、即刻信号機を取り替えてください。
時間差で右折だけの信号を出してください。」

返信は「現場を検分してからお返事します」

それからも何台の車が、レッカーで運ばれましたことか。
そして何回救急車を呼んであげたことか。
119に電話すると「あそこの信号ですね」と反応の早いこと!有名なんだ。
メールを書いたのも忘れた頃、雨降りの日でした。
外がガヤガヤ騒々しいので見に行きました。
役人らしき男性陣や警察の制服を着た人達が総勢20人位いたでしょうか。
信号のあちこちでカメラを構えたり、測量したり実況検分してるに違いありません。
恐らく国土交通省の役人だったんでしょう。
良かった、あたしのメールを読んでこれだけ大勢の人間が動いてくれてるんだ、と喜んだのは早合点でした。

数日して交通課の警官が来てこう言いました。
「この信号機に右折専用をつけるには車線がもう一本無ければ出来ません。
テルサという建物側に右折専用車線が無いので今の2車線では駄目なんです。
車線を一本増やすには壮大な費用と時間がかかりますので・・・」
「そうかなあ、歩道がこんな広さ必要無いから車線を広げた方がいいのでは?」
「そうなると、この並木の大木も移動しなくちゃならないんで、無理なんですよ」だってさ。

じゃ代替えの方策は?
「一応、両方の道上に注意を喚起する文言を書きます。
あと信号機の上にも看板を取り付けます。
あと今はやりの文字のネオンサインで事故多し、右折車注意と流します。
あと信号待ちの線をかなり後退させて書き直します。」
以上の事を早急に実施するという事で了解いただきたいのですがと帰りました。

私は了解したけど、全部の策を実施してくれた後も相変わらず事故多発で本当に困ってます。
何でも管内で事故多発ワーストワンの信号になってしまいましたとさ。
振り返ればやっぱり、ここは右折禁止の方が良かったのかしら。
一日に何台もイハンシャが捕まっても。
むかし、クラス会で元警察署長のI君に「あなたの力で信号機を変えてよ」とお願いしたところ即座にこう言われました。
「違反するのが悪いの。トリヤマは自分の店の事だけ考えてればいいんだよ。右折禁止を解いたら自分チの前が車がもっと混雑するだろ・・・」
そうか、やっぱりそうだったんだね。
今頃、気づいたって後の祭りか。
あ〜あ、皆さん交通ルールを守って事故に遭わないように気をつけましょうね。
特に家の横の信号を右折する時は特に気をつけてくださいね。お願いですから。



【2008/6月16(月)】  No.171 『 無事終了 』 

ヤレヤレ、今年も無事に創業謝恩セールを終了できました。
6日間、梅雨時なのにお天気にも恵まれてお客様の足元に気を使わなくてすんだのが一番うれしいです。
一昨年の60周年から6月になると売り出しの準備をして、期間中はミチシタ金物店からお借りしたガラガラポンのくじ引きをもれなく引いていただき、ハズレが特製きざみのりなのではずれてもガッカリしないようになっております。
おかげ様で用意したハズレのきざみのりが足りなくて途中で追加製造するほど盛況でした。
本当に「お客様は神様です。」ね。

これからもコツコツと細く長くやっていくつもりでおりますので、小さなお店ですがかわいがって下さいませ。

休み返上で営業していたので明日は臨時休業しようと息子と話していたら、鶴の一声が、
「売出しを知らなかったお客様が明日来てくれたら迷惑かけるでしょ!開けなさい!!」だって、、、
「お客様第一主義」
先代創始者のモットーです。
これがあったからこそ今まで続けてこれたのだとはっと気づかされました。

よって本日も平常どおり開店営業しております。
「いらしゃいませ〜♪」



【2008/6月09(月)】  No.170 『 創業謝恩セールのご案内 』 

梅雨入りとは申せ、毎日の寒暖の差が激しいせいか体調を崩してます。
何だか原因はさだかでは無いのですが体の節々が痛いのです。
特に背中と手首。
手首はこうしてキーボードを押す作業でも痛みが・・・
もらい物のプロスポーツ選手がするようなUSA製のプロテクターをしてます。
背中は今朝も我が家の居間にデ〜ンと構えてるナショナルのマッサージチエアに乗って揉み解してもらいました。
今頃になってお産の手伝いの疲れが出てきたのかいな?
それにしてはずいぶんと柔なカラダになってしまいました。

それにつけても寂しいのはK君はすでにこの世にいないんだ。
お骨になってしまったなんて未だに信じられません。
彼も太っちょをかなり気にしてて、野菜主義にして5キロダイエットに成功したんだ、と
言ってた時期もありましたが、私が見たとこではすぐにリバウンドを起こしてた模様です。
この過激なダイエットもやり方を間違うと命取りになると聞いてます。
あの真っ白いお化粧で一世を風靡した鈴木そのこ女史もダイエットして風邪をこじらせ肺炎で60半ばであっという間にあの世へ旅立ちましたよね。
母親から譲り受けたDNAは恐らく、幾らあがいても拭い去ることは出来ないみたいですね。
年をとると私の友人も皆、お母さんそっくりになってくるから可笑しいやら呆れるやら。
先日のK君の告別式で50年ぶり位にY・紀子さんにお会いしましたが往年のお母さんに瓜二つになっててびっくりしちゃいました。
若い頃は痩せてても中高年になるとありし日の太ったお母さんに似てくるから不思議だし、若い頃はコロコロしててもお母さんが痩せてる人は年を取ると痩せてくるのね。
美智子皇后様も昔はコロコロしてて綺麗だったけど、最近はお母様にそっくりのお姿になってしまいましたものね。
どっちがいいとは一概には言えませんが無理して体型を整えても無駄じゃないかと最近では開き直りの境地に入ってます。
今更、嫁に行くわけじゃないし、健康第一で長生きをせにゃもったいないとしきりに思います。

そうだ、肝心の店の宣伝しなきゃ。
10日から15日まで創業記念売り出しをします。
今年で創業62年なんです。
先代が裸一貫から築きあげた店もどうやら3代目がちゃんと継いでくれてます。
毎年、この時期は自家製のちゃちなチラシをすこ〜し新聞に折り込んで、DMハガキを印刷して、ポイントカードを満タンにしてくださったお得意様に案内を出しております。
ふだん店にはない特価品も色々と用意しております。
数に限りがございますので早いもん勝ち!
3000円以上のお買い物は一割引ですので、この際お中元に焼きたての海苔はいかがでしょうか?
お天気が心配ですが雨のすき間をぬってどうぞお出かけくださいませ。
ハズレなしのガラガラポンの抽選会ももれなくしていただきますのでお楽しみに!



【2008/6月02日(月)】  No.169 『 人生いろいろ 』 

45日間の長逗留を終えて娘は身二つになり無事に自宅に戻りました。
私も親の役目をどうにか終えてホッとしたのもつかの間、大きなニュースが飛び込んできました。

同級生の元県議のK君が死んだ・・・
何が何だか分からないまま、今日は告別式に参列してまいりました。
市の斎場と連絡を受けたので1時間前に到着したのにもかかわらず、大入り満員・・・
ず〜と式が終わるまで、履きなれないハイヒールで2時間立ったままですごく疲れました。
情けない事に自分の足の痛みと疲れで悲しい気分になれないまま、お焼香を終えて奥様の顔を見た途端に涙が・・
K君、あまりじゃございませんか。
散々奥様に心配かけて2人の娘さんの花嫁姿も見ずに死んじゃうなんて。


どうやら2回も続けて選挙活動をしたので心臓が悲鳴をげたらしい。
11日からS病院に風邪をこじらせて入院してて、心不全を起こし急遽手術をしたが間に合わなかったんだとか・・
どうしてS病院なんかに入院してたのか。
心臓血管センターなら助かってたかも。
それを考えると本当に運が悪いとしか言いようがない。

市長選が済んで後、4月7日に数人でK君の慰労会をやりました。
フランス料理とワインをたらふく召し上がり、隣から見てまるでアルカポネのようなストライブのダブルのスーツのボタンが窮屈そうなのと、いやに赤ら顔が気になりました。
「このスーツ、こしらえたけどまだ一度も着てないから最後だと思って着てきたんだ」
「やだ、縁起でもない」
「いやいや、こんな派手なのは着る機会がなかなか無いんだ」
「それじゃ、またカラオケにでも行こうよ」
「いいね、いいね。」
その日は外は土砂降りの雨で2次会に行く勇気をそがれてしまって、中之条から駆けつけたM君の車で
ハーちゃんとK君と私を送ってもらいましたっけね。
あ〜あ、こんな風に早くお別れするんなら、もっともっと一緒に遊びに行くんだった。

K君、どうぞ安らかにお眠りください。
段々と同級生が黄泉の世界へ旅立ちます。
明日は我が身と考え、一日一日後悔の無いよう暮らして行こうと考えさせられる今日この頃でございます。



【2008/5月26日(月)】  No.168 『 あと4日・・・ 』 

おばあちゃん、あと少しの辛抱だからね。
ずいぶんチビの足音に悩まされましたねえ。
2階の母の寝室の上が娘親子が寝泊りしてる部屋なので、孫が朝起きた瞬間からトントントンとネズミのように走り回る音は神経に障ったとおもいます。

「なっとうごはんたべようよ」から始まります。
「いただきます」
「ごっちょさま」
朝ごはんをきちんと召し上がり、お次はウンチタイム。
午前中は私の妹の子守のおばちゃんが来てくれれば、「元気21」かマイバスに乗って前橋駅まで電車を見にGO〜。
水曜日はあ〜ちゃんと前橋公園や元気21へ。
日曜日はパパと桐生の動物園へ。
今にして思えばあっという間の蜜月だったのかもしれません。

午後はランチを食べた後はたいがい2時間位お昼寝タイム。
夕方にはあ〜ちゃんの自転車の後ろに乗ってアンパンマンの呼び鈴を鳴らしながらデパ地下やスーパーへお買い物。
夕飯も嫌いなものは見当たらないのかな?
結構モリモリ食べてまた家中をマラソンします。
2階から4階まで上がったり降りたり、疲れ知らずのタフガイ(ふる!)にこちらはクタクタ。
下のをベビーバスで沐浴させてから、上のとバスタイム。
タイルに貼った「あいうえお」の絵文字を全部言えます。
さて、ここで寝てくれれば助かるんですが、まだまだ寝ません。
彼のお気に入りはトミカの「ゴミ収集車」「ライオンバス」「都営バス」「佐川急便」「コンクリトミキサー車」
寝る寸前まで「バスごっこ」に付き合わされていささか食傷気味の私です。

先日まで「むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがすんでおりました。おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくにいきました。するとかわかみから、おおきなももがどんぶらこ、どんぶらことながれてきました・・・」の昔話を聞かせて添い寝をしてましたが、私が安眠できなくて体力の限界を感じて寝る時だけはママと一緒に。
ふ〜〜これも後少しでお役ごめんです。
何回も娘と衝突を繰り返しながら、何とかここまで無事にたどり着きました。
後は28日に軽い沢まで送り届けてお宮参りも済ませて一件落着!
どっと寝込まないように気を張って商売に戻ります。
そうそう、6月10日から恒例の創業62周年売り出しを控えてますので、のんびりしてるヒマはきっとございませんでしょうね。
まあ子孫が増えるのは本当に幸せと思ってこれからもがんばりまっす。



【2008/5月19日(月)】  No.167 『 甘やかし? 』 

2才の孫の世話をするようになり、一ヶ月たちました。
とにかく機敏な動作の男の子でこちらは太刀打ちできません。
毎週、日曜日は軽い沢からお父ちゃんが来て、外に連れ出してくれるので
こうしてゆっくりパソコンにも向かえますが、なにしろ落ち着かない事限りなし・・・
商売のかたわら娘の世話から孫の追っかけをやらされてるとくたびれます。
おまけに何も手助けもしてくれない、私のおっかさんは口出しだけは達者で情け容赦ない小言を浴びせます。
いったい私はナンナン?

今朝も娘と口喧嘩になりました。
私の唯一の楽しみが全部片付けて、ベッドに入り小説を読みながらお菓子を食べる事なんですが、隣に孫がいるのでお菓子は奴が寝るまで我慢して、絵本を読んで寝かしつけてましたが、あんまり寝そうで寝てくれないので私はイライラして枕元に隠しておいたチョコを1個、隠れて口に入れました。
ゲッ、鼻のいい孫は「チョコ?チョコ?」と私の口に手を突っ込んできます。
「ママに怒られるよ」
聞きゃしません。
「内緒だからね」
「ナイショ?」
2コほど食べてそのままじゃ幾らなんでも虫歯が心配なので麦茶を飲ませて夢の中へ。
翌朝起きてママのとこへ飛んでいったら口の周りが、チョコ色にカピカピ・・・なんだってさ。
「もう、お母さんは甘やかしすぎだよ」
「ちゃんと麦茶でうがいさせたよ」
「バカじゃないん。寝る前にチョコ食べるなんて」
「ムス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

心の中で叫びました。
今夜から2人とも自分で面倒みたら!
お茶の稽古も歌の稽古も友達付き合いも全部我慢して孫のためにと寝るまで雑用に追われてて何が楽しみなのか・・・
もういや、我慢の限界。
28日まで私の堪忍袋の緒が持つかしら・・・



【2008/5月12日(月)】  No.166 『 寒い? 』 

暑い日が続いて、すわ扇風機かクーラーかと思いきや昨夜の寒さ・・・
夜中に片付けた羽毛布団を引っ張り出す始末に体調をくずしそうですね。
うち?
早速、2才の孫が風邪を引きました。
昼寝から覚めたら顔は赤いし、あれだけ動きまわる子が張り付いてばかりいて、ぐずるばかりに体温計をはさんだら39度・・・ゲゲゲ。
小児科に連れて行きましたら、待合室の混雑ぶりにまたもやゲゲゲ。
1時間待ちで5分診療。
「まっ、今、寒暖の差が激しいからお風邪を引いたんでしょうな。」
てんで甘いシロップと抗生物質を出してもらって、ほうほうの体で帰ってきました。
待ち会室で他の病気を移されたらたまりませんから。
三日ほど薬を飲ませましたたら元気になり、また元通りのイタズラ小僧になりホッとしてます。
小さい子は急変して、一晩でもってかれると聞いてますので本当におっかないですね。

赤ちゃんは至極大人しく手のかからない、今のところ孝行息子のようで、娘も夜中の
3時間おきのおっぱいが大変な位で精神的にも気が楽のようです。
それもこれも私が上の子の食事からお風呂から添い寝まですべてしてるからなのに・・・
これで長野の自宅に帰ってちゃんと出来るのか、今から気が揉めます。
何しろマイペースの典型的なB型人間。
人から指図されればすぐに切れるし、赤ん坊が泣いてても自分のしたい事優先・・
あ〜あ、こんなおっかさんに育てられる子の将来はいかに?
まっ孫だから関係ないや、と思わなければ付き合いきれないよ。

と、孫に振り回されてる日常に世間ではGWも終わり今頃、台風が接近してるの?
夜中の地震には幾らくたびれてる私でも目が覚めましたが被害は少なかったようで。
今日は「母の日」かい。
息子からはシネマのチケットとキャッシュ、娘からはマーブルコートのフライパン2個とケーキを贈られました。
自分の母には毎日が母の日みたいに尽くしてるし、出るとこは一緒だから何もやらない。
あっそうだ、かんこうどうで孫の本を買ったら花を買う券を500円分くれたので足らない分を足して「プリンセスみちこ」というバラの鉢を中央通りの出店で買ってあげました。
美智子皇后様も色々と大変らしくて、どこも同じなんだと痛感いたしました。
もうしばらくの辛抱、余計な事は言わない、聞かない、見ないでがんばりまっす。



【2008/5月6日(月)】  No.165 『 産まれました 』 

いやはや日にちも曜日も無茶苦茶な日々を過ごしております。
今日は5月5日、子供の日で祝日でしたね。
息子夫婦は昨日の代休を取って子供達をドライブに連れ出しました。
おまめに娘の2才のおちびさんも連れて行ってくれました。
あ〜これでやっとPCを見られる・・・うんにゃ、今日は月曜?
そうだ、店主便りを更新する日だった。

娘の出産予定日は9日でした。
それが意外に早く3日の早朝、陣痛らしきものが来たと、まだ寝ぼけまなこの私を呼びました。
「えっ何分おき?」
「4時からメモしてるんだけど15分おきくらい」
「やだ、経産婦は早くなるから神岡先生に電話して聞いてごらんよ」

電話したところ車で5分なら来て見てください、とのこと。
まだ予定日に間があるので店の車は息子が乗って帰っててこちらにないし・・・
息子に電話したら迎えに来るという返事。
私は速攻で4人分のおむすび、卵焼き、ウインナ、キュウリの即席漬けを作り
風呂敷に包み、寝てる上の孫を起こして服を着替えさせて待機。
イテテ、イテテと言う娘を乗せて夜間外来から診察室へ。
待ってる間に息子と孫と3人でお弁当を食べ終わってしばし・・・

「あのね、陣痛が遠のいたんで一端家へ帰って様子を見てだって」
「なんじゃらほい」
まっ子宮口が全然広ろがらないんじゃ入院しても仕方ないか。
てんでUターン。
そこで相談。
「恐らく今日中に産まれるだろうから上の子はオレんちで見てやるよ。」
えっほんと!
助かる〜、お嫁さまさま、恩にきるわ。
何も知らない孫はそのまま息子んチへ連行されて行きました。
息子んチには小4と小1のいとこ達と2匹のワンちゃんがいて、面倒見のいいママがいるから安心してお任せできます。
そして結果的にはそのままお泊りまでさせてもらう羽目に・・・ありがたいこっちゃ。

さてこうなったら早く出すには動くことだよ。
寝てちゃだめだよ、と言っても夕べ録に寝てないからほっておけば上でグースカピー。
午後は叩き起こして一緒にデパートとスーパーへ歩いて買い物。
それが巧を相したのか4時頃やおら強い陣痛が・・・
またまた大急ぎでおにぎりや肉団子やバナナを持って私の運転で神岡へ。
そのまま入院。
6時には陣痛室へ。
痛がりやの娘の大げさな声が外まで丸聞こえて、こちらが顔が赤くなるほどの大騒ぎで、それにしては安産で本当に叫び出して25分くらいで6時55分には「オギャー」という元気な産声が聞こえました。
あ〜良かった。陣痛室のドアの前で一人鼻をすする母でした。

小柄な娘なので赤ちゃんも2750グラム位の理想的な状態でスルッと出てきたそうな。
私なんてチビなクセに息子は3800g、娘は3400gと大きく育ち過ぎて大ごとしましたっけ。
本当にお産は女性にとって偉大な仕事だな〜とつくづく思いました。
これが男性だったら痛くて失神してるかも・・・
昨今、少子化が叫ばれてるご時勢少しでも助っ人役を買って出ようと思ってますが、なんせ年には勝てないようで孫が寝てくれてる間は極楽と思う今日この頃でございます。
昔のことわざに「泣く子と地頭には勝てぬ」至極ごもっとも!



【2008/4月28月)】  No.164 『 春来たりなば・・・ 』 

三寒四温のいわれ通り、雨が降った後は春らしい日がやってまいりました。
でも今の我が家の状態は四季のうつろいを感じるヒマがございません。
起きればご飯、ウンチ、またご飯ウンチの連続に少々値をあげております。
あとひと月この状態が続くと思うと逃げ出したくなったというのが本根でございます・・

それにしても、どうしてこう娘というのは図図しいもんなんでしょうか。
あれもこれもやってもらって当たり前、ちょっとでもこちらが注文を出そうものならふくれて
子供に八つ当たり・・
今日も日曜で休みでパパが来るから夕飯くらいはパパの驕りで外食したいね、と申しましたら口も聞かないで子供と2人出て行きました。
とても私には出来ない悪あがきに呆れてものが言えません。
勝手にしなさい。
いざとなって泣きついてきても一切、手助けしないから・・
本当に娘なんて自分勝手な生意気な生き物でいない方が清清するよ。ばか!



【2008/4月21月)】  No.163 『 4世代同居 』 

娘が二人目を出産のため里帰りして1週間たちました。
上の孫が魔の2才の、しかもやんちゃな男の子!
朝から寝るまでの阿鼻叫喚・・・想像してください。
娘はもう臨月ですので大きなはち切れそうなお腹を抱えて動いてます。
今日は1週間ぶりに婿殿が会いにきて3人で緑化フエアーに出かけました。
ヤレヤレ、私も母もほっと一息です。

とにかく小さい子供が一人おるだけで、こうも生活パターンが違ってくるんですねえ。
目を覚ませば遠くから「あ〜ちゃ〜ん」とお呼びがかかります。
ご飯中でも一口食べては前に座った孫のせっちょうをせねばなりません。
食った気がしないよ・・
孫は確かに可愛いですよ、でも終日じゃくたびれます。

店の仕事もせねば、母の世話もいたさねば、と一人5役位してんじゃない?
自分の子を育てる時は妹がまだ嫁に行かずに3人もいたので、手が余ってた気がします。
あれよ、あれよという間に大きくなったような錯覚に陥ってました。
特にこの孫はちょこまか良く走るし、ちと落ち着きが無いとこがパパにそっくりなんだな。
幾つになったら分別がつくのやら・・・
でも娘の躾けが厳しい点は食事の時にきちんとイスに座って「いただっきまちゅ」と
挨拶してから行儀良く食べるように習慣つけてるのには感心してます。
食いっぷりも上々でよそったものはほとんど残さず召し上がる様子で炊事当番はうれしゅうございます。
食べ終わるやいなや「ごっちょさま」と言いお盆を片付けさせて、イスから降ろしてとせがみます。
さあこれからがお決まりのウンチタイム。
食卓の周りを10周するかな、と・・・いつもの角でいきみはじめます。
「ババでたよ」
すかさず婆が「タイミングがわかってるならトイレでさせれば」
いつもの問答です。
「いまトイレトレーニングは私がお腹が大きいから無理なんだよ」
毎日うるさいおばあちゃんのつっこみに娘が反論、私はハラハラのしどうしです。

なんせ母と娘との年齢差は50才!
このギャップは大きいですね。
何でもかんでも自分流を押し付ける年寄りとの戦いの日々に間に入って私は胃痛が起こりそうな毎日を送っております。
娘には陰で「はいはい」と言ってりゃ角が立たないから家にいる間は我慢しなさいと話して聞かせてますが何時大波をかぶるか戦々恐々の今日この頃でございます。
予定日まであと半月、早くたってくれますように・・・



【2008/4月14月)】  No.162 『 全国都市緑化ぐんまフェアー 』 

私が九州旅行中にフェアーが始まりました。
3月29日から6月8日まで72日間にわたり群馬県内各地に点在する155の会場にて花々の豪華絢爛なイヴェントが開催されてます。
みどり豊かなまちづくりを目的に1983年から毎年全国各地で開催されてて、今年は第25回目ですって。

前橋親善大使?になるからにはこの目で確かめてからと思いまして今朝ほど早起きして視察をして来ました。
なんせメーン会場の前橋公園まで我が家から歩いて7分ですので。
すげ〜〜なんじゃこりゃ!
幸の池がちっちゃくなっちゃた!
昔の面影を想い描けなくなっちゃたよ。
清水の湧き出てた場所も無いし、遠い昔うちの息子が端に寄り過ぎて落っこちた狭い散歩道なんてどこへいったのやら・・・
まるで判で押したような、どこにでもありふれたコンクリの道と花壇、また花壇。
花もまるで馬鹿みたいにパンジーの洪水・・
あまりに綺麗に整頓しすぎだよ。
60億とも70億とも聞く今回の資金はどこから出たの?
造園業者は田園調布に家が建つ!か。
ふるっ!

キレイなもんはキレイと素直に言えない私はおかしいのかな。
駅前通りのプランターのチュウリップの頭を1000コもちょんぎった輩の神経とは違うけど、こんなとこに税金を使うくらいならもっとしなくちゃいけない事が沢山あるのでは?
県外から100万人の来場者を見込んでるという割には相変わらず街なかはひっそりと人通りもなくお店も相乗効果は見込めないようですしね。

来月になったら敷島公園のバラ園にも足を運んでこの目で見た感想を書きたいと思います。
いずれにせよ、こういう一過性のイヴェントに街の活性化を期待する方が間違ってると言えるのではないでしょうか。
家の前の花壇、車の往来が激しいので邪魔で邪魔で早く撤去していただきたいわ。
パンジーはもう食傷気味でございます。ほんとに。
あれっ前橋の宣伝をするはずがこんな感想を書いては逆効果かしら?
まあ、おヒマな方は運動がてら見に来る価値はございます、大金を投じてますので。



【2008/4月7(月)】  No.161 『 南九州の旅 』 

九州から帰ってきて早くも5日たってしまいました。
行く前はあんなに待ち遠しかったのに、あっという間に楽しい時は過ぎ去って又普段通りの日常を過ごしております。
でも熟女30人ご一行様は一人の落伍者も無く、南九州を満喫してまいりました。
旅の疲れもすっかり取れましたので忘れない内に紀行文をしたためておきます。

3泊4日なんて過ぎてみれば短い、短い!
初日、目覚まし時計が信用できなくて3時から起きてしまいました。
前橋駅集合が5時なのに・・・
全員揃って一路、バスは羽田に向かいます。
途中で朝飯用におにぎり2コとペットボトルのお茶が振舞われました。
土曜日のせいか渋滞にも巻き込まれずに8時には羽田に着いてしまいました。
9時半発の飛行機にはまだ間がありますので空港内を散策?
それでも持ち物チェックやらチケット受け渡しやらして、空港の一番端っこの70番ゲートまでキャリーカートを引っ張ってたどり着いた時はすでに機内に乗り込む時刻になってました。
ほんと、時間ってたつのが早いんだ。
窓際の席に座ってベルトをするやいなや、エンジンがかかる音がして少々焦り気味・・・
私ってこう見えて案外とおっかながりやなんです。
こんな大勢のお客を乗せて浮き上がれるんかいな、と心配しました。
いっつも飛行機に乗ると離陸と着陸は恐いんです。
でも案ずるより産むは易し、定刻の11時15分に南国ムード漂う宮崎空港に降り立ってましたよ。

さてさて、ここからは4日間チャーターした南国観光のバスで移動します。
あの東国春知事が「どげんかせんといかん」と嘆く気持が今回、3県を回ってヒシヒシと胸に伝わってきました。
宮崎県、何となく寂れてて汚い・・・なんて悪口言いたくないけど本当にそう思いました。
道も狭いし並木の椰子の木は下の葉がみな枯れてるし、立派な建物が見当たらないんです。
まっ観光バスでちょこっと観た範囲で軽率な感想を書いては失礼かもしれませんが、後に長崎、鹿児島と走るバスの車窓からみただけでも景色の差が歴然だったんです。

神話の国、宮崎。
日本の神様がここから発祥したにしては、やれ地鶏だマンゴーだ金柑タマタマだと食べ物ばかりが先行して歴史的価値を宣伝せにゃいかんがな、知事に申しあげたい。
宮崎神宮、青島神社と詣でてつくづく宮崎は日本の根幹だと改めて勉強しました。
学校でも、これからは神話を教材に組み入れるとニュースで見ましたが、愛国心なくしては国の繁栄は有り得ないと日頃感じてる私には嬉しい取り組みだと思いました。
かの細木女史も「ご先祖様をないがしろにしてる家庭は滅びます」と申してます。
山幸彦、海幸彦の話、皆さん覚えてますか?

いっぱいお勉強させていただいて、今夜のお泊りの宿「青島バームビーチ」に到着。
部屋に通されて窓を開ければ全室オーシャンビュー。
椰子の木のオンパレードにここはハワイか、グアムかい?
ユカタじゃなくて、トロピカルムードの甚平に着替えて早速温泉へ。
ここで驚いた!
日本人より、外国人が幅を利かせてるんだいね。
すぐ手が届くお国から大挙して押し寄せてたおばさん連中の図々しさ・・
お国柄とは申せ、前も隠さず大声で風呂場を闊歩されては落ち着かない事この上なし。まいった、まいった。
最近流行りの日帰り温泉でもあるらしくて、春休み中の親子連れもいっぱい来てて
何となくのんびり温泉ムードに浸る気持をそがれた雰囲気に少々がっかりの初日でした。

二日目、外を見たらビチャビチャ雨降りやんか〜
天気予報が当たってしもたわい。
まっしゃーない、一日くらい落ち着いてていいんじゃない。
気分一新、バイキングで腹ごしらえをして傘を出してうす寒い中出発!
日本でここだけの野生馬がバスの窓すれすれで草をはんでました。
皆さん、鵜戸神宮をご存知ですか?
分かりやすく言いますと天皇家の本家本元を祭ってる神宮でございます。
大きな岩屋の中にお社がございましてとても、神々しい感がいたしました。
神話の世界でトヨタマヒメはワニだったのがばれて?産んだウガヤフキアエズノミコトに乳房をもぎ取って置いて海に消えたという伝説とおり、大きなオッパイの形の岩からポタポタと清水が垂れてました。
来月産まれる孫の安産をお願いしてお守りを授かってまいりました。

雨の日南海岸を都井岬はパスして疾走します。
ここでランチをいただいた都井岬ホテルのステキさ!
今はやりのデザイナーズホテルらしく、たたずまいといい家具といいランチじゃなくて泊まりたくなるような高級感溢れる建物とお食事でした。

霧雨煙る霧島神宮に到着いたしました。
全国に26000ある神社の中でも神宮というのは数えるほどしかないそうですが、まるで伊勢神宮を想わせるような静かで荘厳なたたずまいでした。
品のよろしい神官が雨の中、遠路はるばるお越しになったので特別のはからいで黒の漆塗りの拝殿に上がるように計らっていただきました。
通常はこの社殿には皇室の方々や総理大臣級しか上げないそうで思わず鳥肌が立つ感がいたしました。
かしこまって皆で2拝2拍手1拝をして御礼をしてまいりました。

寒いし雨ふりなので予定より2時間も早く「霧島国際ホテル」に4時には入る事ができました。
さすが国際だけにお客様がまたまた韓国語あり中国語ありの賑やかさに圧倒されたままの二日目の夜は更けていきました。

3日目。
ピーカンです。
たっぷりと日焼け止めを塗りたくって、いざ出陣。
今日は我が憧れの鹿児島に入ります。
何故かといいますと、大好きなあの向田邦子さんが第二のふるさととのたまい、遺品を鹿児島近代文学館に遺族が寄贈されてる土地だからです。
彼女のエッセーに度々出てくる鹿児島の桜島を一度は見てみたいと前々から切望してた折、願いがかなってようやく来る事が出来ました。
向田さんも書いてますが、人間は泣いたり笑ったり波乱万丈の人生を歩んでますが、桜島は昔から同じ場所で静かに人々の暮らしを見てごわす、と。
篤姫も江戸へ出立する途中、お駕籠を降りて桜島にお別れを言いいました。
あの時と同じ桜島なんだな〜と思っただけで意識はあの時代に舞い戻る感じがいたしました。
群馬の浅間山の鬼押し出しの景観によく似た岩がゴロゴロした桜島のふもとを散策しました。
桜島は今日も静かに薄い煙をたなびかせておりました。
名残惜しいのですがフエリーで鹿児島港まで15分の船旅です。
また何時かゆっくり来るからねえ〜

島津斉彬公の別邸であった仙厳園に到着。
ここでランチタイムです。
錦港湾を借景に素晴らしい磯庭園を見下ろしてのお食事処で一休み。
それにしてもこの見学場所は時間がもっと欲しかった!
急いで見て回ったのではもったいないです。またこよう。

この後、ハプニングが起こりました。書くのがくたびれたので来週にしようと思いましたが来週から娘がお産で里帰りをするので当分の間インターネットどころじゃなくなると思い返して一気加勢に書いてみます。
薩摩城というさもインチキ気なお城を模したお土産やにバスが到着した時です。
同時に読売旅行会のバスも到着しました。
間が悪いとは正にこれをいいうんでしょうね。
店の入り口で我々黄色のリボンをつけた団体はお待ちください、とストップを掛けられました。
あちら様を優先した訳なんざんすね。
しかもですねえ、あちら様にはいい席を用意してお茶を飲ませてたんですよ。
後から入店した我々は固い長いすに座ってお茶はセルフサービス・・・
さ〜怒ったよ!
「てっしゅう!」
リーダーのひと声でカゴの中のものをほうり投げてバスに舞い戻ります。
「失礼しちゃうよ。上州女をなめんなよ」
「商人の最もやっちゃいけない、差別をされたんじゃ黙っちゃいれるかい」
てんで携帯から上毛観光へクレームを入れてました、リーダーやったね!
カルカンだのさつま揚げだの何処にでも売ってるワイ。
あ〜愉快、爽快。とおお笑いさ。

さてさて、買い物タイム短縮で今日も早々と指宿温泉、「白水館」に到着。
これが文句のつけようが無いほど素晴らしい和風旅館でございました。
豪華絢爛、千人入れる元禄風呂に始まり、ありとあらゆるお風呂がありました。
もちろん砂むし風呂も初体験しました。
気持いいのですが熱くてメガネをはずしてて何分たったのか時計も見えなかったのですが規定の15分なんてとても我慢ができなくて這い出してました。
さすが五つ星旅館ですね、床の間の掛け軸、生け花、お茶碗、座布団、キョウソクまで用意されてたのはびっくり。
今までのホテルでは韓国語が飛び交ってましたが、今夜はしっとりと大人の雰囲気の素晴らしい一夜を過ごす事ができました。
ただし、我が旅クラブお決まりの大宴会をのぞいては・・・
内容はここに書かない方が身のためと、お許しください。

さあ、も最後の一日になってしまいました。
早いな〜。
夢のように3日間が過ぎていきました。
今日は長崎ぶらぶら節じゃなく、あの特攻隊の知覧平和館を訪れます。
この平和ボケとも言われる現在、上層部の命令一過の元、10代20代の若い身空を国の為に散った幾千の命の叫びをもう一度振り返る必要があると思います。
我々、戦争を知る世代でさえ涙無くして遺品の手紙を読むことは出来ませんでした。
テレビで馬鹿ふざけをしてる若者にこの尊い犠牲者の存在を教えてやり、もっと真剣に国の行く末を案じて欲しいと強く強く思いました。
本当に可哀想なことをしました。
これからも絶対に戦争だけはしてはならないと決意を新たにいたしました。

最後のランチタイムは知覧武家屋敷の中の一軒でミニ会席をいただきました。
残念ながらお値段に見合う内容でなかったのでがっかりしました。
炊きたてのアワ飯が美味しかったくらいで他は大した事なかったのは贅沢でしょうか?
食後の散歩を兼ねてこ一時間ほど武家屋敷を見学。
いいな、こんな建物が残ってるだけで観光バスがくるんですから。
前橋も城下町なのに戦災で焼け野原になっちゃったから何にも残ってないか・・・

いよいよ何にも無い前橋に帰途のため鹿児島空港から機上の人に。
さよなら〜鹿児島、もう一度くるからね〜〜。
なんてオセンチに浸っていられたのもつかの間、飛行機が今までで一番くらいの揺れ方に皆の顔が青ざめてきて吐き気まで催す始末。
後で聞いたら全国的に強風が吹き荒れて、物は飛ぶしすごい天気だったんだとか・・
それなのにやだわ、無茶して強引に羽田に着陸したんですから。
あ〜恐かった。南無阿弥陀仏を唱えてましたよ。

まあまあ、気を取り直して待機してた上州観光のバスにほうほうの体で乗り込んで一安心。
気が利くじゃありませんか。
小腹が空いたんじゃないかい、と懐かしい三美のお団子とおにぎりが配れました。
ヤレヤレ、もうここまで来ればこっちのもんだい、とぱくつきます。
おまけに車内のビデオで懐かしい40年前の森繁の社長シリーズの古い映画を流してくれました。
こいつがお腹抱えて笑える上出来で時間の経つのも忘れてバスが揺れるほどの爆笑に継ぐ爆笑。
出てくる俳優がこれまた森繁以外ぜんぶあの世に引っ越してるから泣かせる・・・
と、笑い転げてた時に最後のハプニング勃発!
関越が事故発生で交通とめですって。
川越から下道に降りますですって。
仕方ないけど、事故を起こした奴を恨むよ。
まったく家までもう少しでノロノロ運転。
皆、携帯で留守宅に遅くなる由連絡を入れます。
でもあの日活映画のお陰で苦もなく前橋インターまで来る事が出来て幸いでした。
さよなら、さよなら、皆様お世話になりました。
お家に着いたのは10時半でした。
シャッターをソロソロと上げて二階に上がり、母の部屋の襖をそ〜と開けて「ただいま」
返ってきたのはいびきのみでございました。
あ〜〜良かった!
一番気にかかってたのは母が転びやしないかだったから。
留守番をちゃんとしてくれた息子夫婦に感謝、感謝。
またチャンスがあったらお婆ちゃんを頼んで旅行に出させてね。お願い。
以上、3泊4日の南九州の旅を終了します。店番しながら記憶をたどって書いたのでおかしいとこがございましたら平にご容赦。



【2008/3月31(月)】  No.160 『 代筆です@3代目 』 

みなさん、こんにちは。
いつも店主だよりをご愛読?いただきありがとうございます。
今回はおゆき嬢が「とらわれの身」から「自由の身」になり4日間の九州旅行中ですので、わたくし3代目の代筆です。ご了承ください。

代筆といっても、何を書こうか悩みますね。。。^_^;

先週は私達家族が同じく4日間休みをもらって久しぶりの休暇らしい旅を楽しんできました。
商売人の身分で4日も休んで生意気だ!と思われる方もいらっしゃるとおもいます。ほんとそうですよね。。。
でもたまには家族(こども)サービスもしてあげたいし、なによりこのご時勢に商売家に嫁いでくれた嫁さんにも骨休みをさせてあげたくて、、、本当は自分が一番休みたいんですけど。
うちは暮れからお正月が繁忙期ですので、お正月休みはありません。
もちろんゴールデンウィーク、お盆休みもありません。週休2日なんて一生かないません。

たまにはいいですよね。
旅行は行ける時に行っときな!
よく聞くことば。そのとおりだとおもいます。

4日間なんてあっという間だよ。
おゆきさんは、もう、明日ご帰宅です。
帰ってくるのイヤだろうな。。。

それでは、また来週♪




【2008/3月24(月)】  No.159 『 とらわれの身? 』 

暮れからお正月と無休で働いたご褒美に息子夫婦を旅行に行かせてあげました。
例年だと家族ご一行様で民族の大移動をしてましたが、もしもの時に一家全滅になりかねないと言う事で2班に別れて出ることに相成りました。
まっ私もまだまだ若い?から4日間くらい何て事ないよ、と安請け合いしたものの・・・
時期がお彼岸中とあってお使い物が良く動くんですね。
しかも先日の肋骨の痛みも残っておりました。

初日19日は水曜日だから休んで里帰りしてた娘も伴ってお墓参りをして、美味しいものでも食べに行くか、と出かける矢先、電話が幾つも鳴りました。
「取りに行きますから、作っておいてください。」
そりゃ休みだから駄目とは申せません。
一人ならまだしも3人から頼まれては休み処じゃなくなりました。

急遽、妹に電話して母とお墓参りに行ってもらうように手配しました。
2才の孫が店をチョロチョロして悪さばかりするのを注意しながら、お腹の大きい娘に手伝ってもらって箱詰めして包装を済ませました。
ええい、もうこうなったら休み返上。
シャッターを上げていつも通りお店開店です。
開けて良かった!
次々と開いてると思ってお客様がお越しになりました。
電話のお客様も無事に済ませてヤレヤレと時計を見ればもうお昼時分。
娘にデパ地下で美味しいものを何でも買っておいで、と頼みました。
しばらくしてデパートで貸し出してるカートにいろんな食品と孫を乗せてガラガラ帰ってきました。
隣がデパートの駐車場ですので、荷物と孫を降ろして隣にカートを返してきました。

前はデパートのカートを屋外まで押して出る人を見るとマナー違反だと腹が立ちましたが、我が娘が重宝させてもらう立場になると、勝手な思いですが止むを得ないかと考えが変わりますね。
でもホームセンターの広い駐車場では車まで押してきて、所定の場所へ返せば文句ないのでしょうが、デパートから市道を押してきて使い終わったカートを所構わず置きぱなしはないでしょう。
それが最近は多く目につくんですね。
えっこんな場所に?と思うとこに雨に濡れて放りぱなしを見ると、やはり最近モラルの低下がかなり進んでるなと腹がたちます。
店も一段落しましたので、ヤレヤレです。
娘が自分チの夕飯のおかずまでちゃっかり仕入れてきて3時ごろお山に帰って行きました。お山と申しましても軽井沢なんですがね。
夜はお茶のお稽古日でしたがくたびれてお休み。

二日目、朝からザンザン降りの雨、昨日大量に売れて在庫が無くなったカット海苔を加工しました。
いつもは息子の仕事ですので、慣れなくてかなり疲れました。
店はこんなお天気ですので昨日ほど忙しくありませんでした。
終日ネットサーフインで時間の経つのも忘れました。
ここらで一段落かな、思いきや事務所の蛍光灯が付いたり消えたり・・
あら、やだ、高いとこは怖いんだ。
でもこれでは新聞も読めないよ〜。
仕方ないから倉庫から4本入りの長い蛍光灯を取ってきました。
机に乗ってやっと届く高さに先日、おっこちた時の記憶が・・・
考えないようにして新しいのに変えてついでに器具の綿ぼこりを拭いたら明るい!
見れば他の3本も端が黒いじゃん!
よし、総とっかえだ。
そろそろと机を移動して登って4本全部取り替えました。
あっかるい!あっかるい!

と喜んでたところへ、1万円のセットをご注文のお客様が。
箱がまたまた高い場所に積んであるじゃあ〜りませんか。
今日はよほど高い場所に縁がある日ですね。
用心してイスに登って箱を下ろして一件落着。

まだありました。
レジの紙が無くなったのです。
こいつも高い戸棚にしまってあります。
ええい、もうこうなったら矢でもてっぽでも持ってきやがれ。
神妙にイスに登って取り出して取替えOK.
あ〜くたびれた。今夜はこの前こさえて冷凍しといた餃子でも食べよう。

3日目。
朝から外が嫌に騒々しい。
何やら植木職人が大勢で道に花壇をこしらえ始めました。
29日から3ヶ月間、開催される「全国都市緑化ぐんまフエア」の準備をしてるようです。
こんな狭い車の往来の激しい道で線路の枕木で四角に囲ってパンジーを植え込みました。おまけに水門の柱にも沢山のカゴ入りのパンジーをぶる下げました。
一日がかりで仕上げて引き揚げて行きました。
それと平行してタイルの舗装のはがれた箇所を全部埋めてくれました。
聞くところによりますと、この緑化フエアに100億位のお金が動いてるそうな。
綺麗になるのは嬉しいのですが一過性のイベントに大金をつぎ込むのはいかがなものでしょうか。もったいないなとつくづく思います。
100億の内訳は詳しくしりませんがねえ。
明日から道の両側の花壇の水やりの仕事が増えました。
夜は母と近所の店に五目餡かけ焼そばを食べに行きました。
さすが大手のホテルで修行しただけに、お味は美味しかったです。
でも他のお客さまが一人もいないのがちょっと心配だな・・・

4日目、さすがに飽きてきました。
幾ら千客万来で話相手には困らないとは申せ、外にいきて〜〜
買い物に行きたい衝動が抑えきれません。
パソコンでどうでもいいショピングにはまり、知らず知らずに頼んでました。
やはり4日間、ず〜と店に束縛されて夜は寝るだけじゃ息がつまりますね。
たとえ大根一本でも手に取って買いたいですよ。
老人ホームに入ってる方達が一番したい事は買い物だってえの分かります!
特に女性はね。
この日記、時間があるので22日の土曜日に書いてますので息子達はもう帰りの飛行機に乗ってるはずです。
きっと、あっという間の4日間だったことでしょう。
帰るのやだろうな。
わかる、わかる。
でも帰る場所があるから旅は楽しいんじゃん、ね。
また明日からうんと稼いでもらわにゃ。



【2008/3月17(月)】  No.158 『 一寸先は闇 』 

おととい、不覚にもイスから落っこちた!
リビングの高い戸棚をイスに乗って捜しものをしてたら、イスの上のクッションがズルッとすべったとたん私の巨体は床にもろに打ちつけられたという始末。
頭もテーブルの脚にぶつかり位置がずれていた。
丁度お昼の支度でそばにいた母の慌てよう・・・
「あんた大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ〜」
「動けるかい?」
「骨は折れてないみたい」 「頭にタンコブができた」・・・
どうやら打ち身は時間の経過に伴いひどくなるようで、その日の夜には深呼吸をすると胸の辺りがズキンと痛い。
どうやら肋骨にヒビが入った模様にうっかり、クシャミでもしようものなら「イテテ、」と悲鳴を上げる始末。
本当にいい年してみっともないやら、情けないやら店に出るのもうっとおしくて次の日はず〜と上で静かにしてました。
本来ならきょう(日曜日)は「箕郷の梅林」で野点のお茶会をやる予定で支度もすっかり整えていたのにがっかりである。

宮尾登美子の「天彰院篤姫」の文庫本を少し読んではサンサンと陽のあたるベッドでまどろんでいた時に店の前を救急車が通った気配がしました。
またデパ地下でけが人が出たのかなと気にも留めずにいたのが後で聞いてびっくり仰天。
同じ商店街の金物やのご主人が運ばれて、その日のうちにお亡くなりになったのだそうです。
ご近所のお付き合いで息子はお手伝いにあがることになり、たかが肋骨にヒビが入った位でグズグズしてる場合じゃなくなりました。
それよりなにより、先日までうちにお茶を買いに来てくださってたあの人が亡くなったなんて、ショックで出るのはため息ばかり、、、「一寸先はやみ」とはまさにこの事をいうのか。
故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


「ふぅぅー うっ!」  胸が痛い。



【2008/3月10(月)】  No.157 『 海苔やの一日』 

あれほど寒かった朝も暖房をつけなくても着替えが出来るようになりましたね。
ねぼすけの私は目が覚めても「あと5分、あと5分・・・」となかなかフトンから出られなくて、枕元のラジオから聞こえる森本さん声に別れられなかったのですが、ここ2,3日は7時半にはパッと跳ね起きられるようになりました。
えっ、おそっ!
すいません、何しろ母と2人暮らしの気ままな暮らしなもんで・・・
でも1時間後にはちゃんと洗濯物も干して食事して朝ドラ見ながら綺麗にお化粧して店に下りてきてますんで、文句ないでしょ。
それから30分ほどが私のパソコンタイムでございます。
まずは所属のMLのメールチェック。
最近はほとんど読むだけ。
次はお気に入りに入ってる10コ位のブログを呼んで短めのコメントを書かせていただく。
もうこれだけで30分は経過。
9時きっかりに焼きのり機械のスイッチオン。これが温まり使用可になるのに30分はかかるので、その間にシャッター上げて店中、外掃き清めてホコリを拭いて品物を補充して植木に水やりして、活花を活け変えて神棚にシャンシャンして朝の一仕事終了。
若夫婦が出てきて3人の手が揃ったところで焼きのり開始。
およそ3000枚はお昼まで1回の休憩を入れて焼き上げます。

ただ焼くだけではありません。
10枚づつ袋詰めにしたり、用途に応じてカットしたり、すし屋さんのは半裁して100枚づつ袋詰めにします。
丸缶は4階の切断機で八等分して3種類に作りあげます。
きざみ海苔も裁断機で3ミリ幅にカットして袋詰めにいたします。
午前中はほぼ毎日これらの加工で終わります。
午後は産地から仕入れた干ぴょうや椎茸やワカメやお茶などを小分けして袋詰めの作業があります。
一方、銀行や郵便局に振込みに行ったりの雑用が待ってます。
息子には配達という大事な仕事が待ってます。
注文の引出物を包装してご注文主にお届けしたり、法事のお清め会場まで運んで差し上げたり、病院関係や食堂にも配達がございます。

今では配達は若夫婦が手分けしてこなしてますが、まだ2人がいない時は私が全部一人でやっていたなんて今では想像できません。
あの時、君は若かった〜♪
そうです、若くて体力、気力充実してたので、何でもなかったんでしょうね。
今、お前一人でやんな、と言われてたら「いえ、無理だす。店やめます」でしょうね。
あ〜我ながら良くまあやってこれたよ。
だ〜れも褒めてくんないから自分で自分を褒めてやりたい!

商売が好きで好きでたまらないから、ここまでやってこれたというのが正直な話でしょうね。
嫌いなら私が38才の時に父親が脳血栓で倒れて、何もかも分からない仕入れから帳面つけから自分でやらなければならなくなった時点で店を止めてたに違いありません。
母親と2人、病人と2人の子を抱えながら裁判までして取得したこの土地を、市長の気まぐれでくだらない箱物再開発に利用されたんではたまりません。
前橋中心商店街の将来100年先まで見通した知恵を絞った計画で無い限り、私は断固としてこの場所から移る気が無いことを書いておきます。

書き始めた時点ではこんな風な事を書くとは意識してなかったのですが、思わず書いたとこを見ると、私の今の不安はこの一点にしぼられてる感がします。
新聞記者もすぐに次のニュースに飛びついて、市長の疑惑を追及するのを忘れてるようですが、4番街の再開発をするのかしないのかはっきりしてくれないと、リフォームにも手が出せないというものです。
母も88才の高齢です。
住み良いバリアフリーに直してあげようと考えてた矢先の再開発計画に腹の虫が収まりません。いい加減にしてくれといいたい!



【2008/3月3(月)】  No.156 『 ひな祭り 』 

本当に日がたつのが早いですね。
この前、お正月を迎えたと思ったら、もう弥生三月お節句でございますよ。
皆様のお宅ではお寿司を作りますか?
むかし、むかし、私達4姉妹が子供の頃はお寿司は、何かおめでたい日じゃないと食べられないご馳走でした。
幾ら海苔は売るほどあってもです。^_^;
その代わり、お節句には母は忙しいにも関わらず、朝から太巻きを巻いてお弁当に持たせてくれたもんです。

前女に通っていた時分、仲良しの友達とお寿司の取替えっこをした事が思い出されます。
彼女の家は勝沢と言って、赤城山の山麓あたりに住んでましたが、貰ったお寿司の太いのなんの・・・
我が家の太巻きの具は昔は干ぴょう、椎茸、卵焼き、でんぷ、ニンジンの5品でしたが、彼女んチのはゴボウや竹輪や沢庵も入ってたのかな・・とにかく食べ答えがあったのを今でも覚えております。
あれはもしかしたら、海苔を巻き簾に縦に置いて巻いたのかしら?
じゃないと、私にはとてもとても巻けそうにございません。

私も先日の恵方巻きは買ってきて済ましましたので今回は自分で巻いてみます。
家族もやっぱり甘辛く味つけした具を巻いた「あーちゃん巻き」が美味しいと言ってくれますのでがんばりまっす。
特に女の孫のゆうちゃんの一言がかなりインパクトが強うございますね。
「あたし、あーちゃんの作ってくれた海苔巻き大好き!」だそうです。

そういえば私がまだ独身の時のお節句前は宣伝カーに私の声で入れたテープをスピーカーで街中流して「こちらは鳥山海苔店の宣伝カーでございます・・・」
すると生放送かと思って友人が家から飛び出してきて「何だお父さんか」と言われた逸話が残っております。
童謡の「ひなまつり」を聞くと、今は亡き父も商売がんばってたんだと昔が懐かしく思い出されて胸がキュンとなります。
当時は今ほど交通も激しくなく、小林時計店も年中宣伝カーを流してましたね。
今は何処へ行ってしまったのか、街なかには存在しませんが。

売れた、売れた!今の何百倍も海苔が売れましたよ。
スーパーなんて無かったから。
それとお節句には海苔巻きを作る風習が残ってましたので。
農協の青年部も資金稼ぎに農家から注文とって売りさばいてたっけ。
今は農家も跡取りが少ないから青年部も無いのかな?
何はともあれ折角手のかかる海苔巻きをこしらえるのですから、古い海苔でなんか巻かないで焼きたてのパリパリの鳥山の海苔で巻いてくださいね。

先日も書きました「女性の品格」の項目に「行きつけの店を持ちましょう」というのがございました。
大型店の誰が店主だか分からない店で、惣菜というより餌みたいにホコリだらけの通路に山のように盛られた中からカゴに入れて買うのが気が楽という方もおいででしょうが、顔見知りの行きつけのお店ならきっと大事にしてもらえるのではないでしょうか、と書いてありました。
いわばマイセレブとして待遇してもらえるお店を持つということです。
長いお付き合いの内には世間話に花が咲き、お互いに日頃のうっぷんも晴らしてまるで遠くの親戚より近くの友達関係に発展できるのが嬉しいですね。
私が店番をしておりますと、買い物だけ済ませてお帰りになるお客様は少ないです。
何かしらおしゃべりして、情報交換もしたりして外までお見送りさせていただいてます。
だから商売は好きなんです。
本当にありがたいじゃございませんか。
皆様、お金をお持ちになって買いにきてくださるんですもの。

今も品の良いお年寄りご夫婦が極上品を1帖お買い求めにいらっしゃいました。
次は近所のおかみさん。
いつもの我が家の一番の売れ筋、特別提供品を5帖お買上。
どちらも金額は1050円ですが、私の接客態度はどちらも大事なお得意さまですのでもちろん同じ態度で、接客させていただきました。
お客様は神様です。ありがとうございました。



【2008/2月18(月)】  No.154 『 残念無念 』 

テレビに釘付けで開票結果を見てました。
本当に悔しいの一言です。
本人はもとより奥様の無念さをひしひしと感じます。

そこで高木市長にお願いします。
もっともっと市民の生の声を聞いて、分け隔てない市政をやっていただきたい。
税金の無駄使いだけは止めて欲しい。
4番街に馬鹿げたものを建てるのだけは絶対に嫌です!
                                 以上。


がっかりして意気消沈してます。



【2008/2月11(月)】  No.153 『 家業 』 

家業を継ぐ、ということは自分の夢を捨てるという事になりかねないのかもしれません。
歌舞伎役者の家に男子が生まれたら小さい時から日本舞踊を習わされ後を継ぐのは当たり前の風習であります。
何代も続く老舗旅館の跡取りには重責がのしかかりますね。
かの「吉兆」でさえ創業者が墓石の下で涙を流してるに相違ないほど、暖簾は大事なのであり信用をひとたび失ったら挽回するのは計り知れない程時間がかかります。
その位跡継ぎというのは、はたで見てるより大変な仕事なのかもしれません。
創業者の苦労を肌で知ってる2代目は、次へ繋げたいという気持が強いから無茶はしないし、無難な事きりしないから大きくはならないかもしれません。
でも3代目になったら世間でも、どうなるかなと見てるから、飛躍してみようと冒険をするかもしれません。

我が家で言ったら私は無難な2代目、そして息子は3代目を継いだばかりです。
子供達もようやく手がかからない小学生になりました。
さあ、ここらで大きく羽ばたくか、大人しく親の仕事を踏襲するだけか見所がやってまいりました。
私には出来ない大仕事をやって貰いたいという希望もありますが、借金ゼロの安泰な経営の軌道を崩して欲しくないというみみっちい気持も無くは無いのが本音です。

いま、テレビで和倉温泉の嫁修行のドキュメントを見ました。
6代目の若造が5代目と旅館の改築でケンケンガクガクと揉めてる場面が出ました。
最後は若造が「さっさとやらないんなら、こっちに任せてくれればいいんだ」と言い返しました。
まるで我が家と同じです。
息子が何かやろうと言い出すと決まって「待った!」をかける私がいます。
話も聞かないで。
でも今日以降、反省しました。
あの5代目が首をすくめて見せた意味を私はピンと来たから。
そうです、「もう任せりゃいいのか」と。

昨日は雪の降る直前、高梯子を自宅から持参してきて以前から気にかかってた照明看板の蛍光灯を取り替えてました。
店の横の立て看板も3日がかりで自分で書き直してるようです。
パソコンで出した字を丁寧に切り取って接着して、気が遠くなるような作業です。
小さな事からコツコツと自分から動いて、集客になるように努力してることは嬉しい限りでございます。
さてさて、次の一手は何でしょうか?
家業を継いで良かったと思うように、親は援護射撃をするしかございませんね。



【2008/2月4(月)】  No.152 『 気になる食品 』 

雪です、積もらないといいのですが・・・
湿気っぽい雪ですから街なかは大丈夫でしょう。
子供達は雪は好きですね。
早速、庭で雪だるまをこしらえてるかな。

国会でガソリン税を下げるの何のともめてる最中、それを上回るニュースが飛び込んできましたね。
事もあろうに生協で販売した餃子で病人が出た!
それも中国製。
真相はまだはっきりしてませんが、これでまた一気に中国製品の信用がた落ちしたのは言うまでもございません。
今や日本人の暮らしから中国製の製品を無くすということは不可能と言われてます。
何せ自給率35%の国ですので。
まあ着る物は仕方ないとして、口に入れるものはなるべくなら地産のものを買いたいと思います。
でも外食をした時はそれはかなわないので、安い店やお弁当は避けたいと思ってます。

その点、我が店は全部、国産品きり扱ってないので気が楽ですね。
海苔は千葉産、お茶は静岡、九州産、椎茸は静岡産、干瓢は栃木産、・・・
専門店ならではの品質管理には神経使ってます。
とにかく自分で食べて納得いく品を新鮮な状態で提供してます。

「お宅の海苔は日がたってもパリパリしてるんだけど、どうして?」
「それは毎日焼きたてを販売してるからです。葬儀の引き出物が不味いのは1年以上先の賞味期限が入ってますよね。だから焼いてから倉庫で保管してる間が長いんです。幾ら乾物でも半年もたてば風味は損なわれますね」
「あ〜そうなんだ。海苔も焼きたてが美味しいのね」

こんな会話はしょっちゅうお店で交わされてます。
美味しいものにこだわるお客様の信頼を裏切らないように毎日毎日一枚一枚、愛をこめて焼きのりに精をだしてます。
今年はおばあちゃんの法事をするけど引き出物は何にしようかしら、と思案中の方がおられましたら是非とも「あげて安心、貰って嬉しい、鳥山の焼きのり」になさってください。
海苔はほんとはこんなに旨いものだったのか、ときっと喜ばれる事請合います。
予算にあわせてどのようにも詰め合わせいたしますのでご来店お待ちもうしあげてます。
あっ、お忙しい方はフリーダイヤル0120−275543でお問合せください。

そうそう私、一つ気になる食品があります。
トマトの缶詰。
メイドインイタリーです。
これもお店によって価格もまばらなんですね。
我が家のランチは野菜満載のトマトスープがほぼ毎日なのでいつでも最低5缶は買ってあります。
輸入品ですので缶の裏に日本語のラベルが貼ってありますが細かい事はイタリア語なので分かりません。
でも大きな商社が輸入してるので信用して購入してます。
大丈夫なんでしょうね?
毎日、毎日飽きもせず食べてる食材なので心配だわ。

な〜んて神経使ってたら何も食べられなくなっちゃうから、そんじょそこらの毒に負けない体になるように頑張りましょう。



【2008/1月28(月)】  No.151 『 気になるあいつ』 

茂木健一郎、秋元康、・・よりも一番気になるのは、やっぱりT・Kでしょうね。
商売柄、名前は書けませんが、いま気にかかる人と言ったらお分かりになるやも。
それにしても彼は中学時代、もてましたね。
今のようにスタイル悪くなかったし、裕次郎に似てたからかしら。
彼が校庭で野球部の練習をしてると、校舎の窓から身を乗り出して見てたもんです。
当時、校舎の窓は南向きでした。
でも校庭は校舎の東側にあったので、とても見づらかったという記憶があります。
私がまた、よく机が並んだんですよ。
学期ごとに席取替えをしますがクジで良く当たりました。
沢山の女子が彼に熱をあげてたので羨ましがられたもんです。
何であんなにもてたのかな・・・
でも15年ぶりに開いた同窓会に現れた彼を見て熱がいっぺんに冷めました。
そこには「場所が休みなので来られた」という挨拶がふさわしいお相撲さんみたいな
彼が遅れて入ってきたからです。

自分を棚にあげて人の事を太ったなんて言えませんが、身長は中学時代そのままで
横に大きくなった彼にはがっかりしましたが、身近に接せられる人になって嬉しかったですね。
あれから30年以上たちました。
お互いに艱難辛苦を味わって、一回りも二回りも大人になったのではないでしょうか。
ますます困窮を極める市政を私利私欲に走らない、クソ真面目な彼に託そうではありませんか。
きっと彼なら使いにくい、無駄な空間ばかりの箱物なんて作らない、市民の声に耳を傾ける行政のリーダーシップを取ってくれるに違いありません。

いま気がついた事。
茂木さんにしろ秋元さんにしろKさんにも共通点がありました。
ふっくらして穏やかな心癒される雰囲気がありますね。
こういう不景気風が吹いてきたご時勢には恵比寿様のようなタイプが向いてるのではありませんか?


【2008/1月21(月)】  No.150 『 省エネ 』 

この2,3日急激に寒くなってまいりました。
予報では雪が降るなんて脅かされてます。
雪が降ると心躍るものもありますが、後が始末が悪いですね。
昔に比べて降らないのも温暖化のせい?
我が家は焼き海苔の加工が始まると機械から発する電熱のおかげで暖房はいりません。
その代わり夏は冷房ガンガン効かせても役にたたない程の熱さですので想像つくと思います。

この焼き海苔機は働き者で今ので3台目ですが使い始めて16年目に入ります。
そろそろ耐用年数が切れるかなと思っていた矢先、加工中に大きな音がしました。
びっくりして機械をとめて調べましたらコンベアを回してる歯車がもう少しではづれるとこでうまくかみ合っていなかった箇所が見つかりました。
こりゃ業者に見てもらわにゃいかん、と言いましたら息子が直して見るというのです。
私は何でも捨てるのが好きで壊れたら新しいのに変えればいいじゃんの主義ですが、息子はまだ使えるものは修理して使うべき!といつでも言われます。
親子の立場がいつも逆転の考えでまいってます。
で、上のふたをはずし、あちこち緩んでた箇所を丁寧に修理して元通りに動くように直しちゃったからわが子ながら「あっぱれ」です。
新しく買えばン百万の出費になりますから、店にとっても打撃ですしこんな大きな燃えないゴミを出したら省エネに反しますよね。
直って本当に良かった!
まっ近いうちに大事にいたらないうちに買い替えも検討しようと思ってますが・・・

さて省エネ、省エネと盛んに叫ばれてますが、個人個人がもっと本気で考えないと先行き大変な事になるようですね。
原油が高騰してるのも需要と供給のバランスが崩れて売る方が値段を吊り上げてるからに相違ありますまい。
メイドインCHINAがこうも我々の暮らしにはびこるとは想像もできませんでしたが、アメリカのスポーツウエアの会社も日本の商社もこぞって賃金の安い中国に加工を頼っていれば益々中国の原油の使用量が増えて価格は高くなる一方でしょう。

じゃ、どうしたらいいかって?
答えは簡単です。
自給自足の昔に返ればいいのではないでしょうか。
遊ばせてる田畑を耕し、贅沢を戒め、今あるものを有効利用して日本全体がもっと地味に落ち着いた暮らしをするように政府にも啓蒙していただきたい。
良いあんばいに福田首相ご夫妻も地味目で品格がおありのようですので、あの二人を模範にして我々ももっと日本人らしく生きたら良いのでないでしょうか。
それがひいては省エネにも繋がると思うのは、おかしい?かな。
 


【2008/1月14(月)】  No.149 『 雨降りの日 』 

あの猫の手も借りたい忙しさとうって変わって、今日は超暇な店番になりました。
世の中は3連休とか・・外は雨が午後になり本降りになってしまいました。
店長は今年初の海苔の仕入れに出かけて、店に静かなバラードをBGMにかけて一人新聞を読んだり、文芸春秋をパラパラめくったり、その間にお客様は何人かな?
この天気ではどこも暇なんでしょうね。
人を使ってる店は大変だろうな。

なんて考えていたら娘からメールが。
どうやら軽井沢は大雪警報が出たとか。
山の上だから仕方ないか。
お腹の子は順調だよ・・なんて機嫌よく喋ってたのに予定日よりひと月も早く里帰りしたいというので早すぎるよ、なるべく遅く帰ってきて、と言った途端プツリと切りやがった。
どうしてこうも我がままな女に育ててしまったのか後の祭りとはこの事かいな。
かわいそうなのはこんな母親に育てられてる孫。
本当に親から子へ孫へと因果応酬、めぐりめぐって孫がどんな大人になるのやら・・・
心配が絶えない今年も早くも10日もたってしまいましたが、皆様お元気ですか?

雨、本当に久しぶりでございますね。いいお湿りになりました。
どうやら氷雨という名にふさわしい寒さも加わってきました。
「氷雨」、カラオケで流行ってた頃、私も持ち歌でよく歌ったもんです。
それがどういう訳か最近はとんとカラオケも歌わないどころか、宴会も2次会まで行かないようになりましたね。
年を取った証拠でしょうか、まっすぐ家路について熱いお風呂に早く入りたいなんて思う今日この頃です。

「前橋ぷらざ」が出来ても街なかは相変わらず、閑古鳥が鳴いてます。
初市も水曜日だったせいか、温かい天気だったのに人出もかんばしくなかったみたいでした。
土曜日だと学生さんも出てくるのですがねえ。
高校を郊外に移転させたのは間違いでしたねえ。
共愛学園も前工もあんな田舎に持って行ってしまって、街なかに若い人の姿が無くては寂しい限りでございます。
まったく、こうも街なかが死んでしまっては手の施しようが無いのではありませんか。

こんな雨降りの日でも郊外のあの戦艦大和みたいなスーパーには人は出かけているのかしら?
あれだけの建物を維持するには電気代も大変だろうな、なんて要らぬ心配もしてます。

先日、カンコ堂で「地方を殺すな!」という本が眼に飛び込んできました。
なんと表紙がわが町のオリオン通りのシャッターが下りた寂しい写真ではありませんか。
おいおい前橋はそこまで寂れた街として有名になったんかい、と自分につっこみを入れたけどボケをかます相手もおらず買ってきて半日で読みかましました。

講評。
何も得るものなし。
要はこのまま郊外に大型店が林立して日本中どこを走っても同じようなつまらない街になってしまったら、日本は犯罪が蔓延して救いようがない、と本誌はリポートしてます。
でもこうやったら防げるとはどこにも書いてなかった・・・気がしました。
さて、既存商店は座して死を待つか?
重い腰を上げるか?
ここまで読んでページをめくると又違う人が違う都市の危機をリポートするのみで読み手はガックリ。
コンパクトシティ構想をめざせ!
そりゃ住まいの歩いてすぐそばに公共施設も銀行もスーパーもあるのは理想的です。
我が家はまるで当てはまります。
じゃ、今更多額の税金を投入して中心街をいじくるのは無駄なのかな?
雨のシトシト降る暇な店番の合間にふとこんな風に考えました。
次の市長のマニフエストには中心街の再生は入っているのでしょうか?



【2008/1月5(土)】  No.148 『 謹賀新年 』 

あけまして おめでとう ございます。

皆様、おすこやかに新年をお迎えになられたことと思われます。

おかげさまで我が家も無事に初売りもこなして今日はもう5日でございました。

暮れからこの10日間ほどは記憶にないほどあっという間でございました。

ヤレヤレ、今年も順調な滑り台、もとい滑り出しのようでほんにお目出度いことかぎりなしでございます。

今年の目標。

1.絶対に痩せてやる!
  いつまでもデブと言わせない!

2・春の九州を謳歌してやる!
  母が何と言おうと出かけてみせる!

3.4人目の孫の出産を無事に済ませる。!
  あの襟巻きトカゲみたいなすばしっこい孫の面倒をちゃんとみるぞ!

4・附中の同級生を市長にならせる!
  小学一年生から机を並べてきた彼は誠意のある品格のある人です!
  県都前橋の顔にふさわしい男の中の男をどうかよろしく!

5、家族一同、病気や事故に遭わぬように一年無事に過ごせますように!
  商売も大事、でも何より家族仲良く楽しく暮らすのが一番!

以上、私も店も63年の風雪に耐えてここまで、何とか持ってきました。

これも一重に皆様のご愛顧の賜物と感謝いたしております。

いよいよ、これからが正念場です。

寂れた中心商店街でピカッ☆と光る店として更に精進してまいります。

どうぞ今年もすみからすみまで、づづ〜とお引立てのほどよろしく御たてまつりますよう

お願い申しあげます。m(__)m



【2007/12月24(月)】  No.147 『 クリスマスイヴ 』 

すっかりクリスマスという年中行事も日本に定着した模様でございますね。
それもこれも商魂旺盛な企業の宣伝のお陰とでも申しましょうか、例の赤と緑と金色のクリスマスカラー満載の写真を目の当たりにさせられますと大人も子供も浮き浮きとします。
我が家にも9才と6才と1才の孫がおりますので、まずはクリスマスプレゼントに頭を悩まします。
ところがこのプレゼントの玩具というのが私ら年寄りにはどんなものが流行ってるのか皆目見当がつきません。
それとなく本人がサンタさんに何をお願いしてるか親に聞きましたら男の子はゲームソフトの「おとだま」・・・なんやのそれ?見た事もないし初めて聞く単語や。
女の子はリカちゃん人形の彼氏の「かけるくん」だとか。
でも両方とも店頭では売り切れ状態でどこにも売ってないんだとか。
はてさて弱ってしまいました。

そこでハタッと思いついたのがネットオークションでございます。
仕事の合間にせっせと探しましたら両方ともありました、ありました。
それも新品がかなり格安で、と言っても送料をいれれば店頭価格でしたが。
個人でこういう風にオークションに出すというのは何でなんでしょうか?
ギリギリセーフで23日に郵便やさんが届けてくれました。
おかげであーちゃんからのクリスマスプレゼントだよ、と綺麗にラッピングして渡すことができました。
毎年クリスマスの頃は店もお歳暮商戦も一段落でお年賀用品が出回るすき間で暇な日なので夜は早めに店じまいして息子の家で庭の電飾を見ながらささやかなパーテーをする慣わしになってます。
今年は23日に87才の母も元気に参加して嫁さん手作りの料理を皆でいただく事ができました。
二人の孫も欲しがってたものが一日早くサンタさんならぬ、ふとっちょばあちゃんからプレゼントされて不思議そうな顔をしてましたが喜んでくれたようです。
きっと25日の朝の枕元には2番目にお願いしておいたプレゼントが置いてあるんじゃないかな・・・

長野の孫にはお金を送って欲しいものを買ってあげてと言いましたら「プラレ−ル」を買ったとかで携帯の動画が送られてきました。
高速道路を車が走る大きな玩具のようです。
これでおばあちゃんとしての役目も無事終了。
ヤレヤレ、私にはどなたもクリスマスプレゼントはくれませんが、贈る相手がいてホームパーテーが出来る家族関係に感謝をせねばなりますまい。
また明日からせっせと焼きのりに精を出してお正月を迎えることにいたしましょう。





【2007/12月10(月)】  No.145 『 前橋プラザ元気21 』 
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この年の瀬のあわただしい時期に、何やら長ったらしいネーミングのビルがオープンしました。
西武デパートが閉店してから、かれこれ?年かしら?
中心商店街の衰退のシンボルのようにゴミだらけの空きビルが50億という税金を投入して前とは打って変わったモダンな建物に変身した模様です。
中にはまだ一歩も入って無いので感想は書けませんが、北側の入り口から見た感じは
地下のスーパーがまだ開店してないせいか、ただだだぴろっくて、いかにも箱物行政って
感じ・・・

南側の入り口から1階部分は全部、市の持分のようです。
名前ばかりの「にぎわい課」がこんないい場所に陣取って市民から文句が出なけりゃいいのですが。
名前に恥じないような「にぎわい活動」をしてくれないと恥ずかしいのでは?

2階が子供交流プラザ?
何ですか?
これって、こんな広い場所必要ですか?
いつまで大勢のちびっこ達が来てくれることやら・・
自転車置き場がちょこっと飾り程度に作ってあって、幾らタダでも車で来るほど面白い場所かい?
それに日本最大級の子供図書館ですって。
それじゃ前橋中の本屋さんが嘆くよ。買わなくていいんだもん。

まっ、作ってしまったからには多いに利用しなければもったいない!
3,4,5階は中央公民館が移転したというからには、ここは賑やかでしょう。
私も週に2回ほどお世話になっておりますから。
水曜日にお茶室がどうなっているやら、期待半分、不安半分です。
以前、お茶室のタタミ代えをしてくれたのですが、茶室のタタミのヘリは黒と決まっているのに、薄みどりのヘリにしちゃった・・・何おかいわんやですね。
素人さんはこれだから怖い。
分からなければ聞けばいいじゃないですか。
結局、即取り替えてもらいましたが、経費は全て税金です。
茶室くらい難しい造りは無いのですから、慎重に設計するべきでしようね。
ああ、早く見てみたい。

そして6,7階は来春開校予定の群馬社会福祉大学付属医療福祉専門学校が入るそうな。
長い名前・・・
あ〜、でももしかしたら家の孫が将来、お世話になるやも知れませんから楽しみ!
学生さんが街なかに戻って来てくれればこれも活性の一端をになうかもしれません。
あとは北側の空きビルを一日も早くテナントを入れて映画館も復活していただきたいものです。
何しろ前橋は地価が全国一安いのですから、今がお買得に違いありません。
全国の大金持ちさん、前橋に投資してください。
街が生き返るお手伝いをしていただきたいのです。
もう死に体かもしれませんが、かすかに息はしております。
残った店は必死に水面に顔だけ出して頑張ってますので、どうか前橋を救済してください。
とても「元気21」のビルがオープンしたぐらいじゃ街は活性されません。
今日も空っ風の吹きすさぶ街には閑古鳥がいっぱい鳴いておりました。はい。

最後に、この日記を読んで気分を害された方がおられましたらお詫び申し上げます。
本当に心の底から中心街の行く末を心配している海苔やのおかみのたわごととおもってくださいね。



【2007/12月03(月)】  No.144 『 季節の到来物 』 

早いもので今年もあとひと月余りになりました。
木枯らしが吹くと、国道17号の大木から落葉が掃いても掃いてもキリがないほど散ってきます。
これが全部お札ならいいなと考えながらかき集めるそばからじゃんじゃん飛んできます。
まったくもって並木界隈に住む人の悲哀ですね。

季節の到来物といえば落葉だけではございません。
店頭には新海苔が出まわり始めました。
江戸前ちばのり、東京湾の海苔漁師さん達が日も明けない内から摘みとった採れたてのホヤホヤです。
口に入れると、サクサクッと歯切れがよく、プ〜〜〜ンとなんともいえない新海苔のいい香りがいっぱいに広がります。
炊き立て