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店主だよりをご覧いただきありがとうございます。 当欄の更新は毎週月曜日に行っております。 どうぞよろしく! |
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2代目おかみ、サチコです。 |
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【2009/6月8(月)】 No205 『 お知らせです』
店主便りを休止して前橋SNS「まえりあ」に投稿するようになって4ヶ月経ちました。
本当に「光陰矢のごとし」とは良く言ったもんです。
お久しぶりですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私はちょっとメタボが気がかりですが、いたって元気です。
元気にしてないと、腰を傷めた母の介護、お店のやりくり、孫の世話、自治会の役員、
あれやこれやをスムーズにこなせません。
この店長便りを久しぶりに書いてる日(7日)は室内で気温27度、湿度40%です。
爽やかな風が暖簾をユラユラとゆすぶってます。
もうすぐ嫌な梅雨入りですね。
その後はまた今年も37度だの猛暑がくるのでしょうか。
日本は四季があって素晴らしいとも思いますが、本当に過ごしやすい快適な期間って
短いと思いませんか?
5月もちゃんとした皐月晴れも幾日も見ないうちに6月に入ってしまいましたね。
中心商店街は日曜日なのに閑散としてて、今日はデパートも景品がつかないせいか
家の前の道も渋滞ゼロでございます。
果たしてこのままの状態がいつまで続くのでしょう?
先日2年前から会議を重ねてきた4番、8番街合同再開発事業に一応ピリオドが打
たれました。
市長の発案で発足した事業なのに、我々の住む4番街はこの計画から除外されまし
た。
これからは8番街のみで再開発事業をする事に相成りましたそうです。
20年前の悪夢が蘇ったと8番街の地権者の一人がおっしゃってました。
一方的に地権者の許可なく計画案が示されてます。
見れば今現在、商いをしてるお店は跡形もなく消えうせてその場所には駐車場、
コミュニティ施設、イベント広場、商業施設があり北東の角地に民間が押しやられてま
す。
しかも驚いた事にスケジュールがH22年に測量、H23年に工事、H24年の中頃には
完成の文字が印刷されてます。
誰一人として5軒の地主さんに了解を得ずによくまあ、こんなずさんな想定ができるも
のですね。
もちろんこれはあくまでも案ですからこのまますんなり、行くとは思いませんが・・・
もう我々4番街の地権者には関係ないのかしらねえ。
あれほどこちらの気持を弄んでおいて、それはないでしょと皆さん言ってます。
H20年9月から7ヶ月もかけて「独立行政法人都市再生機構」に頼んで探った結果
が20年前と同じ轍を踏むなんて呆れて開いた口がふさがりません。
箱物行政がいかにバカらしいものか。
一部のやからのフトコロを温める為だけにこれ以上、税金を垂れ流すのは辞めていただ
きたい。
そんな事より、シャッターの下りた店を何とか明けさせて、昔の町並みに戻すのが先で
は無いのかと思いますが。
9つの商店街はまるで大型スーパー「ケヤキ」に匹敵する大きさじゃないでしょうか。
商売をやる気のある人達を呼び込んで大家さんには家賃を格安にして貰って店を始
めてもらいましょうよ。
にぎわい課の職員も居心地のいいオフイスで終日、パソコンとにらめっこしてないで。
一軒、一軒根気良く当たって交渉してくださいよ。
今閉まってるシャッターが全部開いたらケヤキやイオンなんて目じゃない素晴らしい商
店街が復活するに違いありません。
いつの日か大人がゆっくりと買い物できる品の良い町並みが戻るのを夢みて私はこの
店を守る所存でございます。
なお6月11日から15日まで”創業63周年記念売り出し”を開催します。
お得な商品を揃えて、またお買上合計3000円以上は一割引きさせていただきます。
空クジなしのガラガラポンの抽選会も行いますので皆様お誘い合わせてお越しください
ますよう心よりお待ち申しあげております。
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【2009/2月19(木)】 No203 『 お詫びとお知らせ 』
実は2週続けてせっかく書いた文章が何の手違いか残ってなくて店主便りを」更新することがかないませんでした。 同じミスをすると書く意欲を失くします。 だって都合4回も書き直したのですから、時間も頭も使って。
そこでこの際、つまらない事を書き連ねる位ならいっその事、オバマ風にチェンジします。 前橋SNSの「まえりあ」というサイトをご存知でしょうか? 登録してログインさせしていただければ、どなたでも読んだりコメントも書き込める場所です。 私もヒマな時間に先月の15日から、ほぼ毎日、写真入で日記を書いております。 名前は「とりさち」で探して見て頂けると、私の日常がわかるようになっております。 決して無理にとは申しません。 興味のある方は覗いてみて、よろしかったらコメントを書いていただけたら嬉しいかぎりでございます。 そんな訳でしばらく店主便りは休憩して、違う場所で書かせていただく事をご了解していただきたいと思います。 どうぞこれからも鳥山海苔店のおかみさんをよろしくお願いいたします。 まだまだ元気ハツラツで中年パワーを発揮してがんばりまっす。!
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【2009/2月2日(月)】 No202 『 恵方巻き 』
本当に一年なんてあっという間にたってしまいますね。 明日3日は節分ですね。 また世間では、特にコンビニ、スーパーでは「恵方巻き」予約のポスターが目立ちます。 そもそも恵方巻きなんて、関西地方ではメジャーな風習のようですが、この辺で流行出したのはつい最近ではないでしょうか? だってあんな太い海苔巻きを恵方を向いて無言で丸かじりするなんざ、お行儀が悪いって思いませんか?
商業ペースに乗せられて、やれクリスマスだ、バレンタインだと同じで海苔やが海苔を売らんが為の戦術かと思い気や、自分で巻く人は少ないみたいで、出来合いの太巻きを買ってきて丸かじりするのが流行なんだとか・・・
家は私がせっせと巻きます、毎年。 具は7種類いれると縁起がいいと聞きましたので、かんぴょう、椎茸、ニンジン、ゴボウ竹輪を甘辛く濃い目に煮ておきます。 あとは卵焼きとすりゴマに砂糖醤油を混ぜておきます。 これで7種類かな? 私がデンプとかキュウリを入れるのが嫌いなんで、こんなものですが家の皆には人気があります。 海苔はほら、売るほどございますので、きっと最高品で巻くのではとお思いでしょうが これが紺屋の白袴で普段、焼いてて抜いたキズ海苔でちょちょいと巻いてしまいます。 穴があろうがやぶけていようが後は巻く人の腕の見せ所なんちゃって。 穴はふさげばいいし、裂けてても上手に巻けば大丈夫なんです。
家の電気釜は目一杯炊いて5.5合なんで10本作るのがせいぜいです。 私と母で3本。 息子んチに5本。 お嫁さんの実家に2本差し上げます。 もっとも具が余るけど、酢飯が無くなるので次の日には生を買ってきてチラシ寿司にしたりします。
お寿司って飽きないから不思議。 お仏壇に供えてラップしといたのを後で食べるのも旨いんだ。
いつもスーパーで買ってきてすませてしまうご家庭の皆様、今年こそ鳥山の新海苔で巻いて巻いて縁起をかつごうではございませんか? それにしても今年の恵方、東南東に神様がおられるのかしらね? まったくもって、信心深いニッポン人が多いと言う事はある意味、平和であるということで、3日の夜は日本中のいい人は太巻きを黙々と一本丸かじりしてるって訳なんだ。 想像すると笑える光景でございます。
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【2009/1月26日(月)】 No201 『 こだわりの商品 』
今日の新聞記事によると、この100年に一度の大不況の世の中でも日曜品や嗜好品の中で、従来よりもちょっとだけ高価な「こだわり商品」が注目を集めていると書いてあります。
何が?と思い読むとシャンプー、ティシュ、ビール、歯磨き、マスク、犬のエサなどなど・・
シャンプーはテレビCMで長い髪をユサユサ振って若い娘さんの後ろ姿が印象的なあれですわね。 私も発売当初、すぐに飛びつきましたがボトルの形が不安定な尻つぼみ型で幾度もお風呂場で落下して一回でパス・・ やっぱり前から使ってた薬用シャンプーに戻りました。 でもこれもお値段が安売りののに比較すると3倍くらいしますが、私には髪は女の命?ですのでもう石油製のに替えるつもりはありません。 これってこだわりでしょうか?
ティシュは鼻をかむのは5箱で298円の特売品で間に合わせてますが、顔のクレンジングを落とすのは一箱400円くらいの柔らかいのを使ってます。 置く場所を変えてるのですが慌ててお茶をこぼして高い方のティシュで拭いた後の口惜しさ・・・些細なことですが「もったいな〜」と気落ちします。 これもこだわりの一種かしら。
歯磨きも昨年の暮れに疲れから、歯ぐきが腫れて痛くて硬いものもかじれなくて29日に歯医者さんに駆け込んだ苦い経験から、やっぱり値段の高いのを使ってます。 歯は人間の命のミナモトですものね。 今では自分の歯で硬いおせんべいでもフランスパンでも沢庵でもバリバリ噛み砕けるようになりました。 ドラッグストアに行き、沢山の歯磨きの中から迷いますが、やっぱり効果のありそうなのを選んでしまいます。 これもこだわり?
洋服もユニクロは評判がいいらしいですが、きゅうくつで気に入りません。 きっと私のサイズにあったのは売れないのかもしれません。 だからもっぱら、デパートのバーゲンセールを狙います。 私のお気に入りは「トランスワーク」 大きいサイズでもキャリアウーマン御用達で一見、若々しく見えるデザインが大好きです。 買う時はお値段もいいので躊躇う時もありますが、飽きが来ないので着まわしがきくので愛用させてもらってます。 安物買いの銭失いは若い時には経験しましたが、還暦を過ぎた今ではいいものを長く着用しようと心がけてます。 それがひいては経済的なんじゃないでしょうか。 ふ〜ん、これも私のこだわりか・・・
私は意識してこだわる性格じゃないと思ってましたが、こうやって書いてみると案外こだわりやだと思いました。
そうそう、肝心の食もの! これはこだわってますねえ。 野菜、これはぜったい国産品です。 出来れば群馬で採れたものだけで献立を立てたいところですが、学校給食で試しに国産品だけで作ったらご飯と芋類と野菜も限られたとか・・・ 加工食品には得体の知れない調味料が必ず入ってますので長年、とり続けるといつかは肝臓に毒素が溜まって老後のカラダに影響するのだそうです。
やですねえ。 そんな事心配してたら何も食べられないじゃないですか。 地球上では何億という人達が餓えで苦しんでるのに、あれがやだ、これが怖いなんて言ってたら贅沢というものです。 でもタダ一つ言える事は頭で考えて食物を口に運ばなくては、後では誰も助けてはくれぬという事ではないでしょうか。 いつかは今までのツケが回ってきます。 私も若い時に脂っこいものを好んで食べ過ぎたツケで胆石になり胆嚢を除去しました。 そのせいで今では辛いものや油っ濃いものを食べると気持が悪くなります。
食いしん坊のツケももう出てます。 ウエストが苦しくて運動も苦手なので、ほとんど座敷ブタのごとく脂が乗ってしまいました。先週も書いたとおり、今年の目標の体重制限はもはや切羽つまってるのが現状です。 誰か幾ら食べても、運動しなくても太らない方法を考えていただけないでしょうか? えっ、そんな方法を考えられたらノーベル賞ものですって。 だろうな・・・
そうか、自分チでこだわり商品を売ってたんだった。 千葉産の純国産海苔ですよ。 しかも焼きたてのパリパリ! お腹がすいたら海苔をかじろう! 海苔は繊維質が豊富だから便秘解消にもなるから、もしかして痩せるかも・・・
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【2009/1月19日(月)】 No200 『 通常の暮らし 』
ふ〜、12月から休みなしで商売、母の介護と息抜く間もなくやってきてやっと幾らか余裕が出来てきました。
母も88才にしては気持が前向きで早く元気になって手が足りない時くらい店の仕事の手伝いしなくちゃ、と言ってはおりますが日がたたないと背骨を傷めてますのでなかなか完全復帰とはいかないようです。
店は一段落の様相です。 お年賀のお使い物はさすがに出なくなりましたが、黒板に法事の引出物の注文は必ず書いてありますので、一気に気を緩めるわけには参りません。 でも気分的にはすごく楽! これが通常の暮らしというんでしょうね。
不況の波をかぶって寝る場所まで失くす人達の事を考えれば欲は申すまい。 地道にコツコツ。
悩みは・・・笑わないでください。 体重がオーバーで余所行きの服がみんな、きつくて出掛けにかぎホックの位置を直す始末で本当にどうしようもございません。 ライオンのサプリのお試し品を取り寄せて飲んでみましたが10日間くらいじゃ体重計の数値はびくともしません。 こりゃだめだ・・・本当にマックス体重増です。やばいかも。
頂き物で太るのが判明しました。 どうして皆さんお菓子類を持ってくるのでしょう? あそこにあれがまだある、と思い出すと矢も立ても溜まらず口に・・・食いしん坊バカ。 自分でもここまでは許せる許容範囲はるかにオーバーですもの、口を縫ってしまいたいです。
太ってる方が若々しくていいわよ、なんてお世辞に乗ってる私は他人に厳しいくせに自分には甘い、和田○子さんみたいでしょ。 でも彼女も先日の番組内でタバコを止めると宣言したから、やっとその気になったのか。 そうか、私も皆の前で5キロ痩せますと宣言すればその気になるのかしら。
じゃ言います。 「3食のご飯以外は口にしません。間食はやめます」
え〜ん、そしたら私の生きがいが無くなる。
お菓子より良いものって何?
そうだ、口寂しい時に昆布だ。
家でも売ってるじゃん。
よし、小さくカットした昆布とガムで絶対にウエスト、マイナス5センチ目指すぞ〜。
小せえな、私も。 もっとでっかい目標ないんか? ない、ない。 家族が健康で仲良く商売に励めればこれ以上言う事なしでござります。
あとは母に一日も早く自立してもらって旅行に行きたい、ってもう欲望が出てるじゃん。 あ〜あ、人間死ぬまで欲望との戦いですね。 これが生きてる証拠か・・・
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【2009/1月12日(月)】 No199 『 今年もよろしくお願いいたします 』
平成21年に改まって早12日たってました。ギョエ・・・ 暮れにあんまり忙しくて、早く2日の初売りが済まないかな〜と切望してましたので、あれよあれよと日がたって、やっとこさっとこ今日は若夫婦は11月の最後の日曜以来の休日を過ごしてます。 母の骨折もあったのですが、お蔭さまで無事に年末年始の繁忙期を乗り切りました。 あれだけお使い物の海苔が動いたのですから当分は店は閑散としますでしょう。 あ、でも法事の引出物の注文は相次いで入っております。 本当に引出物はまとまって出ますのでありがたや、ありがたやです。
接客を主にしますと、その他の雑用がすごく多いのが個人商店の宿命でありまして、増して我が家は自分の店で加工販売をしてますので、黒い海苔を問屋から仕入れて、それを一枚一枚遠赤外線でじっくり焼き上げてます。 出てくる海苔の熱さったら、慣れない人にはとても持てない熱さです。 私も母特製のレースの指サックをはめてこなしてます。 それでも皮が硬くなってひび割れてきます。
全形海苔は10枚づつ数えて袋詰め、おにぎり用や手巻き用はカットして袋詰め。 それを我が家では「ガチャコン」と言い表してますが空気を抜いて口を閉じる機械で密封します。 電動ですから挟まれたら指先は骨まで粉砕する危険な作業です。 知り合いの海苔やさんで挟まれて骨折した話を聞いて肝を冷やしました。 今年の冬休みは孫二人がお手伝いに来てくれましたが、焼のり機もガラガラ動いてますし、ガチャコンも危ないし気を使いましたね。 でもポリ袋に入った海苔をお年賀用に熨斗袋に入れる作業を競争してやってくれました。 身近に両親が懸命に働く姿を見られて、良い社会勉強になった事でしょう。 来年は自給500円くらいでバイトしてもらおうかしら? ただねえ、すぐに飽きてしまってグズを言い出して仕事をホッポリ出してしまうのが難ですねえ。 お弁当を買いに行くのは好きで途中で玩具やに寄り込んで道草しながら行ってくれました。 それと缶入りも4階の倉庫にある機械で「ザ〜」と切断して詰めます。 その時に絶ち落とした「もみのり」がこれまた格安で旨いので長野原や高崎からもお買い求めにいらっしゃいます。ちなみに30グラム入り155円也。
息子夫婦と私の三人でこなす作業には、有り余る分量ではありますが、さりとてパートさんを頼んでも、孫さえ使いこなせない煩わしさに躊躇してしまいます。 たとえ夜なべ仕事(懐かしい言葉)になろうとも内々でこなすのが一番無難なんでしょうね。 焼のり箱入りの包装は私の出番は無くなりました。 几帳面な息子には私の包装は気にいらないんだとか・・・ 私だってこの道40何年のベテランですから、頭から「オレがやるから」といちいち言われると腹が立ちますが、最近では楽チンでいいやと見てます。 その代わり椎茸やお茶やワカメや干ぴょうや青のりを詰めたりの雑用を一手に引き受けてます。 我が家は全部、産地から大きな箱で取り寄せて、小分けして袋つめをして販売してます。 その方が確かな商品を売れるのではと、これだけは創業以来変わっておりません。 その袋にシールを貼るのも結構たくさんあって大変なんですが、私は最近では目も頭も老化現象で失敗が度重なるようになり自信を失くしてます。 裏表を逆さに貼ったり、曲がってたりでしょっちゅう息子に注意されてます。 でもめげずに頑張りまっす。
今年で創業63年になりました。 ちっぽけなお店ですがお客様にとって無くてはならないお店であるがためにも、どんな小さな努力も惜しみなくず〜と続けて行く所存でございます。 小さな衝突は日常茶飯事ですが家族仲良く、お互いを高めあって今年一年を無事に乗り切るようにがんばります。 皆様どうぞこんなお店ですが可愛がってくださいね。 皆様にも今年一年幸多かれと祈念いたしております。
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【2009/1月05日(月)】 No198 『 謹賀新年 』
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は格別のお引き立てを賜り厚く御礼申し上げます。
本年も変わらず倍旧のご愛顧の程お願い申し上げます。
ふ〜〜、無事2日の初売りを成し遂げることができました。 3ちゃん商売の当店ですので、準備たるや仕事量がハンパじゃございません。 焼のり加工はもちろんのこと、シール貼り、袋詰め、包装等、夜なべ作業が続きました。 冬休み中の小学生の子供二人も今年は手伝いが出来るようになり少しは助かりましたよ。 11月末から一日も休まず働きづめだったので、今はとにかくゆっくり休みたい。けど休めない。。。 家中みんなクタクタです。
おゆきに代わって3代目でした。 来週はおゆきが登場します。
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【2008/12月29日(月)】 No197 『 不景気ムードは誰のせい? 』
昨日あたりから急に冷え込んでまりましたね。 えっ、景気もですが気温がです。 100年に一度の不況だなんて・・・ 私が次の不況まで生きてられないのは目に見えてますがどうしたもんでしょうねえ。 元凶は海の向こうの、かの国で家のローン返済が出来なくて、車を買い替えるなんざ夢のまた夢みたいになって、車が売れなくなったから? 何だか狐に化かされたみたいなお話じゃございませんか? 津波のように失業者の波がこちらの国まで溢れてきようとは思いもよらなかったですね。 でも日本の人口1億3000万人のほんの一握りの派遣従業員のリストラをメディアが大袈裟に取り上げすぎるから、関係ない人達まで買い物を控えて世の中にお金が出回らなくなってる気がしてなりません。
稼ぐ人はそれなりに稼いでるはずですから多いに財布の紐をゆるめていただきたいものです。 でも、わたし、この時期にお正月を海外で過ごす人達が成田で何万人なんてニュースを見ると無性に腹がたって仕方ないのです。 国内でお金を使ってくださいよ〜とテレビに向かって叫んでおります。 年末の民族の大移動もニュースに載りますが幾ら渋滞に巻き込まれてもお正月くらいは親のとこに帰りたくなるんでしょうね。 私には実家イコール住みかですので生涯、里帰りができません。 だから余計羨ましく感じるのかもしれません。
帰る家がある人は幸せものなんて当たり前がおかしい世の中にだけはなりませんように。 来年こそ景気のいい話が聞けますように祈って今年最後の店主便りを〆させていただきます。 最後までご愛読いただき感謝いたします。
では皆さま良いお年を。
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【2008/12月22日(月)】 No197 『 忙中閑あり 』
クリスマス前のこの時期は毎年、お歳暮も一段落してお年賀もまだ早いのかちょっと気が抜ける日がございます。 毎日、毎日朝から晩まで焼のり機を回して指の皮が一皮も二皮もむけるほど海苔を焼いておりますが、これが飽きないから不思議というか当たり前か・・ 商売に飽きたらあきないになりませんものね。 街なかは相変わらずシャッターを降ろしてる店が多く、まるでゴーストタウンの様相を呈しておりますが我が家も含めてどうにか生き残ってる店が約60軒くらいはあるようです。 皆さんもご存知の「Qのまちポイントカード」を発行してる加盟店の数です。 でもこのカードは2%のサービスですので我が家のおにぎりマークのポイントは5%引きですから断然おにぎりマークを集めるお客様が多いのは言うまでもございません。 満タンで1000円サービスは有難いと皆様おっしゃってくださいます。 この不景気を乗り切るには足元を良く見て、自分の仕事をもう一度照らして確かめ、まずはお客様にお買い物をしていただいた後に満足感を感じていただくのが大事だとおもいます。
品物が美味しくて価格も安定してて、笑顔で接客、そしておまけのポイントサービスをポンポン! これでお客様が減ったらもうどうしようもございませんね。 「そしたらどうする?」と焼のりをしながら息子に訊きましたが黙ってて返事が来ません。 ご町内の金物やさんみたいに息子さんを板前の修業に出して店を改装してステキな料理屋を開業させてあれよ、あれよと言う間にあちらに旅立って行った様は見事というほかございません。 郊外の大型店に客足を奪われ、業種転換に踏み切った覚悟はいかばかりか・・・
反面、商売を辞めてシャッターを降ろしたまま何で生計を立てているのか、商店街に暗い影を落としたまま何も手付かずにしてる家主の気が知れません。 自分の店があるのですから何を売ってもいいじゃありませんか。 中心街の活性化は先ずは、今閉まってるシャッターを開けて商売を始めてもらうのが一番手っ取り早い方策ではないでしょうか。 家主がやる気が無ければ商売をやりたい人を募り格安の家賃で貸してあげるのです。 どうせ閉めてれば一銭にもならない店ですもの、どうかシャッター通りなんて汚名を晴らす為にもテナントを探して店を開ける算段をしてください。 そうすればケヤキウオークなんて目じゃない素晴らしい散歩コースが又生まれるじゃありませんか。 お金持ちでヒマのある世代が楽しく買い物の出来る高級商店街を又、復活させようではありませんか。 誰か先頭に立って旗振りしてくれないかな?
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【2008/12月15日(月)】 No196 『 あと半月か・・ 』
めまぐるしく雑事に追われてもう今年もあと16日きりになりました。 皆様にとって平成20年はいかがな年でしたか? 良くも悪くも死なないでこうして雑文を書ける日々には感謝せねばなりませんね。 私にとって今年は4人目の孫の誕生と母の米寿のお祝いは嬉しい出来事でした。 そうそう、内孫のゆうちゃんが小学校に入学、秋には七五三のお祝いもしましたね。 その度に大きなもの入りですが、それもこれも大事な家族の為ですから喜んでお祝いをいたしました。 お蔭さまで孫達は皆、元気いっぱいやんちゃで何の苦労も無いようです。 サッカーにテニスにと親は送迎やら応援やらで、商売のかたわら有意義な時間を共有してるようです。 私自身、子供のスポーツを通しての大人同士のお付き合いに楽しい思い出が一杯ありますので 多いに子供の成長に合わせて親も成長して貰ええればこれに越した事はございますまい。
娘の方の孫も順調に大きくなって、上の2才の坊主は保育園バスに揺られて毎日、泣かないで行くようになったとか。先日はお遊戯会で「三匹の子豚」の子豚の役をこなしたらしいです。 下の7ヶ月の赤ん坊も早いもんで伝い歩きを始めたとか、携帯写メでニッコニッコしながらアンよしてます。 こちらは老けるばかりですが、可愛い孫の成長が今の私にとって一番の生きがいであるのは間違いございません。 どうかこのまま、真っ直ぐにスクスク育ちますようにと祈るばかりです。
さて、孫はほっといても親がいるから構わないのですが、厄介なのがお袋さんでございますね。 88のお祝いを済ませてヤレヤレと思ったのもつかの間、またまた転びました。 今度は後ろに尻餅でございます。 骨粗鬆症の老体ですので、背骨の一部が潰れまして痛い、痛いと毎日大騒ぎ・・・ 暮れに来て私はほとんど店におりますので、三度の食事と10時と3時のお茶の時間には顔を見せて叱咤激励をしてますが、「このまま寝てたらボケちゃうよ」に始まって「どっかいいお医者に連れて行って」の催促がうるさいんです。 実の親子ですので「何処へ行っても時間がたたないと治らないんだよ。転ぶなとあれほど言ったのに家の中で転ぶんだから始末に負えないよ、まったく」と文句を言いつつシップを変えたりお灸をすえたり体を拭いたり頭をドライシャンプーしたりと面倒みてやりつつ、本当に面倒くさいたらありゃしないと嘆いてやります。 ねえ、私もあと20年も生きてたら転がって誰に面倒見てもらうのかしら? お母さんはいいよ、私がブツクサ文句言いつつやってもらえるから・・・ 私はそうなったら息子の嫁さんに? やだ〜恥ずかしいよ〜。 大きなお尻にお灸なんて据えてもらうの・・・
長生きするのも考え物だ、と最近の母を見てるとつくづく思います。 世の中もすべからく世知辛くなってる昨今、リストラされて挙句に宿無しが増えたら、世の中の秩序が乱れて犯罪が横行しそうでお先真っ暗な感じがしませんか? 先ずは自分の頭のハエを追うことに責任持って、贅沢を戒め身分相応の生き方に専念いたしましょう。 一人ひとりが自分を守り、家族を守り地味〜に暮らせばおっかない事なんて何もないじゃん。 と、楽観主義のわたくしは高をくくっておりますが・・・おかしいかな? 除夜の鐘がなるまで稼いで稼いでいいお正月を迎えたいと思います。 えっ、今年を締めくくるのまだ早い? だってもう書く事ないんですもの。くたびれるし・・・
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【2008/12月8日(月)】 No194 『 慣習 』
暮れだというのに街なかは閑古鳥が鳴いております。 とてもじゃありませんが暮れのムードではありませんね。 お客様が分散してるに違いありません。 噂では幾つも出来た郊外の大型店も寒さしのぎの散歩をする方々は大勢見えますが、買い物袋を提げてないとか・・・ いわんやこれほどの不況風が吹き荒れて、解雇、、解雇とニュースを賑わしてくれては、贅沢品はおろか日常品さえサイフの口を開くのさえおっかなくなりますね。
でもこうゆう事態だからこそ、上司や何かとお世話になるご両親への付け届けは欠かせないのでは? 自分への贅沢は一旦おいといても、先ずは大事なお付き合いを優先していただきたいと思います。 そこで何を贈ろうと悩みますね。 そういう時は実用品が一番喜ばれるのではないでしょうか? お米、お醤油など調味料、そして「焼きたてのパリパリの鳥山の焼のり」です。 今年は新型インフルエンザが猛威を振るうと懸念されてますが、そんな時に先ずは掛からないように外出を控えるのが優先で、次に2週間分の食料品を確保すべきと先日のテレビ情報で見ました。 だからお米と海苔と缶詰と味噌汁でもあれば当座はしのげるのではないでしょうか?
贈り物に「贈って安心、貰って嬉しい鳥山の焼のり」を是非どうぞ。 お歳暮お買い上げのお客様にもれなく特製きざみのりをサービスしております。 それと500円に一個押すおにぎりマークのポイントを貯めるチャンスですよ。 あっという間に一枚満タン、そうすると1000円割引になりますので、この不景気な時期におっきいサービスです。 どうぞ皆様、今年のお歳暮は自家製で品質保証の鳥山の焼のりを承りますよう心からお待ち申しあげております。 それにしても家もいつもよりヒマだな〜・・・
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【2008/12月1日(月)】 No193 『 エチカの鏡 』
おかしな題のテレビ番組を見ながら書いてます。 タモリさんが司会のアンケートを主題にした番組のようです。 今回は親子の愛がテーマ。 「あなたはお母さんと会話をしてますか?」ですって。 そうか、私のように生まれてからこの方64年間、ず〜と母親と離れずに生きて来た人間は少ないのか・・・ 女ばかり4人の長女なので何と無く親の家業を継いで、そこには親も付録で付いてきたという次第なんですね。
まあ、世間的に比較したら母親とはいやがおうにも一杯会話はしてます。 まして頭のいい?母親ですから、一つ言えば三つ返ってくるすごいばあさんです。 でも残念ながら、年には勝てないのが身体の衰えですね。 休みというとあちこち病院の梯子につき合わされます。 内科に眼科に整形外科。 特に今月はもうこりごりでございました。 開業医から紹介状を貰いなるべく早く群大の眼科へ行ってくれ、と言われたら心配ですぐに行きますわね。 まあ、びっくりした! 当日の予約者だけで247人ですって。 そこへ我々のような初診の者が割り込みます、果たして待つわ待つわ。 お尻が痛くなるほどイスに座って待たされました。 途中で食堂でランチを取りに行かされ、ようやく開放されたのが5時半。 外は真っ暗、ほうほうの体でぐったりして帰ってまいりました。 母は又違う病院の紹介状を手渡されましたが、未だに状差しに差したままです。
だって群大での疲れが原因で尻餅をついてしまい、圧迫骨折をしてしまったからです。 今日もまだ痛い、痛いとうなってます。 近くの整形外科でレントゲンを撮ってもらって背骨が見事に曲がって圧迫してました。 本当に呆れるほど転ぶんですよ。 過去にも外で転んで救急車に3回運んでもらった人です。 今回は部屋のゴミ箱のゴミを出そうとしてあっという間に後ろに転んだんですって。
これから店がお歳暮商戦で立て込む時期なのに、当の本人も申し訳ないと思っているんでしょうが余計な仕事が増えてしまいました。 入院は絶対いや、と言いますので通院で治すしかありません。 まったくもって他の妹達にも、玉には親の面倒を見てもらいたいと思いますが、母自身は他の3人には迷惑かけたくないなんて言うので、私には当たり前と思ってる帰来があります。 これも運命と諦めて仕様がないから、朝晩からだを拭いてシップを貼って週一で病院通いに付き合ってあげましょうかねえ。 もしも反対に私がしてもらう羽目になったら面倒かけるの嫌だから気をつけて転ばないように慌てない慌てない、と肝に銘じて動いております。 何だかんだ言っても、もう幾つ寝るとお正月の師走に突入してしまいました。 精々稼いでいいお正月を迎えられますように、若旦那お願いしますよ。
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【2008/11月24日(月)】 No192 『 命は食にあり 』
人の命や運勢はどんなものを食べていたかによって決まるといいますね。 実際、私のように60才を過ぎた世代は戦後の食べるものも競争で食いだめのクセが付いて成人病にかかってる人ばかりです。 つい先日、同級生のK君も恐らく食べすぎ飲みすぎのせいで動脈硬化に陥った挙句、過労も重なり心臓病であえなく逝ってしまいました。 あれほど精力的に前橋のためを考え頑張っていたのに、今はもうこの世にいないと考えると、なんか空しくてこれも運命なのかとも思いますが、何でもっと体を大事にしてくれなかったのかと恨みの一言も言いたくなりますよ。 今頃はあちらでのんびりしてるのかしらねえ・・・
人の事は何でも言えますが自分の事になると、案外分からないというか人様に言われると返って腹がたって「ほっといて!」なんて喧嘩になりかねません。 まして親きょうだいから「又太った?」なんて言われようものなら相手は注意してくれているのに「むっ」として口もきかなくなるから始末に負えません。 我ながらどうしてこうも食い意地が張ってるのか不思議ですね。 食べ物が有り余ってるのがいけないんだ、と開き直ってるからなお更可愛げがない・・・ その内、病気で食べられなくなればげっそり痩せるから今はかっこ悪いけど仕方あるまいなと諦め・・・
しかし腹いっぱい食べ、栄養十分な民族はたくましく強健ですが、ろくに食べるものがない国民はどうなるかは周知の通りです。 肉食で攻撃的な性格が強い狩猟民族、戦争大好き民族って言えばうなづけますよね。 また菜食中心の農耕民族は温和で平和な人が多いとされていますね。 いま現在の日本国民はいったいどっちなんでしょうか? 敗戦後、進駐軍が来て以来、それまでの和食の習慣が乱れて肉料理がご馳走の座を占めてしまい、急激に糖尿病が増えたというのは紛れもない事実のようです。 コーラなんて薬くさい飲み物もあっという間にニッポン中を席巻してしまいましたね。 そして昔は有り得ない「誰でもいいから殺したかった」なんていう犯罪が起こる世相も食べ物に起因してるといっても過言ではないのではないでしょうか。
ある内科医は好みの飲食物の質を元に観想すれば、その人の腸相まで分かると言ってます。 腸相イコール命運につながるそうで、もしも健康に長生きしたければ日本民族ならではの「茶を飲み米や野菜や魚」を主に食べたほうが良いとききました。 遺伝子に組み込まれた食生活を大切にする事が長命の元ではないでしょうか。 そんな訳で皆様、もっと食卓に日本茶と海苔をいっぱい載せていただいて長生きしてくださいね。 お歳暮のシーズンがそろそろやって参りましたが、今年もお世話になったあの方に安全安心な焼きたてのパリパリの鳥山の焼のりをどうぞ贈っていただきますようにお願いいたします。 HPからのご注文にも迅速に対応させていただきますので、分からない点はお気軽にフリーダイヤル0120−275543でお問合せくださいませ。
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【2008/11月17日(月)】 No191 『 楽観的な生き方 』
昔はあまり聴かなかった「うつ病」という心の病にかかる方が増えてるらしいですね。 複雑な人間関係や環境に振り回されて、内にこもり社会から孤立する病のようです。 その要因の一つに自分に自信が持てない事が大きいとも聴いております。 家族や友人に支えられてるという、基本的な信頼感が揺らいでるのでしょうか。 小さい子供はうつ病なんてかからないですよね。 それというのも何か嫌な事があっても、お母さんやお父さん、さもなくばおばあちゃんやおじいちゃんに話せば、誰かしら励ましたら一緒になって弁護してくれます。 「大丈夫、大丈夫。寝て起きれば忘れちゃうよ。それよか美味しいご飯食べてお風呂入って好きなテレビでも見ようよ」 これで一件落着でした。
でも大人になって、考えたくなくとも過去に対する後悔の念にかられる事が起こります。 するとその事ばっかり頭に占めてしまい、抑うつ的になり悲観的な思考になりがちで自ずと今までの経験を否定的に捉えてしまいがちです。 私自身、親の持ってきた強引な縁談にはっきりと自己主張をしないばっかりに、あとで散々な目にあって離婚、どの位後悔したか切がありませんでした。 あれから36年、あん時の私の決断を後押ししたのは二人の子供のため、暖簾を守るためという使命感でした。 でも一人になっても「うつ病」にもかからず颯爽?と生きてこれたのは元々楽観主義だったからに他ありません。 もちろん回りの両親、3人の妹達の援助なしにはここまで頑張れなかったというのは申すまでもありませんが。
それと商売に適していたというのも幸いでした。 いやいやながらお店に立つのでは無理がたたりますが、お酉様の熊手の真ん中に鎮座してるオカメさんみたいな顔で来る日も来る日も店を開け、接客してたお蔭であっという間にこの年になってしまいました。 仕事にかかわる不安や経済的な不安もうつ病の原因の一つだと言われてますね。 その点、お蔭さまで父の築いてくれた基盤がしっかりしてましたので、後は真面目にコツコツとやってきただけなのですが62年たった今もどうにか潰れないで続いております。
でも、今でもたまに考える時があります。 もしも私がクヨクヨ心配ばかりして、抑うつ的になり商売なんかやめちゃえ、と自分中心に考えてたら恐らくこの店は残って無いし親子関係もバラバラになってたに違いないとおもいます。 それと今になって考えると、私は自分が一番大変な時期は友人関係は絶ってました。 人間の感情で一番醜いのは「ねたみ、そねみ」では無いかと私は日頃考えてます。 同級生の暮らしぶりと比較して惨めな気分を味わう位なら見ない、聴かないに徹しました。 そりゃ表面だけ見てても中身がどうなってるなんて判りっこないのは承知してましたが、本当に友達付き合いをし始めたのはつい最近ですね。 60才を過ぎれば片方が欠けたり、別れたり、病に倒れたり、仕事もリタイヤして身分も立場も関係なくなって初めて昔に戻ってお付き合いが出来るような気がします。 その間の苦悩も苦労も水に流してお互いに詮索しっこなし。
楽観的に生きる、と考えることはイコール今までの考えを180度変えるということではないでしょうか。 自己中心の考えにとらわれずに、相手の立場に置き換えて考え直してみると何か違う考えが浮かんでくるから不思議です。 つい最近も8ヶ月も前に発注した焼のりの機械がやっと我が家にやって来ました。 なんと予定より3ヶ月も遅れた挙句、最初の話とだいぶ違っていて腑に落ちない点が多々ありました。 これではとても請求書通りの金額を払う気になりませんでした。 話がこじれて、こちらの足元をみて機械を引き揚げると言い出しました。 この機械が無くては明日から商売に差し支えるのを承知の駆け引きに出たようです。 私は落ち着いて考えました。 満額は無理でも工期の遅れた分をサービスさせて、これからも長い付き合いになるであろう機械物ですのでお互いに気分良く和解したほうが得策なのでは・・・ 結局、こちらの不満な点も改良してもらう約束で残金を払い一件落着いたしました。
暮れに向かいこれから一日中、多い日は6000枚くらい焼き上げます。 新型機は遠赤外線でじっくり焼くので出てくる海苔を素手で受けると焼けどしそうに熱いのですが、これもお仕事お仕事と張り切って頑張ります。 こうして悲観的に陥ることなく着実に前へ進むことが楽観的な生き方なのです。 不景気なんかぶっ飛ばせ! 何とかなるから楽しく行こう!!
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【2008/11月10日(月)】 No190 『 地域一番店法 』
私は店の繁盛につながる情報であれば、いかなる資料でもスクラップして置く事にしております。 アメリカがクシャミをするとたちまちニッポンにも風邪が移るようで、巷では不景気風が吹き始めてますね。 あの大大企業のトヨタでさえ売上げ下降で生産縮小を発表しました。 て、ことは工場で働く人たちにも影響大てことで、しいては末端の商業にもしわ寄せが来るってことでして政府がばら撒く一人12000円ぽっちスズメの涙にしかなりません。 いかに消費税を上げるに抵抗感を無くすかに苦慮してるのが見えみえですね。 3%から5%になったのはいつでしたっけ? 慣れとは恐ろしいもので1000円の物を買うと1050円になるのもあまり違和感が感じないのですから。 でもいずれ10%になったら食料品はともかく高級品は買うのも躊躇するようになるのが目に浮かびます。 売るほうも本当に困ります。 200円の特価品の海苔が220円。 高く感じないですか? こうなったら仕入れに力を入れて、もっともっとお客様に満足いただけるようにがんばります。 海苔を買うなら「鳥山」がいいと何時までも言っていただけますように。
ここに昔のスクラップ記事があります。 「江戸商人に学ぶ小商圏主義」 郊外の大型店に対抗して生き残る専門店の心得が書いてありました。 中身は濃く長いので省略しますが最後にこう書いてあります。
地域の一番店であるには、まず高い経営理念が求められる。 それは自らの使命感を自覚することである。 次は品質を上げること。高い山は裾野が広い。品質を上げれば自然に口コミで顧客の輪が広がって行く。 第三はブランド、信用(暖簾)をあげることこそが最も効果のある販売促進策である。 そのことを江戸商人は教えてくれている。
江戸時代からざっと150年?ですか、今でも商人の心得として的を得ておりますね。 私もいつでも利益ばかり追求しないで、お客様と供に末永くお付き合いを願って商売に励みたいとつくづく思いました。
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【2008/11月3(月)】 No189 『 海苔焼機 』
当店の一番のウリは「自店で焼のり加工をしてますので焼きたてのパリパリ海苔を売ってます」、です。 なので毎日毎日、家族3人でせっせと海苔を焼いております。 ところが今年に入ってすぐに一番の稼ぎ頭の海苔焼機が不具合を生じてきてしまいました。 我が家にとっては3台目の機械でしたが良く働いてくれて使い勝手もすっかり慣れてて まだまだ使えると思ってましたが、さすがに17年も毎日のように動かしていたので疲れてきたのでしょうか、幾ら油を差しても嫌な音がしますしベルトコンベアもずれて来て仕方なし新規に購入をする羽目に陥りました。
そこであちこち探してみましたが、こんな狭い場所に設置する機械を売ってる会社がなかなか見当たらないのです。 今まで使ってた会社はもう潰れたらしく無くなってましたし・・・ 仕入先でも聞いてみましたがあるのはあるが、全長10メートル位の全自動の機械なら扱う会社を紹介するというのばかりでした。 そこでインターネットで検索してみるとどんな機械でも一から設計、製作をする会社が眼に留まりました。 壊れてからでは間に合わないので早速掛け合ってみました。 すると隣県ですので来て見てくれました。 どうやら作れそうなので見積もりを出してもらう事にしました。 それが2月の末のことでした。
そしてやっと3月6日に見積書が届きました。 びっくりするような金額でしたが、交渉の末少し安くしてもらい、手金の半額を3月10日に振り込みました。 良かった、これであとは予定の4ヵ月後の7月には新しい機械が出来てくるまで今の機械に頑張って動いてもらいましょうと騙し騙し機械に働いてもらっておりました。 ところがです、日がたつのはあっという間ですね。 うっかりしてましたら約束の7月が来たのにあちらからは何の連絡も無いのです。
その間、こちらから様子を聞けばいいのに毎日の仕事に追われて機械もどうにか動いてくれてましたので忘れておりました。 そういえば機械がそろそろ出来てくる頃じゃない? おっとりかたなで電話をしてみてびっくり! 何でも頼みの綱の工場長が体を壊して入院してしまい、社長も肩が痛くて仕事にならないのでまだ出来てないとか。 え〜〜〜それって契約違反でしょうが。 いったい全体納品は何時ごろになるんですか? それがちょっと何時とは申せない状態でして・・・ こりゃもしかしたら、はまったかなとここで心配になってきました。
私は電話口で怒りましたね。 「前金だけ取っておいて何時になるかわからんとは幾らなんでもいい加減すぎる! はっきりと予定表を出してもらわないと不安で仕方ないからすぐにFAXで寄越してください。」 来たね、呆れたね。返事が来たのは時はすでに9月9日になってました。 「10月2日以降を予定しておりますが一日でも早くお渡しできるように精一杯努力しますのでよろしくお願いします」、ですって。 遅いよ、遅すぎるよ。7月納品の契約じゃないか。
もうこうなったらちゃんと造ってるか見にいくべきだよ、こういう風に考える時点も遅いっつうか私たちも暢気すぎるでしょうが。 まったくもって人を疑わないんだな、家の家族は。 熊谷なんてすぐそこじゃんか。 はよ行け、ばかぼん。 ネットで検索するとこういう勘違いが起こりますね。 大日本○○なんて名前に騙されやすいんです。 畑の中のエアコンも無い工場でせがれさんがボチボチこしらえてたとか。 何を聞いても反応がなく、ますます不安は募るばかり。 果たして大事な売り物の海苔をうまく焼けるんだろうか。 心配で心配で夜も寝つきが悪くて睡眠薬を処方して飲んでおりました。 都合4回ほど工場へこちらから出向き、不具合を改善させてようやく出来がりの報が入ったのは10月も半ば過ぎておりました。
搬入は何時にしますか? 旅行や前橋祭りや母の米寿のお祝い会やら予定があって結局10月22日の水曜日の家の前の道が空いてる日を選びました。 クレーン車付きのトラックで濃いグレーに塗装された新型機がクレーンでグイーンと降ろされます。 あ〜やっと現物がきた〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 これまで働いてくれてた旧型は綺麗に掃除して、これまたクレーンで持ちあげられてあっけなくサヨナラしました。 少し寂しい気分になったのは家族同様に毎日いたからでしょうか。
さてさてこれからが大変でした。新機導入してからまだ10日ほどですが前のと比べると音は静かだし遠赤外線が設置してあるので芯まで焼けるというのが宣伝文句ですが、海苔は一枚一枚が機械で作ったカレールーと違い厚さも海苔質も異なる訳でして、試験焼をしましたら最初はうまく焼けないのです。 何枚もロスを出しながら試験焼をしてみました。 速さ調節、釜の温度調節、いちいち海苔によって変えないとうまく焼けません。 あんまり難しいので思わず息子が言いました。 「前の機械やらなきゃよかった。あっちの方が簡単でうまく焼けたのに」 「そんな〜、最初は何でも慣れないから面倒に感じるんだよ」 「一番文句言うと思ったお母さんがそう言うんなら心配ないよ」ですって。
そりゃそうでしょ、ねえ。 全自動洗濯機に変えた時も前の2層式のほうがいいなんて愚痴こばしはしましたが、今更全自動から戻れませんよ。 車だってそう、オートマに慣れればもうクラッチなんておっかなくて踏めませんて。 一日も早く使い勝手に慣れて、歳末商戦のために焼海苔を精一杯いたさねばなりません。 せいぜい稼いでもらわにゃ、機械代の元取るのは容易なこっちゃありませんので。
それはそうと口頭で「期限を守らなかったので残金は一切払いたくありません」と伝えておきましたが、その後具合はいかがですかの連絡もなし。 まったくもって誠意のない会社に頼んでしまったもんです。
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【2008/10月27(月)】 No188 『 株価急落 』
私自身は株取引というものは生まれてこのかたやった事が無いので1万円を切ったの、遂に7000円台になってしまったと大騒ぎをしても「何のこっちゃ?」なんですが、テレビできんきら声の萩原さんというコメンテーターが言うには、年末にきっと中小企業の倒産が増えるでしょう、の一言には聞き耳を立てざるを得ません。 我が家も中小どころか、弱小企業なので消費者の買い控えが起きれば売上げに響きますから真剣にニュースを聞き、対策を練らざるべきでしょうね。
私自身も最近では食べるもの以外の買い物を控えてるのが実情です。 いわゆる贅沢品を買う気になりません。 服も靴もバッグも今ままでので充分間に合いますので、どこかへ出かけるにもタンスを開ければ何かしらあるので、当分は買わない気がします。 こういうのが景気の低迷につながると言うのですか?萩原さん。
では海苔やはどうでしょうか? 海苔は贅沢品でしょうか? 値段から言うと、平成に入ってからというもの値上げはしてません。 店頭で売ってる10枚入り200円の特価品なんて年々品質は良くなってるのが本音です。 デパ地下の広告の品である8枚入りの海苔をカゴに入れてる方を見受けると、ついついお節介を焼いて「海苔は専門店の方が安くて焼きたてで美味しいわよ」と教えてあげたくなりますが、以前一度だけ」耳元でささやいて「何処で買おうが勝手でしょ」と反撃を食らって2,3日ショックで立ち上げれない事があってから横目で素通りしてます。 あ〜あ、問屋が間に何軒も入り高いものを買わされるのが分からないんだ、と胸のうちで毒づくのが精一杯の気の弱さに自分自身呆れてます。
本当に安くて美味しいものはやっぱり専門店が一番なんですよ。 海苔とお茶は専門店、肉は肉や、魚は魚屋、野菜は八百屋、まあメーカーのお菓子や油やカレールー等はスーパーでも事足りますが、安心して買い物できるのは長年、地元で商いをしてる専門店に任せていただきたいと切に願うしだいでございます。
先日、年に2回恒例になってる団体旅行に行って来た話を書きましたが、観光地に団体客が少ないな〜と思いました。 10年位前に業者の団体旅行によく参加した時は何処へ行っても団体さんが大勢たむろして、ホテルも盛況でしたが今はどうなんでしょう、閑散としてたな〜、我々熟女の団体以外は。 以前、高速のトイレタイムというと、大体が簡保の団体さんとドッキングしてそれはそれは長い行列ができてたもんですが、今では簡保の招待旅行もなくなりどこのトイレもスイスイ入れました。
ん〜、じゃ景気のいい商売は何? デズニーランド? 日帰り温泉?
あっ、わかった、一番は病院ですね。 いつでも予約してても一時間待ちの大盛況です。 月一回ですので母と車で行きますが終わって出てくると今では外はたそがれ・・・ これからお年寄りがますます増えるから病院は不景気知らずかもしれません。 そうか、商売もターゲットをシルバーに絞るべきですね。 よし! 母が近くの老舗で購入してきた九谷焼の布袋さまの頭をなでなでして、神頼みしてる場合じゃございませんね。 お年寄りの好きそうなものを並べて売上げアップを図ってみます。 あっでもこの布袋さま、大変にご利益がございまして店の一角に飾りましてものの5分もしない間に大きな法事の引出物の注文が入りましたよ。ありがたや、ありがたや。 ご覧になりたい方は店のレジの後ろの棚にお福様と並んで飾ってございますのでどうぞお越しくださいませ。
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【2008/10月20(月)】 No187『 伊豆の旅 』
10月16,17日と熟女90名の団体旅行に参加させていただきました。 まだ肌寒い朝の5時に前橋駅南口より2台のバスに乗っていざ出発進行〜。 目覚まし時計を夢うつつで止めてしまって、寝坊した人約3名を待ってて2号車は10分遅れで後を追ってきました。 ほんと、朝5時出発なんていうと、目覚ましが鳴るか心配でろくすっぽ寝てない感じです。 関越に乗って5時半ごろでしょうか、東の空からオレンジ色に輝く太陽が昇ってきました。 不思議ですねえ、人間てお日様を見ると有難くて、ついつい手を合わせてしまいました。どうか何事もなく無事に帰ってこられますように。ナム〜。
この団体の旅行の良いとこは何から何までいたれり、尽くせりでおまけに女性オンリーですので気がおけなくて本当に心休まる旅行ができました。 首都高のタンクローリー車の事故の後遺症もどうにか修復できた模様で、渋滞にも巻き込まれないで予定より一時間も早く昼食場所についてしまいました。 さっき車中で配られた大きなおにぎり2個を食べたばかりなのに・・・10時半にもうランチかいなんて言いつつも出されたものは全部完食の健康優良おばさん達です。
さてさて、いよいよ見物のはじまり。 下田といえばまずは唐人お吉。 幕末にハリスのおめかけさんに名指しされ人生を翻弄され、悲しくも激しい人生に胸を打たれました。 舞台でお吉役を演じた坂東玉三郎や太一喜和子や水谷八重子の訪問写真も興味深いものがありました。 それから日米の会合を行った了セン寺にも寄りました。 あっそうだ、最初に寄ったのは植物園でした。 海の見渡せる色とりどりの花の咲いてた場所だけど、名前がでてこない・・・
そして4時半には高台にある下田ビューホテル到着。 何が嬉しいって入ってすぐが7階でフロント。 そしてお部屋もすぐそこってのが最高。 あ〜くたびれた。 まずは窮屈な服や靴下をぬいで足を伸ばします。 お〜さすが、下見をしていただいたお蔭で見晴らし最高、座布団もいい、湯飲み茶碗もふたつき、お茶菓子が2種類も出てる。 じゃ、ひとっ風呂浴びてくるか。 これまた分かりやすい場所にありました。 方向音痴の私でも一人で行って帰れる近さ。 オーシャンビューのお湯に浸かり「極楽、極楽」この世の憂さを晴らします。
そしてメインイヴェントの宴会ははじまり、はじまり。 プロ顔負けの演目がずらり。 美味しい料理に舌づつみ打ちながら自分でも首に花のレイをかけてフラダンスに興じました。 夢のような楽しい時間はまたたくまに過ぎ最後は全員で「別れのワルツ」を大合唱でお開きになりました。 あ〜面白かった〜。 というまでは良かったのですがお部屋に戻った途端、くしゃみ連発鼻水タラタラ・・・どうしたんでしょう。 皆がもう一回温泉へ行くのも私はキャンセル。 きっと先日の風邪が疲れてぶりかえしたのでしょう。 こうゆう時は早寝に限ります。 テレビで先日、他界した緒方拳さんの「風のガーデン」をやってたのでそれを見ながら寝入ってしまいました。
朝5時半に眼が覚めた私はだいぶ気分も良くなって寝汗をかいたので頭も洗いたいと3人して夕べとは異なる湯へ。 こちらの方が大きくて設備も立派で満足、満足。 朝ご飯もバイキングではなく90名に一名づつお膳が付いて脂の乗ったアジの開きを焼きながらいただきました。 やっぱり旅の朝ごはんはこれじゃなくちゃ。 8時出発、全員集合。 一人の遅刻もなしに定時に出立。
え〜と、二日目はこてで絵を書く入江長八さんの古跡を訪ねたんだっけ。 あの石灰と海草を混ぜた「しっくい」で天女や龍の絵を細かい部分まで書いた手法は見事なものでした。 それから今でも壁にしっくいで格子柄を施した「なまこ壁」の残る旧家を見物させていただきました。 昔の呉服屋さんだそうです。 散策してくたびれた。 さ〜て又お昼ご飯だぞ〜。 堂ヶ島の船着場の食堂で美味しいランチを完食。 一休みして20分間の船旅。 青い波をけって島めぐり。 天窓岩をくぐり中で旋回した時はエンジンの音が大きくてびびりましたが無事に上陸。 やっぱり海なし県人は海は見てる分にはいいですが、ちょっと怖いですねえ。 そして最後は修善寺にお参りして傍の竹林をしばし散策。 以上、今回の旅の目標達成。 後は前橋目指してバスに身をゆだね、居眠りこいてる間に着きました。 定刻の9時ジャスト。 持ちきれない程のお土産を手に手に皆とお別れしてお家に帰りましたとさ。チャンチャン。
帰宅して次の日、咳が出る出る! すぐさま耳鼻科へ飛んで行って薬を貰ってきてようやく治まりました。 そして今日19日大安吉日、4姉妹とその子供とそのまた子供達が集合して母の「米寿のお祝い会」を無事終了しました。 ひ孫から大きな花束を貰っても涙一つこぼさない気丈な母は「次は90才のお祝いしとくれ」ですって。 2年なんてあっという間さ。 私がついてるから任せとき。 それにしてもあの振る舞いはバアサンじゃなくてジイサンかもしれん。 人の振りみて我が身を正せってか。ああならないように気をつけよう。
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【2008/10月13(月)】 No186『 前橋まつり 』
今日、10月12日は恒例の前橋まつりの二日目です。 3連休の中びでなかなか神輿のかつぎ手が集まらず、家の町内から出す小石神社の大神輿が重くて担ぎ出すのは容易ではないようです。 お尻に火がつかないと動き出さない誰かさんは4日前になって「元気21」の中の福祉学校に参加者募集のはり紙を出したって、だ〜れも参加申しこみはござらん。 こうなったら休み休み、ちんたらほいほいと小人数で担ぐしか方法はなかんべさ。
まつり大好娘も長野から生後5ヶ月の赤ん坊と2才のボウズを連れてやってきました。 旦那が社員二人も伴って駆けつけてくれましたのが最大の強みになりました。 体格の良いあんちゃんはこれまた、ハッピ姿も良く似合います。 ところで我が家の孫息子は残念ながら今日、明日とサッカーの試合だとか。 ヤレヤレ、下の孫娘だけいなせな祭り半天で参加します。 来る早々露店でえびせんに何やら怪しい色合いで絵を描いてきましたよ。 クジも引いたらしく今はやりの「羞恥心」のポスターを当てて喜んでます。 そうなんです、祭りは露店ばかり繁盛して既成のお店はむしろ普段よりヒマ・・・ まっ中心商店街は今では初市と七夕と前橋祭りのために存在するだけですから仕方ないのでしょう。 おっ、我が町内の神輿が近づいてきたみたいです。 頭として家の若旦那立派にやりとげてくれますように。 明日は毎年のことながら声がつぶれて仕事にならないのはガッテンショウチノスケさ。
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【2008/10月6(月)】 No185 『 えっ、もう10月? 』
ほんとにもう、日がたつのが早すぎます。 毎年、毎年季節はめぐりめぐって夏が終わり秋に突入いたします。 でも暑くも無く寒くも無いしのぎやすい時期って短いですねえ。 お彼岸が終わると、途端にストーブが恋しいんですもの。
秋は行楽のシーズンですが皆様はどんな計画をおたてになってるのでしょうか? 今や一番元気でお金にゆとりのあるといわれます年代は60代?いや70代かしら。 散々子供の教育費やら結婚費用やらで貯金は目減りしてますが、唯一健康が取り得の私もおんな友達とあちこち旅行してます。 はい、やっと若夫婦に店を頼んで外に出られる年になりました。 もっとも我が家では私より先に若いもんは店休んで泊まりがけで遊びにでてますがね。 まっ子供達もいずれ学校行事やらで一緒に行けなくなるかもしれませんので大目にみてますが。 私自身はうるさい親が許さなかったので、子供達が小さい時はどっこも行けませんでした。 せいぜい日帰りで車で行ける範囲で遊ばせてました。
想い返せばあれは昭和53年の夏休みでした。 ライトバンで親子3人して草津温泉まで出かけました。 夜遅くに帰宅しましたら、田舎の別荘に住む母から「お父さんが具合が悪いからすぐ来て」とのこと。 大急ぎで子供達を寝かしつけ、車で20分ほどの別荘へおもむいたところ、父が倒れたというではありませんか。 お昼前に暑い庭先で洗車し終え、お昼ご飯とビールを飲んで寝て起きた途端、起きられない・・・ 意識もはっきりせず、口ももとらない・・・ 母はまさかそんな重篤とは思わず、冷蔵庫の水をポット一本分飲ませたと。 それでも立てないので近所のお医者に往診を頼んだところ、もしかしら脳梗塞かもしれないので一晩様子を見ておかしかったら朝一で救急車を呼んで前橋病院へ搬送しましょう、と帰ったとのこと。
今だったら即119で救急車騒ぎですが、30年も前の何の知識も無い親子はまんじりともせず様子を見ながら朝を迎えました。 ところが相変わらず、父親は意識朦朧状態・・・ 呆れた事にそれからおっとり刀で119に電話をかける始末。 サイレンを鳴らさないで来てくださいとお願いしても狭い田舎のことですので、庭先に救急車が来たので隣近所の方が出てきて「どうなさったんですか?」と口々に聞いてきました。 「まだ何の病気か分からないのですが、立てないので救急車で連れて行ってもらうんです」 旧前橋病院は別荘の近くでしたから母も付き添い、私は店に子供達が残してますので家に帰り店を開けました。 母からは午後になって連絡がやっと入りました。 あれからず〜と昏睡状態。脊髄液を抜いて検査をした結果、脳血栓の疑いあり! 何? 脳血栓? 当時は今ほど健康問題を扱うテレビ番組も無く、無知で私には初耳の病名でした。 急いでパソコンも無い時代でしたから家庭の医学なる本を開いて見てみました。 動脈硬化のせいで血の塊が出来、それがはがれて脳の血管に詰まり手足の麻痺を生じるの様な記述があったと 記憶してます。 それでも、まさかあんな頑丈な風邪一つひかない頑固親父が、この後右半身不随になろうとは考えもしなかったですね。 3日間の昏睡から眼が覚めた父もまさか、自分の老後がこんな情けない事になろうとは想像だにしなかったに違いありません。 母も年取ったら玉には二人で旅行に行こうなんて思ってたのが以外な結果になり唖然としたのではないでしょうか。 父は倒れてから12年間、リハビリも懸命にやり何とか片手で自力で何でも出来るようにはなりましたが、すっかり商売からは手を引き、毎日散歩して読書してご飯を食べて寝るだけの暮らしになり、いわばご隠居さんになってしまいました。 それでも母は陽気な性格ですから私と力を合わせて商売にも励み、友人とツアーで九州やら能登やら旅行には出してあげました。 今、考えると病人を抱え、二人の子供と店もあるのに3泊4日も母がいない間、私は孤軍奮闘したのかいなと、我ながら頑張ったもんだと自分で自分を褒めてやりたいとつくづく思います。 だから今時分わたしが旅行に行くとき位、快く送り出して欲しいのに・・・母は心もとないんでしょうが愚図を言うんですよ。 まったく小さい子より聞き分けのない母にうんざりの今日この頃でございます。
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【2008/9月29(月)】 No183 『 アンチエイジング 』
暑さ寒さも彼岸まで・・・とは良く言ったもんです。 こうして店のパソコンの前に座ってますと、足元が寒くてそこらにある布切れを腰に巻いて我慢してます。 つい先日までクーラーをガンガン利かせてたのがウソみたい。 秋ってあっという間に冬に突入しちゃうんだ・・・あ〜ストーブが欲しいよ。
お腹が空いたので余計寒いのかしら・・早めにランチをいただきます。
あ〜旨かった! わたし、日曜は朝一で開店する前にポイント5倍のスーパーへ行き大きなエコバッグに入りきらない位食料品を買い込んできます。 ついでにランチも。 今日は「田舎巻きいなりセット」とアンパン。 普段は母がせっせと4人分のタマネギドレッシングのサラダを作ってくれますので、若夫婦がいない日曜くらい楽させてあげようと思いまして出来合いの品を買っておきます。 うん、このお寿司298円でいなり3コと太巻き2切れ細巻き4コは安い、旨い! いったい原価は幾らなんだろ? 気の毒なくらい安くて旨いです。
さて「アンチエイジング」若さを保つ方法ですが、何を食べても美味しいって胃腸が丈夫って事で、ひいては健康って事で何よりも若さを保つ秘訣ではないでしょうか。 健康でなくちゃ、遊びにも行けないし何もしたくない症候群になってしまいますものね。 あえてあれをすれば若くいられるなんて考えなくても、美味しいものちゃっちゃと料理して満遍なく栄養を取りさえすれば、おのずと若さは保たれると私流に考えております。
痩せたいのは山々なれど、こればかりは親から受け継いだ体質というのもございまして ダイエットは何回も挑戦しては5キロ位は減るのですが、すぐに元に戻ってしまいます。 根っからの食いしん坊でおまけに早食いは死ぬまで直らないだろうな。
そうだ、アンチエイジングって見た目も大切ですが、心の持ちようの方がもっと大事なようですね。 私が毎日、楽しみに拝見させていただいてるブログ「祖母ログ」の永島ヒデさん。 82才で車の免許更新をしてきたとか。 私なんて最近はあまり乗る機会がないせいか、娘の住む軽井沢まで往復しただけで 2,3日だるくて参ってますが、果たして80過ぎても運転してるか疑問です。
それと元るなぱあく園長さん、まったく若い! 支度もそうですがやることなすこと、女性^_^;負けの豆さに脱帽です。 誰に似たの? 先ほどビニール袋に自作の梅干を山と入れて、宅配してくれました。 あと何軒寄るのかしら? あれこそアンチエイジングの秘訣でしょうね。 私らも体を動かし人に喜ばれることをせっせと真似してやりましょうよ。 そしたら世の中みんな若々しくいられて、老いる心配なしって事じゃないのかな。
コイズミさんも親ばか丸出しで、一線から退いたら老けると思いますね。 いつまでも現役バリバリででしゃばっていてこそ若さを保てるのではないのでは? そこ行くと商人には定年がないから、動けなくなるかボケるまでこき使われそうでヤバイかも。 とか何とか言っても私から店を取り上げたら本当にボケるから息子よ覚悟しとけ。
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【2008/9月22(月)】 No182 『 食の安全管理 』
まさかまさかの呆れた話! 腐ったお米が我々日本人の口に入ってたとは・・・ それも食の安全管理をするべき官庁がグルになって、国民を騙していたとは。 何でもっともっと国民は怒らないのか、これもおかしいではありませんか。 過激な国民性の某国だったら、農水省に火炎瓶くらい投げて焼き討ちでしょう。 まったく日本人って、どうしてこうも極楽トンボなのか呆れて開いた口がふさがりません。
そもそも先祖代々田畑を耕してきて、田んぼを所有する農家の方々が日本人の主食であるお米を作らずに、ヒマワリだのコスモスだの生やして綺麗だの〜なんて変! 休耕田の仕組みも変! 幾ら農水省の首をすえ変えたって自分で田畑を耕した経験も無い、高級車を乗り回す輩に農業の厳しさなんてわかりっこないんですよ。 88日かけて苗を植え、雑草を引っこ抜き、嵐に稲の生育を気にかけ無事に収穫の日を迎えて、いざ出荷をしても輸入米の安さに値を叩かれてたのでは若い者は跡を継ぎませんよね。 農家出身の大臣にぜひとも農水省をしょって引っ張っていって欲しいと思います。
さてお米を作らない私が偉そうな事を書いててはひんしゅくを買いますね。 では我が家で売ってる海苔について一くさり書かせていただきます。 創業以来62年間、当店では一貫して千葉の海で採れた純国産海苔を販売しております。 しかも一次問屋から直接に仕入れた海苔を一枚一枚、丁寧に自分の店で焼いてます。 穴や破けた海苔は省き、寿司海苔はすべて傷はありません。 この省いた海苔は傷海苔として7枚入りで全形260円、カットしておかず用、おにぎり用、手巻き用とこちらも格安の260円で販売してます。 キズがありますから通常より安く売るのは当たり前ですよね。
ああ、それなのにそれなのにです。 三笠フーズの大バカ野郎と間に入ったブローカーは、事もあろうにゴマゴマしやがって。 考えるだにハラワタが煮えくり返る想いがいたします。 分からないとでも思ってたんでしょうかねえ。 もっとも検査する役人とグルになってたんじゃ内部告発でもしてくれなきゃ、永遠に分からずに毒入り米を長年に渡って食べさせられてのでしょうか。 遠くの事だから関係ないや、と思いきやおせんべいやお菓子なんて日本中のスーパー、コンビニに出回ってるらしいじゃございませんか。 業者名を公表しましたが、いちいち覚えていられますか? まつたくもって、えらい事になりました。 まだまだ「みんなで黙ってようね」式に悪い事してる奴が大勢いそうな気配に安全神話は完全に崩壊した日本、これで世界一長寿国もその内崩れることは間違いないと私は恐れおののく毎日を過ごしております。 こうなったら、自分で何もかも作って食べるしかないけど田畑も持って無いしな〜。 せめて子供達にだけは袋の裏をひっくり返してよ〜く、確かめて食材を購入するように娘や嫁さんに注意を促してます。 あっ、私やバアサンはもう先が見えてるので何を食べても気にしない、気にしない・・・ とこういうバカがいるから日本人騙すはへのカッパなんてかの国の奴らは言ってるんだろうな。 反省、反省。
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【2008/9月15(月)】 No182 『 敬老の日 』
9月14日、日曜日に私は店番のかたわらいつも店主便りをしたためております。 暦の上では今日は「十五夜」ですね。 私は昨晩、「宵待ち月の会」を33人の歌の会の皆さんと持ちました。 6時頃に家を出る時は東の空にお月様が出てました。 でも飲んで食べて唄ってほろ酔い加減で弁天通りを出て空を仰いで見ましたら「ポツン」と雨のしずくが頬に当たり、お月様は雲にお隠れ遊ばしておりました。 台風13号が沖縄辺りでグズグズしてるんでしょ。
でも今朝は快晴。 息子は早々と敬老会の海苔の引出物の配達を済ませて、息子のサッカーの試合の応援に駆けつけてしまいました。 最近の敬老会のお祝いの日にちはまちまちで我が町内は組長さんの都合で12日にすでに75名のお年寄りにお祝いの品をお配りすみです。 明日も各自治会から依頼された海苔の引出物の配達がございます。 その町内によって聞き及びますと「枕」だったり「座布団」だったりで、どうやらこれらの物はいまいち評判は良くないようで、口に入れて無くなってしまう物が喜ばれるようです。 その点、当店の焼きたてのパリパリ海苔は貰って嬉しい贈って安心の品だと思いますがいかがでしょうか? 手前みそで申し分けございませんが、お葬式のまっずい海苔を食べてた方が当店の焼きたてを食べて「海苔ってほんとはこんなに美味しいものだったんだ」とびっくりしたウソみたいな話を色々なお客様から耳にいたします。 倉庫に積んでおいた海苔は旨いはずないんですが、葬儀の時は早急に間に合わせる為に何でもいいや、と葬儀屋に任せるとあんな風になってしまうんですね。
あれま、お祝いの話からお葬式の話に脱線してしまいましたね。すいません。 先ほど、ちょこっと女の孫が寄りまして「あ〜ちゃん、明日は敬老の日だからお祝いに絵を書いてあげるね」と言われました。 「うん、おばあちゃんが喜ぶからね」 「えっ、おばあちゃんじゃなくてあ〜ちゃんにだよ」 「え〜〜あたしにかい?」 「だって敬老の日だもん、ゆうちゃんのおばあちゃんはあ〜ちゃんでしょ」 「あっそうか。あたしはあんたから見たらおばあちゃんだ」
おばあちゃんの自覚ゼロです、わたし。 なんせ88の母がいますので敬老というとそっちの方だとばかり考えてしまいました。 おばあちゃん、なんて言われたくないよねえ。 昔のおばあちゃんは地味な着物きて、髪も染めないでひっつめに結って絵に描いたような年寄りでしたが、家の88才も髪は薄紫、洋服はピンクやオレンジが好き。 そうじゃなきゃ、あの年まで矍鑠(かくしゃくと打ちました)としてらんないかも。
将来の不安が無いと言えばウソになりますが、今の処食うに困らないだけの収入があり、体も太りすぎが悩み程度で悪いとこも見当たらないし案外と幸せな老後なのかな? 後は若いもんの足を引っ張らないように、体のメンテナンスをしっかりやってもう10回くらい敬老の日を迎えて惜しまれてあの世に行きたいなと思う今日この頃です。
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【2008/9月8(月)】 No182 『 投げ出したい時・・・・ 』
事もあろうに一国の長たる総理大臣が「誰も自分の思うように動いてくんないからや〜めた」だって。 郷里の生んだ宰相だから悪口を言いたくはございませんが、あまりに情けない! 辞める時期をうかがってたんでしょうね。 今なら政局に穴を開けずに、一番グ〜〜〜〜〜なんじゃないでしょうか、ですって。 えっこれってサミットも無事終了、奥様同伴で外遊もされて、オリンピックの開会式も公費で見てきて、ざっと黒板に書いた予定をこなしたから、ここらで楽させてもらおうって感じ?
羨ましいです、わたし。 こんなちっぽけな海苔やですが62年の間には紆余曲折もございました。 一番の危機は父が脳血栓で倒れ右半身不随になり、もう商売は出来ないとなった時、私は若干37才でした。 男手を無くし母と二人、これから先どうしようか思案に暮れました。 でも手をこまねいてばかりいられませんでした。 それはお葬式で二日間ほど止む無く店を休業しましたが、店を再開させた途端、お客様がいっぱい、いっぱい来て下さったのです。 新聞のお悔やみ欄で見た方も見ない方も、父の事には触れずに家の海苔が欲しいからと買い物に来てくださいました。 あの時私は「使命感」をしっかりと感じました。 前橋市民にとって無くてはならない店の一軒になってたんだ、ここで止めては申し訳ない、それに投げ出したら明日から一家5人食べていけない。 だから私と母は二人で歯を食いしばって、息子がお後を継ぐまで頑張ってきました。 まずは問屋周りにと母と連れ立って子供達が学校へ行ってる間に東京へ行ったのがつい先日のように感じます。 今現在住んでるビルを建てる時も存亡の危機に瀕しました。 でも自分で言っては恥ずかしいのですが果敢に戦いました。 おかげで今では寂れた中心商店街のミニミニ地主になれました。 闘うこと全てが人生とこれまで再婚もせずにこの年になってしましました。 へ〜そうだったんだ、って知らなかったん?
そりゃこんな店、辞めるのは簡単ですよ。 シャッターを下ろしたまんま、パートでも出て小遣いくらいは稼げたでしょう。 でも病人を抱えて二人の子を大学まで出し、所帯を持たせるだけの身上を稼げたでしょうか。 ノーです。 本当に有難いですねえ。 真面目にお客様の気持になって商売に励めば、私をお客様が支えてくれるのですねえ。 こう書いてても涙が出てきて仕方ありません。 本当にありがとうございます。 私自身、根っから商売人の子ですから、商売が好きで好きでたまらないのです。 シャッターさえ上げれば毎日、違うお客様と商売を通じてコミニュケーションが取れます。 先日のNHKの「ためしてガッテン」でやってましたがアルツハイマーの予防法に人との対話が大事な要素だとありました。 部屋にこもってテレビきり見てない人はボケにもなり易いそうです。 手足も動かし口も動かすと脳も活性化されて、衰えが遅れるそうです。 もちろん食生活が根本的に重要なことは、皆さんもご承知でしょうが幾つになっても楽しようなんて思っちゃ駄目、駄目!
私も今は上からも下からも突き上げを食らって投げ出したい気分になりますが、一日店番を放棄して上で遊んでるとアタマがどうにかなりそうで怖くなります。 そんな時は気分転換に買物をしまくり、美味しいものを食べまくり又お店に出ます。 すると「新聞に又あなたの事が書いてあったねえ」なんてお馴染みさんが次々に来てくださいます。 商売そっちのけで、あ〜じゃない、こ〜じゃないと話の華が咲いて笑って泣いて何時しか私もモヤモヤも解消。 かくして今や海苔やの看板おかみになって辞める時期を永遠に逃した感の今日この頃でございます。 元るなぱあく園長さんの佐藤君は付属のイッコ後輩なんです。 これからもタダで申し訳ないんですが宣伝多いにしてくれたまえ。(笑) すごい宣伝効果あるんよ。これが!ほ〜んとありがとさんです。
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【2008/9月1(月)】 No181 『 米寿 』
我が母は2008年8月18日で88才になりました。 八の五並びじゃん! めでたい、めでたい。 だからこの間クジ引きで1等を3本も当てたのかな。 まっここまで元気に生きてこられたのは、実の娘である私と一緒に住んでるから? 私には言いたい放題、三度三度、栄養満点料理が座れば出てきて、すべて完食! このまま行けば100も夢じゃないと思います。 ただねえ、足元が危なっかしくて、忘れた頃に転びます。 おとといも雨のつかの間の晴れ間に洗濯物を外へ出してくれたのはいいのですが、雨だ!と急いで取り込もうとしてバスタオルを踏んでしまい片手に持ってた10連のハンガーの洗濯物の上に倒れこんだらしい。 ハンガーがメチャクチャに折れて、母は青タンだらけ・・・ 私の留守中の出来事で店にいた、息子を呼べど叫べどレスキューに来てくれず、しばし仰向けになったカメ状態? 昔、事故に会って以来、膝が曲がらない母はやっとこさっとこ、はいずって4階の倉庫に積んである海苔の箱につかまって起き上がったんだそうな。
だから洗濯物はいじらないで!って言ったじゃないと私は怒ります。 だって本当に何回転がって骨折して救急車のお世話になったことか・・・3回。 でも入院の度に不死鳥のごとく帰還します。 「早く治して家に帰って商売するんだから」とリハビリも一番熱心だったとか。 大正9年生まれはしっかりもんが多いですね。 私のお茶の師匠も大正9年生まれでまだ車の運転をなさってます。 考えると危なっかしくて怖い〜〜。 モミジマークなんてちゃんちゃら可笑しいと嫌がって付けてないらしいです。 最近、超高齢化社会になって公共交通の便が悪い群馬ではお年寄りの足に車は 不可欠のようで、一人よがりの運転をする車を見るとたいていお年寄り・・・ その内自分も通る路ですので悪口は言いたくないですが、頑固になりますね。 すべてにおいて。
八十八を縦に書くと米、なので88才のお祝いを米寿というそうな。 米寿は赤ならぬ金色のちゃんちゃんこと恵比寿さんがかぶるような帽子をかぶって記念写真を撮る方もおいでになるそうですが、我が母は「ヤダヤダ」と拒否されました。 おしゃれで毎晩、お顔のマッサージを忘れずにこなし、薄紫色に白髪を染めて服のコーデェネートもなかなかのものです。 趣味は洋裁。 布を触ってれば落ち着くとかで、パッチワークをしたり、簡単な巾着やメガネケースや扇子入れなど一日で5,6個作ってしまいます。 「キミコブランド」で店の片隅に陳列してあげました処、フアンが出来まして売上げを空き缶に入れておいてあげますと、結構溜まります。 それがまた励みになりまして、せっせと製作に励んでくれますので、ボケ予防にもなって助かります。 なにしろボケが一番、回りも大変ですし、本人も生きてる悔がないのではないでしょうか。 私も母の生き方をお手本に皆に迷惑をかけない老後を過ごせるように気をつけたいと思います。 涼風が立ったら娘4人と相方、孫7人、ひ孫4人も交えて皆で祝宴を開くのを楽しみにしてます。
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【2008/8月25(月)】 No180 『 森永教授曰く・・・ 』
今日は23日。 暦の上では「処暑」 な〜んか暦どおり雨が降ってるせいか寒い・・・ まさか、このまま秋にに突入するとは思えんが、あの猛暑はもううんざりだから心地良いですね。 今日は若夫婦は代休、従って時間のある時に店主便りをしたためておきます。
最近、テレビの「雑学王クイズ」番組ですっかり森永卓郎教授のフアンになってしまいました。 元々自分と体型が等しい、石塚英彦さんや小堺一樹さんが好きなタイプでしたが 森永先生は大変な博識家であられる、そこを尊敬の念で見てます。 先日の読売新聞の切り抜きがここにあります。 「失速、最長景気インタビュー」記事です。
その中でこう言っております。 「景気は少なくとも2002年から2007年まで5年間は確実に拡大しました。 その間、国内総生産は22兆円増えましたが、働く人は大損しました。 労働者の賃金は5兆円減り、5兆円増税され、社会保障の負担が4兆円増えたのです。 非正社員が劇的に増えて24才以下では5割近くに上ります。 製造業への派遣社員の一部は月20万あるかないかの賃金で3交代勤務に入るのです。先進国の日本で。 一方で役員報酬や配当金は増えている。景気が拡大したかどうか、立場によって全然違う、いままでに無かったことです。 かっては「一億総中流」で平等を重んじる社会だったのに、階層が作られて、階層間の差別がとても大きくなりました。 これが回復を伴う構造改革の中で起きたことです。 国民生活は、この一年間くらいは「嵐」でしょう。 中略 ただ、嵐は続いてもせいぜい一年間ほど。 現在の原油高はバブルです。 来年中には暴落すると見ています。 嵐を避けるためですから、その間、緊急避難の景気対策が必要でしょう。 中略 現在の金融資本市場が行き詰まった後は、物作りや高いサービスなどが評価される時代がきます。 一夜にして巨万の富を稼ぐ人ではなく、営々と努力を重ねた人が評価される世の中を作るべきです。 それ以外に日本の生きる道はありません」以上。
バブルがはじけて金融大手がつぶれ、デフレになった1997年の二の舞にならないように政府も経済界もアタマをひねって欲しいものです。 基はと言えば日本は農耕民族が主でした。 それをかっこばかり気にして、農家の跡取りが農協や自動車工場に就職してては困るんです。 小さい時から親の働きぶりを目の当たりにしてるからこそ、次世代をになうのはその家の跡取りの役目だと私も教わりました。 そして小さな海苔やですがコツコツと毎日毎日、汗びっしょりかいて焼海苔に精を出してます。 森永先生の説にならえば我が家みたいに営々と細く長くやってる人たちが報われる世の中になるのが真の日本の姿だと言えるのではないでしょうか。 郊外を車で走るとこの前までは確か、田んぼだった国道沿いはほとんど食べ物やと車やで占領されてます。 恐らく年寄りが死んでいなくなるんを待ってご先祖様から受け継いだ土地を売りに出してるに違いありません。 そんなあぶく銭、あっという間に使い果たしてしまうに違いありません。 田んぼを耕してお米を収穫してれば永久に収入があるはずなのに。
原油高のあおりを食って諸物価が高騰してます。 特に西洋風の食材が横並びに値上げに踏み切ってます。 だからこそ、こんな時は日本人ならお米を食べて! お米は昔と比べても全然値上がりしてません、海苔同様。 お弁当は梅干入りの海苔巻きおむすびで経済、経済。 当店一押しは10枚入り210円の焼のり、毎日焼いてますのでパリパリの焼きたて! この海苔でおむすびをこしらえたら、プンプンいい匂いでお昼まで待ちきれない事請け合います。 さ〜さ、5帖で1050円、1コ25円のおむすびマークのポイント2コ押してさしあげます。あっという間に満タンでなんと1000円サービスでっせ!いらっしゃい、いらっしゃい!
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【2008/8月18(月)】 No179 『 北京オリンピック 』
今日は日曜、朝から雨がしとしとと降り地球の熱もいったん下がり人間様もホッとしてることでしょう。 連日北京からの中継を見ててついつい夜更かしの毎日です。 北島康介選手の金メタル2個は本当に偉い! 文句なしに褒めたたえたい快挙と態度でございますね。 金をとれたのは支えてくれた皆さんのお陰です、と謙虚なコメントに一回り大人になったと 自分の息子よりかわいく思えました。
柔道! 「ママでも金」は残念ながら果たせなかったですが堂々の銀メタルも偉いの一言! 惜しみない拍手をおくりたいと思います。 ウイルス感染で高熱を出してたお子さんはもう元気になったかどうか心配です。 100キロ級金の石井君、もっとしゃべって貰いたかったけど周りで止めたらしいですね。 まだまだ子供だからこれから、アタマも強くなってロンドンで楽しませてくれるでしょうね。
あ〜きりがないのでオリンピックの話はさておいて・・・ そううだ、野口みずき選手、身辺を厳重に警戒してほしいです。 だって昔、円谷選手があんな事になったのはプレッシャーに押しつぶされたからでしょ。 野口選手にはしっかり体を直してこれからの行く道を考えていただきたいと思いました。
それはそうと谷選手の母と子がかかったウイルスって空気感染するんですよね。 おっかいないですねえ。 なにしろモラルの低下がハンパじゃない国ですので。 私も中国には2回ほど遊びに行きました。 最初は娘が横浜の専門学校へ通学してた時ですので20年前の平成3年かな? 香港がまだイギリス領の時代でしたから、免税店で色々な買い物をしてきた記憶しかありません。 何しろショピング〜が大好きな娘ですので、景色名勝なんて目もくれないであっという間の3日間でした。 思い出すのは添乗員が男性でツアー客は私達親子だけ。 だから何処へ行くのも3人連れで食事の時だけ、彼は別のテーブルで食べてましたっけ。 その時は香港だけでしたので都会の景色は日本と大差なく違和感もかんじませんでしたが、映画「哀愁」の舞台になった高台から香港の100万ドルの夜景を見て感動したのは思い出しました。
2回目は平成15年に北京と上海へこれまた娘とツアーへ参加して行って来ました。 私は元はといえば満州の奉天生まれなんです。 父が職業軍人でしたので母とか、かなり恵まれた中国暮らしをしてたそうな。 でも日本の敗戦により、命からがら体一つで3人で引き揚げてきたんだそうです。 まだ一才の私には何一つ記憶は残ってませんが、母が聞かせてくれる苦労話でよくぞ 日本に帰れたと、守ってくれた親に感謝の気持でいっぱいになります。 奉天は今は瀋陽と言ってテレビで見た感じではビルが立ち並ぶ都会のようです。 2回目に中国へ行く時に母に懐かしい場所を見に行く?と誘いましたら「嫌な記憶があるから行かない」と断られました。 じゃまた、娘と行くならHISの格安ツアーでいいかと・・ 当時のメーリングリストに帰国後、長い紀行文を書きましたら、頼みもしないのに表紙も装丁して綺麗なミニ雑誌に製本して5冊ほど送ってくれました。 私が同時にアップしたスナップ写真も載っててまるで素人が作ったとは思えぬ出来栄えで今でも2冊は手元に残して宝物になってます。 ほんとにくみちゃん、すずめさんあの時はありがとうございました。 今でもこのMLは存続してますがUPする方がほとんどいなくて風前の灯なのが心配です。でも6年も続いたMLなんて珍しいんじゃございません?
え〜久しぶりにその「おゆきが行く、中国旅日記」なる雑誌を開いてみました。 黒の長いダウンを着て頭から赤いストールをほっかむりして万里の長城に立つ私はまるで中国人そのもの、風景に溶け込んでます。 お決まりのコース、故旧博物院、天安門広場、天壇公園、行きました。 そしてチンドンヤみたいな飾りの付いた2人乗りのリヤカーみたいなヤンチョに乗ってフートン巡りをした時の感想にこう書いてあります。
「しかし、なんだこの汚さは・・・そして時々すごいお便所の臭いが・・・そうです、今北京ではオリンピックに向けてこういう昔のあばらやを壊して高層ビルのアパート建設ラッシュなのです。が一部ここだけは観光のために残ってる場所なんだそうです。途中下車して一般の家の中を見物させてもらいましたが、定年退職したご夫婦の家庭で土間にあるお勝手で旦那さんがちょうどお昼ご飯の用意をしてました。このご馳走は他のツアー客に食べて貰うらしいです。 中略 お腹もきつくなって、ここらで一寝入りしたいとこですがそうはは問屋はおろしてくれません。高速をぶっとばして一時間ほどの山中でバスから降ろされました。 やだ、外は小雪が舞ってるじゃない・・ なになに、ここどこ?山道をトコトコ10分くらい歩いて着いたのがなな、なんとここが万里の長城の入り口かい?ふと上を見上げれば山並みに沿って延々と石垣が連なってるじゃありませんか。そうですねえ、巾は馬が4頭並んで歩けるって聴いてたから結構広いです。しかし小雪まじりの風の寒さは想像以上でした。足元はすべるしおっかなかったな〜。・・・」
この短編の中からは今現在、開催されてるオリンピックの事はあまり触れられておりませんが、あれから5年さぞや変わってしまった事でしょう。 あの高速道路の両端の貧相な村は今はどうなってるのでしょうか? ですから私はあの派手な開会式の陰で何百年も祖先から住んでた住処を追われてお金で片付かれた民衆の暗い顔が見え隠れて仕方ありません。 色々な事が気にかかる北京オリンピックを最後まで楽しみましょう。
ラジオで私の大大大好きな向田邦子さんの特集をやってます。 お店にお客様がいらっしゃるのでゆっくり聴けないのが」残念! 爆笑問題の太田光さんが向田さんの大フアンで27人の関係者からコメントを貰ったそうです。 最初の森繁久弥さんを聞き逃したのが残念で仕方ありません。 最後は妹の向田和子さんがおっしゃべりしてます。 私もネットからメールを送りましたが残念ながら読んでもらえませんでした。 しかし、本当に惜しい方を亡くしました。今年で没後26年になるのでしょうか?
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【2008/8月04(月)】 No.178 『 健康の大切さ 』
どうもここ二日ほど体の調子がいまいち・・・胃腸を壊したようです。 原因はよ〜く分かってます。 いわゆる暴飲暴食? 新マイパソコンを買ったせいか、夜遅くまで遊んでてお腹が空くとついついお菓子や冷チャの取りすぎを してました。 せっかく毎朝、リンゴとニンジンの生ジュースとショウガ入り紅茶で体温が上がり体調万々歳と思ってた矢先の この胃の不愉快さ・・・食いしん坊にバチが当たりました。 あれほど食欲があったのに、怖くて何も手が出ません。 一日も早くいつもの大食いのさっちゃんに戻りたいとつくづく、健康のありがたさを痛感してます。
皆様はどんな風に夏を過ごしてますか? まだまだ去年なんて9月の終わりまで暑かったですものね。 栄養と睡眠を充分に取って、自分の体は自分で守らないと誰も替わってくれませんからね。
なんかの雑誌に載ってた足裏マッサージをしてみました。 何やら効果があったみたいで胸焼けがおさまってきました。 今夜はニンニクばっちり利かせてキーマカレーでもこさえてみますか。 お金も名誉もスタイルも気にならない、わたしゃ丈夫な胃があればいい!
それにしても「夜ふかし」からさまざまな問題が起きる事を今回ほど痛感したことはありません。 テレビ、パソコン、読書と幾ら時間があっても切がないのです。 せめて11時には寝るように肝に銘じておきます。 今夜は「篤姫」を見てお風呂に入ってパソコンは開かないでおきましょ。 それから間食は絶対禁止!!
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【2008/7月28(月)】 No.177 『 つかの間の夏休み 』
内孫達が小学生1年と4年になりました。 当然、このクソ暑い前橋ではひとつき以上長い夏休みがあります。 でも我が家は自営業ですので日曜以外は親は休みはありません。 それでも昔は家のお手伝いをしたり、妹達の面倒をみたり私としては長女なので 夏休みイコール家政婦?くらい働きましたね。 姉妹が多いと自然と役割、分担が決まり階段や廊下の拭き掃除とか、ご不浄(フル!)の掃除とか店先の掃除とかタダでずいぶんと働かせましたねえ。
わたし、性分で夏休みの宿題は全部先にやっちゃいました。 日記だけはそうはいかないので毎晩豆に書いた記憶があります。 自由課題が面倒くさいのよねえ。 今でも良く覚えているのは、大きなヒマワリの花をフランス刺繍した手提げを作りました。 おかあさ〜ん、わたしのあのヒマワリはどこへいったんでしょうねえ・・・ 何回か新築引越しをしてる内に処分されたのかな。 懐かしいです。 我ながらセンスある、今ならエコバッグに使えるような大きな手提げ袋でした。 長いと最初は感じた夏休みもほんとに、あっという間に終わり宿題や作品を持って 2学期の始業式迎える日には全員、真っ黒けな顔が勢ぞろいしたもんです。 我が家から付属小まで歩いて15分くらいかしら・・・ プールに行った帰りのあのだるさ・・・まるで昨日の出来事のような気がします。 おいおい、もうあれから50年以上たってるんだ、しんじられな〜い。
今年の我が家の孫達は今日、明日と北軽のキャンプ場へ連れて行ってもらってます。 なにしろ息子夫婦はアウトドア人間ですから、すべて事後承諾! 予約を入れてから「出かけていいかい?」 駄目って言わせないようになってるんだ。 もうお中元も一段落だからと踏んでのお出かけなんでしょうが、ところがどっこいそうは 問屋はおろしません。 幾分、曇りがちで気温が下がったせいか、朝から先客万来でイスに座ってる間もございませんでした。 本当にありがたいですねえ。 遠くからわざわざ当店にだけお越しくださるんですから。 冷たい水出し煎茶でおもてなしをさせていただいておりますが、腰を七重八重に折って 「本当にありがとうございます」と申しあげてますよ、のんきに遊びに行ってる若い奴らの分までね。 あと何年、こうして私に店を任せて夫婦で遊んでいられるのか、今のうちにせいぜい子供をダシにキャンプでも海水浴でも行ってらっしゃい。 帰ってきたらこき使ってやるから。 それにしても、よくこんな暑さの中、出かける気になるよ。 エアコン利かせて店番してる方がなんぼマシか・・・私も年くったな〜(;O;)
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【2008/7月21(月)】 No.176 『 幸せってなんだ・・・ 』
7月21日「海の日」で祝日・・なにそれ? ばっかじゃなかろか! 原油が意味不明に高くなってるてえのに、漁師の身にもなってみいいや。 ビキニが着られない体型だから愚図言ってるって、そらそうや。 じゃないの、あまりに政治家はじめ国を引っ張るべき方々が能天気すぎます。 一次産業で休みなしで、汗水たらして働く身になっていただきたいのです。 上着なしでは寒いくらいエアコンがんがん利かせて、机上論ばかり言うなとこの際言いたい。 だってそうでしょ。 24時間ストやって、次の日仕掛けた網に入った魚の売値から経費諸々引いたら1万円弱ですってよ。 これでじいさん、ばあさん、子供達家族7人どうやって暮らして行けって? これじゃ漁師の跡継ぎは何年後にはゼロかもね。 えっ? そしたら毎日輸入の魚を食えばいいって? 周り中、海の島国でね。
ここからが夢なんですが、私がもしも総理大臣だったら鎖国しますね。 一旦、10年間なら10年間。 何から何まで自給自足の暮らしを国民に強いるんですよ。 だってかの「篤姫」の時代に戻ればあれはあれで国は栄えていたんでしょう。 黒船なんかでペルーがやってきて、日本中をかき回しに来なければ今みたいな変な世の中にならなかったような気がしてなりません。 日本人は日本人らしく、国産の穀物を食べ、海の産物を主に食べてれば糖尿病なんて無縁だった気がしてなりません。
自給率が高い国はどこも封建的に自国の産物を大事に守り、むやみやたらにファーストフードに飛びつきませんね。 何千年も昔から祖先が食べてきた食べ物が体に会ってるに違いありません。 それと何でもかんでもかっこいい職業を勘違いしてる若い人が多すぎます。 横文字の何をやってるかわからないような男性が綺麗なタレントさんんと結婚なんてするから素人の男性も憧れるのかしら? ほんとは横文字の商売くらい先が見えない仕事ないんですけどね。
もっともっと地に足をしっかり付けてコツコツ仕事に励んでいただきたいと思います。 そして仕事に見合った報酬を手に入れられる世の中になるようになればいいなと、もう今となっては死ぬまで海苔やの焼のりバアサンしか能がない私は考えます。 テレビの影響って恐ろしいんですよね。 だからさ、脚本家の皆さんもっともっと一次産業で頑張るかっこいい役を役者に割りふってさ、いまどき本当に幸せな奴は自分の仕事に生きがいを持つ奴なんだって事を教えてあげてほしいな。そこから自給率が少しづつでも上がれば日本の将来は明るい!
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【2008/7月14(月)】 No.175 『 温暖化現象 』
娘夫婦が碓井峠を下って来ました。 前橋が七夕まつりの最終日とは知らずにあまりの混雑さにびっくりしてました。 それにしても、この暑さ! 避暑地暮らしの体には相当応えたのではと聞きましたら、昨今の軽井沢も連日30度を超えてて、昔のようにクーラー無しでは暮らせないそうな。 七夕まつりを見に出かけた孫も暑くて真っ赤な顔してすぐに帰ってきてエアコンの効いた部屋でお昼寝していきました。 確かに地球は嫌な方向へ刻々と向かってるようで気味が悪いことこの上なしですね。
北海道の超高級ホテルを借りきってのサミットは何のメリットがあったんでございましょうや。 打ち揃った各国党首達に本当の意味で地球の温暖化を危惧する気持を持っていたかどうかは、いささか疑問符が残りました。 ブッシュ大統領は自国が一番、CO2を排出してるのにもかかわらず他人事みたいな暢気な父さん風情で、あとわずかな任期をそつなくこなす気きりないみたいで嫌い!
福田総理、もっと堂々と威厳を正してちょうだいよ。 奥様のお点前は素晴らしかったけど・・・
うえ〜どうしよう、娘達が帰ってやっとこれを書き出したら、すごい雷雨! 電源切ったほうが身のためだなこりゃ。 気の毒にユカタ姿でキャーキャー言いながら飛んでく若い娘の多さも今年は目立ちました。 どうやら仕掛け人がおるようで、猫もしゃくしもユカタ、ユカタ。 それも安っぽい柄といい色合いといい、目を覆う始末でございます。 恐らくこれもメイドインチャイナなんじゃない? 安けりゃいいはもういい加減によしましょうよ。 日本人らしさをもっと子供の時分から植えつけないと、このままじゃ日本の将来は暗雲が立ち込め何から何まで外国勢にのっとたられかねません。
私がいま一番お気に入りのテレビ番組はNHKの「篤姫」です。 もちろん宮尾登美子さんの原作も読みました。 夫の家定亡き後、天障院と名乗り、大奥消滅まで政治に口を出したそうですが、彼女は目先の利ではなく遠い先の先まで考えて進言なさったとか。 今の政治家にもこれから先、子孫の代まで心おきなく暮らせるような政治をしていただきたいもんです。 それにはまずは、国民一人一人に地球の危機感を訴えて何をどうすべきか指針を説いて欲しいと思います。
と、バカな事を書く前に自分で考えて温暖化を食い止めるべきじゃないんかい、と言われそうなんで、まずは店のクーラーを止めました。 寒いくらい効いてました。 夕立のせいで一気に地表の温度が下がったみたいで、打ち水効果?小池百合子が以前まいてたっけな〜桶で。。私と同じ位バカみたい。 あ〜やっぱりカミナリが怖いのでここでお終いにします。
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【2008/7月7(月)】 No.174 『 この街で 』
もう七夕ですね。 はやい、早い。 まるで一週間があっという間・・・ ショウガ入り紅茶、一週間で効果出てます! 私も母もなんと体温が36度台に上がり、足の冷えびえとした感触が和らぎました。 ニンジンとリンゴの生ジュースも美味しくいただいてます。 ただねえ、ジューサーに残るカスがなんだか捨てるに忍びなくてタッパに入れて冷凍して取っておくのがかさ張って使いきれません。 ハンバーグに入れたり、かぼちゃコロッケに入れたり・・・レシピの巾が少なくてねえ。 ポタージュ風に煮てみたけど「まずいよ」の母の一言でもう作らない。 どなたか美味しい活用法がございましたら伝授お願いいたします。
さて、私は毎週土曜日に中央公民館に歌の会に出かけております。 歌の会と申しましても歌うのは昔懐かしい、唱歌とか童謡の類で半分は大蓮寺住職さんの大変こころ温まるお話をうかがうという演歌とはほど遠い会なんですよ。 え〜おゆきさんが童謡? テレサ、テンじゃないんかい? あっそれはスナックに飲みに行った時ね。
前回教わったステキな歌をご紹介します。
「この街で」 作詞作曲 新井満&三宮麻由子
1 この街で 生まれ この街で 育ち この街で 出会いました あなたと この街で
2 この街で 恋し この街で 結ばれ この街で お母さんに なりました この街で
3 あなたの すぐそばに いつも わたし わたしの すぐそばに いつも あなた
4 この街で いつか おばあちゃんに なりたい おじいちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい
5 坂の上に 広がる 青い空 白い雲が ひとつ 浮かんでる
6 あの雲を 追いかけ 夢を 追いかけて よろこびも かなしみも あなたと この街で
7 この街で いつか おばあちゃんに なりたい おじいちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい
8 この街で いつか おじいちゃんに なりたい おばあちゃんに なったあなたと 歩いて ゆきたい
9 いつまでも 好きなあなたと 歩いて ゆきたい
どうですか、こころに響く歌じゃありませんか? メロデーも「千の風にのって」と同じくらい覚えやすくて口ずさめます。 総勢40名位のむかしはお嬢さんだった女性たちがかわいらしい声でこの歌を唄いあげますと、思わず鳥肌たちます、ほんま。 詩がいいですよねえ。 この街・・・前橋。 地価が2年連続全国最下位ですけど、それだけ住みよい街って事ですよね。
私もこの街でお母さんになりました。 悔しいけどおばあちゃんになった時に一緒に歩くおじいちゃんは死んじゃったけど・・・ なあんか、前橋に住んでたら老後は心配ないような気がします。 折しも街なかで高層の老人ホーム2棟が槌音高く築かれてます。 中央通りに面した旧赤かんばん跡地と広瀬川沿いの旧勢田会館跡地にです。 いよいよ人に面倒かける体になりましたらどちらかに入れてもらいましょ。
住んでる街が人生最後を決める! これ私の人生訓? だってそうでしょ、前橋は全国一開業医が多いそうです。 過疎で病人が出ても車で何時間もかかる場所に住んでるお年寄りは可哀想ですね。 たとえ中心商店街がシャッター通りでも私はこの街で最後を迎えたいと思いました。 よそが商売やめても私の目の黒いうちは絶対にお店は続けますからよろしくね。
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【2008/6月30(月)】 No.173 『 冷え性 』
今日は梅雨らしい雨が日がな一日中ビチャビチャと降り続いてます。 朝からず〜とよそンちのブログを読んでたらあっという間に2時間たってしまいました。 いいんです、暇つぶしには。 ちょっとした言葉行き違いで傷ついて娘と音信不通になって2週間・・・ 孫の様子も聞けないまま日がたち、その憂さ晴らしにブログをさまよってました。
そしたら今朝ほど突然卓上の携帯がなってびっくりして飛び上がりました。 それくらい鳴らなかったもんですから・・・ 娘からでした。 よく折れてくれたなあ。 内容は事務的に軽い沢の大賀ホールで星野富弘さんの詩画展があるからチケットとりましょうか? まだ文面が硬い。 でも向こうからメールくれたから許してあげよう。 嬉しかった。 すぐに返信しました。 残念ですがお中元セール真っ最中で行けないよ。 ところで2人の孫は成長はいかに? 日々順調に大きくなってます、だってさ。 そうじゃなくて、私は動画が見たいんだよ。 でもそう書かない。 前に催促したら怒ってそれから音信不通になったから。 それはそれは息災ですな。 その返信が婦警さんの敬礼絵文字一個だけ!
まだ引きづってるんだ、お互いに。 もっと言う事あるはずじゃん。 遅くなりましたが「あれ」やっとこしらえました。見て! こういうメール一日千秋の想いで待ってる母の気持通じないのかな。 いいよ、もう。忘れた振りしてやっから。 以上。娘との確執報告お終い。
わたしはこの2、3年急に冷え性になりました。 以前はこんな兆候なかった気がします。 何ででしょうね。 もしかして中年太りして末端まで血液が行かないから? 今も冷房なんてしてないのに下半身が冷えて冷えてひざ掛けをして書いてます。 夕べも文学館へ演劇鑑賞に出かけましたが母共々寒くて母なんて途中で逃げ出す始末・・・ 私は最後まで我慢してましたが、もう足がつれそうになりました。 もちろんいつも持参の「パシミナ」のショールを幾重にしてひざ掛けにしててもでした。
そこで一念発起、冷え性対策に乗り出しました。 カンコウドウ書店で見つけて来た石原ユウミ(字がわかんない)先生のベストセラー本に従いまして体の芯から温める生活を始めました。 まだ二日目なんで効果の程は定かじゃないんですがしばらく改善するまで続けてみましょ。 まずは朝食からです。 20年位お蔵入りだった「ジューサー」を見つけて出してきました。 うん、どうやら歯は切れるみたい。 リンゴとニンジンのジュースをコップ一杯飲みます。 次にショウガを皮ごとすりおろしコーヒーカップに、その上から熱々の紅茶をそそぎ粉の黒糖かハチミツを入れてフーフー言いながら飲みます。 確かに体は温まりますな。 でも物足りない。 バナナ一本食べちゃいました。
お昼は「蕎麦」がいいんですって。 貰った乾麺が沢山あったので茹でて上にキュウリ、シゾ、トマト、錦糸卵、すりごま、ネギ、もみのりなど等色取りよくトピングーして3倍に薄めたつゆの素をかけていただきました。 一日起きに全粒粉のクルミ入りパンとタマネギドレッシングーかけサラダを食べてます。 タマネギドレッシングは母特製で何やらノートを見ながら10種類位の調味料を入れた中に2個のタマネギを細くザクザク切った奴を漬け込んで置くそうです。 3日起きに作ってくれますが上で母がこれを作りだすと店までタマネギ臭くて閉口します。 でもこれ、美味しくて体に良さそう。 だから誰も文句は言いません。 お昼になると唯一する調理で母は腰が痛い、痛いと言いながら4人分のサラダを用意してくれます。 用意した後、必ずベッドにひっくり返って伸びてますがね。 助かります。 お昼までみっちり焼き海苔三昧の我々にとっては。 後はパン焼いてココアをいれればいいだけなので。 あっそうか、今度は蕎麦茹でがあるんだ、めんどくせ。 でも体の芯から温めるんだから仕方ないやりますか。
夕飯はあえて指定は無いみたい。 出来たら玄米やら根菜類やら色で言ったら赤、黒、濃い緑系の野菜がいいそうです。 我が家はもうずっとご飯に発芽玄米を入れてますので、おかずに肉より魚を多くするように心がけましょう。 海草がいいらしいですよ、海苔、昆布、ワカメ! 売るほどあるじゃん、うちには。 もっと、もっと食べよ。 海草類はダイエットにも効果ありますしね。
それと足湯が効くんですって。 やだ、これも押入れから引っ張りだして来ましたよ。 スイッチ入れると足元からブクブク泡が出てきてマッサージしてくれる器具。 まったくあったってしまいぱなしじゃ、宝の持ち腐れてもんじゃないかい。 それにしても捨魔の私としたことが、よく捨てなかったもんだ、よかった〜。 これからじゃんじゃん活用し一日も早く冷え性からおさらばできますよう精を出します。 また成功の暁には後日談を書かせていただきます。 果たして飽きずに何時まで続けてられるかが問題ですがね・・・
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【2008/6月23(月)】 No.172 『 魔の時刻? 』
この10日間ほど梅雨らしい雨も降らずにどうしたもんかと思ってましたら、6月も終わりになってようよう降りだしました。 業種によってはその季節には季節通りの天気になってくれないと困るのでは? でも我々関係ない商売には降らないでくれた方がありがたいですね。
午後12時15分。 ランチタイムののどかな時刻になると「ドッカ〜〜〜〜〜〜〜〜ン、バリバリバリ」 ブレーキを踏む「キーー」も聞こえぬ間もなく恐ろしい衝突音が辺り一面とどろきます。 「またか」 食べてたパンを放り投げて窓に飛びつきます。 3階で私いつも食べてますので、様子によっては救急車を呼んであげるつもりで。 国道17号線上、信号内で右折車と直進車がボンネットから煙を上げながらぶつかってます。 一瞬、時間が止まった感がして回りも動きが止まります。 運転席から人が出て来るのを様子を伺います。 なかなか出てこないと家の店長が飛んで行って声をかけたり連れ出します。 車も国道ですから交通の邪魔にならないように皆で力を貸して歩道に移動させます。 けが人がいれば早急に救急車の手配をしてそれから110番も呼びます。 こう事故が多いと近所の者も手馴れてきてやることが早くなりました。
今日もちょうど、この魔の時刻にぶつかりました。 あまり音が大きく無かったし、雨も降ってたので店の中から様子をうかがってましたら 今日のはレッカーを呼ぶほど車は破損してませんが、私は呼びませんでしたが救急車が来て運転手を搬送して行きました。 メモっておけば、はっきり分かったのですが思いお越しても恐らく信号が変更してから事故は20回くらい起こってますね。
国道17号からスズランデパートの駐車場や公営の大駐車場が二つもある銀座通りへ曲がるここの信号は以前は右折禁止されてました。 ところが日に多くて2,30台の違反車両が曲がってました。 それを警察官が信号から離れた場所で見張っていて、交番へしょっ引いて行かれました。家のお客様も何人も捕まりました。 挙句に反則金7000円を払う羽目に。 知らないで曲がる人がほとんどなのに、容赦しません。 スズランのお客様がほとんどなんですが、スズランは知らん振りでした。
そこで、これ以上街にお越しになる人達に嫌な思いをしてもらいたくないので皆で相談して商店街の理事長と千代田町2丁目の自治会長と市民の代表の私とで警察へ陳情にあがりました。 「どうか、これ以上中心商店街へ買い物に来てくださる方々の足を引っ張るのは止めにしていただきたい。このままではますます街に人が来なくなるので、それにはこの信号の右折禁止を解いていただきたい」と。
それから半年位たった頃でしょうか・・・ 旧西武デパートの坂上の信号とここが右折解除になったのです。 あ〜これでやっと捕まる車が出なくなって万々歳だね、と喜んでいたのもつかの間。 えらい事になりました。 連日のように「ドッカ〜ン」と衝突事故のメッカになってしまったのです。 渋川方面から来る車は信号機と信号機の間が短いのでスピードを加速して青信号を通り過ぎようとした瞬間、まだ直進車は来ないだろうと踏んだ右折車は思い切って右折するから、お互いにかなりのスピード同士の衝突ですからたまったもんじゃありません。 寝てる子も思わず飛び起きるような恐ろしい衝突音に驚かされるという毎日になってしまいました。 ひどい時は続けて2回もぶつかった日がありました。 それも決まってお昼休みの時間帯なんです。
さ〜ここで黙ってるさちこさんではございません。 県警のHPにメールを何回も書きました。 「このままじゃ、いずれ死亡事故が起きるに違いありませんので、即刻信号機を取り替えてください。 時間差で右折だけの信号を出してください。」
返信は「現場を検分してからお返事します」
それからも何台の車が、レッカーで運ばれましたことか。 そして何回救急車を呼んであげたことか。 119に電話すると「あそこの信号ですね」と反応の早いこと!有名なんだ。 メールを書いたのも忘れた頃、雨降りの日でした。 外がガヤガヤ騒々しいので見に行きました。 役人らしき男性陣や警察の制服を着た人達が総勢20人位いたでしょうか。 信号のあちこちでカメラを構えたり、測量したり実況検分してるに違いありません。 恐らく国土交通省の役人だったんでしょう。 良かった、あたしのメールを読んでこれだけ大勢の人間が動いてくれてるんだ、と喜んだのは早合点でした。
数日して交通課の警官が来てこう言いました。 「この信号機に右折専用をつけるには車線がもう一本無ければ出来ません。 テルサという建物側に右折専用車線が無いので今の2車線では駄目なんです。 車線を一本増やすには壮大な費用と時間がかかりますので・・・」 「そうかなあ、歩道がこんな広さ必要無いから車線を広げた方がいいのでは?」 「そうなると、この並木の大木も移動しなくちゃならないんで、無理なんですよ」だってさ。
じゃ代替えの方策は? 「一応、両方の道上に注意を喚起する文言を書きます。 あと信号機の上にも看板を取り付けます。 あと今はやりの文字のネオンサインで事故多し、右折車注意と流します。 あと信号待ちの線をかなり後退させて書き直します。」 以上の事を早急に実施するという事で了解いただきたいのですがと帰りました。
私は了解したけど、全部の策を実施してくれた後も相変わらず事故多発で本当に困ってます。 何でも管内で事故多発ワーストワンの信号になってしまいましたとさ。 振り返ればやっぱり、ここは右折禁止の方が良かったのかしら。 一日に何台もイハンシャが捕まっても。 むかし、クラス会で元警察署長のI君に「あなたの力で信号機を変えてよ」とお願いしたところ即座にこう言われました。 「違反するのが悪いの。トリヤマは自分の店の事だけ考えてればいいんだよ。右折禁止を解いたら自分チの前が車がもっと混雑するだろ・・・」 そうか、やっぱりそうだったんだね。 今頃、気づいたって後の祭りか。 あ〜あ、皆さん交通ルールを守って事故に遭わないように気をつけましょうね。 特に家の横の信号を右折する時は特に気をつけてくださいね。お願いですから。
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【2008/6月16(月)】 No.171 『 無事終了 』
ヤレヤレ、今年も無事に創業謝恩セールを終了できました。 6日間、梅雨時なのにお天気にも恵まれてお客様の足元に気を使わなくてすんだのが一番うれしいです。 一昨年の60周年から6月になると売り出しの準備をして、期間中はミチシタ金物店からお借りしたガラガラポンのくじ引きをもれなく引いていただき、ハズレが特製きざみのりなのではずれてもガッカリしないようになっております。 おかげ様で用意したハズレのきざみのりが足りなくて途中で追加製造するほど盛況でした。 本当に「お客様は神様です。」ね。
これからもコツコツと細く長くやっていくつもりでおりますので、小さなお店ですがかわいがって下さいませ。
休み返上で営業していたので明日は臨時休業しようと息子と話していたら、鶴の一声が、 「売出しを知らなかったお客様が明日来てくれたら迷惑かけるでしょ!開けなさい!!」だって、、、 「お客様第一主義」 先代創始者のモットーです。 これがあったからこそ今まで続けてこれたのだとはっと気づかされました。
よって本日も平常どおり開店営業しております。 「いらしゃいませ〜♪」
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【2008/6月09(月)】 No.170 『 創業謝恩セールのご案内 』
梅雨入りとは申せ、毎日の寒暖の差が激しいせいか体調を崩してます。 何だか原因はさだかでは無いのですが体の節々が痛いのです。 特に背中と手首。 手首はこうしてキーボードを押す作業でも痛みが・・・ もらい物のプロスポーツ選手がするようなUSA製のプロテクターをしてます。 背中は今朝も我が家の居間にデ〜ンと構えてるナショナルのマッサージチエアに乗って揉み解してもらいました。 今頃になってお産の手伝いの疲れが出てきたのかいな? それにしてはずいぶんと柔なカラダになってしまいました。
それにつけても寂しいのはK君はすでにこの世にいないんだ。 お骨になってしまったなんて未だに信じられません。 彼も太っちょをかなり気にしてて、野菜主義にして5キロダイエットに成功したんだ、と 言ってた時期もありましたが、私が見たとこではすぐにリバウンドを起こしてた模様です。 この過激なダイエットもやり方を間違うと命取りになると聞いてます。 あの真っ白いお化粧で一世を風靡した鈴木そのこ女史もダイエットして風邪をこじらせ肺炎で60半ばであっという間にあの世へ旅立ちましたよね。 母親から譲り受けたDNAは恐らく、幾らあがいても拭い去ることは出来ないみたいですね。 年をとると私の友人も皆、お母さんそっくりになってくるから可笑しいやら呆れるやら。 先日のK君の告別式で50年ぶり位にY・紀子さんにお会いしましたが往年のお母さんに瓜二つになっててびっくりしちゃいました。 若い頃は痩せてても中高年になるとありし日の太ったお母さんに似てくるから不思議だし、若い頃はコロコロしててもお母さんが痩せてる人は年を取ると痩せてくるのね。 美智子皇后様も昔はコロコロしてて綺麗だったけど、最近はお母様にそっくりのお姿になってしまいましたものね。 どっちがいいとは一概には言えませんが無理して体型を整えても無駄じゃないかと最近では開き直りの境地に入ってます。 今更、嫁に行くわけじゃないし、健康第一で長生きをせにゃもったいないとしきりに思います。
そうだ、肝心の店の宣伝しなきゃ。 10日から15日まで創業記念売り出しをします。 今年で創業62年なんです。 先代が裸一貫から築きあげた店もどうやら3代目がちゃんと継いでくれてます。 毎年、この時期は自家製のちゃちなチラシをすこ〜し新聞に折り込んで、DMハガキを印刷して、ポイントカードを満タンにしてくださったお得意様に案内を出しております。 ふだん店にはない特価品も色々と用意しております。 数に限りがございますので早いもん勝ち! 3000円以上のお買い物は一割引ですので、この際お中元に焼きたての海苔はいかがでしょうか? お天気が心配ですが雨のすき間をぬってどうぞお出かけくださいませ。 ハズレなしのガラガラポンの抽選会ももれなくしていただきますのでお楽しみに!
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【2008/6月02日(月)】 No.169 『 人生いろいろ 』
45日間の長逗留を終えて娘は身二つになり無事に自宅に戻りました。 私も親の役目をどうにか終えてホッとしたのもつかの間、大きなニュースが飛び込んできました。
同級生の元県議のK君が死んだ・・・ 何が何だか分からないまま、今日は告別式に参列してまいりました。 市の斎場と連絡を受けたので1時間前に到着したのにもかかわらず、大入り満員・・・ ず〜と式が終わるまで、履きなれないハイヒールで2時間立ったままですごく疲れました。 情けない事に自分の足の痛みと疲れで悲しい気分になれないまま、お焼香を終えて奥様の顔を見た途端に涙が・・ K君、あまりじゃございませんか。 散々奥様に心配かけて2人の娘さんの花嫁姿も見ずに死んじゃうなんて。
どうやら2回も続けて選挙活動をしたので心臓が悲鳴をげたらしい。 11日からS病院に風邪をこじらせて入院してて、心不全を起こし急遽手術をしたが間に合わなかったんだとか・・ どうしてS病院なんかに入院してたのか。 心臓血管センターなら助かってたかも。 それを考えると本当に運が悪いとしか言いようがない。
市長選が済んで後、4月7日に数人でK君の慰労会をやりました。 フランス料理とワインをたらふく召し上がり、隣から見てまるでアルカポネのようなストライブのダブルのスーツのボタンが窮屈そうなのと、いやに赤ら顔が気になりました。 「このスーツ、こしらえたけどまだ一度も着てないから最後だと思って着てきたんだ」 「やだ、縁起でもない」 「いやいや、こんな派手なのは着る機会がなかなか無いんだ」 「それじゃ、またカラオケにでも行こうよ」 「いいね、いいね。」 その日は外は土砂降りの雨で2次会に行く勇気をそがれてしまって、中之条から駆けつけたM君の車で ハーちゃんとK君と私を送ってもらいましたっけね。 あ〜あ、こんな風に早くお別れするんなら、もっともっと一緒に遊びに行くんだった。
K君、どうぞ安らかにお眠りください。 段々と同級生が黄泉の世界へ旅立ちます。 明日は我が身と考え、一日一日後悔の無いよう暮らして行こうと考えさせられる今日この頃でございます。
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【2008/5月26日(月)】 No.168 『 あと4日・・・ 』
おばあちゃん、あと少しの辛抱だからね。 ずいぶんチビの足音に悩まされましたねえ。 2階の母の寝室の上が娘親子が寝泊りしてる部屋なので、孫が朝起きた瞬間からトントントンとネズミのように走り回る音は神経に障ったとおもいます。
「なっとうごはんたべようよ」から始まります。 「いただきます」 「ごっちょさま」 朝ごはんをきちんと召し上がり、お次はウンチタイム。 午前中は私の妹の子守のおばちゃんが来てくれれば、「元気21」かマイバスに乗って前橋駅まで電車を見にGO〜。 水曜日はあ〜ちゃんと前橋公園や元気21へ。 日曜日はパパと桐生の動物園へ。 今にして思えばあっという間の蜜月だったのかもしれません。
午後はランチを食べた後はたいがい2時間位お昼寝タイム。 夕方にはあ〜ちゃんの自転車の後ろに乗ってアンパンマンの呼び鈴を鳴らしながらデパ地下やスーパーへお買い物。 夕飯も嫌いなものは見当たらないのかな? 結構モリモリ食べてまた家中をマラソンします。 2階から4階まで上がったり降りたり、疲れ知らずのタフガイ(ふる!)にこちらはクタクタ。 下のをベビーバスで沐浴させてから、上のとバスタイム。 タイルに貼った「あいうえお」の絵文字を全部言えます。 さて、ここで寝てくれれば助かるんですが、まだまだ寝ません。 彼のお気に入りはトミカの「ゴミ収集車」「ライオンバス」「都営バス」「佐川急便」「コンクリトミキサー車」 寝る寸前まで「バスごっこ」に付き合わされていささか食傷気味の私です。
先日まで「むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがすんでおりました。おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくにいきました。するとかわかみから、おおきなももがどんぶらこ、どんぶらことながれてきました・・・」の昔話を聞かせて添い寝をしてましたが、私が安眠できなくて体力の限界を感じて寝る時だけはママと一緒に。 ふ〜〜これも後少しでお役ごめんです。 何回も娘と衝突を繰り返しながら、何とかここまで無事にたどり着きました。 後は28日に軽い沢まで送り届けてお宮参りも済ませて一件落着! どっと寝込まないように気を張って商売に戻ります。 そうそう、6月10日から恒例の創業62周年売り出しを控えてますので、のんびりしてるヒマはきっとございませんでしょうね。 まあ子孫が増えるのは本当に幸せと思ってこれからもがんばりまっす。
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【2008/5月19日(月)】 No.167 『 甘やかし? 』
2才の孫の世話をするようになり、一ヶ月たちました。 とにかく機敏な動作の男の子でこちらは太刀打ちできません。 毎週、日曜日は軽い沢からお父ちゃんが来て、外に連れ出してくれるので こうしてゆっくりパソコンにも向かえますが、なにしろ落ち着かない事限りなし・・・ 商売のかたわら娘の世話から孫の追っかけをやらされてるとくたびれます。 おまけに何も手助けもしてくれない、私のおっかさんは口出しだけは達者で情け容赦ない小言を浴びせます。 いったい私はナンナン?
今朝も娘と口喧嘩になりました。 私の唯一の楽しみが全部片付けて、ベッドに入り小説を読みながらお菓子を食べる事なんですが、隣に孫がいるのでお菓子は奴が寝るまで我慢して、絵本を読んで寝かしつけてましたが、あんまり寝そうで寝てくれないので私はイライラして枕元に隠しておいたチョコを1個、隠れて口に入れました。 ゲッ、鼻のいい孫は「チョコ?チョコ?」と私の口に手を突っ込んできます。 「ママに怒られるよ」 聞きゃしません。 「内緒だからね」 「ナイショ?」 2コほど食べてそのままじゃ幾らなんでも虫歯が心配なので麦茶を飲ませて夢の中へ。 翌朝起きてママのとこへ飛んでいったら口の周りが、チョコ色にカピカピ・・・なんだってさ。 「もう、お母さんは甘やかしすぎだよ」 「ちゃんと麦茶でうがいさせたよ」 「バカじゃないん。寝る前にチョコ食べるなんて」 「ムス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
心の中で叫びました。 今夜から2人とも自分で面倒みたら! お茶の稽古も歌の稽古も友達付き合いも全部我慢して孫のためにと寝るまで雑用に追われてて何が楽しみなのか・・・ もういや、我慢の限界。 28日まで私の堪忍袋の緒が持つかしら・・・
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【2008/5月12日(月)】 No.166 『 寒い? 』
暑い日が続いて、すわ扇風機かクーラーかと思いきや昨夜の寒さ・・・ 夜中に片付けた羽毛布団を引っ張り出す始末に体調をくずしそうですね。 うち? 早速、2才の孫が風邪を引きました。 昼寝から覚めたら顔は赤いし、あれだけ動きまわる子が張り付いてばかりいて、ぐずるばかりに体温計をはさんだら39度・・・ゲゲゲ。 小児科に連れて行きましたら、待合室の混雑ぶりにまたもやゲゲゲ。 1時間待ちで5分診療。 「まっ、今、寒暖の差が激しいからお風邪を引いたんでしょうな。」 てんで甘いシロップと抗生物質を出してもらって、ほうほうの体で帰ってきました。 待ち会室で他の病気を移されたらたまりませんから。 三日ほど薬を飲ませましたたら元気になり、また元通りのイタズラ小僧になりホッとしてます。 小さい子は急変して、一晩でもってかれると聞いてますので本当におっかないですね。
赤ちゃんは至極大人しく手のかからない、今のところ孝行息子のようで、娘も夜中の 3時間おきのおっぱいが大変な位で精神的にも気が楽のようです。 それもこれも私が上の子の食事からお風呂から添い寝まですべてしてるからなのに・・・ これで長野の自宅に帰ってちゃんと出来るのか、今から気が揉めます。 何しろマイペースの典型的なB型人間。 人から指図されればすぐに切れるし、赤ん坊が泣いてても自分のしたい事優先・・ あ〜あ、こんなおっかさんに育てられる子の将来はいかに? まっ孫だから関係ないや、と思わなければ付き合いきれないよ。
と、孫に振り回されてる日常に世間ではGWも終わり今頃、台風が接近してるの? 夜中の地震には幾らくたびれてる私でも目が覚めましたが被害は少なかったようで。 今日は「母の日」かい。 息子からはシネマのチケットとキャッシュ、娘からはマーブルコートのフライパン2個とケーキを贈られました。 自分の母には毎日が母の日みたいに尽くしてるし、出るとこは一緒だから何もやらない。 あっそうだ、かんこうどうで孫の本を買ったら花を買う券を500円分くれたので足らない分を足して「プリンセスみちこ」というバラの鉢を中央通りの出店で買ってあげました。 美智子皇后様も色々と大変らしくて、どこも同じなんだと痛感いたしました。 もうしばらくの辛抱、余計な事は言わない、聞かない、見ないでがんばりまっす。
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【2008/5月6日(月)】 No.165 『 産まれました 』
いやはや日にちも曜日も無茶苦茶な日々を過ごしております。 今日は5月5日、子供の日で祝日でしたね。 息子夫婦は昨日の代休を取って子供達をドライブに連れ出しました。 おまめに娘の2才のおちびさんも連れて行ってくれました。 あ〜これでやっとPCを見られる・・・うんにゃ、今日は月曜? そうだ、店主便りを更新する日だった。
娘の出産予定日は9日でした。 それが意外に早く3日の早朝、陣痛らしきものが来たと、まだ寝ぼけまなこの私を呼びました。 「えっ何分おき?」 「4時からメモしてるんだけど15分おきくらい」 「やだ、経産婦は早くなるから神岡先生に電話して聞いてごらんよ」
電話したところ車で5分なら来て見てください、とのこと。 まだ予定日に間があるので店の車は息子が乗って帰っててこちらにないし・・・ 息子に電話したら迎えに来るという返事。 私は速攻で4人分のおむすび、卵焼き、ウインナ、キュウリの即席漬けを作り 風呂敷に包み、寝てる上の孫を起こして服を着替えさせて待機。 イテテ、イテテと言う娘を乗せて夜間外来から診察室へ。 待ってる間に息子と孫と3人でお弁当を食べ終わってしばし・・・
「あのね、陣痛が遠のいたんで一端家へ帰って様子を見てだって」 「なんじゃらほい」 まっ子宮口が全然広ろがらないんじゃ入院しても仕方ないか。 てんでUターン。 そこで相談。 「恐らく今日中に産まれるだろうから上の子はオレんちで見てやるよ。」 えっほんと! 助かる〜、お嫁さまさま、恩にきるわ。 何も知らない孫はそのまま息子んチへ連行されて行きました。 息子んチには小4と小1のいとこ達と2匹のワンちゃんがいて、面倒見のいいママがいるから安心してお任せできます。 そして結果的にはそのままお泊りまでさせてもらう羽目に・・・ありがたいこっちゃ。
さてこうなったら早く出すには動くことだよ。 寝てちゃだめだよ、と言っても夕べ録に寝てないからほっておけば上でグースカピー。 午後は叩き起こして一緒にデパートとスーパーへ歩いて買い物。 それが巧を相したのか4時頃やおら強い陣痛が・・・ またまた大急ぎでおにぎりや肉団子やバナナを持って私の運転で神岡へ。 そのまま入院。 6時には陣痛室へ。 痛がりやの娘の大げさな声が外まで丸聞こえて、こちらが顔が赤くなるほどの大騒ぎで、それにしては安産で本当に叫び出して25分くらいで6時55分には「オギャー」という元気な産声が聞こえました。 あ〜良かった。陣痛室のドアの前で一人鼻をすする母でした。
小柄な娘なので赤ちゃんも2750グラム位の理想的な状態でスルッと出てきたそうな。 私なんてチビなクセに息子は3800g、娘は3400gと大きく育ち過ぎて大ごとしましたっけ。 本当にお産は女性にとって偉大な仕事だな〜とつくづく思いました。 これが男性だったら痛くて失神してるかも・・・ 昨今、少子化が叫ばれてるご時勢少しでも助っ人役を買って出ようと思ってますが、なんせ年には勝てないようで孫が寝てくれてる間は極楽と思う今日この頃でございます。 昔のことわざに「泣く子と地頭には勝てぬ」至極ごもっとも!
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【2008/4月28月)】 No.164 『 春来たりなば・・・ 』
三寒四温のいわれ通り、雨が降った後は春らしい日がやってまいりました。 でも今の我が家の状態は四季のうつろいを感じるヒマがございません。 起きればご飯、ウンチ、またご飯ウンチの連続に少々値をあげております。 あとひと月この状態が続くと思うと逃げ出したくなったというのが本根でございます・・
それにしても、どうしてこう娘というのは図図しいもんなんでしょうか。 あれもこれもやってもらって当たり前、ちょっとでもこちらが注文を出そうものならふくれて 子供に八つ当たり・・ 今日も日曜で休みでパパが来るから夕飯くらいはパパの驕りで外食したいね、と申しましたら口も聞かないで子供と2人出て行きました。 とても私には出来ない悪あがきに呆れてものが言えません。 勝手にしなさい。 いざとなって泣きついてきても一切、手助けしないから・・ 本当に娘なんて自分勝手な生意気な生き物でいない方が清清するよ。ばか!
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【2008/4月21月)】 No.163 『 4世代同居 』
娘が二人目を出産のため里帰りして1週間たちました。 上の孫が魔の2才の、しかもやんちゃな男の子! 朝から寝るまでの阿鼻叫喚・・・想像してください。 娘はもう臨月ですので大きなはち切れそうなお腹を抱えて動いてます。 今日は1週間ぶりに婿殿が会いにきて3人で緑化フエアーに出かけました。 ヤレヤレ、私も母もほっと一息です。
とにかく小さい子供が一人おるだけで、こうも生活パターンが違ってくるんですねえ。 目を覚ませば遠くから「あ〜ちゃ〜ん」とお呼びがかかります。 ご飯中でも一口食べては前に座った孫のせっちょうをせねばなりません。 食った気がしないよ・・ 孫は確かに可愛いですよ、でも終日じゃくたびれます。
店の仕事もせねば、母の世話もいたさねば、と一人5役位してんじゃない? 自分の子を育てる時は妹がまだ嫁に行かずに3人もいたので、手が余ってた気がします。 あれよ、あれよという間に大きくなったような錯覚に陥ってました。 特にこの孫はちょこまか良く走るし、ちと落ち着きが無いとこがパパにそっくりなんだな。 幾つになったら分別がつくのやら・・・ でも娘の躾けが厳しい点は食事の時にきちんとイスに座って「いただっきまちゅ」と 挨拶してから行儀良く食べるように習慣つけてるのには感心してます。 食いっぷりも上々でよそったものはほとんど残さず召し上がる様子で炊事当番はうれしゅうございます。 食べ終わるやいなや「ごっちょさま」と言いお盆を片付けさせて、イスから降ろしてとせがみます。 さあこれからがお決まりのウンチタイム。 食卓の周りを10周するかな、と・・・いつもの角でいきみはじめます。 「ババでたよ」 すかさず婆が「タイミングがわかってるならトイレでさせれば」 いつもの問答です。 「いまトイレトレーニングは私がお腹が大きいから無理なんだよ」 毎日うるさいおばあちゃんのつっこみに娘が反論、私はハラハラのしどうしです。
なんせ母と娘との年齢差は50才! このギャップは大きいですね。 何でもかんでも自分流を押し付ける年寄りとの戦いの日々に間に入って私は胃痛が起こりそうな毎日を送っております。 娘には陰で「はいはい」と言ってりゃ角が立たないから家にいる間は我慢しなさいと話して聞かせてますが何時大波をかぶるか戦々恐々の今日この頃でございます。 予定日まであと半月、早くたってくれますように・・・
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【2008/4月14月)】 No.162 『 全国都市緑化ぐんまフェアー 』
私が九州旅行中にフェアーが始まりました。 3月29日から6月8日まで72日間にわたり群馬県内各地に点在する155の会場にて花々の豪華絢爛なイヴェントが開催されてます。 みどり豊かなまちづくりを目的に1983年から毎年全国各地で開催されてて、今年は第25回目ですって。
前橋親善大使?になるからにはこの目で確かめてからと思いまして今朝ほど早起きして視察をして来ました。 なんせメーン会場の前橋公園まで我が家から歩いて7分ですので。 すげ〜〜なんじゃこりゃ! 幸の池がちっちゃくなっちゃた! 昔の面影を想い描けなくなっちゃたよ。 清水の湧き出てた場所も無いし、遠い昔うちの息子が端に寄り過ぎて落っこちた狭い散歩道なんてどこへいったのやら・・・ まるで判で押したような、どこにでもありふれたコンクリの道と花壇、また花壇。 花もまるで馬鹿みたいにパンジーの洪水・・ あまりに綺麗に整頓しすぎだよ。 60億とも70億とも聞く今回の資金はどこから出たの? 造園業者は田園調布に家が建つ!か。 ふるっ!
キレイなもんはキレイと素直に言えない私はおかしいのかな。 駅前通りのプランターのチュウリップの頭を1000コもちょんぎった輩の神経とは違うけど、こんなとこに税金を使うくらいならもっとしなくちゃいけない事が沢山あるのでは? 県外から100万人の来場者を見込んでるという割には相変わらず街なかはひっそりと人通りもなくお店も相乗効果は見込めないようですしね。
来月になったら敷島公園のバラ園にも足を運んでこの目で見た感想を書きたいと思います。 いずれにせよ、こういう一過性のイヴェントに街の活性化を期待する方が間違ってると言えるのではないでしょうか。 家の前の花壇、車の往来が激しいので邪魔で邪魔で早く撤去していただきたいわ。 パンジーはもう食傷気味でございます。ほんとに。 あれっ前橋の宣伝をするはずがこんな感想を書いては逆効果かしら? まあ、おヒマな方は運動がてら見に来る価値はございます、大金を投じてますので。
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【2008/4月7(月)】 No.161 『 南九州の旅 』
九州から帰ってきて早くも5日たってしまいました。 行く前はあんなに待ち遠しかったのに、あっという間に楽しい時は過ぎ去って又普段通りの日常を過ごしております。 でも熟女30人ご一行様は一人の落伍者も無く、南九州を満喫してまいりました。 旅の疲れもすっかり取れましたので忘れない内に紀行文をしたためておきます。
3泊4日なんて過ぎてみれば短い、短い! 初日、目覚まし時計が信用できなくて3時から起きてしまいました。 前橋駅集合が5時なのに・・・ 全員揃って一路、バスは羽田に向かいます。 途中で朝飯用におにぎり2コとペットボトルのお茶が振舞われました。 土曜日のせいか渋滞にも巻き込まれずに8時には羽田に着いてしまいました。 9時半発の飛行機にはまだ間がありますので空港内を散策? それでも持ち物チェックやらチケット受け渡しやらして、空港の一番端っこの70番ゲートまでキャリーカートを引っ張ってたどり着いた時はすでに機内に乗り込む時刻になってました。 ほんと、時間ってたつのが早いんだ。 窓際の席に座ってベルトをするやいなや、エンジンがかかる音がして少々焦り気味・・・ 私ってこう見えて案外とおっかながりやなんです。 こんな大勢のお客を乗せて浮き上がれるんかいな、と心配しました。 いっつも飛行機に乗ると離陸と着陸は恐いんです。 でも案ずるより産むは易し、定刻の11時15分に南国ムード漂う宮崎空港に降り立ってましたよ。
さてさて、ここからは4日間チャーターした南国観光のバスで移動します。 あの東国春知事が「どげんかせんといかん」と嘆く気持が今回、3県を回ってヒシヒシと胸に伝わってきました。 宮崎県、何となく寂れてて汚い・・・なんて悪口言いたくないけど本当にそう思いました。 道も狭いし並木の椰子の木は下の葉がみな枯れてるし、立派な建物が見当たらないんです。 まっ観光バスでちょこっと観た範囲で軽率な感想を書いては失礼かもしれませんが、後に長崎、鹿児島と走るバスの車窓からみただけでも景色の差が歴然だったんです。
神話の国、宮崎。 日本の神様がここから発祥したにしては、やれ地鶏だマンゴーだ金柑タマタマだと食べ物ばかりが先行して歴史的価値を宣伝せにゃいかんがな、知事に申しあげたい。 宮崎神宮、青島神社と詣でてつくづく宮崎は日本の根幹だと改めて勉強しました。 学校でも、これからは神話を教材に組み入れるとニュースで見ましたが、愛国心なくしては国の繁栄は有り得ないと日頃感じてる私には嬉しい取り組みだと思いました。 かの細木女史も「ご先祖様をないがしろにしてる家庭は滅びます」と申してます。 山幸彦、海幸彦の話、皆さん覚えてますか?
いっぱいお勉強させていただいて、今夜のお泊りの宿「青島バームビーチ」に到着。 部屋に通されて窓を開ければ全室オーシャンビュー。 椰子の木のオンパレードにここはハワイか、グアムかい? ユカタじゃなくて、トロピカルムードの甚平に着替えて早速温泉へ。 ここで驚いた! 日本人より、外国人が幅を利かせてるんだいね。 すぐ手が届くお国から大挙して押し寄せてたおばさん連中の図々しさ・・ お国柄とは申せ、前も隠さず大声で風呂場を闊歩されては落ち着かない事この上なし。まいった、まいった。 最近流行りの日帰り温泉でもあるらしくて、春休み中の親子連れもいっぱい来てて 何となくのんびり温泉ムードに浸る気持をそがれた雰囲気に少々がっかりの初日でした。
二日目、外を見たらビチャビチャ雨降りやんか〜 天気予報が当たってしもたわい。 まっしゃーない、一日くらい落ち着いてていいんじゃない。 気分一新、バイキングで腹ごしらえをして傘を出してうす寒い中出発! 日本でここだけの野生馬がバスの窓すれすれで草をはんでました。 皆さん、鵜戸神宮をご存知ですか? 分かりやすく言いますと天皇家の本家本元を祭ってる神宮でございます。 大きな岩屋の中にお社がございましてとても、神々しい感がいたしました。 神話の世界でトヨタマヒメはワニだったのがばれて?産んだウガヤフキアエズノミコトに乳房をもぎ取って置いて海に消えたという伝説とおり、大きなオッパイの形の岩からポタポタと清水が垂れてました。 来月産まれる孫の安産をお願いしてお守りを授かってまいりました。
雨の日南海岸を都井岬はパスして疾走します。 ここでランチをいただいた都井岬ホテルのステキさ! 今はやりのデザイナーズホテルらしく、たたずまいといい家具といいランチじゃなくて泊まりたくなるような高級感溢れる建物とお食事でした。
霧雨煙る霧島神宮に到着いたしました。 全国に26000ある神社の中でも神宮というのは数えるほどしかないそうですが、まるで伊勢神宮を想わせるような静かで荘厳なたたずまいでした。 品のよろしい神官が雨の中、遠路はるばるお越しになったので特別のはからいで黒の漆塗りの拝殿に上がるように計らっていただきました。 通常はこの社殿には皇室の方々や総理大臣級しか上げないそうで思わず鳥肌が立つ感がいたしました。 かしこまって皆で2拝2拍手1拝をして御礼をしてまいりました。
寒いし雨ふりなので予定より2時間も早く「霧島国際ホテル」に4時には入る事ができました。 さすが国際だけにお客様がまたまた韓国語あり中国語ありの賑やかさに圧倒されたままの二日目の夜は更けていきました。
3日目。 ピーカンです。 たっぷりと日焼け止めを塗りたくって、いざ出陣。 今日は我が憧れの鹿児島に入ります。 何故かといいますと、大好きなあの向田邦子さんが第二のふるさととのたまい、遺品を鹿児島近代文学館に遺族が寄贈されてる土地だからです。 彼女のエッセーに度々出てくる鹿児島の桜島を一度は見てみたいと前々から切望してた折、願いがかなってようやく来る事が出来ました。 向田さんも書いてますが、人間は泣いたり笑ったり波乱万丈の人生を歩んでますが、桜島は昔から同じ場所で静かに人々の暮らしを見てごわす、と。 篤姫も江戸へ出立する途中、お駕籠を降りて桜島にお別れを言いいました。 あの時と同じ桜島なんだな〜と思っただけで意識はあの時代に舞い戻る感じがいたしました。 群馬の浅間山の鬼押し出しの景観によく似た岩がゴロゴロした桜島のふもとを散策しました。 桜島は今日も静かに薄い煙をたなびかせておりました。 名残惜しいのですがフエリーで鹿児島港まで15分の船旅です。 また何時かゆっくり来るからねえ〜
島津斉彬公の別邸であった仙厳園に到着。 ここでランチタイムです。 錦港湾を借景に素晴らしい磯庭園を見下ろしてのお食事処で一休み。 それにしてもこの見学場所は時間がもっと欲しかった! 急いで見て回ったのではもったいないです。またこよう。
この後、ハプニングが起こりました。書くのがくたびれたので来週にしようと思いましたが来週から娘がお産で里帰りをするので当分の間インターネットどころじゃなくなると思い返して一気加勢に書いてみます。 薩摩城というさもインチキ気なお城を模したお土産やにバスが到着した時です。 同時に読売旅行会のバスも到着しました。 間が悪いとは正にこれをいいうんでしょうね。 店の入り口で我々黄色のリボンをつけた団体はお待ちください、とストップを掛けられました。 あちら様を優先した訳なんざんすね。 しかもですねえ、あちら様にはいい席を用意してお茶を飲ませてたんですよ。 後から入店した我々は固い長いすに座ってお茶はセルフサービス・・・ さ〜怒ったよ! 「てっしゅう!」 リーダーのひと声でカゴの中のものをほうり投げてバスに舞い戻ります。 「失礼しちゃうよ。上州女をなめんなよ」 「商人の最もやっちゃいけない、差別をされたんじゃ黙っちゃいれるかい」 てんで携帯から上毛観光へクレームを入れてました、リーダーやったね! カルカンだのさつま揚げだの何処にでも売ってるワイ。 あ〜愉快、爽快。とおお笑いさ。
さてさて、買い物タイム短縮で今日も早々と指宿温泉、「白水館」に到着。 これが文句のつけようが無いほど素晴らしい和風旅館でございました。 豪華絢爛、千人入れる元禄風呂に始まり、ありとあらゆるお風呂がありました。 もちろん砂むし風呂も初体験しました。 気持いいのですが熱くてメガネをはずしてて何分たったのか時計も見えなかったのですが規定の15分なんてとても我慢ができなくて這い出してました。 さすが五つ星旅館ですね、床の間の掛け軸、生け花、お茶碗、座布団、キョウソクまで用意されてたのはびっくり。 今までのホテルでは韓国語が飛び交ってましたが、今夜はしっとりと大人の雰囲気の素晴らしい一夜を過ごす事ができました。 ただし、我が旅クラブお決まりの大宴会をのぞいては・・・ 内容はここに書かない方が身のためと、お許しください。
さあ、も最後の一日になってしまいました。 早いな〜。 夢のように3日間が過ぎていきました。 今日は長崎ぶらぶら節じゃなく、あの特攻隊の知覧平和館を訪れます。 この平和ボケとも言われる現在、上層部の命令一過の元、10代20代の若い身空を国の為に散った幾千の命の叫びをもう一度振り返る必要があると思います。 我々、戦争を知る世代でさえ涙無くして遺品の手紙を読むことは出来ませんでした。 テレビで馬鹿ふざけをしてる若者にこの尊い犠牲者の存在を教えてやり、もっと真剣に国の行く末を案じて欲しいと強く強く思いました。 本当に可哀想なことをしました。 これからも絶対に戦争だけはしてはならないと決意を新たにいたしました。
最後のランチタイムは知覧武家屋敷の中の一軒でミニ会席をいただきました。 残念ながらお値段に見合う内容でなかったのでがっかりしました。 炊きたてのアワ飯が美味しかったくらいで他は大した事なかったのは贅沢でしょうか? 食後の散歩を兼ねてこ一時間ほど武家屋敷を見学。 いいな、こんな建物が残ってるだけで観光バスがくるんですから。 前橋も城下町なのに戦災で焼け野原になっちゃったから何にも残ってないか・・・
いよいよ何にも無い前橋に帰途のため鹿児島空港から機上の人に。 さよなら〜鹿児島、もう一度くるからね〜〜。 なんてオセンチに浸っていられたのもつかの間、飛行機が今までで一番くらいの揺れ方に皆の顔が青ざめてきて吐き気まで催す始末。 後で聞いたら全国的に強風が吹き荒れて、物は飛ぶしすごい天気だったんだとか・・ それなのにやだわ、無茶して強引に羽田に着陸したんですから。 あ〜恐かった。南無阿弥陀仏を唱えてましたよ。
まあまあ、気を取り直して待機してた上州観光のバスにほうほうの体で乗り込んで一安心。 気が利くじゃありませんか。 小腹が空いたんじゃないかい、と懐かしい三美のお団子とおにぎりが配れました。 ヤレヤレ、もうここまで来ればこっちのもんだい、とぱくつきます。 おまけに車内のビデオで懐かしい40年前の森繁の社長シリーズの古い映画を流してくれました。 こいつがお腹抱えて笑える上出来で時間の経つのも忘れてバスが揺れるほどの爆笑に継ぐ爆笑。 出てくる俳優がこれまた森繁以外ぜんぶあの世に引っ越してるから泣かせる・・・ と、笑い転げてた時に最後のハプニング勃発! 関越が事故発生で交通とめですって。 川越から下道に降りますですって。 仕方ないけど、事故を起こした奴を恨むよ。 まったく家までもう少しでノロノロ運転。 皆、携帯で留守宅に遅くなる由連絡を入れます。 でもあの日活映画のお陰で苦もなく前橋インターまで来る事が出来て幸いでした。 さよなら、さよなら、皆様お世話になりました。 お家に着いたのは10時半でした。 シャッターをソロソロと上げて二階に上がり、母の部屋の襖をそ〜と開けて「ただいま」 返ってきたのはいびきのみでございました。 あ〜〜良かった! 一番気にかかってたのは母が転びやしないかだったから。 留守番をちゃんとしてくれた息子夫婦に感謝、感謝。 またチャンスがあったらお婆ちゃんを頼んで旅行に出させてね。お願い。 以上、3泊4日の南九州の旅を終了します。店番しながら記憶をたどって書いたのでおかしいとこがございましたら平にご容赦。
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【2008/3月31(月)】 No.160 『 代筆です@3代目 』
みなさん、こんにちは。 いつも店主だよりをご愛読?いただきありがとうございます。 今回はおゆき嬢が「とらわれの身」から「自由の身」になり4日間の九州旅行中ですので、わたくし3代目の代筆です。ご了承ください。
代筆といっても、何を書こうか悩みますね。。。^_^;
先週は私達家族が同じく4日間休みをもらって久しぶりの休暇らしい旅を楽しんできました。 商売人の身分で4日も休んで生意気だ!と思われる方もいらっしゃるとおもいます。ほんとそうですよね。。。 でもたまには家族(こども)サービスもしてあげたいし、なによりこのご時勢に商売家に嫁いでくれた嫁さんにも骨休みをさせてあげたくて、、、本当は自分が一番休みたいんですけど。 うちは暮れからお正月が繁忙期ですので、お正月休みはありません。 もちろんゴールデンウィーク、お盆休みもありません。週休2日なんて一生かないません。
たまにはいいですよね。 旅行は行ける時に行っときな! よく聞くことば。そのとおりだとおもいます。
4日間なんてあっという間だよ。 おゆきさんは、もう、明日ご帰宅です。 帰ってくるのイヤだろうな。。。
それでは、また来週♪
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【2008/3月24(月)】 No.159 『 とらわれの身? 』
暮れからお正月と無休で働いたご褒美に息子夫婦を旅行に行かせてあげました。 例年だと家族ご一行様で民族の大移動をしてましたが、もしもの時に一家全滅になりかねないと言う事で2班に別れて出ることに相成りました。 まっ私もまだまだ若い?から4日間くらい何て事ないよ、と安請け合いしたものの・・・ 時期がお彼岸中とあってお使い物が良く動くんですね。 しかも先日の肋骨の痛みも残っておりました。
初日19日は水曜日だから休んで里帰りしてた娘も伴ってお墓参りをして、美味しいものでも食べに行くか、と出かける矢先、電話が幾つも鳴りました。 「取りに行きますから、作っておいてください。」 そりゃ休みだから駄目とは申せません。 一人ならまだしも3人から頼まれては休み処じゃなくなりました。
急遽、妹に電話して母とお墓参りに行ってもらうように手配しました。 2才の孫が店をチョロチョロして悪さばかりするのを注意しながら、お腹の大きい娘に手伝ってもらって箱詰めして包装を済ませました。 ええい、もうこうなったら休み返上。 シャッターを上げていつも通りお店開店です。 開けて良かった! 次々と開いてると思ってお客様がお越しになりました。 電話のお客様も無事に済ませてヤレヤレと時計を見ればもうお昼時分。 娘にデパ地下で美味しいものを何でも買っておいで、と頼みました。 しばらくしてデパートで貸し出してるカートにいろんな食品と孫を乗せてガラガラ帰ってきました。 隣がデパートの駐車場ですので、荷物と孫を降ろして隣にカートを返してきました。
前はデパートのカートを屋外まで押して出る人を見るとマナー違反だと腹が立ちましたが、我が娘が重宝させてもらう立場になると、勝手な思いですが止むを得ないかと考えが変わりますね。 でもホームセンターの広い駐車場では車まで押してきて、所定の場所へ返せば文句ないのでしょうが、デパートから市道を押してきて使い終わったカートを所構わず置きぱなしはないでしょう。 それが最近は多く目につくんですね。 えっこんな場所に?と思うとこに雨に濡れて放りぱなしを見ると、やはり最近モラルの低下がかなり進んでるなと腹がたちます。 店も一段落しましたので、ヤレヤレです。 娘が自分チの夕飯のおかずまでちゃっかり仕入れてきて3時ごろお山に帰って行きました。お山と申しましても軽井沢なんですがね。 夜はお茶のお稽古日でしたがくたびれてお休み。
二日目、朝からザンザン降りの雨、昨日大量に売れて在庫が無くなったカット海苔を加工しました。 いつもは息子の仕事ですので、慣れなくてかなり疲れました。 店はこんなお天気ですので昨日ほど忙しくありませんでした。 終日ネットサーフインで時間の経つのも忘れました。 ここらで一段落かな、思いきや事務所の蛍光灯が付いたり消えたり・・ あら、やだ、高いとこは怖いんだ。 でもこれでは新聞も読めないよ〜。 仕方ないから倉庫から4本入りの長い蛍光灯を取ってきました。 机に乗ってやっと届く高さに先日、おっこちた時の記憶が・・・ 考えないようにして新しいのに変えてついでに器具の綿ぼこりを拭いたら明るい! 見れば他の3本も端が黒いじゃん! よし、総とっかえだ。 そろそろと机を移動して登って4本全部取り替えました。 あっかるい!あっかるい!
と喜んでたところへ、1万円のセットをご注文のお客様が。 箱がまたまた高い場所に積んであるじゃあ〜りませんか。 今日はよほど高い場所に縁がある日ですね。 用心してイスに登って箱を下ろして一件落着。
まだありました。 レジの紙が無くなったのです。 こいつも高い戸棚にしまってあります。 ええい、もうこうなったら矢でもてっぽでも持ってきやがれ。 神妙にイスに登って取り出して取替えOK. あ〜くたびれた。今夜はこの前こさえて冷凍しといた餃子でも食べよう。
3日目。 朝から外が嫌に騒々しい。 何やら植木職人が大勢で道に花壇をこしらえ始めました。 29日から3ヶ月間、開催される「全国都市緑化ぐんまフエア」の準備をしてるようです。 こんな狭い車の往来の激しい道で線路の枕木で四角に囲ってパンジーを植え込みました。おまけに水門の柱にも沢山のカゴ入りのパンジーをぶる下げました。 一日がかりで仕上げて引き揚げて行きました。 それと平行してタイルの舗装のはがれた箇所を全部埋めてくれました。 聞くところによりますと、この緑化フエアに100億位のお金が動いてるそうな。 綺麗になるのは嬉しいのですが一過性のイベントに大金をつぎ込むのはいかがなものでしょうか。もったいないなとつくづく思います。 100億の内訳は詳しくしりませんがねえ。 明日から道の両側の花壇の水やりの仕事が増えました。 夜は母と近所の店に五目餡かけ焼そばを食べに行きました。 さすが大手のホテルで修行しただけに、お味は美味しかったです。 でも他のお客さまが一人もいないのがちょっと心配だな・・・
4日目、さすがに飽きてきました。 幾ら千客万来で話相手には困らないとは申せ、外にいきて〜〜 買い物に行きたい衝動が抑えきれません。 パソコンでどうでもいいショピングにはまり、知らず知らずに頼んでました。 やはり4日間、ず〜と店に束縛されて夜は寝るだけじゃ息がつまりますね。 たとえ大根一本でも手に取って買いたいですよ。 老人ホームに入ってる方達が一番したい事は買い物だってえの分かります! 特に女性はね。 この日記、時間があるので22日の土曜日に書いてますので息子達はもう帰りの飛行機に乗ってるはずです。 きっと、あっという間の4日間だったことでしょう。 帰るのやだろうな。 わかる、わかる。 でも帰る場所があるから旅は楽しいんじゃん、ね。 また明日からうんと稼いでもらわにゃ。
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【2008/3月17(月)】 No.158 『 一寸先は闇 』
おととい、不覚にもイスから落っこちた! リビングの高い戸棚をイスに乗って捜しものをしてたら、イスの上のクッションがズルッとすべったとたん私の巨体は床にもろに打ちつけられたという始末。 頭もテーブルの脚にぶつかり位置がずれていた。 丁度お昼の支度でそばにいた母の慌てよう・・・ 「あんた大丈夫?」 「大丈夫じゃないよ〜」 「動けるかい?」 「骨は折れてないみたい」 「頭にタンコブができた」・・・ どうやら打ち身は時間の経過に伴いひどくなるようで、その日の夜には深呼吸をすると胸の辺りがズキンと痛い。 どうやら肋骨にヒビが入った模様にうっかり、クシャミでもしようものなら「イテテ、」と悲鳴を上げる始末。 本当にいい年してみっともないやら、情けないやら店に出るのもうっとおしくて次の日はず〜と上で静かにしてました。 本来ならきょう(日曜日)は「箕郷の梅林」で野点のお茶会をやる予定で支度もすっかり整えていたのにがっかりである。
宮尾登美子の「天彰院篤姫」の文庫本を少し読んではサンサンと陽のあたるベッドでまどろんでいた時に店の前を救急車が通った気配がしました。 またデパ地下でけが人が出たのかなと気にも留めずにいたのが後で聞いてびっくり仰天。 同じ商店街の金物やのご主人が運ばれて、その日のうちにお亡くなりになったのだそうです。 ご近所のお付き合いで息子はお手伝いにあがることになり、たかが肋骨にヒビが入った位でグズグズしてる場合じゃなくなりました。 それよりなにより、先日までうちにお茶を買いに来てくださってたあの人が亡くなったなんて、ショックで出るのはため息ばかり、、、「一寸先はやみ」とはまさにこの事をいうのか。 故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
「ふぅぅー うっ!」 胸が痛い。
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【2008/3月10(月)】 No.157 『 海苔やの一日』
あれほど寒かった朝も暖房をつけなくても着替えが出来るようになりましたね。 ねぼすけの私は目が覚めても「あと5分、あと5分・・・」となかなかフトンから出られなくて、枕元のラジオから聞こえる森本さん声に別れられなかったのですが、ここ2,3日は7時半にはパッと跳ね起きられるようになりました。 えっ、おそっ! すいません、何しろ母と2人暮らしの気ままな暮らしなもんで・・・ でも1時間後にはちゃんと洗濯物も干して食事して朝ドラ見ながら綺麗にお化粧して店に下りてきてますんで、文句ないでしょ。 それから30分ほどが私のパソコンタイムでございます。 まずは所属のMLのメールチェック。 最近はほとんど読むだけ。 次はお気に入りに入ってる10コ位のブログを呼んで短めのコメントを書かせていただく。 もうこれだけで30分は経過。 9時きっかりに焼きのり機械のスイッチオン。これが温まり使用可になるのに30分はかかるので、その間にシャッター上げて店中、外掃き清めてホコリを拭いて品物を補充して植木に水やりして、活花を活け変えて神棚にシャンシャンして朝の一仕事終了。 若夫婦が出てきて3人の手が揃ったところで焼きのり開始。 およそ3000枚はお昼まで1回の休憩を入れて焼き上げます。
ただ焼くだけではありません。 10枚づつ袋詰めにしたり、用途に応じてカットしたり、すし屋さんのは半裁して100枚づつ袋詰めにします。 丸缶は4階の切断機で八等分して3種類に作りあげます。 きざみ海苔も裁断機で3ミリ幅にカットして袋詰めにいたします。 午前中はほぼ毎日これらの加工で終わります。 午後は産地から仕入れた干ぴょうや椎茸やワカメやお茶などを小分けして袋詰めの作業があります。 一方、銀行や郵便局に振込みに行ったりの雑用が待ってます。 息子には配達という大事な仕事が待ってます。 注文の引出物を包装してご注文主にお届けしたり、法事のお清め会場まで運んで差し上げたり、病院関係や食堂にも配達がございます。
今では配達は若夫婦が手分けしてこなしてますが、まだ2人がいない時は私が全部一人でやっていたなんて今では想像できません。 あの時、君は若かった〜♪ そうです、若くて体力、気力充実してたので、何でもなかったんでしょうね。 今、お前一人でやんな、と言われてたら「いえ、無理だす。店やめます」でしょうね。 あ〜我ながら良くまあやってこれたよ。 だ〜れも褒めてくんないから自分で自分を褒めてやりたい!
商売が好きで好きでたまらないから、ここまでやってこれたというのが正直な話でしょうね。 嫌いなら私が38才の時に父親が脳血栓で倒れて、何もかも分からない仕入れから帳面つけから自分でやらなければならなくなった時点で店を止めてたに違いありません。 母親と2人、病人と2人の子を抱えながら裁判までして取得したこの土地を、市長の気まぐれでくだらない箱物再開発に利用されたんではたまりません。 前橋中心商店街の将来100年先まで見通した知恵を絞った計画で無い限り、私は断固としてこの場所から移る気が無いことを書いておきます。
書き始めた時点ではこんな風な事を書くとは意識してなかったのですが、思わず書いたとこを見ると、私の今の不安はこの一点にしぼられてる感がします。 新聞記者もすぐに次のニュースに飛びついて、市長の疑惑を追及するのを忘れてるようですが、4番街の再開発をするのかしないのかはっきりしてくれないと、リフォームにも手が出せないというものです。 母も88才の高齢です。 住み良いバリアフリーに直してあげようと考えてた矢先の再開発計画に腹の虫が収まりません。いい加減にしてくれといいたい!
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【2008/3月3(月)】 No.156 『 ひな祭り 』
本当に日がたつのが早いですね。 この前、お正月を迎えたと思ったら、もう弥生三月お節句でございますよ。 皆様のお宅ではお寿司を作りますか? むかし、むかし、私達4姉妹が子供の頃はお寿司は、何かおめでたい日じゃないと食べられないご馳走でした。 幾ら海苔は売るほどあってもです。^_^; その代わり、お節句には母は忙しいにも関わらず、朝から太巻きを巻いてお弁当に持たせてくれたもんです。
前女に通っていた時分、仲良しの友達とお寿司の取替えっこをした事が思い出されます。 彼女の家は勝沢と言って、赤城山の山麓あたりに住んでましたが、貰ったお寿司の太いのなんの・・・ 我が家の太巻きの具は昔は干ぴょう、椎茸、卵焼き、でんぷ、ニンジンの5品でしたが、彼女んチのはゴボウや竹輪や沢庵も入ってたのかな・・とにかく食べ答えがあったのを今でも覚えております。 あれはもしかしたら、海苔を巻き簾に縦に置いて巻いたのかしら? じゃないと、私にはとてもとても巻けそうにございません。
私も先日の恵方巻きは買ってきて済ましましたので今回は自分で巻いてみます。 家族もやっぱり甘辛く味つけした具を巻いた「あーちゃん巻き」が美味しいと言ってくれますのでがんばりまっす。 特に女の孫のゆうちゃんの一言がかなりインパクトが強うございますね。 「あたし、あーちゃんの作ってくれた海苔巻き大好き!」だそうです。
そういえば私がまだ独身の時のお節句前は宣伝カーに私の声で入れたテープをスピーカーで街中流して「こちらは鳥山海苔店の宣伝カーでございます・・・」 すると生放送かと思って友人が家から飛び出してきて「何だお父さんか」と言われた逸話が残っております。 童謡の「ひなまつり」を聞くと、今は亡き父も商売がんばってたんだと昔が懐かしく思い出されて胸がキュンとなります。 当時は今ほど交通も激しくなく、小林時計店も年中宣伝カーを流してましたね。 今は何処へ行ってしまったのか、街なかには存在しませんが。
売れた、売れた!今の何百倍も海苔が売れましたよ。 スーパーなんて無かったから。 それとお節句には海苔巻きを作る風習が残ってましたので。 農協の青年部も資金稼ぎに農家から注文とって売りさばいてたっけ。 今は農家も跡取りが少ないから青年部も無いのかな? 何はともあれ折角手のかかる海苔巻きをこしらえるのですから、古い海苔でなんか巻かないで焼きたてのパリパリの鳥山の海苔で巻いてくださいね。
先日も書きました「女性の品格」の項目に「行きつけの店を持ちましょう」というのがございました。 大型店の誰が店主だか分からない店で、惣菜というより餌みたいにホコリだらけの通路に山のように盛られた中からカゴに入れて買うのが気が楽という方もおいででしょうが、顔見知りの行きつけのお店ならきっと大事にしてもらえるのではないでしょうか、と書いてありました。 いわばマイセレブとして待遇してもらえるお店を持つということです。 長いお付き合いの内には世間話に花が咲き、お互いに日頃のうっぷんも晴らしてまるで遠くの親戚より近くの友達関係に発展できるのが嬉しいですね。 私が店番をしておりますと、買い物だけ済ませてお帰りになるお客様は少ないです。 何かしらおしゃべりして、情報交換もしたりして外までお見送りさせていただいてます。 だから商売は好きなんです。 本当にありがたいじゃございませんか。 皆様、お金をお持ちになって買いにきてくださるんですもの。
今も品の良いお年寄りご夫婦が極上品を1帖お買い求めにいらっしゃいました。 次は近所のおかみさん。 いつもの我が家の一番の売れ筋、特別提供品を5帖お買上。 どちらも金額は1050円ですが、私の接客態度はどちらも大事なお得意さまですのでもちろん同じ態度で、接客させていただきました。 お客様は神様です。ありがとうございました。
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【2008/2月18(月)】 No.154 『 残念無念 』
テレビに釘付けで開票結果を見てました。 本当に悔しいの一言です。 本人はもとより奥様の無念さをひしひしと感じます。
そこで高木市長にお願いします。 もっともっと市民の生の声を聞いて、分け隔てない市政をやっていただきたい。 税金の無駄使いだけは止めて欲しい。 4番街に馬鹿げたものを建てるのだけは絶対に嫌です! 以上。
がっかりして意気消沈してます。
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【2008/2月11(月)】 No.153 『 家業 』
家業を継ぐ、ということは自分の夢を捨てるという事になりかねないのかもしれません。 歌舞伎役者の家に男子が生まれたら小さい時から日本舞踊を習わされ後を継ぐのは当たり前の風習であります。 何代も続く老舗旅館の跡取りには重責がのしかかりますね。 かの「吉兆」でさえ創業者が墓石の下で涙を流してるに相違ないほど、暖簾は大事なのであり信用をひとたび失ったら挽回するのは計り知れない程時間がかかります。 その位跡継ぎというのは、はたで見てるより大変な仕事なのかもしれません。 創業者の苦労を肌で知ってる2代目は、次へ繋げたいという気持が強いから無茶はしないし、無難な事きりしないから大きくはならないかもしれません。 でも3代目になったら世間でも、どうなるかなと見てるから、飛躍してみようと冒険をするかもしれません。
我が家で言ったら私は無難な2代目、そして息子は3代目を継いだばかりです。 子供達もようやく手がかからない小学生になりました。 さあ、ここらで大きく羽ばたくか、大人しく親の仕事を踏襲するだけか見所がやってまいりました。 私には出来ない大仕事をやって貰いたいという希望もありますが、借金ゼロの安泰な経営の軌道を崩して欲しくないというみみっちい気持も無くは無いのが本音です。
いま、テレビで和倉温泉の嫁修行のドキュメントを見ました。 6代目の若造が5代目と旅館の改築でケンケンガクガクと揉めてる場面が出ました。 最後は若造が「さっさとやらないんなら、こっちに任せてくれればいいんだ」と言い返しました。 まるで我が家と同じです。 息子が何かやろうと言い出すと決まって「待った!」をかける私がいます。 話も聞かないで。 でも今日以降、反省しました。 あの5代目が首をすくめて見せた意味を私はピンと来たから。 そうです、「もう任せりゃいいのか」と。
昨日は雪の降る直前、高梯子を自宅から持参してきて以前から気にかかってた照明看板の蛍光灯を取り替えてました。 店の横の立て看板も3日がかりで自分で書き直してるようです。 パソコンで出した字を丁寧に切り取って接着して、気が遠くなるような作業です。 小さな事からコツコツと自分から動いて、集客になるように努力してることは嬉しい限りでございます。 さてさて、次の一手は何でしょうか? 家業を継いで良かったと思うように、親は援護射撃をするしかございませんね。
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【2008/2月4(月)】 No.152 『 気になる食品 』
雪です、積もらないといいのですが・・・ 湿気っぽい雪ですから街なかは大丈夫でしょう。 子供達は雪は好きですね。 早速、庭で雪だるまをこしらえてるかな。
国会でガソリン税を下げるの何のともめてる最中、それを上回るニュースが飛び込んできましたね。 事もあろうに生協で販売した餃子で病人が出た! それも中国製。 真相はまだはっきりしてませんが、これでまた一気に中国製品の信用がた落ちしたのは言うまでもございません。 今や日本人の暮らしから中国製の製品を無くすということは不可能と言われてます。 何せ自給率35%の国ですので。 まあ着る物は仕方ないとして、口に入れるものはなるべくなら地産のものを買いたいと思います。 でも外食をした時はそれはかなわないので、安い店やお弁当は避けたいと思ってます。
その点、我が店は全部、国産品きり扱ってないので気が楽ですね。 海苔は千葉産、お茶は静岡、九州産、椎茸は静岡産、干瓢は栃木産、・・・ 専門店ならではの品質管理には神経使ってます。 とにかく自分で食べて納得いく品を新鮮な状態で提供してます。
「お宅の海苔は日がたってもパリパリしてるんだけど、どうして?」 「それは毎日焼きたてを販売してるからです。葬儀の引き出物が不味いのは1年以上先の賞味期限が入ってますよね。だから焼いてから倉庫で保管してる間が長いんです。幾ら乾物でも半年もたてば風味は損なわれますね」 「あ〜そうなんだ。海苔も焼きたてが美味しいのね」
こんな会話はしょっちゅうお店で交わされてます。 美味しいものにこだわるお客様の信頼を裏切らないように毎日毎日一枚一枚、愛をこめて焼きのりに精をだしてます。 今年はおばあちゃんの法事をするけど引き出物は何にしようかしら、と思案中の方がおられましたら是非とも「あげて安心、貰って嬉しい、鳥山の焼きのり」になさってください。 海苔はほんとはこんなに旨いものだったのか、ときっと喜ばれる事請合います。 予算にあわせてどのようにも詰め合わせいたしますのでご来店お待ちもうしあげてます。 あっ、お忙しい方はフリーダイヤル0120−275543でお問合せください。
そうそう私、一つ気になる食品があります。 トマトの缶詰。 メイドインイタリーです。 これもお店によって価格もまばらなんですね。 我が家のランチは野菜満載のトマトスープがほぼ毎日なのでいつでも最低5缶は買ってあります。 輸入品ですので缶の裏に日本語のラベルが貼ってありますが細かい事はイタリア語なので分かりません。 でも大きな商社が輸入してるので信用して購入してます。 大丈夫なんでしょうね? 毎日、毎日飽きもせず食べてる食材なので心配だわ。
な〜んて神経使ってたら何も食べられなくなっちゃうから、そんじょそこらの毒に負けない体になるように頑張りましょう。
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【2008/1月28(月)】 No.151 『 気になるあいつ』
茂木健一郎、秋元康、・・よりも一番気になるのは、やっぱりT・Kでしょうね。 商売柄、名前は書けませんが、いま気にかかる人と言ったらお分かりになるやも。 それにしても彼は中学時代、もてましたね。 今のようにスタイル悪くなかったし、裕次郎に似てたからかしら。 彼が校庭で野球部の練習をしてると、校舎の窓から身を乗り出して見てたもんです。 当時、校舎の窓は南向きでした。 でも校庭は校舎の東側にあったので、とても見づらかったという記憶があります。 私がまた、よく机が並んだんですよ。 学期ごとに席取替えをしますがクジで良く当たりました。 沢山の女子が彼に熱をあげてたので羨ましがられたもんです。 何であんなにもてたのかな・・・ でも15年ぶりに開いた同窓会に現れた彼を見て熱がいっぺんに冷めました。 そこには「場所が休みなので来られた」という挨拶がふさわしいお相撲さんみたいな 彼が遅れて入ってきたからです。
自分を棚にあげて人の事を太ったなんて言えませんが、身長は中学時代そのままで 横に大きくなった彼にはがっかりしましたが、身近に接せられる人になって嬉しかったですね。 あれから30年以上たちました。 お互いに艱難辛苦を味わって、一回りも二回りも大人になったのではないでしょうか。 ますます困窮を極める市政を私利私欲に走らない、クソ真面目な彼に託そうではありませんか。 きっと彼なら使いにくい、無駄な空間ばかりの箱物なんて作らない、市民の声に耳を傾ける行政のリーダーシップを取ってくれるに違いありません。
いま気がついた事。 茂木さんにしろ秋元さんにしろKさんにも共通点がありました。 ふっくらして穏やかな心癒される雰囲気がありますね。 こういう不景気風が吹いてきたご時勢には恵比寿様のようなタイプが向いてるのではありませんか? |
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【2008/1月21(月)】 No.150 『 省エネ 』
この2,3日急激に寒くなってまいりました。 予報では雪が降るなんて脅かされてます。 雪が降ると心躍るものもありますが、後が始末が悪いですね。 昔に比べて降らないのも温暖化のせい? 我が家は焼き海苔の加工が始まると機械から発する電熱のおかげで暖房はいりません。 その代わり夏は冷房ガンガン効かせても役にたたない程の熱さですので想像つくと思います。
この焼き海苔機は働き者で今ので3台目ですが使い始めて16年目に入ります。 そろそろ耐用年数が切れるかなと思っていた矢先、加工中に大きな音がしました。 びっくりして機械をとめて調べましたらコンベアを回してる歯車がもう少しではづれるとこでうまくかみ合っていなかった箇所が見つかりました。 こりゃ業者に見てもらわにゃいかん、と言いましたら息子が直して見るというのです。 私は何でも捨てるのが好きで壊れたら新しいのに変えればいいじゃんの主義ですが、息子はまだ使えるものは修理して使うべき!といつでも言われます。 親子の立場がいつも逆転の考えでまいってます。 で、上のふたをはずし、あちこち緩んでた箇所を丁寧に修理して元通りに動くように直しちゃったからわが子ながら「あっぱれ」です。 新しく買えばン百万の出費になりますから、店にとっても打撃ですしこんな大きな燃えないゴミを出したら省エネに反しますよね。 直って本当に良かった! まっ近いうちに大事にいたらないうちに買い替えも検討しようと思ってますが・・・
さて省エネ、省エネと盛んに叫ばれてますが、個人個人がもっと本気で考えないと先行き大変な事になるようですね。 原油が高騰してるのも需要と供給のバランスが崩れて売る方が値段を吊り上げてるからに相違ありますまい。 メイドインCHINAがこうも我々の暮らしにはびこるとは想像もできませんでしたが、アメリカのスポーツウエアの会社も日本の商社もこぞって賃金の安い中国に加工を頼っていれば益々中国の原油の使用量が増えて価格は高くなる一方でしょう。
じゃ、どうしたらいいかって? 答えは簡単です。 自給自足の昔に返ればいいのではないでしょうか。 遊ばせてる田畑を耕し、贅沢を戒め、今あるものを有効利用して日本全体がもっと地味に落ち着いた暮らしをするように政府にも啓蒙していただきたい。 良いあんばいに福田首相ご夫妻も地味目で品格がおありのようですので、あの二人を模範にして我々ももっと日本人らしく生きたら良いのでないでしょうか。 それがひいては省エネにも繋がると思うのは、おかしい?かな。
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【2008/1月14(月)】 No.149 『 雨降りの日 』
あの猫の手も借りたい忙しさとうって変わって、今日は超暇な店番になりました。 世の中は3連休とか・・外は雨が午後になり本降りになってしまいました。 店長は今年初の海苔の仕入れに出かけて、店に静かなバラードをBGMにかけて一人新聞を読んだり、文芸春秋をパラパラめくったり、その間にお客様は何人かな? この天気ではどこも暇なんでしょうね。 人を使ってる店は大変だろうな。
なんて考えていたら娘からメールが。 どうやら軽井沢は大雪警報が出たとか。 山の上だから仕方ないか。 お腹の子は順調だよ・・なんて機嫌よく喋ってたのに予定日よりひと月も早く里帰りしたいというので早すぎるよ、なるべく遅く帰ってきて、と言った途端プツリと切りやがった。 どうしてこうも我がままな女に育ててしまったのか後の祭りとはこの事かいな。 かわいそうなのはこんな母親に育てられてる孫。 本当に親から子へ孫へと因果応酬、めぐりめぐって孫がどんな大人になるのやら・・・ 心配が絶えない今年も早くも10日もたってしまいましたが、皆様お元気ですか?
雨、本当に久しぶりでございますね。いいお湿りになりました。 どうやら氷雨という名にふさわしい寒さも加わってきました。 「氷雨」、カラオケで流行ってた頃、私も持ち歌でよく歌ったもんです。 それがどういう訳か最近はとんとカラオケも歌わないどころか、宴会も2次会まで行かないようになりましたね。 年を取った証拠でしょうか、まっすぐ家路について熱いお風呂に早く入りたいなんて思う今日この頃です。
「前橋ぷらざ」が出来ても街なかは相変わらず、閑古鳥が鳴いてます。 初市も水曜日だったせいか、温かい天気だったのに人出もかんばしくなかったみたいでした。 土曜日だと学生さんも出てくるのですがねえ。 高校を郊外に移転させたのは間違いでしたねえ。 共愛学園も前工もあんな田舎に持って行ってしまって、街なかに若い人の姿が無くては寂しい限りでございます。 まったく、こうも街なかが死んでしまっては手の施しようが無いのではありませんか。
こんな雨降りの日でも郊外のあの戦艦大和みたいなスーパーには人は出かけているのかしら? あれだけの建物を維持するには電気代も大変だろうな、なんて要らぬ心配もしてます。
先日、カンコ堂で「地方を殺すな!」という本が眼に飛び込んできました。 なんと表紙がわが町のオリオン通りのシャッターが下りた寂しい写真ではありませんか。 おいおい前橋はそこまで寂れた街として有名になったんかい、と自分につっこみを入れたけどボケをかます相手もおらず買ってきて半日で読みかましました。
講評。 何も得るものなし。 要はこのまま郊外に大型店が林立して日本中どこを走っても同じようなつまらない街になってしまったら、日本は犯罪が蔓延して救いようがない、と本誌はリポートしてます。 でもこうやったら防げるとはどこにも書いてなかった・・・気がしました。 さて、既存商店は座して死を待つか? 重い腰を上げるか? ここまで読んでページをめくると又違う人が違う都市の危機をリポートするのみで読み手はガックリ。 コンパクトシティ構想をめざせ! そりゃ住まいの歩いてすぐそばに公共施設も銀行もスーパーもあるのは理想的です。 我が家はまるで当てはまります。 じゃ、今更多額の税金を投入して中心街をいじくるのは無駄なのかな? 雨のシトシト降る暇な店番の合間にふとこんな風に考えました。 次の市長のマニフエストには中心街の再生は入っているのでしょうか?
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【2008/1月5(土)】 No.148 『 謹賀新年 』
あけまして おめでとう ございます。
皆様、おすこやかに新年をお迎えになられたことと思われます。
おかげさまで我が家も無事に初売りもこなして今日はもう5日でございました。
暮れからこの10日間ほどは記憶にないほどあっという間でございました。
ヤレヤレ、今年も順調な滑り台、もとい滑り出しのようでほんにお目出度いことかぎりなしでございます。
今年の目標。
1.絶対に痩せてやる! いつまでもデブと言わせない!
2・春の九州を謳歌してやる! 母が何と言おうと出かけてみせる!
3.4人目の孫の出産を無事に済ませる。! あの襟巻きトカゲみたいなすばしっこい孫の面倒をちゃんとみるぞ!
4・附中の同級生を市長にならせる! 小学一年生から机を並べてきた彼は誠意のある品格のある人です! 県都前橋の顔にふさわしい男の中の男をどうかよろしく!
5、家族一同、病気や事故に遭わぬように一年無事に過ごせますように! 商売も大事、でも何より家族仲良く楽しく暮らすのが一番!
以上、私も店も63年の風雪に耐えてここまで、何とか持ってきました。
これも一重に皆様のご愛顧の賜物と感謝いたしております。
いよいよ、これからが正念場です。
寂れた中心商店街でピカッ☆と光る店として更に精進してまいります。
どうぞ今年もすみからすみまで、づづ〜とお引立てのほどよろしく御たてまつりますよう
お願い申しあげます。m(__)m
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【2007/12月24(月)】 No.147 『 クリスマスイヴ 』
すっかりクリスマスという年中行事も日本に定着した模様でございますね。 それもこれも商魂旺盛な企業の宣伝のお陰とでも申しましょうか、例の赤と緑と金色のクリスマスカラー満載の写真を目の当たりにさせられますと大人も子供も浮き浮きとします。 我が家にも9才と6才と1才の孫がおりますので、まずはクリスマスプレゼントに頭を悩まします。 ところがこのプレゼントの玩具というのが私ら年寄りにはどんなものが流行ってるのか皆目見当がつきません。 それとなく本人がサンタさんに何をお願いしてるか親に聞きましたら男の子はゲームソフトの「おとだま」・・・なんやのそれ?見た事もないし初めて聞く単語や。 女の子はリカちゃん人形の彼氏の「かけるくん」だとか。 でも両方とも店頭では売り切れ状態でどこにも売ってないんだとか。 はてさて弱ってしまいました。
そこでハタッと思いついたのがネットオークションでございます。 仕事の合間にせっせと探しましたら両方ともありました、ありました。 それも新品がかなり格安で、と言っても送料をいれれば店頭価格でしたが。 個人でこういう風にオークションに出すというのは何でなんでしょうか? ギリギリセーフで23日に郵便やさんが届けてくれました。 おかげであーちゃんからのクリスマスプレゼントだよ、と綺麗にラッピングして渡すことができました。 毎年クリスマスの頃は店もお歳暮商戦も一段落でお年賀用品が出回るすき間で暇な日なので夜は早めに店じまいして息子の家で庭の電飾を見ながらささやかなパーテーをする慣わしになってます。 今年は23日に87才の母も元気に参加して嫁さん手作りの料理を皆でいただく事ができました。 二人の孫も欲しがってたものが一日早くサンタさんならぬ、ふとっちょばあちゃんからプレゼントされて不思議そうな顔をしてましたが喜んでくれたようです。 きっと25日の朝の枕元には2番目にお願いしておいたプレゼントが置いてあるんじゃないかな・・・
長野の孫にはお金を送って欲しいものを買ってあげてと言いましたら「プラレ−ル」を買ったとかで携帯の動画が送られてきました。 高速道路を車が走る大きな玩具のようです。 これでおばあちゃんとしての役目も無事終了。 ヤレヤレ、私にはどなたもクリスマスプレゼントはくれませんが、贈る相手がいてホームパーテーが出来る家族関係に感謝をせねばなりますまい。 また明日からせっせと焼きのりに精を出してお正月を迎えることにいたしましょう。
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【2007/12月10(月)】 No.145 『 前橋プラザ元気21 』 . この年の瀬のあわただしい時期に、何やら長ったらしいネーミングのビルがオープンしました。 西武デパートが閉店してから、かれこれ?年かしら? 中心商店街の衰退のシンボルのようにゴミだらけの空きビルが50億という税金を投入して前とは打って変わったモダンな建物に変身した模様です。 中にはまだ一歩も入って無いので感想は書けませんが、北側の入り口から見た感じは 地下のスーパーがまだ開店してないせいか、ただだだぴろっくて、いかにも箱物行政って 感じ・・・
南側の入り口から1階部分は全部、市の持分のようです。 名前ばかりの「にぎわい課」がこんないい場所に陣取って市民から文句が出なけりゃいいのですが。 名前に恥じないような「にぎわい活動」をしてくれないと恥ずかしいのでは?
2階が子供交流プラザ? 何ですか? これって、こんな広い場所必要ですか? いつまで大勢のちびっこ達が来てくれることやら・・ 自転車置き場がちょこっと飾り程度に作ってあって、幾らタダでも車で来るほど面白い場所かい? それに日本最大級の子供図書館ですって。 それじゃ前橋中の本屋さんが嘆くよ。買わなくていいんだもん。
まっ、作ってしまったからには多いに利用しなければもったいない! 3,4,5階は中央公民館が移転したというからには、ここは賑やかでしょう。 私も週に2回ほどお世話になっておりますから。 水曜日にお茶室がどうなっているやら、期待半分、不安半分です。 以前、お茶室のタタミ代えをしてくれたのですが、茶室のタタミのヘリは黒と決まっているのに、薄みどりのヘリにしちゃった・・・何おかいわんやですね。 素人さんはこれだから怖い。 分からなければ聞けばいいじゃないですか。 結局、即取り替えてもらいましたが、経費は全て税金です。 茶室くらい難しい造りは無いのですから、慎重に設計するべきでしようね。 ああ、早く見てみたい。
そして6,7階は来春開校予定の群馬社会福祉大学付属医療福祉専門学校が入るそうな。 長い名前・・・ あ〜、でももしかしたら家の孫が将来、お世話になるやも知れませんから楽しみ! 学生さんが街なかに戻って来てくれればこれも活性の一端をになうかもしれません。 あとは北側の空きビルを一日も早くテナントを入れて映画館も復活していただきたいものです。 何しろ前橋は地価が全国一安いのですから、今がお買得に違いありません。 全国の大金持ちさん、前橋に投資してください。 街が生き返るお手伝いをしていただきたいのです。 もう死に体かもしれませんが、かすかに息はしております。 残った店は必死に水面に顔だけ出して頑張ってますので、どうか前橋を救済してください。 とても「元気21」のビルがオープンしたぐらいじゃ街は活性されません。 今日も空っ風の吹きすさぶ街には閑古鳥がいっぱい鳴いておりました。はい。
最後に、この日記を読んで気分を害された方がおられましたらお詫び申し上げます。 本当に心の底から中心街の行く末を心配している海苔やのおかみのたわごととおもってくださいね。
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【2007/12月03(月)】 No.144 『 季節の到来物 』
早いもので今年もあとひと月余りになりました。 木枯らしが吹くと、国道17号の大木から落葉が掃いても掃いてもキリがないほど散ってきます。 これが全部お札ならいいなと考えながらかき集めるそばからじゃんじゃん飛んできます。 まったくもって並木界隈に住む人の悲哀ですね。
季節の到来物といえば落葉だけではございません。 店頭には新海苔が出まわり始めました。 江戸前ちばのり、東京湾の海苔漁師さん達が日も明けない内から摘みとった採れたてのホヤホヤです。 口に入れると、サクサクッと歯切れがよく、プ〜〜〜ンとなんともいえない新海苔のいい香りがいっぱいに広がります。 炊き立てのご飯に新海苔があればヘタなおかずはいらないねといいながら、私も毎日いただいています。 海からの贈り物だった海苔も、今では漁師さん達のたゆまぬ努力で養殖が幅広く行われるようになり量産されてます。 それは寒暖に神経を使い、こまめに海苔網を入れたり出したりと、すごく手間のかかる作業のようです。 そこで皆様にお願いです。 もっともっと海苔を食べて下さい! 前にもお話しましたが、海苔は本当に沢山の栄養素を含む食材です。 調理いらずでおいしく食べれる栄養満点の海苔。 忙しく食生活の乱れがちな方や、野菜嫌いのお子さんにもおすすめです。
先日テレビで視ましたが、近ごろ都内では贈答用のパッケージ類が黒系のものが受けてるそうです。 景気が回復してきて本物志向が高まってきているからとか。 だったら中身も黒い海苔で決まりですね! 黒や緑のものを食べていれば病気しらず!? お世話になったあの方へ、お歳暮には焼きたての鳥山の海苔をお選びくださいね。 皆様のご利用を心よりお待ち申し上げております。
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【2007/12月03(月)】 No.144 『 季節の到来物 』
早いもので今年もあとひと月余りになりました。 木枯らしが吹くと、国道17号の大木から落葉が掃いても掃いてもキリがないほど散ってきます。 これが全部お札ならいいなと考えながらかき集めるそばからじゃんじゃん飛んできます。 まったくもって並木界隈に住む人の悲哀ですね。
季節の到来物といえば落葉だけではございません。 店頭には新海苔が出まわり始めました。 江戸前ちばのり、東京湾の海苔漁師さん達が日も明けない内から摘みとった採れたてのホヤホヤです。 口に入れると、サクサクッと歯切れがよく、プ〜〜〜ンとなんともいえない新海苔のいい香りがいっぱいに広がります。 炊き立てのご飯に新海苔があればヘタなおかずはいらないねといいながら、私も毎日いただいています。 海からの贈り物だった海苔も、今では漁師さん達のたゆまぬ努力で養殖が幅広く行われるようになり量産されてます。 それは寒暖に神経を使い、こまめに海苔網を入れたり出したりと、すごく手間のかかる作業のようです。 そこで皆様にお願いです。 もっともっと海苔を食べて下さい! 前にもお話しましたが、海苔は本当に沢山の栄養素を含む食材です。 調理いらずでおいしく食べれる栄養満点の海苔。 忙しく食生活の乱れがちな方や、野菜嫌いのお子さんにもおすすめです。
先日テレビで視ましたが、近ごろ都内では贈答用のパッケージ類が黒系のものが受けてるそうです。 景気が回復してきて本物志向が高まってきているからとか。 だったら中身も黒い海苔で決まりですね! 黒や緑のものを食べていれば病気しらず!? お世話になったあの方へ、お歳暮には焼きたての鳥山の海苔をお選びくださいね。 皆様のご利用を心よりお待ち申し上げております。
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【2007/11月26(月)】 No.143 『 三丁目の夕陽 』
最近ヒットした映画「オールウエイズ三丁目の夕陽」をご覧になりましたか? 昭和30年代、戦後の復興華やかりし頃の昔懐かしい映画です。 自動車整備工場の夫婦役が堤真一と薬師丸ヒロ子というのが会わなくて最後まで違和感がありましたし、小雪もモダンすぎてミスキャストだなとこちらも不満でしたが、まあ、こればかりは個人の好き嫌いもありますのでいいとして・・・ 正に内容は日本中が変わろうとしてる真っ最中の話でした。 日本橋を壊して高速道路を通すなんざ、葛飾北斎が草葉の陰で嘆いておられるでしょう。 しかし、日本は飛躍的に変わりました。 そして前橋の街も!
最近、上毛新聞の広場欄で時たま眼にする投稿に昔の前橋を懐かしむものがあります。 11月24日の吉岡町の男性の投稿文を呼んで思わず、ため息がもれました。 だって文中に出てくる昔お母さんに連れられて行った「おまち」のお店で残ってるのはスズランデパート一軒だけだったから。 50年前の夢の世界が懐かしい、もう一度あの街の活気を見たいと結んでおられますが、恐らく、未来永劫その夢はかねえられないのではないでしょうか。 50年前の町並みを取り戻すと言うことは、巨万の資本をかけても無理のようです。 何故なら、いきなり街が衰退したのでは無いからです。
あれだけ前橋の空を黒く覆ってた製糸工場の煙突が一本も無くなったように、時代のすう勢を物語るには消費者の様代わりが大きな要因であると言わざるを得ません。 それだけ大勢いた女工さん達で街は賑わっていたのです。 今やその製糸工場が一つも無いということは・・・おわかりですね。 中心商店街の小さなお店は一軒、また一軒と閉店していったのです。 また郊外に次々と大型店を建てるのを許可したのも、街なかから学校を郊外へ郊外へと移転させたのも原因の一つであるに違いありません。 あれだけ人々でごった返してた街は消滅したと言っても過言ではありません。 行政の失策だと一概には言えませんが、100年先を見越して建てたとしたらもう後戻りは出来ません。 50年前の街は夢の中で見るしか無いのです。
中心商店街は初市、七夕まつり、前橋まつりの露天商のためにあると思えば気が楽なのではないのかな? もちろん健在なお店は、専門店の良さをアピールしてこれからも頑張るしかありません。 我が家も唯一、自分の店で焼のり加工をする店として4代目に暖簾を渡すまでがんばりまっす。
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【2007/11月19(月)】 No.142 『 ネットショップ 』
本当に日がたつのが早くて信じられません。 だってつい昨日店主便りを書いたような気がするんですもの・・・ 夜フトンに入った時も感じます。 さっき起きたばかりなのに、今日は何したっけ?って。 いやもおうもなく、時間は止められません。 でもこれだけは誰にも平等だから、幾ら大金持ちでもいつかはお墓に入るしかない! だったら残り少ない人生、楽しくいかなくちゃ。
15日には毎月恒例の「市民の茶席」でお点前を披露させていただきました。 立礼という椅子に座っての作法でしたので、足に負担はかかりません。 お点前も意外と落ち着いて間違わずに出来ました。ヤレヤレ。 でも早朝から着物を着付けて夕方まで11席がいつでも満員でお菓子を運んだり、お抹茶を運んだり、空のお茶碗を片付けたりでヘトヘトになりました。 平日で店が開いてて気が気じゃなかったのですが心良く出してくれた息子に感謝です。 4時過ぎに帰宅しましたら、店の前は落ち葉だらけ、品物の陳列も補充されてなく、大急ぎで着物を脱ぎ、一息つく間もなく店に下りてくる有様で、他の方はきっと家に帰ればホッとしてのんびりされてるんだろうな、とふと感じましたが店が忙しいのはありがたいこっちゃと反省、反省。
中央公民館での市民の茶席は今回が最後で、来年からは新装になった旧リビンの「前橋プラザ元気21」のお茶室での開催になります。 前橋中の色々なお流儀のお道具組もさることながら、美味しいお菓子とお抹茶を300円でいただけてお茶会の雰囲気を楽しめますので、広報に載る開催日を確認してお気軽にお出かけくださいませ。 基本は毎月15日ですが都合で25日に変更になることがございます。
そうだ、本題は「ネットショップ」でした。 2005年4月より5年間のリース契約で始めたネットショップですが、半分道中でようやく注文が定期的に入るようになってまいりました。 ☆の数ほどあるHPから我が家にお越しくださるお客様の分布図を地図上に記して見ましたら、まだ一人もいないのは47都道府県中、5県でした。 ありがたいですねえ。 リピーターさんも何人かおられて、私の妹でさえ注文してくれないというのに本当にありがたいです。 また、家の店長(と、いっても3ちゃん商業ですので息子の事ですが)がクソ真面目ですから、何をさて置いても発送優先・・・ 店が立て込んでるんだから明日でもいいじゃないか、と店主の私は内心思います。 でも口に出すと本人が気分を害するので飲み込みます。
この素早い対応に評価が下されるのを最近知りました。 何でも段階があるそうで「非常に良い」が100になったと本人も大変喜んでるようです。 何事も自分本位ではなくお客さまのお気持に沿って商売に励んでおればおのずと道は開けるんだなと実感する今日この頃でございます。 だって実店舗では62年の実績があってもネットショップに何日も注文が入らないと張り合いが無いし、経費も馬鹿にならないのでついつい了見の狭い小言も言いたくなりますからね。 もうすぐお歳暮商戦に突入しますが、両方が忙しくなったら夜なべでもいたしましょうか。
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【2007/11月12(月)】 No.141 『 海苔健康法 』
近年、ちまたでは食品の偽装が相次いで発覚して何を信用してよいのやら疑心暗鬼に陥っております。 口に入れる物こそ安全、安心を一番にしていただかなくてはならないのに、金儲けを一番にしてる輩がいるようでまったくもって困ったもんです。
そこへ行くと日本の海苔生産高は圧倒的に他の海草類と比較しても多いのはご存知でしょうか? 日本全国の海で年間40〜50万トンもの海苔が生産されてるんですよ。 ですから産地偽証なんて問題外なんです。 我が家は創業以来62年間、千葉産海苔に固執しております。 千葉産海苔を仕入れ、一枚一枚丹念に焼き上げた海苔を自信を持って販売してますのでご安心を! 今年もあちこちで新海苔の収穫が始まりました。 初入札が19日に開催されます。 皆さんの食卓にも香りの際立つ新海苔が間もなくお届けできるのではないでしょうか。 炊きたてのご飯にお醤油をちょっと付けて新海苔を巻いて召しあがると、変なおかず?はいらないです。
と申しますのも海苔は色々な栄養素をいっぱい含んでいて、非常に栄養価の高い食品だからです。 タンパク質、ミネラル、ビタミンなどがバランス良く含んでおります。 海草なのにタンパク質が多いなんてとお思いかもしれませんが、大豆よりも多いんですよ。 海苔一枚で牛乳1.5本分、卵の1.5個分のタンパク質を含むといわれております。
ミネラルの中には代表的なものとしてカルシュウムがありますが、カルシュウムはご存知の通り丈夫な骨や歯を作るのに大切な成分です。 またイライラを解消するとも言われておりますね。 そこでです、海苔のカルシュウムはあのシラス干しより多いんですよ。本当です。
カルシュウムだけではありません。 鉄分も多く海苔一枚で牛レバー一切れと同じ量の鉄分が含まれてるんですって。 女性は貧血予防にレバーを食べるより、海苔のほうが美味しいし手軽だからもっと食べましょうよ。
更に特筆すべきは海苔にはタウリンが豊富に含まれていると言うことです。 タウリンは、悪玉コレステロールを低下させるのに有効な働きをする成分です。 血圧の降下や高血圧に関連する動脈硬化症、血管障害による脳障害、心筋梗塞、心不全などの心疾患にも効果があると言われています。
更に驚くのは海草なのにビタミンも豊富なんですって。 発育を促進するビタミンA含量は非常に多く、ビタミンB群も含まれています。 ビタミンB1、B2が不足するとエネルギーが少なくなってしまい、疲れやすさを感じたり食欲も無くなってしまいます。 またビタミンB12は抗貧血作用や肝機能強化作用を促しますが、ビタミンB12は植物性食品には含まれていないと言われてますが、ところがどっこい海苔には非常に豊富!に含まれております。
さ〜このように海苔は栄養満点だとわかりましたか? 早速、毎日海苔を一日一枚は必ず食べるぞ、と決めたあなた、もっと驚いてくださいませ。 海苔のすごさはそれだけではとどまらないんです。 伝統的な食品である海苔は生活習慣病に大変効果的である事をこれから書きます。 しかもその安全性は他に類を見ないほど安全と保障いたします。 原材料は古来から食されてる海草ですから。 しかも実験により幾ら大量に摂取しても問題となる変化は認められないと明らかにされてます。
それでは科学的に証明されている海苔のすごさについてちょっと触れてみます。 「のりペプチド」ってご存知ですか? テレビCMで伊藤四郎さんがタクシーの運転手に扮して「のりペプチド」飲まなきゃなんてやってますね。 あれは「のりペプチド」を顆粒にした健康食品のCMですね。 では「のりペプチド」ってな〜に? それは海苔にたくさん含まれてるタンパク質が消化酵素ペプシンによって消化される時にできるものです。 ペプチドはアミノ酸が複数個結合したものです。 このペプチドに血圧を下げる効果がある事が明らかになっているのです。 その他、中性脂肪も溶かしてくれる作用もあります。 更に付け加えたいのは、「血液サラサラ」効果です。 中性脂肪が減れば当然、高いブレスレットなんて買わなくても血液サラサラになるはずですからね。
最後に書きたいのは繊維質が多いから便秘予防には一番という事です。 怖いダイオキシンやらも海苔が○○○と一緒に全部出してくれますから公害からも守ってくれるそうです。 妊婦さんは特に海苔を食べていただいて、優良な母乳で赤ちゃんを育てていただきたいと思います。 さっそく、来春に第2子誕生予定の娘にも沢山食べるように海苔を送りましょう。
このように日本人には大変なじみの深い食品であり、古くは祖(税金)としても用いられた貴重な食品だったのです。 どうか、いただきものの海苔を食べないで不味くなったから捨てちゃえなんて勿体ない事をしないように、いつでもカットしてタッパに入れて食卓に出しておいて、オヤツにもなりますので沢山召し上がって心身共に健全な体を維持できますように海苔を活用してくださいませ。
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【2007/11月5(月)】 No.140 『 中心街の再生 』
今年の文化の日もいつも通り快晴に恵まれて朝早くから遠くで花火の上がる音が聞こえました。 あれは「県民マラソン」の号砲だったのでしょう。 健脚の方々は待ちに待った日がお天気で良かったなと思いながら我が家はいつも通り店を開けました。 スズランデパートでは「京都展」を開催してますので我が家の前の道は駐車場が混んでて車が国道まで並んでる始末ですが、血圧が上がるので見て見ぬ振りにしました。
さて毎月3日は弁天通りで「弁天ワッセ」という露天市が開かれております。 私はいつもは焼き海苔の加工や店番で行けませんが、母は好きで毎回出かけておりました。 今月は私も弁天通りにあります「大蓮寺さん」の大祭にもあたりますのでお札を拝んでいただいたり、野菜を買ったり、夜はお寺の本堂で落語を聴いたりして終日楽しめませていただきました。 こういうイヴェントが開催されると街なかは賑やかなんですよね。
昔は門前町は商いも盛んで人の行き交いが多く、田舎からも大勢の人が出てきました。 100年位前の前橋中心街は軒並み、店が立ち並びイオンやケヤキどころでは無い盛況ぶりだったのを知ってる世代はほとんどいなくなってしまいましたが本当なんですよ。 中心街が寂れた諸悪の根源は郊外の大型店の出現であることは間違いありませんね。 ちっぽけな小売店はひとたまりもない・・・ 昔はあれほどあった小さな食料品屋は絶滅状態です。 車でだ〜と買いに行き、まとめ買いをしてるのは私も同じです。 確かに便利は便利・・・ でもさ〜車に乗れない人はどうしてるんでしょう? せがれさんに乗せてもらって買い物に来てるとおぼしき親子連れをよく目にしますが、そういえば我が家も同じでした。 母親が行きたがるのは山でもない温泉でもない、ホームセンターや食の駅なんだからおかしいでしょ。 幾つになっても女は自分で買い物したいんだってつくづく思いますよ、母を見てると。
そこで思いつきました。 中心街の再生はお年寄りが買い物しやすい街にすべきですよ。 まずは空き店舗を埋めましょう。 家賃を格安にしてもらって「巣鴨のとげぬき地蔵商店街」をモデルにお年寄りの好みそうな洋服、袋物、お菓子、おだんご、大福、クツ、お茶・・・など等のお店を入れます。 それから食べ物やさん。 県都前橋の中心街に素敵なレストランやケーキやが無いというのは不思議というしかないんはどういうわけ? これだけ街なかに新築マンションが出来てるのだから家族の記念日におしゃれして行きたくなるような、美味しい店を出していただきたい。 それにしてもどうしてこれだけ空き店舗があるのに、全国チェーンの企業がそこに目をつけないのか不思議です。 やっぱり高い家賃や人件費を計上すると儲けるまで行かないから躊躇するのかな・・・ 遂にミスタードーナッツも撤退してしまったしな。
でもイオンやケヤキに出店してるお店だって、相当かかると思いますけどね。 あれらの中を歩くと丁度、前橋の中心街がそっくり引っ越した感じがします。 右往左往に道があって迷ってしまって、同じ場所をグルグル歩いてしまいくたびれることこの上ない。 結局、欲しいものも見当たらないで晩のおかずでも買って帰る羽目になります。 まぁ屋根があるから雨の日の散歩にはもってこいかも知れませんがね。
どうやら私の講想は夢に終わりそうな気がしてきました。 もはや中心街の衰退はにっちもさっちも行かない極限状態に陥ってるようです。 こうなったら残ったお店は孤軍奮闘してがんばるしかないのかな・・・
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【2007/10月29(月)】 No.139 『 選挙 』
10月27日の夜、偶然NHK教育テレビで「子供民主主義」という中国のドキュメンタリー番組を見ました。 見るつもりでは無かったのですが、あまりの面白さに最後までハラハラしながら見てしまいました。 内容は中国の小学校3年生のあるクラスで学級委員を選ぶにあたって先生の提案で、民主主義で選挙をし、委員長が選出されるまでの過程を撮影したものでした。 候補者3名は先生が選んだようです。 男子2名、女子1名でした。
中国は言わずと知れた「一人っ子政策」ですから、選ばれた3名も一人っ子です。 中国ではまあ、恵まれた階層の家庭環境の様子が家具調度品からも分かりました。 放課後には門まで家族が迎えに来る仕組みになってるようです。 一人の男子は両親共、警察官。 もう一人は父親が鉄道関係のお偉いさんのようでした。 女子の家は母子家庭でお母さんは同じ学校の音楽の先生でした。
まず驚いたのは小学3年生で、これだけの語いがあるんだという事でした。 我が家にも同じ年の孫がいますが、比べると家の子の方がずっと幼い感じがしました。 親と同等に渡り合って会話をするんですね。 一人っ子のせいか、家に帰り着替えをしてふとっちょのパンツ一ちょの姿で生意気な事を抜かす様に見てる私は口あんぐりで見てました。 たかが学級委員の選挙に親がしきりに策を講じる様も面白かったですねえ。 ああしろ、こうしろと親が指図すると「うるさい」と泣いて抗議までします。 原稿を書かせて演説の練習まで家でさせます。 挙句にクラスメートを親の権限で電車にタダで乗せて都会まで連れて行く作戦まで出るのには、おいおい選挙違反にならないのかいとビックリしました。 休み時間には悪がきの耳元で相手の演説中に野次を飛ばすようにささやきます。 女子は余りの野次に泣き出してしまい自分の意見を言えません。 どこかの国会中継で似たような場面を見たな〜・・水をぶっかけた議員もおったな・・ ところが後で野次を飛ばした男子が泣きながら「ごめんなさい」と謝るシーンがまた泣かせるじゃん。 まるでドラマのような筋書きですがこれがドキュメンタリーの面白さなんですね。
壇上で討論会もします。 相手の悪いとこを並べ立てる場面には私も見ててヒヤヒヤしてると、相手もお前だってこうじゃないかと交戦します。 これも国会でやってますよね。 人のあら捜しばっかりやって、肝心の議事が全然進まないとこはそっくり! でもクラスメートは3人の普段の行いをじ〜と観察してますので、最後の投票日まで誰を選ぶか分からないのは、これもここらへんの選挙そっくり! さてさて遂に投票日になりました。 ここでどんでん返しが起こります。 下馬評では危ないと思われていた、乱暴者の男子が親の入れ知恵でクラス全員にプレゼント作戦に出ました。 ピンクの封筒に入った何やらカードを配ったのです。 さあ、わずか9才の子供です。 「これ、欲しかったんだ」という観声があちこちで起こりました。 大人なら完全に収賄容疑で捕まりますが、どうやら学校では良しらしい。
投票結果は25対12対7だったかな。 ふとっちょは負けてカードを配った子が当選しました。 勝った子の親が廊下で親指を立ててVサインを送り息子を激励します。 負けた子はトイレで涙に暮れてます。 先生は慰めて3人にお互いに健闘をたたえるように握手をさせます。 ふ〜、長い選挙活動に終止符が打たれました。 見てる私もくたびれました。 しかし、感動しました!
よくぞここまでカメラを回せたものです。 友人達に根回ししたり、親と密議をかもしたり、それはそれは面白い番組でした。 でもただ面白がっている訳ではございません。 あの社会主義国家の中国の一学級でこうして民主主義の小さな火がともったという事はいずれは中国全土に広まり、資本主義がはびこる前兆のような気がしてなりません。 今でも貧富の差がひどい中国社会がこれからどうなって行くのか大国故に気になります。 これからも愚楽番組に時間を取られないように気をつけてテレビを見たいと思いました。
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【2007/10月22(月)】 No.138 『 近江商人 』
天正13年(1585)に豊臣秀次によって滋賀県八幡山下町として八幡が開町されて以来、近江商人たちは「三方よし」の精神で商いを続けてきたそうな。 「売り手よし」 「買い手よし」 「世間よし」 なるほど、なるほどと思わずうなづいてしまう商法ですね。
物の不足に便乗した値上げなどを厳しく戒め、利益を社会へ還元する精神こそ現代にも合い通じる立派な商人道だと私も思います。 それに反して売りそこなったあんころ餅のアンだけ剥がして何という事でしょ、弟の会社の和菓子やへ売りさばいていたという、老舗の名がすたる不祥事が発覚しました。 言語道断! 考えて見ればおかしいはずです。 先般、三重県方面へ旅行した折も伊勢とはずいぶん離れたホテルの売店で売ってました。買って来てとうの昔にお腹に入っちゃってますから何ともなかったんでしょうが。 賞味期限が確か「生ものですから本日中にお召しあがりください」と書いてあって、残ったのはどうすんだろうかと内心考えたものです。 昨今はやりの「もったいない」精神に便乗して捨てるのは忍びないと再利用したのでしょうが、まったくもってやりきれない話でございますね。 こういう話を聞くとサービスエリア辺りで売ってるお饅頭や半生菓子の中身に不信感が沸いてきて買う気が失せてまいります。 賞味期限が長過ぎるからです。 間違いなく防腐剤入りだと思うからです。 昨日も弥彦神社参拝のツアーであちこち寄りましたが普段よりお土産が少なかったな〜。 代わりに雑穀米だのトビウオポン酢だの亀田の柿の種だの、どれも裏かわをひっくり返して体にいいものだけ買ってまいりました。
メデェアで取り上げられるだけでたちまち何百年も続いた老舗も店じまいを余儀なくされてしまいますが、恐らく表面に出るのは氷山の一角に過ぎないのではないでしょうか。 勇気ある者の内部告発で不正が明るみになれば告発した者も職を失い路頭に迷うに違いありません。 だから言いたいけど皆で黙っていようね、と内心じくじたる思いで仕事をしてる人達がまだまだ大勢いるに違いありません。 世の中、正直者がバカをみるでは子供達の教育上も良くないに決まってます。 赤信号、みんなで渡れば怖くない、たけしさんの名言ですが正にこういう現象でしょう。 中国からの輸入品にビクビク神経尖らせてる場合じゃないって事です。 日本人のモラルの低下も遂に商人道まで及んでしまったのかと恐ろしい気がします。
お蔭さまで我が家の扱う商品は乾物ばかりですので今日中に召しがってください、と いうのは無いのですが、毎日、毎日焼くそばから売れるのは特売の210円の海苔だけですので袋の口を閉じる機械に賞味期限を印字する際に最長半年先にしております。 幾ら焼きたてを詰めても半年経てば風味も落ちますので保障の限りではございません。 先日、お姑さんから「お食べなさい」といただいたお宅の海苔が湿気てると店に持ってきた方がおりましたが日付を見てびっくり! 17.8.15.と確か印刷されてました。 と言うことは2年も保管してあったんでしょうか。 これは食べられませんから、と丁寧にご注意申し上げました。 恐らくは包装紙ごとしまいこんであったのをくれたのでしょう。 海苔は何時になっても食べられると勘違いなさってる方がまだまだおられるんでしょうね。 冷蔵庫へ保管しても風味を保障できるのはせいぜい半年です。 それを棚とか外に保管して夏でも越そうものなら1ヶ月でも不味くて食べられません。 その証拠にお葬式の引出物の海苔があんなに不味いのは包装して倉庫に積んでおいて 注文に間に合わせるシステムになってるからです。 先日、家でいただいてきた海苔の賞味期限が2年先になってて呆れてしまいました。 これって赤福と同罪じゃないでしょうか。 1万円のお包みのお返しが食べられない海苔でしかも誇大包装で大きな箱にたったの1帖半きり入ってなくて隣のお茶も旨みも何もない、恐らく施主さんは4000円は出してるに違いない引出物だとしたら、はっきり言って葬儀のごたごたに紛れた詐欺と言っても過言ではありますまい。 皆さん、よそさまので懲りてるのに葬儀社の言いなりになって下らないお返しを仕方なくつけているのであれば、これこそ「もったいない」 貰った時から古いのを取っておいて最後は捨てちゃうなんていい加減止めにしましょうよ。 だから私はお返しの不味い海苔はいらないのでなるべく「新生活運動」でお参りしてます。
おやおや、また今日も題名とは程遠い文章を何の脈絡もなくつづってしまいました。 でもこの頃、おかしいと思っていた事を書いて胸のつかえが取れました。 念のため補充しておきますが、当店では原則として葬儀の引出物の注文は受け付けておりません。 何故なら急な注文に夜なべして焼き海苔して包装して持ち込み料まで払って二日間の手伝いまでして余ったのを包装を剥がして中身を店で売る気がしないからです。 葬儀屋のように返品をまた倉庫へ積み、熨斗紙の名前だけ印刷し直して次の葬儀に使い回しするインチキはしたくないからです。 これじゃアンコを剥がして売り直すのと差が無いのではありませんか?
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【2007/10月15(月)】 No.137 『 前橋まつり 』
好天に恵まれて前橋三大まつりの一つである前橋まつりが開催されました。 我が町内からは「銀座みこし愛好会」なる名のもとに毎年60〜70名のそうそうたる神輿好きが集い、小石神社の大神輿をかつぎだします。 一昔前は銀座通りも商店が密集してて、寄付金も集まりましたが、このご時勢空き店舗だらけでとてもじゃありませんが軍資金が足りません。 ここ2年ほど前から各自、飲み代を持っていただいての参加になりました。 本当にお寒い限りでございます。 そういえば某建設も以前は大人数のかつぎ手で盛大に神輿をかついでおられたのに姿が見えませんね。 神輿を出すのに相当の出費がかかるのは言うまでもございませんが、世の盛衰が如実に祭りの神輿にも関係してるのは間違いない!。 果たして来年も同じメンバーで神輿が出せるか否や、神のみぞ知る一寸先は闇のご時勢でございますね。
私は祭りの両日はたいてい、店番で外には出られません。 でも今年は一日だけお暇をいただいて明治座へお芝居見物に行かせてもらいました。 浅野ゆう子主役の「大奥」でございます。 それはそれは豪華絢爛たる衣装もさる事ながら前から3列目という良い席をとれたので、目の悪い私でも打ちかけの柄までしっかりと見てまいりました。 4時間の幕間には幕の内弁当をいただき至福の一日を過ごしてまいったのはいいのですが、前日に母にお芝居見物に行くと伝えた途端、プ〜とふくれまして自分の部屋の襖を閉めたままお夕飯の用意ができたよ、と呼んでも出てきませんでした。 出かける朝も遂に顔を合わさず・・・このまま私に何かあったら悔いがのこるだろうに、と思うのですがねえ・・・本当に年寄りと同居って気骨が折れますわねえ。
女の牢獄、とも言われた徳川家の大奥も大政奉還で遂に終わりを告げます。 大奥を取り仕切っていた瀧山こと浅野ゆう子の台詞に「自分の人生を生きなさい」という一言が私の胸にグサリと突き刺さりました。 家のため、子供のためと今まで母に気兼ねして暮らしてきた来し方を思い返した途端思わず涙がこぼれました。 自分の人生。 平均寿命83才でしたっけ?残りはもう20年きり残ってないじゃん。 もう〜今からでも人生やり直せないものかしら。 無理、無理? そうか、じゃ仕方ないから死ぬまでおっかさんの顔色みいみい暮らすきゃないか。 母に言わせれば「あんたくらい好き勝手に生きてる人いないよ」てか・・
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【2007/10月8(月)】 No.136 『 3連休って 』
さて、世の中カレンダー通りに3連休できる人達がいったい全体どの位いるのでしょうか? カレンダーで数えてみたら何と3連休が年間9回もござる! いつの間にか敬老の日も体育の日も覚えにくい変な日に変更してしまいましたね。 10月10日といえば体育の日で私の誕生日と分かりやすかったのに残念です。 これって国会で決議したんでしょうか? 国会議員も最近ではテレビでお目にかかる場面が多くなったせいか、昔と比べるとだいぶ身近に感じられる気がしますが、大事な国の政策を任せる方ですからよ〜く吟味して一票を投じたいなとつくづく感じます。 えっ、話が飛躍しすぎ? ごもっともでした。m(__)m
商人は朝9時に開店して夜7時に閉店するまで昼休みも店番しながらですから正味10時間労働ですね。 玉には閉店後も配達に行かなければならない時もありますが、使われてる訳では無いので自由時間は好きになります。 ところが勤め人の中には週50時間以上の残業を余儀なくされてる方の割合が25%を超えてて世界一を誇ってるそうな・・・ 働き過ぎ! それに比例して子供と過ごす時間の男女差も世界一少ないんだそうです。 母子家庭さながらの家庭環境が目に浮かびます。 そのせいで躾も甘く子供達の自立心も低くニートだの晩婚化だの今の社会をむしばむ諸悪の根源は、家庭をかえりみない男親にあると言っても過言ではないそうです。 こんな風潮は世界中、見回しても何処にもないそうですね。 貧しい国になると学校にも行けずにゴミの山から金目のものを拾って家計の足しにしてるというのに、親のすねをかじって遊んでるなんざ親が甘やかしてるからに相違ない! これから超高齢化社会が来るに違いないのに働き手を甘やかすな! 立ち上がれ、男親よ。 ビシバシ子供達を躾けてくれ!
ふ〜ん、だから3連休を多くしてお父ちゃん達に家族と共に過ごしましょうと合いなった訳か。 確かに東京の夕方のラッシュの満員電車に運悪く乗り合わせた時に感じるあの不快感。 これを毎日、朝に晩に繰りかえして生きてくってしんどいだろうなと思う。 田舎に住んで半径1キロ圏内で自転車で何でも用が足りる私みたいな人種には3連休は必要ないんか。 よく我慢して乗ってるられると、都会から帰ってきた田舎のネズミは感心させられます。 住めば都! 幾ら寂れたシャッター通りでも目つむっても歩ける街は捨てがたいと思いませんか?
人の連休をうらやんでばかりいるなんて度量が狭い、狭い。 普段安めない連中が連休するんだと思えば店番も苦にならなくなりました。 それにしても我が家の若夫婦は遊びにかけても世のならいに長けてますな。 仕事も遊びも天秤にかけて生きてます。 こちとらも負けずに残り少ない余生、悔いの無いよう生きるぞ〜!
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【2007/10月1日(月)】 No.135 『 アルプス満喫の旅 2 』
夏と初冬がめまぐるしいほど入れ替わる今日この頃ですが、皆様体調を崩してはいませんか? 私はいたって元気で日曜は一人で店番デーですので開店前に隣町の群馬町のすし屋さんまで配達する位しゃかりきで稼いでおります。 それでは記憶が薄れない内にアルペンルート観光第2弾を書かせていただきます。
二日目は朝8時に金太郎温泉を出発いたしました。早いでしょ! なんせ今日は6つの乗り物を乗り継いで立山を横断観光するのですから。 まずは9時40発ケーブルカーに乗り込みました。 90名の昔乙女達を乗せて24度の勾配、標高差500メートルの山を7分で一気に昇りました。すごい馬力! あっという間に美女平に美女軍団が降り立ちます。 さながらムク鳥の大群が移動する様を思い浮かべてください。姦しいたらありゃしません。 これより低公害バスに乗り50分間の高原観光でございます。 右に左につづら織り、酔い止めのセンパーが効いてますので酔いませんがかなりきつい。 まだ紅葉にはひと月早いと見受けましたが遠く下の方にはどこの町だか分かりませんが、相当山の上に来てるなと実感しました。
やがて、室道平に到着。 資料にはこの時期は山頂は15度位だからジャンバー持参と書いてありましたので厚手のジャンバーを持ってきましたが邪魔、邪魔。 暑くて暑くて腰に巻いてたけど最後まで着るチャンスはなしでしたね。 標高2450メートルのレストハウスにて昼食をいただきました。 それが何をいただいたか記憶が定かじゃないんですね、たぶんいつもの食事だったんだろうな・・・そそくさと食べて外に飛び出しました。 石タタミの山道を三々五々散策しました。 眼下に真っ青な水をたたえた「ミクルガ池」が見えました。 ピーカンの青空を映すかのようにそれはそれは青い水色でした。 写真を撮ったり湧き水を飲んだりアルプス山脈の頂きがすぐそばに迫ってくる景色を堪能しました。それにしてもいい天気でしたね。 こんないい天気は一年中でも幾日もないほどだと売店のお姉さんも申してました。
さあ、これからいよいよ黒四ダムへ向かいます。 あの石原祐ちゃんが映画「黒部の太陽」にした壮大な黒部ダムです。 トンネルトロリーバスに乗って行きます。 トロリーはバスの天井のポールが電線に繋がり走りますので公害はゼロですね。トンネルですからこれに勝る乗り物はないでしょう。 途中、立山山頂の直下辺りで2台のバスがすれ違い場所がありました。 このトンネルだって人間が掘ったんですものね、すごい!の一言でした。 10分ほどで大観峰到着。 すぐさまロープウエーにお乗換え。 こえ〜よ。支柱が一本もないんですって。 80人乗りですって。おしくらまんじゅう状態で先頭に乗った人は景色が見られたでしょうが、私はヒトの頭で外の景色は見られなくて残念! 乗り物に乗るにも要領のいい人はちゃんと座れるしいい席をゲットできますが、私みたいに人を押しのけてもなんて出来ない人はいつもハズレです。 でもおしゃべりしてる内にすぐに目的地に到着ですから苦になりません。 たった7分で黒部平着、すぐさまケーブルカーにお乗換え。 頭がこんがらかるほど、いっぱい乗り換えしました。 今度も地中を31度の勾配を下がります。5分で黒部ダム到着。
うわ〜、あれだ! よくポスターなんかで見るダムだ〜〜。 皆、興奮して駆け寄ります。 上から下を覗いたら大きな虹がかかってました。ダムの端から端まで15分歩いて展望台に降りるには何やら危なっかしい鉄の階段を行かなくてはなりません。 一番近くまで行くとシブキがかかる場所があると聞きましたが怖くて途中の展望台で写真を撮って引き返してきました。 この大工事で犠牲になった方達の慰霊碑もありましたが、人間一人一人の力は弱いですが、皆で力を合わせて長い事かかってやり遂げた偉大さに胸を打たれました。 亡くなった方達のお蔭で電力を供給できるんだと感慨深い思いにとらわれました。 いろんな思いを胸に最後の乗り物トロリーバスでトンネルを抜けて無事に扇沢到着。
ヤレヤレ、我が町から行った上信観光バスに乗り込んでほっといたしました。 途中で一人も脱落者も無く90名のおばさんは無事に帰路に着くことが出来ました。 待ち時間含めて約8時間をかけてのアルペンルート踏破出来ました。 夢のような二日間はまたたくまに終わりを迎えてしまいました。 旅行は三度楽しめると言います。 出かける前、旅行中、そして帰ってきてからの反芻・・・ 十分に楽しめました。 リーダーが2度も下見をしてくれて、これでもかこれでもかのサービス精神旺盛さに本当に感謝感激としか言い表せない旅でございました。 また次の旅行にも参加できるように日々精進したいと思いました。
こんな風な観光旅行でしたが、最後までお読みくださりありがとうございました。 紅葉の季節にはそれこそ待ち時間がハンパじゃないくらい混み合いそうです。 機会がございましたら年間100万人がおとづれるアルプス観光へ行かれてみてはいかがでしょうか。
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【2007/09月24日(月)】 No.134 『 アルプス満喫の旅 』
9月20、21日残暑きびしい中、駆け足で北アルプスを横断してまいりました。 前橋駅南口集合のバス2台には前橋を代表するような元気ハツラツな中高年女性、 平たく言えばおばさんが90名満載して、6時ジャストに出発いたしました。 中央公民館のレディースセミナーのOG会だけあって探究心旺盛なおばさんばかり・・・ さながら女子高生のノリでこの二日間を過ごしてまいりました。
長野経由で高速を飛ばし、あっと言う間に富山県宇奈月駅に到着。 これより黒部渓谷鉄道、ケヤキ平まで全長20、1キロの大小のトンネルをくぐり22の橋を渡る1時間20分のスリリングな「トロッコ電車の旅」の始まりです。 屋根つきの特別列車に順番通り並んで乗り込みます。 こんな重たいオバサン達を大勢乗せて大丈夫かいな?と心配しましたが、ところがどっこい15両編成?の長いトロッコを力強く先頭は引っ張って行きます。 でも何せ、トロッコですから騒音がすごくて、まるでカラオケルームみたいに大声でしゃべらないと聞こえないので盛大に声を張り上げていたら喉が痛くなりました、はい。 その位景色も見ながらおしゃべりにも花を咲かせていたという次第でございます。 しかし1時間20分は長い! その上真夏のような日差しが窓から差してきて日焼けとめクリームをたっぷり塗ってきて正解でした。 暑いのなんの「山の上は寒いから防寒着の用意をしてください」は何だったのと言うくらい暑かったです。 年間でもこの日くらい晴れて山の景色が良く見える日は少ないと機関車の運転手も申しておりました。 それにしても暑かった!
そろそろ景色にも飽きてきた頃、ケヤキ平駅到着。 すでに1時半になっておりましたのでレストハウスにてランチタイムになりました。 上品な松花堂風弁当をいただき、トイレを使わせていただいたらもうお帰りの時刻ではありませんか。 その辺を少しは散策したいと思ってたのですがトロッコに置いてかれてはかなわないので仕方なし、又順番通り並んでトロッコに積まれます。 あれっ?定刻になっても動きません。 後で遅れた理由が判明しました。約数名、時計を見誤りフラフラ駅から離れて散策にお出ましになられた由、携帯が役にたった由、2分間待って発車した由。 その時はそんな事態になってるとはツユ知らず、おしゃべりに夢中でした。 それにしても遅刻をしらされてダッシュでトロッコに飛び乗ったご婦人方お疲れ様でした。 それが誰だかは書きません。本人の名誉のため・・・
さ〜2分の遅れを取り戻す為かどうか知れませんが帰りのトロッコのスピードの早いこと。 やだな〜、がけ下に転落しないかと心配症の私は心ひそかにハラハラしました。 でも無事に到着、ここで又バスに乗り込みました。 それからお早いお着きで金太郎温泉には4時には到着できました。 金太郎さんは日本男子の誉れ、象徴ですから、館内には金太郎ちゃんの沢山の塑像や絵が見られましたが、今も昔も健康優良児のような男の子は私も大好きです。 お部屋に落ち着きお茶をいただいて、今夜の盛大な宴会までに一っ風呂浴びて来ようよとパノラマ風呂まで行きましたが、最近の温泉ホテルって大きいから部屋からお風呂まで遠くて疲れるぜ。 しかも階段を下がり、また下がりでとても足の弱いお年寄りは連れて来られないなと思いました。 「ツルッツル!」かの相撲親方じゃありませんが、いい温泉でございましたよ。 綺麗さっぱりして顔も塗り直してお揃いの黒のパンツに黒のTシャツでいざ宴会場へ。
パンパン!クラッカーの破裂音を合図に青い半天を着て「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ♪ヨイヨイヨイヨイ」と我がグループがオープニングの阿波踊りを舞台狭しと踊ります。 気取っていたらソンソンの情勢にあの方まで?と驚愕の連続です。 何しろ90人のおばさん連が入れ替わり立ち替わり衣装を着替えて歌い踊る様は見ないとわかりませ〜ん。 恐らく皆さん、特訓に特訓を重ねてこの日を迎えたのでしょうが素晴らしいの一言でした。 あれだけの支度も持ってきたというのでさえビックリでした。 私の出番は阿波踊りとフラダンスと南の花嫁さんの踊りでした。 もちろん事前に2回ほど練習会をしました。並ぶ順番もクジ引きで私は幸運にもビリっけつで最後列で目立たなくて本当に良かった! 後で観客に聞いたところ、レイをかけて腰にハワイアン風の布を巻き髪に花を差しての群舞は圧倒的に素晴らしかった!ですって。 そうか私も枯れ木に山の賑わいで華やかさを演出するには役たてたってことね。 私もこちら側で見るほうにまわりたかったな〜。
25のエントリーの中には詩吟あり、日本舞踊あり、歌謡曲あり、コーラスあり、群舞もあり、さながらお正月番組のかくし芸大会のような懲り様でございました。 本当に皆様方は芸達者で私のような無芸大食はただただ茫然自失の3時間でございました。 ご馳走も食べたんだか食べないんだか上の空で、最後のデザートの記憶しか残ってない有様にいかに私のような新参者にとってカルチャーショックが大きかったか想像してください。 普段は大人しいげな奥さんが器用に踊りでも演歌でもやるってえのが私には驚きでした。 私もここらで新規一転何かかくし芸を持たなければと思っては見たけれど実行にはほど遠いのが現実でございますわね。 勤め人の奥方なら時間に余裕がございますが、商人にはなかなか自由そうで店に縛られて、この年でやっと一人で旅行にも出られるようになったほどですから・・・ 楽しい時はまたたくまに終わりを迎えてしまい、最後は全員で手をつなぎ大きな一つの輪になって「星影のワルツ」の大合唱でフイナーレになりました。 ホテルの仲居さんもきっとびっくりしたことでしょうね。 カラス軍団みたいな黒装束のおばさん達が阿鼻叫喚するのを見て何かの宗教団体?と勘違いされなければ良いのですが。 でも途中で後ろを見たら仲居さん達も輪になって炭坑節を踊ってましたっけ。
あ〜愉快、愉快! 汗びっしょりかいちゃた。 もう一風呂浴びましょう、と今度は露天風呂に向かいました。 これが又広くていい湯! 満天の星の下で白い巨体を湯に浮かべて「極楽、極楽!」 のんびりと興奮を湯に鎮めてわが身の幸せを改めて思いました。 店を息子夫婦に任せて、母も自分の事ぐらいは自分で出来る今のうちに精々出させていただこうなんて贅沢な気を起こしてました。 明日の旅立ちは8時。 いよいよ6ツの乗り物を乗り継いで立山を横断します。 その続きは来週書かせていただきます。ではではいったん小休止。
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【2007/09月17日(月)】 No.133 『 適材適所 』
遂に安部さんが心身ともにダウンしましたね。 政治をつかさどるには経験不足としか言いようがない不始末でした。 ご先祖が政治家だからと言って軽々しくなっちゃいけないんですよ。 選ぶ方も選ぶほうだけど・・・ あれだけ他にも立派な御仁が揃ってるのに、よりによって温室育ちのひ弱な人をねえ・・・
さてさて、どうやら次のバッターボックスに立ったのはロウレン、ロウレン、ロウレン♪ ローハイド〜の老練な福田康夫元官房長官と麻生さんですな。 23日の開票結果を見ないと断定できませんが、群馬県民としては福田氏に総理になっていただきたいと思ってます。 昔から「適材適所」という言葉がありますが、これって意味が深いと思いませんか? お医者さん、寿司やの大将、学校の先生等などこれぞ、と言う方になって欲しいものです。 その点、ここまで下がった自民党人気を挽回できるのは福田氏以外おりません。 私も案外、古風な女で目先の変わった主義主張を声高に叫ぶのはあまり好まないんです。 日本人らしい、情の細やかな人をいたわる気持で住みよい国を守って欲しいと思うのは私だけではありますまい。 外国との親戚付き合いも大事でしょうが、まずは内に和、そして外に柔の協調精神を忘れないでいただきたいものです。
それにしましても、残暑厳しい街を眺めれば、ず〜〜〜〜〜〜〜〜〜と向こうの遠くまで人っこ一人歩いてない・・ どうして? 東京の新名所は人人人で溢れかえっているのに、やっぱり地方との格差は厳しいものがあるようです。 郊外に大型店が東西南北に出来て中心部はまるでドーナッツのように空っぽ状態で、こんな風は前橋だけではないみたいですね。 寂れた商店街を活性化する適材は果たして存在するのでしょうか? このままだとNHKの朝ドラみたいに外資に乗っ取られないとも限りません。 こうなったら商店主、一人ひとりが身をていして適材適所をになって頑張る以外、街の衰退を止める手立ては無いのでは無いかと思うのですが・・・ さもなくば、あの老舗の三越でさえ伊勢丹と合併をせざるを得ないご時勢について行けないで自滅する道を選ぶしか能がないのでしょうか?
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【2007/09月3日(月)】 No.131 『 ダイエット』
のど元過ぎれば何とか・・・ではないですが連日の猛暑もいつしか忘れてしまうような涼しい秋風が頬をなでる今日この頃、皆様夏ばてにはなっていないでしょうね。
わたくし?
もちの論、夏痩せもせず今日も元気もりもり食べて稼いでおります。 が、しかし鏡に映るお腹の出っ張りに何とかせねばと気鬱になります。 でも、こういって我が身をかばいます。 病気になれば否が応にも痩せられるから食べたい時に食べときな! しばらくぶりに会った友人が以前の半分位に痩せて元気がない・・・ 聞いてみれば胃がんで胃を3分の2取っちゃたというではありませんか。 あんなにぽっちゃりして飲んで歌って踊ってたのがウソみたいな様代わりにショックでした。 私だけはガンにならないと思ってたのに、という思いは総ての人がそう思ってるに違いありません。 それがあの「たけしのほっておくと大変なことになりますよ」、の番組ではありませんが、知らない間に忍び寄るのが病魔ですね。 やっぱ、食欲は健康のバロメーターだから無理して痩せるのは止めます。 その代わり色々な食材を万遍なく食べるように工夫はしてます。 今は母と二人暮らしですが野菜の消費は半端じゃありません。 母もどっこも悪い処が無いので強いて言えば足が衰えてますから転ばないように気をつければ後10年は持つでしょう。 何てたって私が気をつけて献立を用意してあげてますのでね。
問題は私かも・・・ 何しろ間食がやめられない、止まらないのです。 夜、テレビ見ながらのポリポリ、ガリガリ・・・3階のごみ箱の中身は人に見られたら恥ずかしいようなお菓子の箱がいっぱいなんです。 本を読みながらのチョコやグミやスナック菓子、至福の時でございます。 これがあるから昼間の色々な雑念も忘れられると言っても過言ではありません。
でも一念発起して5日ほど前からその日に食べたものをメモするようにしました。 そしたら呆れるじゃありませんか。 食後すぐに必ず、果物、甘納豆や飴を腹いっぱい食事をしてるにもかかわらず口にしてました。 なんなんでしょう? 母に言わせると「あんたは早食いだから満腹中枢がいかれてるんだよ」だって。 でも相向かいで食べてる総入れ歯の母のペースに合わせて食べてたら食べた気がしない、っていうかする事がいっぱいあるからついつい早食いの習慣が止められないのです。 そこで大きなボンボン入れに沢山入ってた飴は全て処分しました。 草津で買ってきた甘納豆はもう全部、私の胃で消化してしまいました。 後はスズランの売り出しで買ってきた4袋1000円のおせんべいです。 捨てるのもったいないから今度の歌のお稽古の日にお茶菓子に持参いたしましょう。 梨、ブドウ、プルーン、ブルーベリー冷蔵庫に入ってるのは朝、食べる事にいたしました。 何てたって寝る前の食べ物が一番メタボリックの原因になると聞きましたので。 さてさて、この「メモで痩せるダイエット法」果たして20日の旅行までに少しは効を発するやいなや・・・お楽しみに。 でもおっかなくて何年も体重計に乗れない私にはダイエットは無為?
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【2007/08月20日(月)】 No.129 『 楽々人生術 その6 』
「猛暑」、辞書には載ってない単語です。 猛とはたけだけしい様だそうです。 暑さにたけだけしいという字を付けたのはきっとマスコミに違いありません。 とにもかくにも、暑い! 言ってもせんないとは分かっていても「おあつうござういます」と挨拶せざるを得ない毎日ですね。 遂に40度を越す暑さに気の毒に命を落とす方まで現れました。 それも家の中で・・・ どうして死ぬまで気がつかないんだろうか、と腹が立ちました。 恐らくクーラーもかけずに水分も取らないで意識朦朧として気絶してしまったのでは・・・ 考えるだに気の毒を通り越して末恐ろしくなりました。 この分では毎年、暑さを更新するんではなかろうかと尻に火が付いた心地がいたします。 せめて私は地球温暖化の予防に豆にエアコンを切るとか、無駄なドライブをしないとか・・・ それより何より世界中で地球の危機感を高めて政府指導の下、考えないと取り返しが付かない時期に来てると思うのは私だけではないと思います。
先日、「ガイアの夜明け」という番組で屋上の緑化を都会では広め始めたと聞きました。 確かに我が家の屋上も平らなコンクリですが、そこへ土に代わる軽い用土を敷き芝を植え込みハーブやミニトマトや背の低い針葉樹を植え込んだら4階の倉庫もだいぶ涼しくなるだろうなと感心してみてました。 その内,普及されればコストも下がるだろうから、東京のように新築時に義務化を強制すればずいぶんとヒートアイランド現象も予防できて、館林や熊谷も東京のせいで猛暑に悩まされる度合いが減るのではなかろうかと思いました。 これから、この手の猛暑対策の商売は引く手あまたに違いありません。
18日に母が87才の誕生日を迎えました。 毎年、クソ暑い時期なのでうっかりしてご馳走もせずに後で気づく事が多いのですが、今年はつかの間の秋のような一日に二人でお祝いの乾杯をしました。 大正生まれの人はお地味ですね。 暑気払いに旨いお寿司でも皆で食べに行こうか、と誘えば勿体ないからいいよの返事。 何か欲しいものがあればプレゼントしようか、と聞けば何も欲しいものは無いよの返事。 まともに受けていいんだろうか? 無駄使いしないで貯めておきな、が口癖です。 我々が店で暑い中で焼き海苔に精を出してるのを承知で、一人では勿体ないと上ではクーラーをかけずに洋裁をしてますのでお昼にあがって行って私が怒ります。 「水分とってるかい?」 「暑かったらクーラー付けなきゃ死んじゃうよ・・・」 気丈な母は言い返します。 「その位、分かってるよ、お前が上がってくるとガミガミ言うから付けようと思ってたんだよ。」 この分では100までえばって生きるに違いない・・・
そこで楽々人生術、最終回です。
●老いを楽しむ快老術
若々しく生きるためには前向きに生きる能力を保つのが大切です。 テレビ番組で素人さんを突然、畑の中でインタビューするのがありますが皆さん明るくて元気! それは毎日、畑に出てする事があるからに相違ありません。 朝、起きてご飯を食べたらもうする事が無い、これじゃあつまらないしボケてしまいますね。 今日は一日かけてこれをしようと、自分に出来る範囲で計画を立てます。 押入れの片付けだっていいし、窓ガラスの掃除だっていいし、庭があれば草むしりだっていい。 朝から寝るまでテレビの番つきじゃ能が無いのでは・・・
その点、家の母は偉いと思うのはミシンをカタカタかけては小物を作るのが楽しみで、今日は何個こしらえたと下に持ってきます。 店の一角に目立たない場所ですが棚があって「おばあちゃんの手作りコーナー」があります。 ポーチや手提げ袋やお手玉やメガネケースや状差しなど、手ごろな値段で売ってます。 面白い事に海苔を買わずにここの小物だけお買い求めにいらっしゃるお客がいるんですよ。 野菜を貰ったお礼にとかちょっとしたお返しにいいらしいんです。 売上げは缶からカンに貯めておいてあげると、時々出しては材料費にしてるようです。 古布などは結構、お値段も張るようで母のはその点かなり格安なようです。 と、この原稿を書いてる最中にもベージュ色と黒の麻のトートバッグが売れました。 裏つきでマジックテープとポケットまで付いてて1500円じゃ悪いみたいだと言ってらした・・ おかあさ〜ん、だいぶ在庫が少なくなってきたよ、せっせと作っとくれ〜。 私も後20年もしたらこんな老後を過ごせたらいいなと思うお手本がすぐそばにございました。
●好奇心は人生を愉快にする万能薬
人生80年のこのご時勢、周りを見渡せば楽しい事ばかり。 ただ、それを自分の身に引き寄せるのは好奇心を強く持たなければ出来ませんね。 アンテナをいつでも高く立てて、どちらの方角でも向くように受信可能にしておかなければソンです。 たった一度の人生、生かすも死なすも自分次第。 抑圧しすぎは要注意だと言うことは私自身、身にしみて分かりました。 周囲に気兼ねして我慢ばかりしてると、いつか爆発するかカラダが危険信号を発します。 皇太子妃、雅子様がまさにこの例でしょう。 あれだけの人材をカゴの鳥にしては彼女自身も気の毒ですが日本の為にも勿体無いと思います。 もっともっと、世界を又にかけて羽ばたける人生だったのにと、今からでも間に合いますので 宮内庁も彼女の活躍できる機会を増やしていただきたいとつくづく思う次第です。 生意気だと思われた読者がいらしたら許してくださいね。ごめんなさい。 それでは今回を持ちまして「楽々人生術」をお終いにいたします。
今年は残暑も厳しいと聞きました。 暑さなんかに負けてられるかと気を引きしめて、きっと来るであろう秋を待ちましょう。
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【2007/08月13日(月)】 No.128 『 楽々人生術 その5 』
今日は迎え盆ですね。 毎年、この時期になると日航ジャンボの墜落事故を思い出します。 あれからもう22年がたとうとしてます。 上野村の黒沢村長さんは以前、快気祝いに我が家の海苔を使ってくださって存じ上げておりましたが、今は引退されてますが当時は大変だった事でしょう。 それ以上に墜落寸前までの機内の様子を想像するだに恐ろしい気がいたします。 私の大好きな向田邦子さんの最後も航空機事故だった事を考えると、やっぱりあんな大きな重たい機体が空を飛ぶのは不自然なんじゃなかろうかと未だに思います。 私みたいなおっかながり屋はやっぱり移動は足が地に着いてた方が安心できますね。 もっとも運命とでも申しましょうか、何時なんどき天に召されれるかは神のみぞ知るですから、今日一日を悔いの無い様に行きましょうぞ・・・
前橋花火大会は珍しく好天に恵まれて無事に終了いたしました。 今年は何十年ぶりに打ち上げの近くの県営球場まで連れて行ってもらえたのでまじかで臨場感を味わえました。 お弁当を食べながらの花火見物が出来るなんて幸せなひとときでした。 それにしてもすごい車、車でどこもかしこも違法駐車だらけ・・・ もっと公共交通機関の利用を宣伝しないとご近所迷惑はなはだしいですね。 来年は敷島公園をメイン会場に「みどりの花博」が開催される予定ですが、まずはもっと広い駐車場の確保が肝要ではないでしょうか?
さて、楽々人生術です。
●生きがいの見つけ方
ずばり、あなたにとって生きがいとは何でしょう? そう聞かれたら、少しどきっとしませんか? そもそも生きがいとはなんぞや、ご一緒に考えてみましょう。
私の生きがいは果たしてなんぞや・・・お店番! いやいや、生きがいは仕事から離れなくてはいけません。 じゃ、孫の成長を見る事。 う〜ん、生きがいと言い切れるほど正直なとこ考えてはおらんしな。 困ったな〜。 ペットも飼ってないし、園芸も庭が無いし、趣味の茶の湯も最近では飽きてきたし、やっぱり旅行かしら・・・ 家から離れて家事から開放されて、まだ見ぬ場所や食べ物に遭える楽しみは最高だもんな。 旅は三度楽しめるって言いますしね。 行く前に服装やら何やら考える楽しみ。 そして出かけた先での温泉や美味しいご馳走の楽しみ。 帰ってきてからも写真や何やらで反芻しての楽しみ。都合三回のお楽しみ。
お盆の忙しいのが済んだら恒例の家族旅行の計画をたてました。 カレンダーに予定を書くと仕事に励みが出ますね。 来月は友人達と黒部アルペンルートを踏破する予定です。 ハレの日があるとケの日の苦労も何のそので頑張れる気がいたします。 それが生きがいとも言えるのではないでしょうか。 あと、ひとふんばり熱い暑い焼き海苔がんばりまっす。
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【2007/08月6日(月)】 No.127 『 楽々人生術 その4 』
いやはや、日がたつのがはえ〜のなんの、もう8月だとさ! やっと夏らしい真っ青な空、入道雲が目に付くようになりましたね。 私は日中はほとんど冷房の店内で午前中は高温の焼き海苔機と戦い、午後は冷房が足腰にきて、夕方二階に上がると程よい暑さでほっとします。 日本中でクーラーをつけて室外機の熱風で更に気温を上昇させてるに違いありません。 昔はこんなに暑かったっけ? 小学生の時、夏休みに付属小のプールまで歩いて行くと、行きはよいよい、帰りのだるさ・・今でも昨日のように覚えています。 広瀬川の橋まで来て弁天通りを過ぎればもうすぐお家と這うように帰ってきたな〜 でも家に帰っても冷蔵庫はまだ無かったし、水を飲んで縁側で昼寝するしかなかったけど、何にも心配事もなくて幸せな子供時代を過ごさせてくれた親に感謝、感謝!
ここで我が胸がチクリと痛みます。 私は自分の子供達に幸せな子供時代を送らせてあげてただろうか? たった1才で娘は父親の顔さえ覚えずに、息子も3才ではかすかに記憶にあると言ってましたが、片親の生活で不満は無かったんでしょうか? 私は胸を張って店と子育てはちゃんとやりましたと言えますが、面と向かって昔の話を二人とした事がありません。 別れた当時は私の妹3人もまだお嫁に行かずに子守もしてくれましたし、なんと言っても私の両親が後ろ盾になってくれましたから、少年野球の応援にもかかさず行ったし、娘のソフトボールの応援やプールや体操の練習にも付いて行けました。 男親がいない寂しさなんて恐らくはあまり感じずに大きくなったのではないでしょうか。 思春期になれば、うるさい親なんてお金の心配さえなければいない方がまし・・・ そして好きな人が出来れば後は親の出番なし。
そうか、こうして親は御用済みになるんだ。 商売に精を出してる間にあっという間に30年たっちゃったんだ。 でも良かった! 商売が左前にならないで。
そこで楽々人生術です。
●一日一日を精いっぱい生きよう。 それがあなたの歴史になる。 何となく気ウツになる時もあります。 気分転換のうまい人は何事にも感動できます。 たまにはお芝居を見たり、思い切りショッピングして散財したり、美味しいものを探しにお店に出かけたりしたら又明日の生きる糧になりますね。 マンネリが一番ソンです。 仕事にも違う観点から生きがいを見つけると生活に張りが出てきます。 ただ人間の欲望は天井知らずですから、時には足元を見つめて身分相応を心がければ間違いは起こしませんね。
自信をなくしたら、最高の自分を想い出してそこへ向かって努力しましょう。 私は今、こんな不恰好に太ってしまいおしゃれをする気も失せてしまいました。 ここで心機一転痩せて若返り、おしゃれに関心を取りもどそうと決心いたしました。 ただ、美味しいものを前にするとついつい、決心が鈍るのがね〜、我ながら浅ましいとは分かってるんですが・・
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【2007/07月30日(月)】 No.126 『 楽々人生術 その3 』
梅雨明けしたのかしないのか、はっきりしろ!と言いたい今日この頃体調を保つのに苦労しております。 体重は一向に減らないし、何だか気持もおも〜いのはあの一件かしら・・・ この際ここに書いて人生楽々いかなくちゃと思って書きます。 先日来、気になってた年金の不払い期間を確認に社会保険事務所に行きました。 思ったより待たされずに呼ばれて、以前とは打って変わった親切な応対にとまどいながら事情を説明しますと、古る〜い帳簿を出してきて見せてくれました。 そこにはやはり昭和45年に加入と書いてありました。
「でも私の記憶では父が二十歳の誕生日に手帳をくれて手続きをしたからね、と言われたんです」と言いましたら係りの人はこう言いました。 「もしかしたら別れた旦那さん、会社に勤めてなかったですか?」 「あっ、一時期ありました、ありました」 「じゃ、旦那さんの旧姓を教えてもらえますか?」
ポチポチとコンピューターを打ち込む画面を二人で見てましたら、あった! 間違いありません、生年月日もあってるし・・・ 「でもこの方、平成5年に亡くなってますね」 「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、何ですって」 だって、今年は19年でしょ、じゃもう14年も前に死んでるの・・ なにおかいわんやでした。 頭の中が真っ白けってこういうの言うんでしょうね。 別れてから生きてるのか死んでるのか音信不通でしたが最近、やけに思い出すので嫌だなと思ってたのがこの知らせだったんだ。 あまり個人情報なので教えてはいけないんですけどね、と係りに言われて我にもどりましたが、すごくショックでした。 お人好しで誘われると嫌と言えずにギャンブルにのめりこんで挙句に私に愛想づかしされて追い出されて人生が狂ったのは自業自得とは言え早死にしすぎです。 まったく、しょうがない男の生き様ですね。 一日も早く忘れて私は私の残りの人生を悔いの無いように生きなくてはと改めて思いました。
さて、そこで「楽天発想法」を書いてみます。
●柔軟な心があればもっと強く生きられる。 世の中は変わる。柔軟な対応がわが身を救う。
そうか、中心街も刻々と変わってます。昨日まであった店が無くなってまるでゴーストタウンさながらの様相を示してますが、ここじゃなきゃ嫌だと片意地を張らずに柔軟な考えで先を見て対処しろ、って事ですな。わかった。そうします。
●いざと言う時、自分を信じよう。 泣いても何も変わらない。万事は始めの一歩から。
私も昔はずいぶんと涙に暮れた事もありましたねえ。 今でこそ、悲しいドラマなんて見ると涙もろくなって何枚もティシュを使いますが、わたくし事では泣く場面には遭遇しなくなりました。 ただ悔しい思いはしょっちゅうでございます。 最近では友人の別荘に遊びに来ないかとお誘いを受けてましたが、私の都合も聞かずに日にちを決めて他の方を連れてたったと聞いて「そうか私なんてどうでもいいんだ」と悔しくて悔しくて今でも電話して怒りをぶちまけたい思いを我慢してます。 こういう場合、楽々人生術で行くとどう考えればいいのかしら?
あんなボロ別荘、行ったって碌なご馳走もでやしないから行かないほうがいいんだ!
あ〜清々した! これで商売に励めます。失礼しました。
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【2007/07月23日(月)】 No.125 『 楽々人生術 その2 』
いつも店主便りは前日の夜に書いておきます。 翌日、暇な時間に店長に公開手続きをしてもらってるために、先週は大きな地震が午前中に起きていたのもかかわらず、暢気な店主便りを載せてしまい不審に思われたのではないでしょうか。 本当に昔から「地震、雷、火事、親父」と言われてるとおり、地球の振動には何もなす術もなく人間のもろさを思い知らされますね。 幾ら備えあれば憂いなし、と言っても前橋の震度4度位の揺れでさえ「キャー」と声を上げて天井の電気に下がってるヒモがブラブラ揺れる様を見つめる程度で、机の下に隠れるどころか本当にああいう時って呆然とするだけなんですよね。 急いでテレビをつけましたら丁度くだらないワイドショーの最中で司会のデカ男が、「うちはこのまま番組続けてていいんだよね」と笑いながら言ってたのが忘れられないです。 もちろん急遽地震速報に切り替わりましたのは言うまでもありません。 もっとも時間が経つにつれ次々と惨状が伝えられて、思いのほかひどくてびっくりしたのは私だけでは無かったのではないでしょうか。
中でも今でも心配なのは原発ですね。 今や日本の電力は原発なしでは考えられないのが現状ですから、一刻も早く大臣の言葉の揚げ足ばかり取ってないで真相を報道して欲しいと思います。 そして我々にすぐ出来る事は、これ以上電力を使用しないように省エネに徹するようにお互いに注意しあうのも大事なのではないでしょうか。 我が家も見てない高校野球のテレビは消すし、店の冷房の温度設定も高くしてよほど湿気の多い日以外は自動ドアを開けて自然の風を入れるようにしてます。 もっとも焼き海苔を始めると機械の熱さでクーラー、プラス扇風機でも我慢できないほどの暑さと戦いながら日々仕事だと言い聞かせて頑張っております。 襟元に小さなアセモをこしらえてるオバサンなんて私くらいかな?
地震の避難所暮らしを続けておられる方たちの事を考えれば何も贅沢は申せません。 でも高齢者が近くの温泉旅館で面倒を見る策が講じられたとか、費用は税金でまかなわれると聞いてなかなかいいアイデアだと感心しました。 こういう税金の使い方ならもろ手を挙げて大賛成でございますね。 観光客のキャンセルで困ってる温泉旅館も少しは息がつけるのではないでしょうか。 それにしても人生でたった一回の臨海学校を止む無く取りやめになった5年生にとっては憎むべきは地震で、悔しいでしょうが災難に遭わなくて良かったと思ってくださいね。
そこで「楽々人生術 その2」です。
● 「プラス思考のススメ」 結果は気にしないで明日に向かって生きる事が大事だと思います。 マイナス思考は、人生を暗くします。 過ぎた事にこだわらずプラス思考でなんとかなるさと気持を切り替えて見る・・・ 逆転の発想でプラスに考えてみる・・・ 自分を守るのは自分自身ですから弱気になると病気までしょいこみます。 災害地の皆さんには申しわけありませんが、あれほどひどい目に遭っても皆して生き抜こうと頑張ってるのだから少々の悩みなんてアホくさ!って思いましょうよ。
私自身もこれまで生きてきて自伝を書いたら厚さ3センチ位の単行本を出せそうな位いろんな出来事がありました。 本当に死ぬ事も考えた事もありました。 それでも何時も死ななかったのは一晩寝て起きれば明日は明日の風が吹く、と プラス思考で考え直してきたからだと今にして思えば考えられます。 もちろん、周りの家族の支えもありましたが、気持の切り替えが早いんです、私は。 嫌なものは嫌! パッと切り離す。 すると先が明るく見えてきます。 後はそこへ向かって努力のみ。 結果は気にしません。 でも自分の気持にまっすぐに向き合い真面目に生きて行けば間違いないと信じてます。
親の稼業をいやがおうにも継がされ、親に押し付けらた相手と結婚し挙句にギャンブルにのめりこんだ夫と父親との板ばさみに遭い、長男を亡くしました。 ここで手を切れば又違う人生があったのかも知れませんが、もう一回やり直したいと泣き付かれて、ズルズル一緒にいたせいで子供二人を授かりました。 7年間、我慢しましたが遂に堪忍袋の緒が切れて三行半を叩きつけました。 二人の子は私がわき目も振らずに育てました。 お蔭で三代目の息子は父親に似ない真面目な人生を歩んでるようでございます。 娘にはえらい苦労させられました。私とは正反対の性格ですので。 でも今となっては忘却の彼方ですね。 可愛い孫も授かって離れた地で頑張ってるようですので良しとしましょう。 結果良ければ総て良し!
恐らくこれからも我が身にはまだまだ艱難辛苦がのしかかるであろう予感がします。 そしたら又プラス思考で乗り切ります。 もう何にもおっかないもんなしの肝っ玉カーちゃんここにありです。
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【2007/07月16日(月)】 No.124 『 教訓 』
折りしも台風4号が日本に接近し各地で被害が出ているようですが、ご当地前橋はありがたい事に災害の少ない土地のようです。 海なし県で利根川も大昔の坂東太郎の呼び名のように暴れなくなって久しいです。 たまに河川敷に違法駐車してた車が川上のダムの放流に対応せずに流される事もありますが毎月何万も払って駐車場を借りてる身に置き換えればいいきみだ・・
さて、肋骨の痛みも大きなクシャミさえしなければ感じなくなってホッとしてます。 やっぱり健康が大事ですね。 今回は面白いDMを貰ったので皆さんにも教えてあげたいので書かせていただきます。
それというのも私が立て続けに何とかキャンという会社で出してるCD全集を買い求めたので又買ってもらいたくてDMを寄越したらしいのです。 でも新聞の週刊誌の広告と同じで、あらすじを読めば内容がおおかた分かると言うものでもうその手には乗らないつもりです。。 10枚組で3万近い代金を払ったと息子に言ったら思い切りバカにされたからです。 お母さんみたいな人が引っかかるんだねえ、ですって。 世間知らずもいいとこらしいです。
それでは「楽々人生術」のスタートです。 あっ人が書いた文章をパクルといけないんでしたっけ? でも人間なんて皆んな、人の真似して大きくなるんですものね。 良いと思ったら率先して真似しましょうよ。
●欲張らないで良く笑うと人生はもっと楽しくなる! 上手に生きるには100%を望まない、すぐに怒らない!
う〜ん、確かに言えてる。 私自身、自分に甘いくせに子供達にはきついよ〜〜。 特に一緒に働いてる息子には。 どうして、いちいち言わなけりゃやらないんだ、とイライラします。 反対にB型人間の息子は人から言われてやるのが大嫌い! だから最近は言わないでほっきます。 だいぶ、自主的に動くようになり、やれやれでございますが・・・ 小さい時から二人の子供達のことをよく言ったもんです。 「まるでニワトリ飼ってるみたいなの。言われたたそばから忘れれてるんだから」 よくまあ、お互いにここまで我慢してやってこれたと思います。 夫婦ならさっさと別れれれば気が済むものを・・・ 親子はどちらか欠けるまで永遠のバトルなんやろな。 100%を望まないって分かっちゃいるけど、要はこっちの思うようにならないと ついつい小言が出てしまい、挙句はだんまり戦術になるしかないんだ。 私も、もう年寄の部類に入ったのだから、もっと鷹揚に構えてみて見ぬ振りが 家庭円満の秘訣のようです。 つかず離れず干渉しない!これにつきますね。
●ときには相手の立場に立ってみる! 素直な気持が長生きの秘訣。
だってさ。 100まで生きたいとは思わないですが、せめて孫のケーちゃん、ユーちゃん、タックンがどんな社会人になるか見届けてから人生に幕を下ろしたいもんです。 て〜事はあと最低20年か・・何とかなりそうかな。 素直さ、って子供の時分から一番大事な要素だと私も思います。 では反対に素直じゃない子ってどういう子? やっぱり環境がもの言うんでしょうね。 親が甘やか過ぎたり、反対に虐待して育てたら「素直」の芽を摘むのではないでしょうか。 辞書で素直を引いてみました。 ●ありのままなこと。 ●おだやかでさからわないこと。
大きくなって素直な人じゃこのせちがらい世の中生きていけるのでしょうか? その場、その場で臨機応変に頭を使わないとね。 ではでは続きは又来週。台風が早く行ってくれることを祈ってます。
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【2007/07月9日(月)】 No.123 『 病は気から・・ 』
どうも体調がすぐれない・・・っていうか気分が晴れないのだ。 一週間ほど前の夜中の12時過ぎに電話で起こされた。 やっと電話までたどりつき出るやいなや「ガチャン」と切りやがった。 同じ事を3回やられた。 それから寝付けないので医者から処方されてる睡眠導入剤を飲んだ。 しばらくして私は生まれて初めてベッドから落下したのだ。 床はフローリングだからまともに右肩から落ちてこの体重にどうやら肋骨を痛めたらしい。 その後がおかしいのだが、数日はかすかな胸の辺りの違和感は感じてた。 もちろん、仕事もしてたしお茶の稽古も行けた・・ それがいきなり5日目の夜は鼻をかめない程の痛みに変化してしまったのだ。 運悪くハナ風邪を引いたから最悪・・鼻水が出ても拭くしか能が無いときたもんだ。
こうなると精神にも異常がくる。 ウツ? 外は七夕祭りで何やら街全体が臭くて出る気にもなれない。 どこから沸いてきたのかと思うくらい、得体の知れない人種が街を席巻してしまう。 なんだよ、中心街は露天商のために高い固定資産税払わせられてるんじゃないぜ。 こんなに前橋人は祭りごとが好きならもっと駐車場が広いはずれの公園でやればいいじゃん。 どうせ七夕飾りなんて見ないで露天のまがいものを買うのが楽しいんでしょ。 家あたりは祭りというと駐車場へ出入りする車が店の前にじゅづつなぎで出て行っては交通整理をした挙句、怒って血圧があがりぱなしになるのが関の山なんだ。 しかし、今年はそんな元気もないよ。 ただただ、胸の痛みの去るのを待つか、祭りが終わるのを待つしかない。 誰だ!夜中にいたづら電話をしてきた奴は・・・
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【2007/06月29日(金)】 No.122 『 本物はすたれない 』
連日、ごはん時のニュースで「何だかミート」の不正が流れてますが我が家は急いでテレビを消します。 だって、牛肉の表示に何の肉が混ぜてあるかわからないなんて気持が悪くていっぺんに食欲が失せてしまいますもの。 社長のグロテスクな傲慢な態度に恐らく日本中の人達が憎悪の念を持ったでしょう。 次々と新しい不正が暴かれる世の中、何を信じたらいいのか疑心暗鬼の毎日ですよね。
街なかを見渡すと、昨日まで開いてた紳士服の店が閉店、もっとびっくりしたのはスズランデパート裏の誰もが知ってる靴屋さんがいつの間にか店じまいしてました。 残ってるのはお茶屋さん、お米屋さん、魚屋さん、八百屋さん、食堂もご近所で働く人達のランチでどうにか息つくご時勢になってしまいました。
でも昔から息の長い商売は、と考えるとやっぱりご贔屓さんに持ちつ持たれるで信頼関係の上に成り立ってるんですよね。 変なもんを売ったらお客さんに怒られる! それどころか、そっぽを向かれたらお終いですから。
我が家で海苔以外にお茶も扱うようになったのはお客さまからの熱い要望があったからでございますが、先代が静岡の商工会議所に直談判して問屋を紹介して貰ったのが始まりです。 あれからもう四十数年たちますでしょうか。 その間、取引問屋はいくつか変わりましたが、その時代のニーズに合わせて海苔同様こだわりのお茶を売っております。 折角、大きな製茶問屋の婿殿をもらったのに、色々ございまして今はおりません。 でも結婚当初、自分で手もみ茶をやりたいと道具一式を実家から持ち込んでやりましたが、あれは旨かったな〜。忘れられない味でした。 先日、TBSテレビで「夫婦道」という製茶農家のドラマがありましたが、武田鉄也さん扮するお茶やの親父が工場で手もみ茶を作る場面を見て懐かしくてね〜。 夫婦で正座してお茶を飲むシーンを見る度にこちらも飲みたくなりました。 あのドラマはもしかしたらお茶っぱの購買意欲を高めたのではないでしょうか。
暑いさなか、冷たい飲み物が欲しくなるのは分かりますが、ペットボトルのお茶は決して本物のお茶ではございませんから。 お茶をご自分で淹れて放置して置いて見てください。 半日もすれば真茶色に酸化してまずくて飲めたもんではございません。 だから、ああいう物には酸化防止剤が入ってるに違いないのです。 それに口をじかに付けて飲めば唾液が入り腐敗するはずです。 それも暑い車内に放置しておけば尚更です。 なのに夕方になっても腐らない! 防腐剤が入ってるからに違いない! ねっ、おっかないでしょ。 こんなものを毎日飲んでいたら、早晩平均寿命が63才位になるのは目に見えてます。 だったら、止めましょうよ。 コンビニは諸悪の根源です。 ごみは出すし、添加物だらけの食品だらけだし・・・ ちょっと誇大かもしれませんが、コンビ二なんて24時間営業の店があるのは日本だけかもしれません。 手抜きは止めてちょっと早起きして自分でお釜でご飯を炊いておにぎり作って急須でお茶を淹れて食べましょうよ。 本物を見極める目を大事に子供達から育てないと日本は滅びますって。 大げさでなく、人類が滅びるのは食べ物からなんですって。
そこでおかみさん推奨の当店のお茶です。 「鳥山の茶」文字通り、当店オリジナルのブレンド茶です。 鹿児島の霧島山中で取れた「ゆたかみどり」と言う茶葉を主にブレンドしました。 多少、熱めの湯を注いでも味が苦くならずすぐに緑色の清らかな風味を楽しめます。 100g1260円と840円の2種類がございます。
「なつかしい茶」は、荒茶と言って選別する前の形状ですから葉も茎も粉も芽も入ってますので香ばしい懐かしい風味がいたします。 昔、縁側でおばあちゃんに淹れてもらったような本当に懐かしい味がします。 これをいただいた方が昔を想い出したと喜んでくださいました。 こちらもサービス価格の100g630円也です。 他にも色々と販売しておりますので、お茶屋さんは入るのに勇気がいるなんて申される方もいますが、どうぞお気軽にお越しくださいませ。 そして、仕事の一段落した時にお茶を飲んでほっと一息なさってくださいね。
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【2007/06月22日(金)】 No.121 『 街が変わる 』
我が家の前の道を連日、大型ダンプが通ります。 本来、車は10時過ぎは通行禁止の歩行者道路ですがきっと警察の許可を取ったのでしょう。 荷台には赤かんばんと言う名前の閉店した大型ビルを解体した廃材が山と積まれてます。 今の解体作業はその場で鉄やらコンクリやら木材やらを仕分けして運び出すので昔より時間がかかると聞いてます。 正確に数えたわけではありませんが、ふと気が付くと家の前で信号待ちをしたダンプが目に入るとこをみると一日に20回位は通るのかもしれません。 解体の跡地には10階建ての病院併設のシルバー向きのマンションが建つらしいです。 一方、国道50号沿いの旧西武デパートも今年中にリニューアルがなされて中央公民館とか専門学校とか地下はスーパーが入る予定だそうです。 そばに行くと隣には群馬銀行の前橋支店が入る新築ビルも完成まじかで何となく心が波立つ思いがします。 こんな大掛かりな工事に税金をわんさか投入して前橋市民の債務にならなけばいいのですが・・
県庁通りの旧消防署の跡地も測量が始まりました。 ここも同じような病院併設のマンションが建つらしい?
で、広瀬川沿いの旧勢田会館跡地の今は駐車場の場所にも何だか介護付き老人ホームやデーサービスの福祉施設が建つっていうじゃない・・・
何で? 中心街はいまに老人ばかりの町になってしまいますがな。 学校は全部、田んぼの真ん中に持っていって、街の中には買い物も一人じゃ行けないような老人向きの施設ばっかり・・・ これじゃ、ますます小さな個人商店は先細りの限界が見えて来ました。
郊外の大型店には無いサービスと品揃えでこだわりの商品を売ってる我が家でも、次々と店仕舞いする店舗を見るにつけ悩まない訳にいきません。 毎日、毎日、暑い焼き海苔に精を出し、お得意さまを一人でも増やそうと努力はしてますが、もう商店街を頼る意味も無くなってしまいました。 いっその事、店の前に駐車スペースの持てる場所に移転しようかな・・なんて考えてしまうのは早合点でしょうか? 7月末にはこの辺一帯の再開発のアイデア募集が締め切られます。 どんな案がきているのやら・・・ほんとに悩ましい日々を過ごす毎日なんです。 2008年、前橋中心部は大改革が行われそうな予感がします。
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【2007/06月08日(金)】 No.119 『 リスペクト 』
最初この英語を耳にした時は「なんじゃらほい?」と分かりませんでしたが、新聞紙上でご丁寧に日本語訳が付いてて「尊敬」だと分かりました。 たしか識者がもの申すには「近頃は高学歴の人達の中にはリスペクトに値する人がいない代わりに、コツコツと自分の力で功成し遂げた人の中にリスペクトする人がおります・・・」
うろ覚えで間違ってたらごめんなさい。 でも私も最近の政治家や実業家の昔なら最もリスペクトされた人種がやたらニュースの主役に躍り出てるような気がしてなりません。 それも恥ずかしい事ばかりで。 きっと小さい時から勉強、勉強と親に尻を叩かれて有名大学に入り出世コースに乗ったとたん、今までの勉強地獄から開放されて、世の中の旨みをむさぼった挙句の愚行ではないのではないかと邪推しております。
岩手県の生んだ詩人、宮沢賢治のように生きろ、と言ったら現代ではホームレスのような暮らしになってしまいますが、もっと日本人は謙虚になった方が自分自身も楽なんじゃないでしょうか。 何から何まで満ち溢れてて、ひと様が持ってると自分も欲しい、ひと様が旅行に行けば私も行きたい・・・欲望はきりがありませんね。 お金はあり余るほど持ってたら危険で仕方ない世の中じゃありませんか。 子供を普通に学校に行かせられて社会に飛び立たせたら後は自分のお腹が足りればいい話でしょ。 細木さんの大きな指輪なんてみっともない代物ですよ。 口先三寸で稼いだお金で買ったに違いない宝石なんて羨ましいとも思わないわ。 まっ、あの方も玉にはいい事いうから番組は欠かさず見てますがね。 視聴者の反感を買うからバカでかい宝石は付けて出ないようにお願いしたいです。
関係ない話になりました、すいません。 じゃ、あんたは誰を尊敬するのって聞いた? そうねえ、弱ったな〜、これといってすぐに浮かばない・・・ 皆さんはいますか。
そうそう、最近、講演会でお聞きした話ですが、ご自分は旨いものを食わず、皆さんからいただいた寄付金でネパールに学校を建てるために骨を折ってる箕郷の荻野さんという方は、まさにリスペクトに値するなと思いました。 富も名声も求めず、貧者のために働く人って本当に偉いなと思います。 なかなか出来ないですよね。 反対に自分のフトコロばかり肥やしたり、たいした事もしてないのに偉ぶったりが多いですよね。
もう一つ心に残ったお話。 「任運謄謄」ニンウントウトウと読みます。 任運とはあるがままの人生を生きる事、良寛さまがまさにこの人だそうです。 その良寛さまの戒語に「自慢話をするな!人の悪口を言うな!」というのがあるそうです。 これ聞いて会場の多くの女性から失笑がもれました。 私なんて穴掘ってもぐりたいと思いましたよ。 人の不幸は蜜の味、って言うじゃないですか。
あそこんチ、今月いっぱいで店やめるんですって。 うっそ! 良かった〜家はまだ大丈夫だもん。
ねえねえ、あの人しばらく見ないと思ったら入院してるんですって。 うっそ! やっぱ、ぶかっこうでも太ってる方がましだわ。
そういえばあそこんチの夫婦、別れたんですってよ。 うっそ! み〜んなわかれちゃえ、わかれちゃえ。
カシマシイですよ、おんな三人寄れば人の悪口言い放題。 良寛さまごごめんなさい。
片や自慢話はするな!は男性諸氏に多いと聞きますが、特に酔っ払いのおっさんに。 聞かされる部下は耳にタコが出来てるでしょ、たこ焼きに出来るくらい。 そうだ、思い出した。 白州次郎さん、あの方はリスペクトするな〜。 淡々と大仕事をやり遂げて戦後は百姓三昧だったとか。 スマートな長身で外国生活が長いからすべて洗練されてますな。 ああいう日本人、今見つけるの大変でしょ。 島田シンスケさんが真似てるみたいですが、彼は口が災いしてますね。 あれだけ言いたい放題じゃ、いくら和服を着流して料理に腕を振るっても品がない! そうだ、究極のリスペクトに値する人物は品格を備えてないと値しないと分かりました。
最後に「謄謄の人」は代表者は宮沢賢治だそうです。 彼の生き様はまさに「おのれを忘れて人のために尽くす」 そんな人に私もなりたい。 ちょっとあなた、笑ったでしょ。 無理? だから、なる、じゃなくて、なりたいって言ってるじゃん。だめだこりゃ。
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【2007/06月01日(金)】 No.118 『 老舗 』
今年も恒例の創業謝恩セールを6月1日から10日間開催する運びとなりました。 おかげ様で今年で創業以来61年目になります。 まだまだ老舗と言われるには程遠い年月ですが、思い起こせば私の父が創業、私、息子とようやく3代続いたに過ぎないのです。 本当にここまでこれたのは皆さんのご愛顧のたまものと感謝しております。
ところで老舗というのは100年以上続いた店の事をさすのだそうですが、日本の老舗企業の数は世界でも突出してるそうでございます。 たとえばお隣の韓国では俗に「三代続く企業はない!」と言われる通り、100年続いてる店や企業は一つもないそうです。 中国でさえ、血族以外を排除する「同族経営」のせいで続かないそうです。 ウソみたいですが私の読んだ大学の先生の本にそう書いてありました。
では何故、いま老舗経営に注目が集まるのかわかりますか? キーワードは「揺るぎない理念」だと言います。 理念・・・理性から得たもっとも高い考え。 理性・・・道理によって物事を判断する能力。 道理・・・物事のすじみち、ことわり、わけ。辞書で調べましたらこう書いてありました。
なるほど、分かりやすく言うと「考えに一本スジが通ってて人の真似っこをしない事」なのかな。 そうか、老舗の店構えや女将さん、そして中で働く人達は流行に流されないで品格がありますな〜。 NHKの朝ドラの老舗旅館の大女将の草笛光子さんの仕草、物言い、まさに老舗の風格! それにしても跡継ぎを画策してる東某君のメガネといい、いじましさに朝からヘドが出そうでございます。 少し位の不景気なんて、どこ吹く風と軽く受け流して潮見を感じて欲しいな、と思います。 今は物余り現象で人々は心のすき間を埋めて欲しいと考えているのでは・・・ ですから綺麗な海、空気のすがすがしい山、高原へでかけては英気を養ってるのではないでしょうか。
まっ、中には行列をしてまでジェットコースターやラーメンに群がる人達もいますがね。 そういう人達はまだまだ心が疲れて無いのかも知れません。 あの芋を洗うような潮干狩り場を見ただけで、おじけづくのは私みたいな還暦以上かもしれません。
話を老舗に戻します。 いまどきの若い人達もいざ、就職活動となるとちょっと前は流行のIT企業が人気があったそうですが、最近では長く続いてる企業に目を向ける傾向が見られるそうですね。 老舗の理念は儲けると世の中の役に立つのどっちを選ぶかと聞かれれば「役に立つ」方をとるそうです。 コツコツと働く事の大切さに若い者の目が向けられてきたというのは大変嬉しい事だと思います。 取引先との信頼関係を大切にしたり、社訓、家訓を忠実に守る傾向が見られるそうです。 夏の花火のように、パッと咲いてパッと消えるなんて本当はかっこ悪いとようやく気がついたのでしょうか。 藤原紀香さんが以外と古風な日本女性の一面を覗かせてくれて、ああいう女性が日本を良くしてくれるんじゃなかろうかと期待をこめて披露宴の中継を見てました。
老舗・・・素晴らしい響きですね。 我が家もこれからの後半戦、果たして何代続くか分かりませんがやれるだけの事はやってみようじゃないかと孫のケイちゃんに今からコソッと「海苔やさんを継いでね」と囁いております。 ちなみに我が家の家訓は「誠実」でございます。
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【2007/05月25日(金)】 No.117 『 向田邦子熱 』
すいません、先週はお見苦しい内輪話を書きましたが毎度の事ですので、 内紛もすぐにおさまりましたので、どうかご心配なく。
話は変わります。 私の向田邦子熱は一向におさまるどころか、ますますボルテージはあがっりぱなしです。 来月の24日に前橋かんこ堂にて、「向田邦子の世界」という朗読公演がございますが、もちろんチケット購入して楽しみにしておりますが、それより先に今月の18日に東京の世田谷文学館まで足を伸ばしてまいりました。 「向田邦子、果敢なる生涯」という展示会に行って来ました。 新宿から京王線に乗り換え蘆花公園駅という小さな駅に降り立ちました。 電車の向かい側に座っておられた妙齢のご婦人も一緒に電車から降りて来ました。 そして駅の階段を上がりながら「もしや、向田さんのフアンではないでしょうか?」と声をかけていらっしゃいました。 「はい、そうですが、何でお分かりになりました?」 「いえ、新宿からお乗りになった時に蘆花公園に止まりますか、とお聞きになってらしたから」 「そうですか。私、群馬から来たものですから、さっきの電車に乗りそうになったら急行で止まらないと車掌さんに言われたものですから・・・」 あとは道すがらおしゃべりが止まりません。 道連れの方は町田からお越しになったとか。
テクテク歩いて徳富蘆花公園を通りすぎガラス張りの世田谷文学館が見えてきました。 あ〜嬉しい。やっと観られるんだ。生の原稿! 本来はかごしま近代文学舘に収められてる遺品の数々が没後25周年記念ではるばる生誕地の世田谷まで九州から運ばれてきてるんだそうです。 入り口のピンク色のポスターの中で向田さんがこちらを見ていました。 ドキドキしながら会場に入りますと、中には中高年の男性、女性が三々五々展示物に見入ってます。 そこには写真では何回も見た事のある向田さん愛用の品々がガラスの箱に収められておりました。 すんころくの壷、使い古した先太の万年筆、金、銀、べっ甲の老眼鏡、世界中を一緒に旅したであろう大きなトランクやカメラ、など等見た事のあるものばかりですが実物を見ると感慨深いものがあります。 ニューヨークを闊歩した時に着てた黒のコートや中近東を旅した時に着てた薄茶色の上着と靴。 私が持ってる本に全部、載ってるものばかりがありました。
爆笑問題の太田光さんも向田フアンだというのは知ってましたが、展示場内のビデオテープで、いかに彼女のドラマが今までの構成と違って見ている者の度肝を抜いたか・・・と言うような事を語ってました。 確かに「阿修羅のごとく」では父親の不倫とか長女のおかしな恋愛模様など、今までのNHKの堅いイメージをひっくりかえしたような話に見ているこちらもびっくりしましたね。 恐らく脚本を見た段階ですったもんだあったと思います、でもあの和田勉さんがごり押ししたんじゃ・・・ テーマ音楽のトルコ行進曲と共に彼女の代表作になってますから良かったものの、NHKの上の方は放映中は首を洗って待ってたんじゃなかろうかと私は邪推してます。
「父の詫び状」の生原稿見ました。 噂にたがわず悪筆でございました。 たぶん、脳みそが書くスジを考えてペン先まで到達するのが早すぎて手の動きが間に合わないって感じ? 字が一足飛びに走ってましたよ。 彼女の字を読める人は一人きりだったと読んだ事があります。 台本を起こす印刷やの奥さんだけとか。 もっとも彼女でさえ間違った字が「花と死」 向田さんは部屋中に「花が溢れてた」、と書いたつもりが「死が溢れてた」と間違ってたとか。 それも向田さんが乳ガンの手術を受けて輸血の後遺症で右手が使えなくて左手で書いた原稿だったので余計読みづらかったのもありますが、彼女が死と対面してた時期でもあったので、その台本を見た人達は後で真っ青になったと書いてありました。
2時間があっという間にたってしまい、1階のミュージアムも5時半で閉まるとアナウンスがあったので急いで下に降りて私が持ってない本を必死で探しました。 置いてある本は全部持ってましたので、この展示会用に作ったパンフレットを買ってきました。 6時の閉館ギリギリまで粘って何度も何度も同じ所を見て回り、お名残おしいのですが後にしました。
それにしても何故、こうまで彼女を懐かしむのか? 私だけでなく、世間の人たちも。 それはきっと今現代のせちがらい世の中にあい反する思想が向田ワールドにあるからだ、と私は思います。 昭和の良き時代にもう一度戻れるものなら戻ってみたい、という気持がみんなの胸にあるのではないでしょうか。 物もこんなに溢れてませんでしたが、もっと心は豊かでしたね、確かに。 親も先生もおまわりさんも尊敬して数段上に位置して見てたような気がします。 だからおっかないから悪い事したら怒られるから、もっと世の中も落ち着いてたような気がします。 皆がみな、あの向田さんの書くエッセーのように生きてくれれば平和なのにと思うのはウガチすぎでしょうか?
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【2007/05月18日(金)】 No.116 『 親とは・・ 』
いやはや、参った、参った。 年老いた親との同居が、かくもわずらわしいものだったとは。 おん年86才の我が母は今夜は夕飯は私とは食べたくないとのこと。 原因は明日、私がバスツアーに出かけるから・・・ わかってんだ、あの人は私が遊びに行くとなると必ず、すねてオヘソが後ろに回るのを。 私が自分の娘、即ち母にとっては孫と出かけても機嫌が悪くなります。 とにかく、自己中心的人物です。 いつだって、皆がちやほやしてくれないと膨れます。
母は娘ばっかり4人生みました。 その4姉妹の長女が私です。 ですから家業を継いで生まれてこの方、62年間一緒に暮らしてます。 それなのに、未だに私を独占したがるんですね 3人の妹達も気を使って食事などにも誘ってくれますが、それだって「幸子も一緒じゃなきゃやだ」 なんなんでしょうねえ。 店の休みには内科、眼科、整形外科とお医者のはしごにも車に乗せて行ってあげてるし、母の好きな「道の駅」やとんかつややラーメン屋にも連れて行ってるんですけどねえ。 私だけが出かけるとなると、毎回いじけます。 ですから私は気分良く旅行に出たためしがありません。 ですから行く予定も前日の夜、切羽詰ってから母がベッドに入ってから告げます。 いつ言おうか、いつ切り出そうかと迷ってる内に明日に迫ってきてしまいます。 いなけりゃいいな、とこういう時は切実に思いますね、正直なはなし。 めんどうくさいよ〜!
やきもち焼の旦那さんがいる方が正にこれなんでしょうね。 お友達と日帰りバスツアーに出るにも許可を取るのが容易じゃないとか。 私にはうるさい旦那がいない代わりに・・・大御所がいるんですね。 実の親なのに、どうしてそんなに気を使うの、とお友達にも子供達にも言われますが、 私にもどうしてだかわかりません。 何時でもビクビク、母親の顔色をうかがってるなんて可笑しいでしょ。
良く見りゃ背中の丸くなったおばあさんじゃないですか。 ところがおっかない。 もしかしたら私はマザコンかもしれません。 この年で未だに親離れが出来ないなんて人います? いね〜よ。 だよね。 じゃ、どうしたら、あの人のご機嫌伺いをしないで済むのかしら。 あ〜〜もう死ぬまで首ねっこ押さえられて生きるしかないのかしら。 誰かわたしを解放して〜〜〜。
今ふと、思いました。 母は私がいないと心細いのかも。 だから私が出かけるとすねるんかも。 じゃ、子離れしてないのはあっちじゃん。 ふ〜ん、わかった。 年取ると幼児帰りするといいますから、親に置いてかれた子供の心境になるのかな。 じゃ、いい子にしてお留守番しててね。 ちゃ〜んと帰ってきてあげるからさ。 いつの間にか親子の立場が逆転してしまったようです。 皆さんもこんな経験ありませんか?あったら教えてください。 うっぷん晴らしをしましょ。 私のメルアドです。oyuki@rouge.plala.or.jp メールください。必ずお返事書きます。それではよろしくどうぞ。
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【2007/05月11日(金)】 No.115 『 品格とは? 』
五月晴れも長続きしませんね。 にわか雨や時期ハズレの雷さまにびっくりの今日この頃、皆様いかがお過ごしですか? わたくし? はい、連休は関係ございませんでしたからしっかり商売いたしまして、最後の6日は休みをいただいて(って店主だから勝手に休んで)お茶会に出かけてまいりました。 そこで、しばし考えさせられた事がございましたので今回は書かせていただきます。
最近、国家の品格、とか派遣の品格とか・・・とかく世の中品格ばやりでございますが、品格って何なんでございましょうね? あの方、お品がよろしゅうございますわね、なんて皇后美智子様をさして巷では申しますが、誰が観ても申し分のない品格をお持ちであられる事は間違いない! 氏素性が正しいお方には持って生まれた品性がついているように私には思われます。 そこへ行くと、いわゆる成り上がり、はっきり言って成金には品がないと私には感じられます。 幾ら大枚はたいてブランド品を身にまとっても、姿、形、ふるまいが付いていかないのです。 昔なら秀吉さん、今ならほりえもんさん、ねっ納得しますでしょ。
そこで茶道界の話に戻ります。 大寄せのお茶会には何百人のお茶人が色とりどりのお着物を着飾って参加なさいます。 裏千家、表千家、江戸千家、大日本茶道会、遠州流、東阿部流等など、それはそれは会場は溢れんばかりの人いきれでむせかえるような暑さでございました。 亭主を務める先生方はお道具の取り合わせからお花のみつくろいからお菓子選びからず〜と前から頭をひねって試行錯誤を重ねて当日を迎えます。 それには一人では到底できる作業ではございません。 前の日には会場のしつらえも男性の手をお借りせねばなりませんし、当日だって裏方は沢山の手が入ります。 お客様の前でお点前をなさるのはたった一人ですが、舞台と同じで陰で支える人達は何十人と必要になる訳でございます。 ところがなんですねえ、あまりあからさまにしたくはないんですがここで品格の問題が出てくるんですねえ。
お茶を習ってるなんて聞くと、ずいぶん高尚なお稽古をしてるのね、とたいがい言われます。 でも、お稽古半分、後は人の悪口半分が実情なんですのよ、お恥ずかしい話ですが。 まっ、中にはお稽古中は私語は禁物ですぞと真面目になさってる社中もございますでしょうが、私の知る範囲ではおしゃべりに華が咲いてるというのが多いのではないでしょうか。 それも人を褒めるのでは無く、ねたみ、そねみ、やっかみ、それ以外はなし! とにかく、あの人がああ言った、あの人はこうやった、とよくまあ飽きないというほど話が盛り上がります。 まるでお茶人の品格ゼロでございます。 お茶会で色々な方の協力があってこそ、無事に終了できたのにですね、悪口を言うんですね。 もちろん、私もその中の一員でございますからみっともないと反省はしてるんですが。
一週間に一度、美味しいお菓子とお抹茶と人の陰口を言い合う、これだからお稽古に続けて行けるのかもね。 恐らく、死ぬまで品格とは縁遠い海苔やのおかみさんだから人のアラも良く見えるようでございます。 人のふり見て我がふり直せ、とは昔の人の言い草ですが、こいつばかりは懲りないと直せないようで・・・ せめて人の悪口はなるべく、なるべくですよ、言わないようにツツシミタイと思うのでございますです。 だめだ、こりゃ、品良くしようにもすぐ化けの皮がはがれてしまう。失礼いたしました。
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【2007/05月03日(金)】 No.114 『 格差社会 』
先日、ある会合で「るなぱあく」という昔から前橋の中心部にある遊園地の園長さんの講演をお聞きすることが出来ました。 園長曰く、「遊園地は社会の縮図が見えます」 NPO法人波宜亭倶楽部の運営する遊園地ですからTDLと違って入園料もタダ! 遊具も未だに10円玉1個入れると音楽が流れてユサユサ動く乗り物がずら〜と並んでます。 パトカー、新幹線、バス、木馬、etc我が家の1才の孫は片っ端から乗っても全部で100円! も少し大きな孫用のメリーゴーランドも飛行機もオクトパスもゴーカートも全部50円! ね〜今時ウソみたいでしょ。 おやつのカキ氷を食べても1000円あればおつりが来ます。 おまけに3才以下の子供の付き添いはタダだから驚き桃の木三しゅの木です。
さて、こんな素敵な遊園地にも悲喜こもごもな出来事が起こるんですって。 ある日、ベンツに乗ってハイヒールを履いておしゃれをしたママ軍団と子供たちが訪れました。 やおら11枚つづりの回数券500円のを買うのに長い付けツメをした手で1万円札を出したそうな。 どんな格好で来ようが勝手でございますが、何もねえ、でっかいお札の方がかっこいいと勘違いをしてる・・・かもね。 そういうのに限って子供たちはほったらかしで、ママ達は話もせずにお互いに背を向けて携帯メールを打つのに夢中なんだとか。 誰に何て書いてるのやら。 「今、るなぱあく」 「へ〜それどこ?」 「前橋の県庁のそば」 「へ〜、そこどんなん?」 「ちっさい、家の庭くらいの狭さ」 「ふ〜ん。幾らかかるん?」 「それがさ〜わらっちゃうんさ。50円!」 「え〜〜、500円じゃなくて」 「そう、500円で11回乗れるんだってさ」
まっ、こんな馬鹿らしいメール交換をしてるに違いありません。 子供達は係りの人が見てくれてると任せぱなしで困った親がいるもんですね。 服装だってTPOがあるのでは・・・ 一流レストランにお食事に行くようなエレガンスな衣装は遊園地には合いません。 身軽に子供と一緒に遊べるようにジーンズにスニーカーじゃないとねえ。 私は孫の後を追いかけられるようにどた靴に帽子をかぶるのを忘れずに行きますよ。
でもこんなお金持ち?奥さんばかりじゃないらしいですよ。 ある日のこと、パートに出るのに子供を見てくれる人がいないようで子供に1000円札を持たせてお母さんがお迎えに来るまで姉妹二人で遊んでいてね、と置いていかれます。 二人は仲良く遊んでお昼も園内で売ってるものを食べて、やがて5時には閉園になりました。 でもお母さんはまだお迎えに来てくれません。 るなぱあくは出入りは自由ですから追い出されませんが、夕方のうすら寂しい園内の飛行塔の下で二人でうずくまって母の迎えを待ってるのを目撃した心優しい園長は・・・ ここまで話して園長は背中を向けてしきりに涙をぬぐい鼻をすすってます。 聞いてる私達も思わず貰い泣きをしてしまいましたよ。
ね〜ここまで書いて思いあたりましたよ。 今は土曜日、学校がお休みじゃないですか。 家族がいる家庭はいいですよ、でも両親が働いてる家庭の子供は誰が見てるのでしょうか。 じいさん、ばあさんが一緒に住んでる家も今では少ないですよね。 我が家も息子夫婦は別所帯ですから子供達が休みの日はママも店には出てきません。 今年から定休日も無くして日曜は若いもんが休み、私が水曜を休みにして交代で休みを取るようにしました。ですから我が家は年中無休が原則です。 たま〜に家族全員で遊びに行くときは止む無くお休みさせていただく事もございますが。
って、我が家のことはいいんだってば。 園長のお話をうかがってからつれづれ考えるに今の社会のヒズミがはっきりとわかりました。 もっとはっきり言えばお金持ちとそうじゃない人達の差が出てきたということです。 ちょっと前は一億総中流家庭とか言ってうんとお金持ちも少ない割りに食べるのに困るような階層もいなかった・・ いたけど表面には現れていなかったのかな? それが今は、ニュースでも取り上げたりして寝る場所が無くてネットカフェのイスが寝床代わりの人達の惨状が、普通の家庭のテレビに映しだされるんですからショックですよね。 ああいう人は帰る故郷もないんでしょうか? 都会であんな生き様をさらす位なら親元に帰れば寝る場所くらいあると思うのですがねえ。 少子化が怪訝されてますが、結婚もしないで子供も作らなければ益々ニッポンの将来は暗たんたるもんです。 このまま行ったら完全に日本人は地球上にいなくなると先日の特番でみました。 安部首相、外交も大事でございましょうが、まずは足元を見つめて生めよ増やせよ運動に取り組んでいただき、社会の格差を無くすような賃金の格差を考え直していただきたいものです。 一次産業に従事する人々の暮らしを豊かにしてもらわねば後継者も育ちませんぞ。 農、林、水産、夜中まで働いてる人達にもっともっと高い賃金を上げてください。 デスクの前でPCだけを操って金儲けをしてる連中は本当のお金持ちとは言いたくありません、わたしは。
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【2007/04月27日(金)】 No.113 『 中心街のあるべき姿 』
今から100年前、前橋の街なかは小売店がずら〜と軒をならべ連日、連夜近隣の町や村から来る人々で賑わっていたそうです。 我が家にある当時の地図には八百屋、魚やはもちろんの事、金物や、小間物や燃料や、床や、呉服や、乾物や、映画館、飲みや、など等面白いほど並んでました。 恐らく、どの店も競って商売に励んでいたであろう、これだけあった商店が一つ消え二つ消え、今の寂れた中心街になるにはそれなりの訳(理由)があるのは皆もわかってますよね。
まさか、ここまで車社会になるとは誰も予想だにしなかったのでしょう。 車は一家に一台どころかご当地群馬は一人一台は当たり前のご時勢です。 大型店はこぞって土地の安い郊外に大駐車場を設けた店つくりをいたしました。 買い物、レジャー、すべて車で移動します。 歩いてお買い物なんて免許の無いお年寄りだけの時代になってしまっていたのでした。 だもの、これじゃ商売あがったりだと小売店さえ見切りをつけて郊外へ移転してしまいました。 今、残ってる店は家族経営の家賃も地代も人件費もかからない店だけになってしまってるのが現実です。
じゃ、中心街はどうしたらいいのでしょうか? このまま行ったら日本中の中心街はゴーストタウン、すなわちお化けが出るおっかない街になります。 そこで2006年9月に「まちづくり三法改正」が国政で改正されました。 国を挙げて街なかを活性化しなくては間に合わないぞ、とやっと気がついてくれた模様です。 しかし、時すでに遅しの感はありますがね。 ここまで店が無くなってしまったら幾ら税金をつぎ込んでも昔の賑わいは戻らないと私は思ってます。 100億単位の税金をつぎ込んで今ある建物をぶっ壊して新たな箱物をこしらえたって民衆は戻りますか? 民衆だなんて、古臭い言い方! 市民と言ったほうが分かり易いかな。 市民は何を街に望んでるか考えなくては元も子もなくなりますよ、ほんと!
私も最近知ったのですが、世の中にはお金も暇も健康も持ち合わせた恵まれたご婦人方が大勢おられるんですね。 そのあえて言わせていただきますが、{有閑マダム達}はその暇を何に使っておいでだと思いますか? ボランテア? ノー。 カルチャーです。 勉強会です。 そして、そのツナガリで観劇、温泉めぐり、名所めぐりの旅にたびたび出るんですね。 前橋になんていないんですね。 ヨソの県でお財布のヒモを解いて散財しまくってるんですね。 築地、六本木ヒルズ、お台場、丸ビル、劇場、観光地は裕福なご婦人方であふれてます。
だったら、いかがでしょうか? 前橋の中心街にご婦人方がお金を落とす穴場を作ったら。 どなたか頭のいい方、これらの場所のいいとこ取りしたご婦人方が寄りたくなるもの、見つけてくださいな。 なんてたって、この世の中お金を主に流通させてるのは中高年のご婦人方に違いないのですから。 自分がその張本人ですから間違いなし、と断言してもいいです。 どうかこれから車に乗れなくなった後の老後が楽しくなる街つくりを考えてください。 もちろん、街なかの住人の一人として協力は惜しみませんので。
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【2007/04月20日(金)】 No.112 『 アンチ・エイジング 』
アンチ、すなわち反対とか抗する。エイジング、すなわちトシをとる、加齢ともいいます。 人生の折り返し地点、還暦を過ぎると加齢という言葉にはおぞましさだけを感じます。 誰だってそうでしょうが、年なんてとりたくないよね。 でもお正月がくれば一つトシはとるのさ・・は昔風ですが嫌が応にも刻々と死に向かってるのは事実です。 そこで世界中の学者、企業が莫大な資本をかけて日夜、研究に研究を重ねてるのがアンチ・エイジング。 いかにして、ふけるのを防ぐか。 これさえ、分かれば金持ち族はこぞってサイフの口を解くに違いありません。
昔から中国の偉い方々も「不老不死」を願いありとあらゆる方法を試しましたが、誰一人死なない人は存在しませんでした。 欧米でもアロマだサプリだマッサージだと盛んにはやしたててますね。 たとえ125才まで生きると豪語してる細木和子女史でさえ、最後は老いさらばえるに違いない。 が、しかしだ! 長生きをするという彼女も恐らく実践してるに違いないアンチエイジングを真似るのはいかがなものだろうか。 彼女はとにかく、料理好きなようである。 私同様、大雑把な調理だけど、味付けのコツがコンブ茶は有名ですね。 何の料理でも最後にコンブ茶をふんだんにぶちこむ・・・ さる有名なホテルで分けてもらうとか、言ってたのを聞きましたが昆布茶なら何処のでもかまわないでしょ。 それとおかか! かつお節は日本人の知恵の結晶だそうですね。 魚のカツオを蒸して乾して、西洋のチーズのように寝かして発酵させたものですから体にいいわけですね。 おだしもかつお節とコンブで取ったものをベースにするから何をこしらえても、徳光さんが「うまいねえ」と目じりを下げてむさぼる訳ですよ。 あれじゃ、徳光サンちの奥さんが料理がヘタみたいで気の毒な感じもしますがね。
確かにちゃんと出しを取ればうまいはず・・なんですが、私みたいに何でも早くが得意な人はついつい手軽なだしの素に手を出してしまいます。 そのせいか、たまにちゃんと出しを取って作った味噌汁を母親は「今日は出しの素が入ってないよ」と抜かす。 まったく、食う相手がこれだもん、忙しい商人は手軽が一番さなんさと逃げの一手でございます。 でも、でもですね。 今夜からは人口的な調味料は使わないように努力いたします。 自分のためですから。 あとは、野菜中心の食生活がやはり若々しい体を保つには絶対ですね。 肉食はいけません。 玉にはいいですけどね。 たんぱく質は大豆製品から沢山とるように心がけましょう。 納豆! こいつは優れものです。 納豆に卵、ねぎ、かつお節、青海苔、すりゴマ。これは是非とも毎日取りたい食品ベストワンです。 これさえ食べてれば病気知らずとも聞きました。 簡単だもんね。誰でもできますやん。やりましょ。
そして後は気構え。 後は見ずに前進のみ! いろんな趣味を持って前向きに明るく笑って暮らしましょうよ。 そしたら苦労も飛んでいってしまいますよ。 {笑う門には福きたる。} 我が家の家訓でございます。
それと、出来そうで出来ないのが適度な運動! これ、やだね。 体使うの・・働くのは好きだけど、昔から運動は大嫌い。 だから仕方ない、買い物を歩いて行くようにしてます。 帰りは荷物が重くてしんどいですが。 ただの散歩なんて時間の無駄だもん。これ、私の私訓。アハハ。 はてさて、こんな調子で幾つまで元気ハツラツにいられるか乞うご期待。
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【2007/04月13日(金)】 No.111 『 日中友好 』
昨日のテレビで大リーグのイチロウと松坂の対戦を見てましたら、突如国会中継に切り替わりました。 店のテレビは衛生放送が入らないので仕方なく見ておりましたら、折りしも来日中の中国の温家宝首相の演説が始まりました。 長い、長い。 実に35分間の演説でした。 焼き海苔加工中でしたので耳だけそばだてておりましたら、なるほどと納得する事がらがいっぱい出てきました。 遣唐使の事や鑑真和上の話。 そいて思わず、テレビの音大きくして、とお願いしたのが第二次世界大戦後の引き揚げの事に触れた時です。 実に105万人もの大勢の引揚者が「コロ島」から船で引き揚げて行ったというクダリで、私は2階で洋裁をしてる母に内線で「お母さん、NHK見て〜」と教えてました。 なぜなら、私は母の口から「コロ島」という名称を幾度となく聞かされていたからです。
10時半の休憩タイムにお茶を入れて急いで2階の母の部屋へ行きました。 「見てた?よくお母さんが話してくれた引き揚げ船の話をしてたの」 「うん、聞いてたよ。でもこの通訳の声聞き取りにくいんね。」 「そりゃ、仕方ないよ、アナウンサーじゃないから。でも同時通訳だからすごいよね」 「この人、中国語しゃべらなければ、まるで日本人だいねえ」 まったく、母は演説の内容より温家宝首相の顔のことばかり言ってます。
それにしても日本人は何から何まで中国文化の恩恵をこうむって来たのを忘れてる感がします。 名前の漢字にしても、お茶や陶磁器などの骨董の類はすべて中国伝来ですねえ。 それをメイドイン・チャイナは安物だ、みたいな風潮は深く反省すべきではないでしょうか。 中国13億の民がこれから発展していく過程にどれだけのエネルギーを要するか考えただけで恐ろしい! あだやおろそかにしては日本の為にもならないと思います。 欧米にばかり向けてた眼を中国に向けるべきではないでしょうか。
実は私は中国生まれなんですよ。 満州は奉天という町で産声をあげました。 父親が職業軍人でしたので、母が嫁いだ時はまだ戦争真っ只中でしたが比較的恵まれた暮らしをしてたようです。 ところが昭和20年8月15日を持ってまさかの逆転劇になってしまいました。 母の嫁入り道具のミシンから着物から、それこそ全財産置いて命からがら逃げ出すのが精いっぱいだったそうです。 背中に私を背負い、ひとくくりの着替えと洗面器一つ。 この洗面器で顔を洗い、時には食料をよそい、まさに地獄のような逃避行を重ねて「コロ島」にたどり着いたそうです。 それでも家族3人揃って何とか引き揚げて来られたのはマシだったそうで、途中で子供を中国人に預けてきたり、病気で亡くなったりと悲惨な話をいとまがありません。 私も今のように3人も妹がいたら、きっと今頃は中国孤児の一人になっていたに違いないねと話に出ます。 恐らく、この温家宝首相の演説を聞いて62年前の昔を思い起こして感慨にふけった人たちが大勢いるに違いないとつくづく思いました。 これからは日本はもっともっと中国と友好を深めていかなければいけないとも考えさせられた演説でした。
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【2007/04月6日(金)】 No.110 『 四月の雪 』
4月4日夕方、私たち家族6人の乗った車は首都高速を疾走してました。 やおら頭上のサンルーフに叩きつけるような雨粒が・・・後で知ったのですがミゾレだったとか。 車内は、宇多田ヒカルの「♪クマ、クマクマ・・・」のCDに合わせて孫たちが歌うは、おばあちゃんはくたびれたからイスを倒して欲しいと頼むはで、外が春の嵐状態になってるなんてわかりませんでした。 案外、渦中にいると分からないものかもしれません。 でも二日間、ず〜とハンドル握りぱなしの息子は私が心配するほど動揺もせずに、知った道のせいかトラックをスイスイ追い抜いて行きます。 大学も千葉だし、なんせデズニーランドのお得意様だから。^_^; 関越に乗ればもうこっちのもの。 トイレ休憩と軽い夕食にしようよ、と高坂PAで降り立って見ればお星様さえ見えるいい天気! さっきの土砂降りはなんだったん。 それにしてもドライバー達はうまいもんです。 誰もルール違反しないで車間距離を守って走ってさえいれば事故も起きずにスムーズに行くのだね。
「軽く食べようぜ」と言ってたはずが、皆が注文したのを見て思わず「我が家はやっぱ大食漢だ!」 カツどん、コロッケ定食、カレー・・・ あ〜おかしい。快眠、快食、快便が一番ですものね。 小学3年坊主が言うには「あのさ〜今度の旅行は海に行ったんより食べ物やさんに行ったんみたい」ですって。 そうか、そうかも。ホテル三日月のバイキングが印象に残ってるのね。 大きくなっても覚えていてね。
そもそも、今回の旅は江戸前千葉のりを生産してる漁師さんとブログでお知り合いになって、趣味の海の写真をいただいたりして何時か会いに行きたいと思っていたのと、春休みを利用して潮干狩りに行く算段をしてたのを急遽決めて実行してしまったのです。 結果的にはちと時期が早かった・・ アサリはまだ小さいし、海風は寒かったそうな。 でも普段はお目にかかれない海苔の加工工程を工場に入って見学させていただきました。 私も海苔や稼業40年ですが、海から採取してきた海苔を、真水洗いしてミンチにして、スノコに広げて乾燥して10枚づつ折りたたみ、紙ヒモで10帖づつ束ねる工程を見たのは初めてでした。 これが全自動ですよ。時間にして3時間かかるそうです。 大きな機械です。これを考えたエンジニアにも脱帽です。 行って良かった房総の旅! 若旦那も写真を撮りまくり。いい経験になりました。 お土産に採れたての生海苔をいただいてまいりました。そのまま口に入れるとしょっぱいけど磯の香りがすごいです。 今日はおばあちゃんがよ〜く洗って刻んで佃煮を作ってくれました。 食べきれない分はお店にお越しのお客様におすそ分け。 斉藤さん、選挙戦のさなかお邪魔して本当に申しわけありませんでした。 お体に気をつけて郷土のために汗を流してください。 遠くから応援させていただきます。
そうそう、帰りに横浜にメル友さんが住んでるから寄りたいと私が言い出して、川崎大師にお参りしてからナビに住所を入力したのですが、こいつが曲者でした。 開かずの踏み切りで11分間も待つはめに。 何本も左右からくる電車にしびれを切らしてナビを無視して方向転換して正解! 何だよ。馬鹿ナビ。 最初からこっちの道を教えてくれれば待たずにすんだのに。 やっとの思いで目的地に着いたとたん、やおらお空が真っ暗に。ポツリポツリと来てしまいました。 ごめんなさいね、さくらさん、ろくに挨拶もしないでお土産だけ置いて車に逃げ込んでしまって。 だって国道沿いに駐車してるんですもの、それに雲行きは怪しいしね。 案の上、走り出して間もなく4月の嵐に見舞われたのです。 あの踏み切りさえ無ければとは後の祭りさ。
でもお蔭様で無事に帰ってまいりました。 今日はもう焼き海苔をしたり引出物の包装に追われる日常が戻ってます。 もっとびっくりしたのは孫のゆうちゃんがお多福かぜになってしまいました。 出かけてる最中もちょっと首の辺りが痛いと言ってましたが、まさか保育所で流行してるとは・・・ お休みします、と連絡して判明したそうな。 ヤレヤレ、帰ってからで良かったわい。お家で暖かくして大人しくしててね。 家族6人での遠出もこれが最後になるでしょう。楽しい思いでが残せてほんとに良かったです。
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【2007/04月1日(日) No.109 『 南紀白浜の旅 2 』
二日目の朝、普段は寝ボスケなのに旅先だとどうしてこう早起きできるのでしょうか。 5時半には5人揃って朝風呂に浸かってました。 極楽、極楽なんていいながらね。 朝食はバイキング。 こちらも普段は果物とヨーグルト位しか食べないくせに大皿にてんこ盛りのおかずとご飯味噌汁をちゃ〜んといただきました。ハイ。 この旅グループの良い所その1.時間厳守。 ホテルロビーに7時30分集合っていうときちんと勢ぞろい出来ました。 良いところその2.リーダー以下スタッフの素晴らしい気配り。 え〜そんな事までしてくださるの、とびっくりするくらいご面倒をおかけしました。 グリーンのスタッフジャンバーも自前でお揃えになったとか。目だっててとても効果的でしたね。
さて、バスの席順も事前にくじ引きで決めてあります。 今日は昨日より二つ前の席。 お菓子の入った、ずた袋を椅子のフックにぶるさげて今日もがんばるぞ!いざ出発。 ところが海がかなり荒れてる様子が見てとれます。 案の上観光船は欠航してました。残念! その代わり水族館に入り串本近辺の熱帯さながらの珊瑚礁や瑠璃色や黄色いサカナが泳いでるのをガラス越しに見てきました。 船に乗ってたらこんな綺麗な海底は見られなかったでしょうから返って良かったと思いましたね。 水族館の行きかえりにモロ太平洋の潮風にあおられました。これもいい体験だった。
そして本州最南端の台風でおなじみの潮岬(シオノミサキ)の灯台が見える公園でしばし散策。 ♪おいら岬の燈台守は妻と二人で沖行く船の〜・・・声高らかに合唱します。 今回の旅行グループは唱歌を愛する会が主体のようです。私は補欠なのでだんだん様子がわかってきました。 11時半、もうお昼ご飯だって。 嬉しいけどあんまりお腹も空いてないな・・ でも根が食いしん坊のわたくし。 サンマ寿司以外は完食です。 今、2年越しの慢性ジンマシンがやっと薬が見つかって治りかけなので青味のサカナはちと怖いんです。
満腹のお腹を抱えて又バスへ。 お次は海中からまるで角のように岩が立ち並ぶ「橋クイ岩」を見物。 いわれを聞いたけど忘却のかなた・・・ 昔、クジラ漁が盛んだった太地・くじら浜公園も散策。 いいお天気で最高の行楽日和。
そして、いよいよ今回の旅行のメインイヴェント「熊の古道」に到着です。 もちろん、か弱いマダム達には険しい古道は無理なので比較的ゆるやかな大門坂を選んでありました。 まずは西国一番札所の「青岸渡寺」にお参りします。 しかし、ここまでの登り坂が結構きつかった。 整備された石段ですが杖を借りてフーフー言いながら参拝いたしました。 はるか彼方に三重塔と那智の滝が見えました。記念写真を撮りました。 サッカーの日本チームの印で有名な「ヤタカラス」の彫像もありました。 我が家の隣のご町内にも熊野神社がありますがここはそのご本家に当たるそうです。
そしてここからは3班に分かれて、古道を歩きます。 わたくし? まだまだ余力がありそうだったので全コース歩く班に入りました。 バスで行く班、途中から歩く班の皆さんとはしばしお別れです。 ボランテアガイドの西さんの先導で大門跡地から下りました。 昔の何も重機の無い時代によくまあ、こんな重たい石を山道に運べたものです。 樹齢数百年のうっそうとした杉の木立はそれらを総て見下ろしてたのでしょうね。 一段、また一段、枯葉が落ちていてクッションにはなりますが雨でも降ろうものなら滑りそう。 途中で景色の良いポイントで小休止しながら1時間くらいで下山できたのでしょうか。 あ〜良かった。無事に降りられて。達成感をちょっぴり味わう事ができました。 最後の方では膝がいささかガクガクしたのは言うまでもございません。 普段の運動不足と太りすぎを猛反省いたしました。 今日でガイド生活を卒業されるという西おばちゃんにはポンカンまでいただいてほんとにありがとう。 又いつか来られたら来るね、と有り得ない約束をしてお別れをしました。
ふ〜バスはありがたいね〜。 昨日は12時間も揺られてたせいかうんざりしちゃったけど、やっぱり乗り物は捨てがたいです。 目的も達成できたし後は今宵の宿へ一目散。 ところがどっこい、ホテルの玄関まで横付けかとのんびりしてたら全財産持ってバス降りてだって。 だちょう倶楽部じゃないけど「聞いてねえよ〜」と叫んでしまいました。 何でもホテル浦島はお船に揺られて行かないと行けないんだって。 みんなも慌てて荷物をまとめてお次の船へ移動です。これには面食らったですね。 ものの5分も乗らないで島へ上陸。 すごい、すごい。島全体がホテル浦島なんですって。 浦島太郎になったつもりで今宵は飲めや歌えの又大宴会・・・かと思いきや今夜は静かにお食事のみですって。 そりゃそうだろうな。 幾らパワーがあっても夕べの今夜じゃ身が持たないでしょうね。ロングドレスのお姉さま達も。
夕飯までかなり時間があるので温泉めぐりと参りましょう。 まずは近くの「磯の湯」で汗を流します。 それからノーパンに浴衣を着て隣の「玄武洞」へすたこらさっさ。 スタンプラリーの紙も忘れないで押してきました。 ふ〜あっちい。これ以上入ったら湯当たりしそうなので一旦お部屋に戻りました。 ところが5人で行ったのに二人がはぐれてしまいました。 この温泉なにしろ館内が馬鹿ぴろいから探しに行く勇気もありゃしない。 仕方ないから部屋の入り口のドアノブに「先に宴会場に行ってます」とメモを下げておきました。 ところが呆れたと言うか良かった。 先に宴会場にちゃんと座っておりました。 やだ、先生、散々探しちゃった。と言ってやりましたけど本当は探さなかったのごめんなさい。 夕べの阿鼻叫喚がウソみたいな静かな雰囲気でお食事が始まりました。 約1名、笑い茸を召し上がったのか笑いが止まらないマダムがいたのはご愛嬌といたしましょ。 それにしても今回の旅はさすが、紀州、海の幸がふんだんに振舞われました。 お刺身も群馬と違って身が引き締まってて甘みがございました。 クエ、という白身のサカナが脂が乗ってて美味しかったのも記憶にあります。 デザートまで総ていただいて、さてさて食後の散歩がてらお土産漁りとまいりましょう。 なが〜い通路にショッピングモールさながらありとあらゆる商品が並んでます。 あれだけ食べても試食に手を出すいじましさ・・舌の横が痛いのは誰?あたしか。
今回はお土産はいらないからね、と母に念を押されたけど買わずに済むかい、これ見たら。 那智黒飴、金山寺みそ、かまぼこ、羊羹、いかせんべい、熊野古道に行って来ましたクッキー・・・ またまた荷物が増えてしまった。 お部屋に帰ってもう遠い所にあるお風呂に行く元気はなし。 潮風にあたってベタベタする髪の毛を洗うわ、と内風呂を使わせていただく。 もう寝よう。くたびれた。おやすみなさい。
3日目。6時に起きだした5人衆は迷子になりそうな館内を群大さながら茶色の線伝いに歩く、歩く。 目的地は「忘帰洞」。しかしここは広いな大きいな。 さすが有名な温泉だけに素晴らしい。ほら穴にお風呂が5個あったかな。 二つからは太平洋が見渡せます。えらい所に温泉を作ったもんです。 しっかりスタンプも押して記念品は温泉の元をいただいてきました。 中身より袋のデザインがボウキドウが描かれていて使わずに取っておこうと思いました。
朝食は久しぶりにパン食をバイキングしました。 腹八分目が具合いいと感じたからです。 衣装変えしてホテルを8時半に船で出発。 懐かしい?上信バスが待っててくれました。 今日もバス席は真ん中辺り。3日間とも席はあまり代わり映えしなかったけど、まっいいか。 後ろの方だと降りる際に散々待たされるのね。44人も乗ってるから仕方ないけどね。まっいいか。 もう今日はお家に帰る日になっちまった。 後、見物場所も2ヶ所残すのみか。なんか日がたつのが早い気がしました。 熊野速玉大社参拝。 ご神木のナギの大木を拝む。 ナギの葉は縦に葉脈が走ってて枯れても横にちぎれないとかで昔の人は愛する人と縁が切れないように鏡の裏にそっと隠しておいたそうな。 それを聞いて現代のおなごもハッパを拾おうと皆が地面に中腰で探しまくってる様もいとおかしでした。 私はもう旦那とは縁を切ってしまったからお金と縁が切れないようにそっと財布にしのばせてあります。
さ〜最後の見物場所、鬼ケ城に着きました。 熊野灘に1キロに渡ってまるで鬼が島のような景観が続いてます。 断崖には波がざっぶ〜んと押しては返しを繰り返しておりました。 狭い断崖の道を手すりにつかまって途中まで歩きました。 勇気のある方はあそこまで行けるんだよ、って言われて見れば恐ろしい自殺の名所みたいな場所ざんす。 わたしゃお金を貰っても行かない。 なにしろ顔に似合わずおっかながり屋だから。 人生楽な方、楽しい方へしか行かないタチでございます。 あ〜これで南紀白浜満喫できたぞい。来て良かったぞい。 夜中に大雨が降ったらしいけど3日間とも晴天に恵まれてほんによござんした。 後は一路来た道を引き返すのみ。 途中の三重のドライブインでお昼をいただき赤福を買うこともできました。 おっかさんは転がらないでちゃんと留守番できたかな。 心はもう前橋に飛んでました。 お店は私がいなくても大丈夫だったかしら。 里心が沸いてきたから不思議です。 だから玉には家を離れるのも必要不可欠なのかもね。 二人の背の高いドライバーさん、お疲れ様でした。お蔭様で無事に帰る事が出来ました。 そして何よりこの旅を企画運営してくださったRKツインズの皆様ありがとうございました。 世の中にこうゆう方々がおられるのか、とカルチャーショックを受けた旅でもありました。 又、機会がございましたら万難を排してご一緒させていただきとうございます。 最後までお読みくださった皆様、つじつまの合わない箇所は軽く読み流してくださいましね。 それでは今週の店主便りはここらへんでお終いにさせていただきます。ありがとうございました。
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【2007/03月31日(土) No.108 『 南紀白浜の旅 』
久しぶりに泊りがけの旅行に出かけてまいりました。 たまたま、お茶の稽古友達が行くバスツアーの欠員が出て「行かない?」と誘われて母に相談しましたら、「いいよ。行っといで」とOKが出ました。 ウソみたい。母も体調が悪いとこうはいかないのですが、今回はどこも痛くないのか心易く出してもらえたようです。ラッキー!
28日初日、朝4時起床! 前橋駅南口出発5時。(普段は7時まで寝てる身にはしんどい・・) 総勢44名の中高年ハッスルマダムを乗せたバスはこれから南紀白浜までひた走ります。 ウイークデーの水曜日のせいか道はすいすい、群馬ー長野ー岐阜と6時間後には「関ドライブイン」に無事到着。高速道路っていいよねえ。信号機が無いんだもん。 関SCは近代的だけど和風の造りでおっきくて綺麗です。 だけどお食事はいまいちでした。肝心のご飯が水加減間違えたのか軟らかすぎ。 グツグツ煮すぎのお鍋のうどんは半分溶けてた。でもぜ〜んぶカンショク。 贅沢言ったらバチが当たります。息子夫婦は店をやってるのに遊ばしてもらってるんだから。
さて、又バスに乗り込みます。本日の最初の観光地に行くにはまだまだ乗らなくては着きません。 満腹のところに持ってきて早起きがたたってうつらうつらしてた時です。 「窓の外見て〜。海が見えてきたよ〜」 なぬっ海だと。 海なし県人は海に異常に興奮します。 子供のようにはしゃぎます。 リーダーが「じゃ海の歌を唄いましょう」と声をかけます。 「♪海は広いな大きいな〜・・・」 さっきまで居眠りしてたのが一斉に美声を張り上げて唄う様は可笑しいよ〜。 続けざまに何曲か歌う内にすっかり眠気も吹っ飛んで車窓に映る海に見とれてる間にもバスは走る走る。 太平洋の荒波に削られて丸窓のような景色の「円月島」にも歓声があがります。
やがて予定通り4時に最初の観光地「三段腹」じゃない「三段壁」に到着。 外から見物するのではなく、36メートル下までエレベーターで降りて洞窟内に熊野灘から押し寄せる荒波が砕け散る様を見ることが出来るんです。 私自身、おっかながりですのでさっさと見物していの一番に地上に出てきました。 だって先日、能登半島で地震が起きたばかりなのにあんな岩穴にいてグラグラ来たらと考えただけで鳥肌が立ちます。 外の明るい光と空気に触れてほっといたしました。お日様はありがたい!
さてさて、次の観光名所は千畳敷です。 海水が長い長い年月をかけて織り成した見事なと言うか奇妙な景色を見てきました。 タタミ1000畳どころか何万枚も敷けそうな広い面積の岩盤の段々畑状態と申しましょうか? ところでここでも本当に嘆かわしいというかお馬鹿というか、例のいたづら書きがあたり一面見られたんです。 アイアイ傘に二人の名前なんてまだ許せるけど、駅のトイレのあのへんてこりんな絵までありました。 まったくもって、日本人の道徳心はどこへ行ってしまったのでしょうか?
まっ、いいか。 早く今宵のお宿に行きたいよ〜。 もうバスにも飽きた。 なんてブツクサ言っておりましたら定刻の5時ジャスト、ホテルシーモアに到着。 ヤレうれしや。まずは一風呂浴びようじゃないか。 宴会まで時間が無いよ。急げ〜てんで仲居さんが折角入れてくれたお抹茶も立って飲む厚かましさ。 花の中高年がこのざまですもの、今時の若いもんはなんて説教たれられるはずもなしか。 温泉はかすかに硫黄の香りのいい湯でした。 露天風呂がこれまた変わってて昔、紀州名物梅干を漬けた大きな樽が幾つも並んでおりました。 あの水戸黄門様も入ったと書いてあったな〜。ほんまかいな? まあ、梅樽温泉に浸かって眼下に白波が浜に押し寄せる風情も見るなんてえのも乙なもんですな。 反面こんな暢気な事してていいのかいなとチクリと胸も痛みます。 まっ今度は我々群馬がグラグラ揺れるかも知れませんから、今はゆっくりさせてもらおうと皆で言い合いました。
宴会場に行ったらびっくり。もう時間前なのに全員お揃いになっておりました。 皆さん、温泉にまだ入ってないんですって、だからもう私たちの班はびりっけつ。 どうも遅くなってごめんなさい。でも汗流してさっぱりしたいじゃない、ねえ。 さ〜て、友達から聞き及んでおりました噂の宴会が始まりました。 まずはリーダー以下5名のお世話役の衣装にびっくり仰天。 いつの間にお着替え遊ばしたのかお派手なお揃いのブルーのロングドレスをお召しになっておりました。 え?物真似大会? それとも引田天功マジック? 何やったんだっけ?なんか夢の中の出来事みたいに忘却のかなただ〜・・・ 唄って踊って跳ねてたような・・・私も過去何十回と宴会出たけど今夜ほど女性パワーを見せ付けられた・・ 後は書かない。 ご想像にお任せします。 このパワーを寂れた中心商店街の活性化に活用できないものかしらと真剣に考えちゃった。
お料理はサカナ君がいれば「キャ〜これはクイというお魚ですね」なんて喜びそうな魚づくし。 まだ出るんかい、と呆れるくらい次々と運ばれるお料理にいささかグロッキー。 最後に炊き込みご飯の小さなお釜に点火してくれた時は思わず「もう入らないです」とストップをかけそうになったけど、オコゲの出来たご飯を見たらやっぱり食べてしまった大食患?の私でした。
あ〜余は満足じゃ、と妊娠8ヶ月くらいの大きなお腹をさすりさすりやっとの思いでお部屋までたどり着く。 お〜もう布団が敷いてあるじゃん。 まずは食休み、食休み。河岸のマグロ状に5人の熟女が横たわります。 一番の年長者はすでにグデングデンのよっぱらい。もうお風呂も入ったんだから、あんたはこのままお休み。 腹ごなしにもう一風呂あびるかい? 顔も洗ってないし、じゃ行こうか。 明日は出発が8時だよ。 明日はメインの熊野古道を歩くんだからね、しっかりしとくれとお互いにハッパを掛け合います。 寝坊しないように携帯に目覚まし装置を仕掛けておきました。 朝4時起きして寝たのが夜10時、本当に長い一日でした。 それでは続きは又明日。
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【2007/03月23日(金) No.107 『 るなぱあくデビュー 』
一週間が早い! 目が回るくらいで恐ろしいほどです。 商売も忙しいのに2ヶ月にいっぺん娘が孫連れで長野から遊びに来るので余計に忙しいのです。 何しろ1階が店と焼海苔加工場、2階が炊事洗濯リビング、3階が寝室、4階が倉庫と洗濯物干し場のベランダという鉛筆ビルですので、時には9キロの孫を横抱きして階段を上がり降りせねばならず、今日は膝と腰にシップを貼るしまつです。 孫は来てよし、帰ってよしとは良く言ったもんです。
でも内孫が大きくなってしまってすっかりご無沙汰の前橋公園の遊園地に5年ぶりに行って来ました。 波宜亭倶楽部というNPO法人に民営化されて、ヒゲ園長さんで有名な佐藤さんにもお目にかかりたいと思って出かけましたら、偶然にもお休みににもかかわらず入り口でばったり!ラッキーでした。 おかげで先日の上毛新聞コラム欄の反響のお礼を述べさせていただけました。 「新聞に載ってましたね」、とお店にお越しになる方が引きも切らずメデェアの力のすごさを感じました。
昔は児童遊園地と言ってたのですが公募で「るなぱあく」と改名されたそうで、前橋が生んだ有名人「萩原朔太郎」の詩集にもこの公園を詠んだ詩があるそうです。 朔太郎は「ゐなぱあく」と書いてるそうですが、やっぱり「るなぱあく」の方がふさわしいかもしれませんね。 とにかく日本一懐かしいとうたってる通り、安くて可愛い遊具が揃ってます。 メリーゴーランド子供50円、付き添いはタダ! 飛行機も電車もヘリコプターもジェットコースターも50円! 硬貨を入れるとメロデーが流れて動くのが10円だよ。もう嬉しくなっちゃいました。 孫のタックンよりママの方が大喜びです。 写真をいっぱい撮りまくりました。 ジュースを飲んでたらパラパラと大粒の雨が降り出してきたので止む無く今日はここまで。 で、お財布から出たお金はぜ〜んぶで780円かな。安い、安い。 久しぶりに童心に返って大きなお尻で孫を抱っこして電車に乗せてもらって大満足でした。 お揃いのオレンジ色のスタッフジャンバーを着てテキパキ動く係員にもやさしい春風が吹くのも間近ですね。
日曜日はもっと色々な食べ物やさんも出店してにぎやかだそうです。 この次は断然日曜日に寄らせていただきますね 中心商店街から歩いても10分位で行けちゃう「るなぱあく」。 街の活性化にうまく利用する手は無いものでしょうか・・とふと考えてしまいました。
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【2007/03月16日(金) No.106 『 郷愁』
今や巷のあちこちで交わされる会話・・ 「行ってみた?」 そうです、前橋のダイハツ跡地に開店した大型店「ケヤキウオーク」に行ったかい? これがダントツの話題なんですね。 こいつが出来たせいか何だかわかりませんが中心商店街は瀕死の状態は言うまでもありません。 るなぱーく園長さんが小さい店も捨てたもんじゃないぜ、と宣伝隊長を買って出てくれましたが、一歩商店街に足を踏み入ればおっかない位人が歩いてない・・・ やだ、もう、どうしちゃったん。
我が家はこの道一筋60年の実績プラス若旦那の人気?で毎日のように引き出物の注文が入り、ありがたい事に焼海苔機をフル回転させて焼いても間に合わない位の忙しさです。 本当に先代が海なし県に海苔を売ると目をつけた甲斐があります。 盛大に仏壇のオリンを叩いて拝まねば。ナンマイダ。ナンマイダ。
ところでケヤキウオーク、私も先日の休みにちょこっと視察に行ってまいりました。 外観はイオンの勝ち! 中身はそっくり! 駐車場はケヤキの方が分かりやすい!
3時過ぎに行って時間を急いていたせいか何がどこにあるか把握してなくてシネマも本屋も見当たらず。 家に帰ってきてから貰ってきたガイドブック見て「なんだそうか。」と独り合点が行きました。 2階建ての長方形の建物の一部分きり私は歩いて来なかったらしいですね。 思わず長居してしまったのが駄菓子やさん。 バカでしょ。 買い物カゴに山のように駄菓子を買ってきました。 カルメ焼、麩菓子、イカせんべい、etcなど。 夜、テレビ見ながら止められないとまらないで昔に戻ってます。 ねえ、昔さ〜ミヤシタって駄菓子やが小石神社の参道にあったよねえ。 学校から帰るとお小遣い貰って日参してたよねえ。 当時は確かお小遣いは1日10円? 母が今、そばに来ましたので聞きましたが??首をかしげるばかりで金額は定かではありません。 50年前の貨幣価値は誰に聞いたらよいのでございましょうや。 それにしてもカルメ焼が1コ153円は高いって言うか昔は自分ちで焼いたからな〜。 雨でも降って店が暇だと父親が練炭火鉢の上で赤銅で出来たカルメ焼器にザラメを水で溶かし、頃合いを見て火から濡れフキンにおろし重曹をつけた麺棒の短いやつで勢いよくかき混ぜる・・・ うまい具合にプ〜と丸く膨らんだらオナグサミ。 中には空気の入れ具合がうまくいかなくてペチャンコに。 これは冷ましてカチカチにしたら飴になりました。 あん時父も若かったな〜。今になっては思い出のひとこまです。
のんきにノスタルジアに浸ってる場合か。とタカ&トシに頭を叩かれそうだから止めますが昔は良かった! おまちに来なけりゃ洋服も靴もバッグもおいしいものも買えなかった時代に戻りたい! んな事できっこないんだから残ったお店やさん頑張りましょうね。
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【2007/03月09日(金) No.105 『 流通革命 』
我が家のネットショップももうすぐ2周年を迎えます。 この間に色々な方たちと品物もそうですがメールのやりとりがありました。 私は時たま覗くだけですが店長の息子は日本中のお客様に信頼されるように、迅速、丁寧に対応してたようです。 おかげ様でリピーターになってくださり、最高8回もご注文をいただいてる方もおります。 ここまでこれたのも皆様の温かい支援のたまものと感謝いたしております。 ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたします。
私がつけてる名簿によりますと108人目に大物が当たりました。 え〜魚釣りじゃないんだからって。 でも毎日、毎日注文が無いとこに持ってきていきなり海苔820帖お買い上げときましたので、最初は正直びびりましたよ。 だって顔も見た事ない遠い岡山県の広告会社からイヴェントの景品に海苔をつけたいからと言われたんですもの。 これまでにも約2名ほど品物だけ受け取って送金してこないヤカラがありましたので、思わず「入金を確認してから送ったほうがいいよ」と念を押してしまいました。
何回か電話のやりとりで送金もしていただき、こちらも一枚一枚心をこめて焼きたてのパリパリ海苔を無事18ヶ所の事業所に向けて送付できました。 10、11日の二日間に岡山のモーターショーにお越しのお客様に群馬で焼かれた千葉産海苔が配られるのですから、正に流通革命と言っても過言ではありませんね。 貰って嬉しい鳥山の焼き海苔!岡山の皆さんお味はいかが?
昔は遠くに荷物を送る時は我が家ではよく国鉄のチッキというのを利用しました。 それには隣の新前橋駅まで小荷物を車で搬入しなければなりませんでした。 また、お歳暮やお中元の小包も夕方まとめて疲れた体にムチ打って郵便局の窓口までセッセと運んだものです。 当時は郵便局員もえばっていて横柄な態度に泣かされました。 こんな遅い時間に沢山もちこみやがって・・・と言われた事もありました。
それがどうでしょう。 今じゃ運送会社が競争して運賃も安くしてくれて、おまけに電話すれば店まで荷物を受け取りに来てくれるご時勢になってしまいました。 昼夜をたがわずトラックは日本国中を走り回って小さい荷物1コでも届けてくれる便利さ、ウソのようです。 何でもこの素晴らしい流通の陰にはバイトで夜中も働く人たちが大勢いるからと聞きました。 お仕事とは言え大変ですよね。人が寝る時間に働くというのは体がきついと思います。 だから荷物を受け取ったらご苦労様と声をかけて、送り主に荷物が着いたと一報するのを忘れないでくださいね。 送った方はもう着いたかしら、まだ着かないのかしら、と心配してますから。
ネットで買い物したいけど送料がねえ・・・とおっしゃる方。 ご自分で旅費をかけてその地まで買いに行く手間賃考えたら安いおまっせ。 金は天下の回りもの。 じゃんじゃん使ってお金の流通にもご協力を。ご注文お待ち申し上げております。
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【2007/03月02日(金) No.104 『 魔の花粉症 』
今日も若旦那の「ヘックショ〜ン」で一日が明けました。 気の毒にこの時期になるとどこからとも無く杉花粉が忍び寄ってきます。 大きな体で手足を上げておもいきっきりクシャミをする様は100年の恋も・・・ 花粉症の方が読んだら怒るかな。 どういうわけか私にはおかげ様で花粉症の方が怖じ気づいて近寄ってきません。 良かった〜〜。 慢性ジンマシンの他に花粉症じゃ生きてく自信がありませんもの。
妹が小さかった時にこんな歌を唄って父親に叱られましたっけ。 「♪昔、昔その昔、しいの木林のすぐそばに小さなお山があったとさ〜、あったとさ。 丸々坊主のはげ山は何時でもみんなの笑いもの。これこれ杉の子起きなさ〜い・・・」 「コラ〜そんな歌誰に教わったんだ〜」 はげ頭を気にしてたんですね。父は。 でも、妹を怒るこたあないでしょ。 怒るなら禿山にせっせと杉の木を植えた営林局を怒りなさいよ。 日本中の士気を鈍らせる杉なんて植えるから今になって皆が苦しんでるんです。
テレビでわざと木をゆすって杉花粉を舞わせるシーンが時々見られますがあれは止めた方がいい。 何でもない私でさえ目が痒くなります。 皆さんは花粉症対策、講じてますか? 家の若も以前は混雑する耳鼻科にせっせと通いましたが根治しないと分かってからは、対症療法に、眼薬と点鼻薬をさしたりテン茶をガブガブ飲む位でなすがままのようです。 カスピ海のヨーグルトも今では過去の産物、ミントのガムをかじったりニンジンジュースを飲むのはまだやってるそうですが効果無いみたいです。
こんな症状、昔もあったのかしら? 私が子供の頃は無かったですよね。 あ〜でも思い出した。 家のハゲ親父が朝、庭で大きなクシャミを連発してたけど、あれもアレルギー鼻炎だったのかしら。 前の家の横室さんチのおばさんと競争してクシャミしてたな〜。 今はもう二人とも死んじゃってあの世でクシャミしてるかもね。
郊外のドラッグストアに入ると山積みされた花粉症対策グッズが眼に飛び込んできます。 なんだかこれってクスリ屋と営林局がタイアップしてない? 考えすぎかな? 風が吹くと桶やが儲かる式じゃん。 こうなったら一日も早く杉の木を全部なぎ倒して欲しいです。 そうそう、鼻をかむテッシュ、一枚30円につく超高級品があるんですってね。 これなら一日何十回鼻をかんでも赤くならないんですって。 商魂旺盛だね、参った。テッシュ会社もグルかも・・
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【2007/02月23日(金) No.103 『 出生率におもう 』
最近、何かと世の中で話題に登るのが少子化問題ではないでしょうか? さる大臣が口を滑らせて散々な目にあったようですが、陰では皆そう思ってるはずです。 まっ、女性を子供を作る機械うんぬんは許しがたい表現ですが、確かに子供を二人くらいは産んで育ててこそ大きな顔が出来るのではと私も思います。
私ですか? はい、子供は3人産みました。 亀じゃないのですから産みましたは変かな。 でも長男は先天性の心臓疾患で生後100日あまりでお星様になりました。 生きてれば今年40才のおじさんになってるはずでした。 子供を亡くした親はこの先どうやって生きて行ったらいいのか当時は苦しみましたね。 でも私には店がありましたので気晴らしも出来たようで、長男を亡くした翌年の同じ月に今店の後継者になってくれた次男を授かりました。 毎日の育児に追われていつのまにか死んだ子と育ててる子が重なって苦しみも和らいでくれた気がします。 顔もそっくりでまるで生き返ってきてくれたかのように錯覚を起こしてしまいました。 スクスクと成長してくれて本当に生まれてきて有難かったです。
程なくして次は女の子に恵まれました。 小さく生んで大きく育てるのがいいのに、この子は生まれた時は3400グラムもあったのに前はあれだけ出てた母乳が足りなかったようで全然大きくならないのです。 保健所の検診で粉ミルクを上げてください、と言われて早速買ってきて与えたところ、すごいアレルギー反応で首筋や足の付け根などが真っ赤にただれてしまいました。 こりゃだめだ、それではボンラクトを飲ませてみてください、と薦められて買ってきました。 大豆の粉ミルクですね。美味しくないから飲みっぷりが悪くて苦労しました。 大きく生んで小さく育てちゃった失敗作の娘です。 今でも150センチきりなくて幼稚園から高校まで何時でも一番前でした。 でも元気ハツラツ、病気もめったにかからない世話のかからない子でした。
あれから30数年、今では二人とも結婚して子持ちになりました。 私を基本に枝葉が伸びて枝の先には3人の孫が育っています。 考えると人間って面白いですね。 女性の体内で一人の人間を製造しちゃうんですから。 あれっ、じゃやっぱり機械なのかな? でも子は親を選べないんですよね。 オギャーとこの世に出てきた瞬間から人生が決まってしまうんですから。 まさか、自分が年がら年中暑いアフリカの酋長の子供に生まれるなんて考えもしないし、かと思えば田舎の小さな海苔やの子に生まれて来ちゃった為に跡を継いで目が回るほどの仕事に追いまくられてる人生を負わされてる家の若旦那みたいに。 さまざまな人生を半強制的に決められてこの世に送り出されてくるんですね。
あ〜あ、親がしてやれる事といったらせいぜい、足を引っ張らないように自己管理して健康に気をつけて、若いもんが家族旅行に出るチャンスを多く与えるくらいしかありません。 自分から望んでそこの家に生まれてきた人なんてきっと一人もいないのが普通だと思いますが、折角のめぐり合わせを吉と考えて楽しい人生を共に歩めたらこの上ない幸せだと思いますね。 あまり先の事など考えずにひとまず親になって見るのもいい人生勉強になります。 折角、地球上に生まれてきたのですから自分の子孫を残して息絶えたいと思う今日この頃です。
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【2007/02月16日(金) No.102 『 奪い合い? 』
来月10日に前橋南に位置する元ダイハツ本社跡地に大型スーパーが開店するらしい。 こんな狭い前橋の西と東にまるで軍艦みたいな建物がマンガの世界みたいに建ったのだ。 ほんと、私の知らない間に建ってしまいました。 早すぎる工期に偽装は無いのかしらと心配してしまいますがな。 イオンとユニーのガチンコ勝負である。 珍しいもの好きな人が早速行ってきての感想「広すぎて買いたいものが見つからない」だつて。 「くたびれて休憩場所ばかり探しちゃった」、というご婦人もいました。 特に年配の女性は自分たちには縁もゆかりもない品ばかりで行った甲斐が無いともらす人が多い。 折角行ったんだからと食堂街に行ったけど、どこもランチタイムは待ち時間が長くてうんざりとか。
実は私も娘と孫と3人で視察がてら見に行ってきました。 まず駐車場がわかりにくい。帰るとき自分の車を散々探しまくったのには参ったね。 次にどの店もセンスが悪い! まさか群馬のお客様をこの程度に見ての品揃えにしたとは思えないが買いたいと思うものが無かった。 ターゲットの範ちゅうに入ってない?わたしが? そうか、それなら分かるが、それにしても今時の若者の着てるものは可笑しいと感じる私は古いのかな。 ジーパンの上に一休さんが穿いてるみたいな短い腰巻状のスカートを重ねたり、破けたジーパンとか。 おしゃれとはとても思えないんですが、あんなんがいいんですかねえ・・・
本当のおしゃれって、誰が見ても好ましい品のある装いだと私は思うんです。 それにはデザインも大事ですが品質の高さが見た目にも良いと分かるじゃないですか。 ペラペラの夏服みたいなスカートを今時分に穿いてるのは変だと思うけどな。私は。
まっそんな人の事はいいとして、どうするこれから中心商店街は? もう底ついたからこれ以上、悪くならないからジッと静観かしら。 それとも最後のあがきで何か一発やるしかないか・・・ 新聞でも見た方はご存知かもしれませんが、我が家が建ってる場所っを4番街といいます。 それと旧麻やの一角、中央駐車場の辺を8番街と言います。 二つを会わせると一ヘクタールになるらしいです。え〜と約3000坪?
誰の差し金だかしれませんが一ヘクタールありゃましな開発が出来ると踏んだらしいですね。 60年間、ここで生まれてず〜と生きてきた私にはまさに「寝耳に水」たあこの事を言います。 去年の8月の末に初めてこの話を聞いたときは冗談でしょ、と笑ってましたが冗談じゃなくなりました。 今までに都合3回の会議には市長自らが先頭にたって私たち地権者の説得に当たってます。 家みたいな極小地主はスズランデパートの出方次第と見てましたら、以外や以外。 真っ先に公募の同意書に判を押したのにはびっくりでした。 4番街12名の地権者中、11名が一応、どんなアイデアが出るか見てみようじゃないかとまとまりました。 8番街の方はほとんどが市用地ですから問題はなさそうです。
昨日2月15日に市は公募を発表しました。 予定で行くと7月13日で応募打ち切りのようです。 おかしいでしょ。 今2月よ。3,4,5,6、7月までの5ヶ月間の短い期間にこんな大きな開発の案ができるの? 何をしようとしてるのか皆目わかりませんが、私には裏で何かがうごめく気配がしてならないんです。 やっと前橋のこの場所に「美味しい焼きたてのパリパリ海苔を商う店あり」と知れてきたのに、一部の人達の手前味噌のアイデアで追い出されたのでは後で泣いても泣ききれません。 今は亡き父がいたらどのようにするか家族でよくよく考えて結論を出す覚悟です。 だって、二つもどでかいスーパーが郊外に出来たら小さな市なんてお客の奪い合いになるしかないでしょ。 そう思いませんか? だったら人口が増えればの話が先じゃないですか。 「前橋市の人口を増やすにはどうしたらいいか」、って公募するほうがましだと私は思いますがいかが? 誰だ、ダイハツを九州になんざ持っていかせたのは、ほんとに馬鹿な話・・・ 昔、前橋の街が賑わってたのは沢山の製糸工場で働く女工さん達のおかげだったの忘れたのか。 ああ〜もう訳わかんない。なるようになるか。10月には公募結果発表だってさ。
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【2007/02月09日(金) No.101 『 国語力 』
ところで皆さんは国語力はありますか? 書くのは苦手だけど読むのはまあまあ・・って思ってる方が多いのではないでしょうか。 実は私もそうでした。 でした・・と書くのには理由がございます。 先日、いつも私の散歩コースである老舗の本屋さんに平積みされてた新刊本の中に「大人の国語力が面白いほど身につく!」というのが目に飛び込んできました。 定価も500円と安かったので、いつも買う「クロワッサン」と「婦人公論」と一緒に買ってまいりました。
最近、年のせいか物忘れが激しくて我ながら情けない毎日を過ごしてましたので、ここらで脳を鍛えなおそうと早速ページをめくると、最初に現れたのが「とにかく間違えやすい漢字240」。 よっしゃ、読んでやろうじゃないか。 「喧伝」「支度」「言質」「版図」「凡例」「垂涎」ここまではスラスラ・・・ ところが次が読めない、「遡及」「脆弱」 二つとも読めたら偉い! すぐ裏のページに読みと意味が載ってるのでカンニングしましたら「そきゅう」「ぜいじゃく」と読みます。 「遡及」過去のある時点までさかのぼって効力や影響が及ぶ事。法律をさかのぼって適用する時によく使う。 「脆弱」もろくて弱い事。またその様子。脆弱な地盤などという。ですって。 皆さん、こんな言葉ご存知でした? 「紙魚、シミ」 「紙縒り、コヨリ」 「狼煙、ノロシ」 「懇ろ、ネンゴロ」 「芳しい、カグワシイ」 「詳らか、ツマビラカ」 「血塗れ、チマミレ」 「囀る、サエズル」 「慮る、オモンパカル」 「貶す、ケナス」 「強請る、ユスル」 「僻む、ヒガム」 「貶す、ケナス」 「懇ろ、ネンゴロ」 「頻りに、シキリニ」 「囀る、サエズル」 「叛く、ソムク」 以上20個読めませんでした。
このように普段、新聞や読書で目にしてる漢字でも他にも読めない漢字がたくさんありそうでした。 テレビ番組でネプチューンがメイン司会の漢字当てクイズが面白くてよく見ますが、名倉君が案外と頭の良さがわかって、渡辺真里菜も見る目が高いと意外なとこで感心させられてます。 ねっ、日本人でも漢字読めない人多いみたいです。 家孫のKちゃんは小学2年生ですが宿題を覗くと「え〜2年生でもうこんなに沢山の漢字が書けるんだ」と驚くほどで、ついこの間までオムツしてパイパイ飲んでた子がねえ、と感慨ひとしおです。
昔から読み書き算数が大切だよと言い伝えられてますが、外国語を習う前に先ずは日本語をおさらいしてみてはいかがでしょうか。 暇っつぶしには丁度いいボケ予防のいい本が見つかりました。 最後まで何回も読み返したらきっと日本人として恥ずかしくない国語力がつく事でしょう。 ただ、飽きっぽい性格が災いして、今日この店主便りを書くに当たって何を書くべえとネタを探してたら本棚にこの本が見つかった次第。 いつものことですが最初の方は読んだ記憶がありましたが途中から開いた形跡なし・・・ だから幾つになってもねえ、いいまつがいが多いのです。 って、言うか雑用に追いまくられてのんびり本を開いてる時間がなかなか持てないというのが現実なんです。 言い訳はいい加減ににして、今日はこの辺りでお終いにして見たいテレビがあるからお風呂に入ろう。
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【2007/02月02日(金)】 No.100 『100回続いた・・・ 』
おかげさまで店主便り、今日で100回目です。 なんか記念にしなくては済まない気分です。
ではこういうのどうでしょう? 「おかみさんの店主便り読んでるよ」とお店に来ておっしゃってください。 そしたら私からササヤカですがお礼の粗品を進呈いたします。 何くれる?って。 それは内緒、内緒。 ではでは、期限は今月いっぱいといたします。よろしくどうぞ!
さてと、今日は先月の27日にロイヤルホテルで開催された同窓会の事書きます。 私たち、昭和35年に群大付中を卒業しましたので「三五会」と言います。 私を含めて4名の幹事が用意万端整えてお待ち申し上げておりましたところ、遠くは川崎から2名の方をはじめ男性22名、女性19名恩師2名の参加がありました。 2階の「まゆだまの間」を借りられて、広々とした会場からは、窓の外にアーチ型の群馬大橋がブルーにライトアップされてるのが見えて素晴らしい雰囲気でした。
6時の開始時刻になっても肝心の恩師のお姿が・・・約一名おられない。 まさか始める訳にもまいらぬと自宅に電話を入れましたら、5時20のバスで出かけたと奥方のお返事。 もう来るだろ。も少し待とう。とヤキモキしてましたら30分遅刻でやっと到着。 あ〜、のどがカラカラだよ。 おまっとうさまでした。
Iさんの司会進行でやっと開幕。 Aさんの幹事代表挨拶。 さて乾杯といこうか・・・ いや、まだ先生のご挨拶があった。 これがまたやけになるほど長かった〜。 しかも、どうやら遅刻のご当人は開始時刻を勘違いをなさってるご様子。 挨拶の冒頭「お待たせして申し訳なかった。幾つになっても時間にルーズで、でも今日は時間ギリギリセーフだった」なんて言うから30分遅刻だよと誰も言えなくなってしまった。 そこへ持ってきて延々と近況をお話になるから、途中でやめ〜とも言えずお預け状態。 は〜、せっかくのシャンペ〜ンがぬるくなっちまった。 やっと「かんぱ〜い」が出来たのが7時でしたね、先生。
「酔っ払わない内に記念写真を撮るんだよ、並んで、並んで」 私の息子の友人が写真やの跡を継いでがんばってるのでお願いしておきました。 嬉しいじゃございませんか。 結婚式の写真だって一人で来てパシャとやるのに、早くから親子3人で来てくださって、しかも30分も余計に待たせちゃって、皆の顔がちゃんと写るように直していただいて・・ 綺麗な人は綺麗にそうじゃない人はそれなりに写ってることでしょう。 新井君お疲れ様でした。出来上がりを楽しみにしてます。
さ〜、幹事もここまでくれば終わったもおんなじ。 後は三々五々、好きに飲んで食べてくれたまえ。 今夜は飲み放題の中華の宴会だからね。 いつもなら同窓会というとしゃべるのが忙しくて、せっかく会費1万も出してサラダきり食べてこなかったというのが多いのに、今回はいい塩梅に私のテーブルは大人しい方がクジで当たったようで、次々とロングスカートの品のいいコンパニオン達が盛りわけてくださるお料理を片っ端から平らげてしまいました。 どのお料理も私好みでおいしゅうございました。
あっ、でも食べてる間にもデジカメでスナップは撮りましたよ。 今日は店番の合間に130枚ほどエプソンカラリオミーでプリントしてみました。 このプリンターは昨年の10月に私の誕生日プレゼントに子供たちがくれたものです。 見た目は玩具みたいですがカラーも綺麗で時間がかかるのが手間がかかりますが優れものです。 後で集合写真と一緒に皆さんに送るつもりです。
楽しい時って時間が過ぎるのが早い!あっという間にお開きの時刻になってしまいました。 最後にテープに吹き込んで貰った現役中学生の歌声に合わせて懐かしい校歌を合唱しました。 卒業以来47年ぶりの校歌ですがスラスラ歌えるものですね。 「♪赤城山〜みどりの裾のゆるやかに〜ひらけるところ・・・」 肩を組んだり、腕を組んだりして輪になって歌いました。 みんな、とても62才とは思えない若々しい姿に改めて感心させられてしまいました。 フレ〜フレ〜フチュウ!A君の応援団も懐かしいかったです。
お名残惜しいですが遠くにお帰りになる方もおいでです。 最後は三本〆でと急に私に指名されましたので、肝をすえてキッパリと〆て散会となりました。 本当に参加された皆様、ありがとうございました。 次の幹事さんも申し送りましたので、これからは毎年やるそうですので今回は不参加の方も来年こそ参加されることをお勧めいたします。 さっちゃん、はーちゃん、きーちゃんと62にもなってちゃん付けで呼んでくれるのは同級生だから。 日ごろの憂さを晴らすにはクラス会は一番てっとり早い解決法なのではと思う今日この頃です。 一年なんてすぐたってしまいます。健康に気をつけて又お会いするまでごきげんよう。
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【2007/01月26日(金)】 No.99 『 地球温暖化 』
一体全体どうしたんでしょう? 今年の冬はどこも雪不足で普段なら雪に埋もれてるはずの観光地もあてがはずれて関係者はやきもきしてるのではないでしょうか。 ご他聞にもれず群馬も雪不足はもちろん、榛名湖も結氷しないためワカサギ釣りもまだ解禁にならないそうです。 これでは暖房器具も分厚い冬物も売れないのでは・・・
去年の日記を読み返してみましたら、年末年始にかけてシベリアから大寒気団が日本の上空をおおい、新潟の地震の被災地にも二次災害が出たと書いてありました。 やはり幾ら偉そうにしたって自然の猛威の前ではか弱い人間のようです。 まだ今年も始まったばかりなのに、本当に連日イヤな事件が相次いで物騒な世の中になったもんです。
ところで皆さんは今年こそ何かしようと年の初めに決心した事はおありですか? 私? はい、今年こそ痩せていい女になって流行の服を颯爽と着こなしたいと思ったのはいいのですが、これが全然実行できないんですね。 明日の27日は中学の同窓会が2年ぶりに開かれますので、幹事も引き受けた事ですのでそれまでに痩せて和服でも着て皆を驚かせちゃうかなと考えたのが仇になった。 一向に食欲が抑えられないどころか、益々増してダラダラとながら食いをする始末。 この店主便りを書きながらも手焼きせんべいをポリポリとやめられない止まらない・・ 三度の食事をちゃんと食べた他に間食をしてたら、たちまち中年太りのビヤダルスタイル! もうこうなったら矢でも鉄砲でも持ってこい、健康だけが取り得のお母ちゃんで行くきゃない。
それにしても日本国中、男も女もダイエット願望なんですってね。 なんとも贅沢な悩みだと思いませんか。 地球上じゃ毎日食べるのにも困る人達が何億といるご時勢に。 納豆で痩せられるとテレビで言えば惣菜売り場から一斉に納豆が消える能天気なお国。 やだ、もう。 核の恐怖が刻一刻と近づいてるというのに。 こんな事でニュースをにぎわしてて大丈夫なのかしら?
そうです。 この地球をこれからも末永く子孫のためにも持続させる為に、一人一人が行動を起こそうではありませんか。 出来ることからでいいのです。 地球温暖化の原因はCO2の排出が増えて地球を覆うオゾン層が薄くなり太陽熱をさえぎらなくなったのだそうです。 ではCO2の排出を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか? まずは車の排気ガスを少なくする事が考えられますね。 群馬のように一人一台なんて車を乗らないで、もっと公共交通機関を利用しましよう。
それから有害な石油で作っ物をゴミで燃やすとここでもCO2が出ます。 買い物に行くのに手ぶらで行くのはあまりに暢気すぎます。 一人一人があの有害なレジ袋を貰わないという気持を持てば、おのずとマイバッグ持参は当たり前の行動になるのではないでしょうか。 どうして家には溜まって邪魔になるくらいあるポリ袋を持って買い物に行かないのか不思議! これからはいつでもバッグにレジ袋の2,3枚入ってるというのが当たり前の風潮の世の中になれば、随分と地球に優しくなれるのではないでしょうか。 自分のスタイルにばかりこだわるのはお預けして、まずは地球温暖化をこの際考えてみようではありませんか、今年こそ。
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【2007/01月19日(金)】 No.98 『 食の安全 』
今日の朝日川柳で一番ドキッとさせられて苦笑いさせられた句がこれです。 「近頃は食事時にはテレビ消し」 鎌倉市の女性の句です。
ほんとに新年そうそう、あっちでもこっちでもバラバラ事件が頻発してますね。 ご飯を食べる時に血生臭いバラバラ死体を連想するニュースはお呼びでない!ですね。 気持悪いから、チャンネルを変えれば次は不二家の不祥事でしょ。 鳥インフルエンザでしょ・・・ 一体全体、この国の安全神話はどこへ行ってしまったのでしょうか?
ほんとに何を信じたら良いのか分からなくなってしまいました。 そりゃ、信じられるのは自分しか無いさ、と言われればそうなんですが・・・ よく塀に「信ずるものは救われる」なんていうプレートがかかってますが、何を信じるの? 神様? まさか! 神様でもばい菌には勝てないでしょう。
突きつめると良いものを見分ける目を養うことなのかしらね。 でもねえ、昔からの有名大企業がまさか消費者を裏切る行為を会社ぐるみでやられた日にゃ、幾らおりこうさんんでも見分けられませんよね。 じゃ、加工品は一切買わない、全部自分で作って食べる? まさか! これも無理、無理。 じゃ、どうすりゃいいんだい。
日本人一億人の胃袋を日夜賄うには、そりゃ並大抵の量じゃございませんね。 ましてや、自給率○%のわが国、輸入に頼らざるを得ません。 この○の中の数字、分からないのですが、かなり低いのだけは確かです。 昔、鎖国してた時代は総て自給自足だったのにねえ。 もっとも昔はこんなに人口も多くないから田畑を耕し、海で魚を摂り、山で獣を撃てばこと足りてたのかも知れません。
昔は海苔なんて超贅沢品で殿様の献上品でさえあったのですよ。 それが何時の間にか、お葬式の引出物の定番に成り下がりました。 急な用立てに間に合うように作り置き出来て、軽くて上品だから人気があるのは分かりますが、焼き海苔も何時焼いたか知れない超まずいのが、5枚きり袋詰めされて大げさな箱に入れられて、さも高級品のように真似されてるのには毎度の事ながら腹がたって仕方ありません。 今日び、お香典も1万円のお返しがとてもじゃないが食べられない海苔なのですから思わず「詐欺だ!」と叫んでしまいます。 そう思った方、多いんじゃございません。
幾ら乾物とは申せ、海苔にも美味しくいただける賞味期限があるはずなのに、先日お返しにいただいた海苔の袋には何と、2年先の日付けが押されてました。 呆れてものも言えないとはこの事を言うのでしょうか。 腐らないから大丈夫というのでしょうか! その点、当店の焼きたてのパリパリ海苔の賞味期限は半年先となっております。 それでも出来たらいただいたら押入れにしまいこまないで即、封を切り使用目的別にカットして、タッパに入れて冷蔵庫で保管され、早めに食べて欲しいものです。
野菜でも新鮮なうちに食べれば栄養満点ですがしなびてからじゃ、ビタミンも無いのでは・・・ 地産地消が最近はだいぶ叫ばれておりますが、裏の畑で摂れたものを食べられる人が一番果報者ですね。 何も高い食材を料理しなくても、新鮮な野菜、魚を食卓に載せられるように、一家の調理人は気を配るのが先決ではないでしょうか。 私みたいにお古になっちゃえば何を食べようが老い先短いのですから構いませんが、子供達や孫達には、どうぞ心から安心して買える食品を提供していただきたいと思ってます。 特に加工品を生産してる会社の皆さん、絶対にこれ以上裏切り行為は許しませんぞ!
その点、内部告発が頻繁に行われる風潮はとても良いと思います。 おかしいぞ、と感じたら勇気を持って告発しましょう。 そして世の中、間違った事が平気でまかり通るようになってしまった俗悪な日本を正していきましょうね。
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【2007/01月12日(金)】 No.97 『 大型店対策 』
前橋はご存知のとおり全国でも指折りのシャッター通りがある街です。 アーケードもありステキなタイル舗装の商店街、グレーのシャッターが下りた店が軒を連ねてる様はまるでゴーストタウンさながらです。 空っ風が吹き抜ける街を歩いてるのは杖をついたお年寄りが目立ちます。 郊外の大型スーパーの駐車場はいつも満車だというのに・・・
そこで、もうここらで「中心商店街」というネーミングは返上したらいかがでしょうか? 長い歴史をひも解けば、かって上州で一番栄えた町は利根向こうの国分のあたりとか。 それがいつの間にか桑の木が生えてた町だから桑の木町と名づけた今の中央通りのあたりを中心商店街と名指しするようになったようですね。 生糸の町として世界的にも栄えた時期に工場で働く大勢の女工さん達のおかげで町も繁栄してきたようです。 それが栄枯盛衰の習いと申しましょうか、着物が洋服に取って代わり、絹の需要がなくなり、それに伴い前橋の空を煙幕のようにおおってた工場の円筒も次々と取り壊されて行きました。 働いてた女工さんもそれぞれのお国に引き上げて行ってしまいました。
そこへ持ってきてこの車時代の到来です。 何でも女性の免許取得者が日本一が前橋とか・・・ 今や一人一台は当りまえのご時勢です。 おまけに公共の交通手段がいまいちの為、ちょっとお買物と言っても車が無ければ用がたせません。 みんな、車で郊外の大型店へと車を走らせます。
それがおかしいんですよね。 お祭りというと中心街にこぞって出かけてくるんですねえ。なんででしょうか? もっと端っこの大型店が軒を並べてる場所でやれば?といつも私は思います。 だって露店が700軒も出て臭いと喧騒でうるさいだけで普通のお店は暇なんですから。 タイルは汚れるし駐車場は混雑するし、お祭の会場だけのために中心街は存在するのか?・・・ こんな事、書きたくないけどほんとに腹がたちます。
腹を立てるのは三大祭の時だけにして、ではいったいどうしたら大型店に対抗できるか考えよう。 それには大型店に無い魅力を専門店が持てばこれからもやっていけますよね。 どこを切っても金太郎飴のようなメイドイン○○じゃなく、この店に行かなきゃ買えない品を売るの! それには自分チでこしらえなくちゃ。 他所から仕入れた品をただ並べたってお客様は賢いから少しでも安い店に行ってしまいます。 でも、地域一店だけのオリジナル商品を売ってる店は最後まで生き残れます、きっと。
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【2007/01月05日(金)】 No.96 『 新春のお喜びを申し上げます 』
皆様、新年あけましておめでとうございます。 この店主便りを書き始めて2回目のお正月を迎えることができました。 昨年も色々な事がありましたが孫も増えて益々頑張らねばと自分に言い聞かせております。 つまらない文章ですが、できるだけ前橋を離れて暮らす旧友達に今現在の前橋を知っていただけるような内容を時間のある限りせっせっと書きますので読んでくださいね。
それにしても暖かいお正月でしたね。 どこかでしっぺ返しがなけりゃいいのですが・・・ 私は元旦はあまりにもヒザの裏が引きつれて(今もつれます)とうとう実業団マラソンを生で応援できませんでした。 初めてテレビ中継でゴールするシーンを見ました。 県庁前はあんなすごい人出だったなんて知らなかったです。 TBSは今年は中継が何度も途切れてきっと反省会で怒られたんじゃないでしょうか。 な〜んて人んチの事でも裏事情を心配しちゃいました。
おかげさまで2日の恐怖の初売りは息つく暇も無いくらい千客万来で本当にありがたかったです。 なにしろ若夫婦と私の3人で、次々と出るお年賀用海苔詰め合わせを一日で500箱位を売るのですから連携プレーがうまくいかなければそれこそ話になりません。 もちろん下準備は万端整えて2日を迎えますが、私は初売りが済むまではお正月気分になれないのです。
そんな訳であ〜、良かった。もう今日は5日だよ。ばんざ〜い!! 暮れの25日頃、焼海苔しながら「あっという間に正月の5日になっちゃうんだよな」と冗談に言ってたのが本当にあっという間でした。 私はこの初売りの後の3,4,5日位が一年で一番ボ〜とできる幸せな時期なんですのよ。 指の皮がめくれる位、毎日毎日焼いてた海苔の機械もこの間はお休みさせてあげてます。 当店は年中無休が原則ですから次の水曜あたりは交代で休みが取れるのでしょうか。 若夫婦は子供の休みに会わせて日曜に休むようにしています。 短い冬休み残り少なくなりましたが、全員無事に乗り切れて言うことありません。 母も寒くてついつい出不精になってましたが、本人が歩く大切さに気づいたようで散歩に出て行きました。 我家の要はこの86才の御大将にかかってますので元気にに転ばぬように過ごして欲しいと願うばまりです。 それでは今年一年よろしくお願いいたします。
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【2006/12月29日(金)】 No.95 『 年の瀬 』
いよいよ暮れも押し詰まりましたね。あと3ツ寝るとお正月!! あ〜元旦はゆっくりできるぞ〜。 家中、12月は休み無しで働いてるせいか疲れもピークに差し掛かってます。 店長は追突された後遺症も相まってイライラが募る一方のようです。 仕事も手わけして配達はお嫁さん、焼海苔はバーサン連中と配分してるつもりですが、何しろ仕事量がハンパじゃございませんから7時の最終に整形外科に飛び込むのがやっと・・・ 将来的にはパートさんも考えねば共倒れになりかねない様相を呈してます。
夕方になると足も腰もパンパンに張り、階段を這うようにして上に上がります。 母の用意してくれた夕ご飯を食べ、後はコタツでしばらくものぐさ太郎状態になります。 若夫婦は郊外の自宅に帰れば子供二人と犬一匹の世話も待ってるので大変なこったでしょう。 学童保育と保育所も今日でお終いになります。 明日、明後日と子供達は親の働く姿を目近に見られるチャンスですからお手伝いをしてもらいましょう。
今は遅くまで預かってもらえますので、なかなか親と一緒に過ごす時間が少なくなって親の昼間の姿を知らずに過ごしてる家庭が多いのではないでしょうか。 その点、商人の家庭は冬休みなど長いお休みには、出来る限りお店に連れてきて親の仕事の大変さを見せてあげれば、ひいてはお金を稼ぐ大変さも教えられて社会勉強になるのではないでしょうか。
そういえば、昔、私達4人娘も手ぬぐいでホコリ除けにほっかむりして青海苔粉の袋つめを手伝ったな〜。 最初は面白くて仲良くやってますが終いには誰がさぼったのと何時もケンカになってましたっけ。 もちろん、しっかりもんの長女のわたくしめは最後まで妹達を叱咤激励して働いたもんです。 しかし、何で昔はあんなに青海苔の粉が売れたんだろう? 大きな缶からカンにいっぱいの青海苔粉を緑色のセロハン袋に入れて100個も200個も詰めたな〜。 昔はかき餅をする人が沢山いたから売れたのかしら? 中学生のアルバイトの男子がお店の仕事以外にもお風呂のモシキを割ったりして、思い出すと懐かしくてもう一回でいいからあの時代にタイムスリップ出来たらな〜としきりに思います。 あの時の中学生、今は何処で何してごじゃるのやら・・・
忙中閑あり。 この店主便りを打つ間はほっとする時間でございます。 今年も私の駄文にお付き合いいただきまして本当にありがとうございました。 来年も元気に明るく過ごしてまいりたいと思っておりますのでよろしくどうぞ。 それでは皆様、良いお年を。
群大付属35会の諸君! 同窓会の返事、出していただけましたか? まだの方、ぜひとも参加のお返事をお待ちいたしておりますのでよろしくお願いいたします。
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【2006/12月22日(金)】 No.94 『幻の浅草のり 』
今現在、私達が美味しく食べてる海苔は「スサビノリ」という品種が大勢をしめております。 お米同様、色々と品種改良の結果、養殖に適してるので日本中に広まりました。 しかし、昔から海苔といえば「浅草のり」という位、誰でもご存知の名称でした。 ところが近年、このアサクサノリが絶滅の危機にひんしておりましたところ、偶然にも種が見つかり「チャレンジ!アサクサノリ復活計画」という会が立ち上がりました。 千葉県のNPO法人「盤洲里海の会」という漁師さん達のグループが何年もかかって試行錯誤の繰り返しだったそうです。 そして、遂に6年目の今年の冬にめでたく採取に成功いたしました。 インターネットでこの計画を知った当店でも面白半分に参加を表明しておきました。 その甲斐あつて昨日、「幻のアサクサノリ」90帖が私共の手元に到着いたしました! わ〜、すごい、すごい! 家中で大感激です。 早速、焼いて試食してみました。 「あま〜い!」安達ゆみちゃんの旦那の真似じゃございません。 ほんとに歯切れの良い厚手のノリを噛みしめると何とも言えない旨味が広がります。 さすが、幻と言われた天下のアサクサノリでございました。
当店はノリ通のお客様が大勢お越しになりますので、試食していただき焼き方をレクチャーして差し上げると皆さん、手をヒラヒラさせて「昔はこうやって火鉢で焼いたもんよ」と懐かしいげに話をしてくださいます。 90帖限定ですのですぐ完売してしまいますでしょう。 ガスコンロのお宅が多いご時勢、餅網を置いてノリを2枚外表にして気長に表、裏とひっくり返して緑色の焼き色が出るまでじっくり焼いていただきます。 家中に香ばしいノリを焼く匂いがして、きっと昔を思い出すのではないでしょうか?
向田邦子さんのエッセーにも良く海苔を焼く話が出てまいります。 朝は祖母が瀬戸の火鉢の練炭の上で海苔を丹念に焼いてくれたそうです。 そして大人は一枚づつ、子供は半分づつだったそうで、早く大人になつて一枚ちゃんと食べたいもんだと彼女は書いております。 今は、店で買う海苔は全部、焼いてありますが、その当時はかつお節をけずったり、海苔を焼くのは当たり前の仕事だったのではないでしょうか。 大家族で朝ごはんに炊きたてのご飯とみそ汁に海苔と卵焼き。 これぞ、日本人の幸せな食卓のベスト1ではないでしょうか。 残念ながら、我家でさえ朝はリンゴとヨーグルトとバナナ・・・まるでゴリラの親子?。 もっと日本人ならお米を食べようよ。 それと海苔、ノリ、のりちゃん! 和食を食べてりゃ生活習慣病なんてなりようがないんですがね。 私も明日の朝からちゃんとした?朝ご飯をいただく事にします。
幻のアサクサノリ生産は今年限りでお終いになりますが、日本中の海で新ノリが着々と伸びております。 年を越せば皆さんの食卓に安くて旨い新ノリが載るはずです。お楽しみに。
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【2006/12月15日(金)】 No.93 『え、あと15日? 』
今年も余すところ15日になってしまいましたね。 猫の手も借りたいこの年末に孫二人が風邪をこじらせて寝込んでます。 とうぜん、ママはかかりっきりですから店を手伝えず手が足りません。 そこで昔とったキネヅカ「おかあさ〜ん、焼海苔手伝って〜」を相成ります。 大正9年生まれ、86才ですが、そんじょそこらの年寄りとは段ちです。 なにしろ、口八丁、手八丁、遊んでるのは大嫌いの働きもんですから・・・
まっ、仕事と言っても暖かい部屋で焼海苔機械の向う側に座ってベルトコンベアーに一枚一枚海苔を入れる作業ですから誰にでも出来る単純作業です。 でも、これがいるといないじゃ大違いでございまして、店が暇そうだから二人で大丈夫と始めるとお客様が立て込んでまいりまして、にっちもさっちも行かなくなります。 そこでインタホンで「おかあさ〜ん」とお呼び出しをかける訳です。
向こうから入れれば当然、こちらから出てきます。 それを取るのが私の役目となっております。 手かせ、足かせ状態でほぼ毎日、午前中はせっせっと焼海苔バーサンで励んでます。 知り合いが来ても暖簾越しに「いらっしゃいまし〜〜」と顔だけ横向いて愛想を振りまきます。 本当は私が出て行って接客したい・・・でもあっちからどんどん入れるから取らなきゃならない。 毎日、このジレンマとの戦いです。 大体半日で3000枚近く焼きます。年間にして70万枚!すっげ〜。 だもん、私の親指の皮はしょちゅうむけて、指紋が無いくらいタコが出来てます。 この道、40年。誰か表彰してくれないかしら。
「お宅に来るといい匂いがしてお腹が空いちゃうわ」 「「綺麗なご商売でいいですわねえ」 「ありがとうございます。お蔭様でろくなもん食べて無いのにこんなに太っちゃて」 皆さん、うわべだけご覧になるから楽な商売だとお思いでしょうが、何の仕事でも大変なんだな。 父が始めた商売を何とか私は守って今、少しづつ息子に継がせつつあります。
息子は親に似ないでお爺さん譲りの几帳面なクソ真面目な性分ですので、日々ぶつかり合いです。 私の踏襲してきたやり方がオカシイと正面からぶつかって来ますから、こちらも意地を張ります。 しかし、落ち着いて考えると息子の方が利にかなってる場合が多く最近は歯が立ちません。 包装一つでも自分の思い通りにやらないと気がすまないのは、絶対にお爺さん似に違いない! こうして、私も少しづつ裏方に周り、若いもんをバックアップし、足を引っ張る事だけはしないように自分の健康に気をつけてあと半月最後までがんばりまっす。 おチビさん達も早く元気になってママを解放してくれないと、皆がギブアップしそうだよ。 にっくき奴は風邪の菌だな。全国的に流行ってるそうですから皆様も御身お大切に。
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【2006/12月8日(金)】 No.92 『 もう8日? 』
つい、このあいだ今日から12月だねえ、と言ってたと思ったら・・・なに、この速さは! 昨日は忙中閑ありで孫のゆうちゃんの保育所に「生活発表会」におばあちゃんを伴って出かけてきました。 ゆうちゃんは年中さん。でも発表会の前は「嘔吐下痢症」にかかり、お休みしてました。 だから上手に出来るかとても心配してましたが、あにはからんや、一番元気に見えました。 「さるかに合戦」のオペレッタではおサルさんに扮して柿をカニさんにぶつける役を演じました。 先生お手製の衣装も可愛くて、隣で見てたおばあちゃんは涙をしきりに拭いてました。 あんな小さかったゆうちゃんが、あんまり上手に歌うので感激したのでしょう。 合奏では何と!大太鼓の前に仁王立ちしてスタンバイしてます。 おいおい、この勇ましさは誰譲りなんでしょう?あたし?ピンポ〜ン。 色白の下ふくれの顔といい、まるでさつちゃんの小さい頃にそっくりじゃありませんか。 贔屓目に見ても腰を90度に追ってきちんとお辞儀が出来たのはゆうちゃんだけ・・・ ババ馬鹿もこれに極めりですね。大きくなったら一緒に海外旅行に行こうね。
ほんのつかの間ですが大いに息抜きが出来ました。 午後はみっちり焼海苔三昧です。 焼いても焼いてもキリがありません。 「家は雑用が多すぎる」と誰かさんがため息まじりに言ってるのが聞こえましたが「暮れに来て暇を持て余すようじゃロクな店じゃないよ」とまぜっかえします。 確かに親子3人で加工販売は一人一人の仕事量がハンパじゃありません。 おまけに、このつるべ落としの日暮れです。4時半には外が暗くなり何となく気が急いてきます。 タバコの自販機もお金を出してタバコを充填せねば、ゴミだし日だからまとめて出さねば・・・ そうだ、店主便りを書く日だった。ほんとに幾ら時間があっても足りません。
でもこれもお蔭様で店が繁盛してるからのグチですので忙しいのは嬉しい悲鳴なんです。 こんな寂れた中心街のそれもポツンと孤立してるお店にお得意様は足を運んでくださいます。 本当に有難くて嬉し涙がちょちょぎれます。(古いな) 「お宅の海苔を食べたら他所のなんて食べられないわ」 「ねえ、どうしてお葬式の引出物の海苔もお茶もあんなにまずいの?」 ハイ、答えは一つ! 焼きたてのパリパリを売ってるから!
かくして、私は毎日、毎日指に焼海苔だこをこさえながら海苔を焼くのであ〜る。 果して幾つまでやれるんでしょうかねえ。 座って機械から出てくる海苔を数えれればいいのだから、あと20年は使い物になりそう? まったくもう、商人には定年が無いというのがいいのか悪いのか、誰か教えて〜・・
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【2006/12月1日(金)】 No.91 『 向田邦子熱 』
ほんとに日がたつのが早くて眼が回りそうです。 皆さん、今日からもう師走ですよ。心の準備は出来てますか? 我家ではこの一週間に私は風邪から声が出なくなり大変でした。 若旦那は車に追突されてむち打ち症!連日医者通いです。 まったく暮れに向かって焼海苔加工もピッチを上げねばならないというのに・・ お歳暮もボチボチ出始めて慌しくなりました。 気分を引きしめて後一ヶ月元気に乗り切りましょうね。
ところで・・私は「向田邦子さん」の大大大フアンなんです。 広告で「向田邦子の・・・」と見れば即、本屋さんへ直行です。 かくして私の書棚には向田さん関連の本、雑誌が大切に保管されております。 もちろん、彼女が生前、妹の和子さんと共同で経営してらした東京赤坂の「ままや」にもよく雑誌で見る「にんじんのピリ辛煮」とか「さつまいものレモン煮」などを食べに行きましたよ。 折悪しく向田さんご自身はいらっしゃらなかったのですが内緒でコースターを失敬してきました。
どこがそんなにいいのか、と訊ねる人はおりませんが、私の感性が彼女のとぴったり合うからだと確信しております。 年齢は彼女の方が10以上上ですが、ライフスタイルも考え方もたまらなく好きなのです。 4人きょうだいの長女というのも同じだし、かんしゃく持ちのそれでいて家族思いの父親がいたのも同じだし、流行に流されないベーシックなものが好きというのも合ってます。
それにしても忘れもしない1981年の8月22日、大韓航空機がこっぱみじんに爆破されて、搭乗者名簿にK、ムコウダの名前を見た時の恐ろしさ・・口では言い表せられないほどでした。 間違いであればよいが、という皆の希望も空しくまぎれも無い真実でした。 直木賞を受賞されて、これから沢山の小説を書いてくれるはずなのに・・日本中にため息がもれたことでしょう。 毎年、お正月番組で向田さん原作のドラマを撮っていらした久世光彦さんも逝ってしまいました。 久世さんのエッセーには必ずといっていいほど、向田さんの話が出てまいります。 もうそれだけで久世さんも大好きな作家になってましたのに、こちらも早すぎました。
私は寝る前に枕元においてある「向田邦子暮らしの愉しみ」という本に眼を通します。 沢山の写真と文脈を見たらそれだけで仕事の疲れがふっとんでしまいます。 幾ら読んでも飽きないから不思議です。 私が今、一番行きたい場所は鹿児島にある「かごしま近代文学館」です。 お母様のせいさんが彼女の第二のふるさとである鹿児島に遺品をそっくり寄贈したとか。 以前、東京青山の墓地にも行きましたし、マンションも外から眺めてきました。 今でも彼女の熱狂的なフアンは大勢おられて、「向田邦子熱」なる本も出てるほどです。 ご存命ならおんとし、77才になってたんです。 向田さんならこういう時、どんな感想を述べられるだろうかと述懐する場面が沢山あります。 あまりに早すぎる死に返すがえすも残念で仕方ありません。 ちなみに私が一番好きな著書は「父の詫び状」です。 それと、もう一つ忘れてはいけないのが彼女が海苔弁が大好物だったという点でした。 生きてる内に何で私の家の焼海苔を贈らなかったのか、これも後悔しきりの毎日です。
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【2006/11月24日(金)】 No.90 『 パソコン教室 』
6年もインターネットをやってて、今更パソコン教室はどうしたもんかと二の足を踏んでましたが、商店街の方に半ば強制的に参加させられて5回ほどワードの使い方を習ってきました。 いやはや、今まで私がやつてた事はほんの入り口のお遊びにすぎなかったと反省! そもそも、画面の上下にずら〜と出てる絵やマークがこんな便利な事をしてくれるとは・・・ 知らない事ばかりで、腰痛を推してまで参加して良かった〜と喜んでる今日この頃です。 何とか見よう見まねで一枚のチラシ広告を絵入りで完成させる技を習得できました。 これからは時間が許せば自前のチラシを作成してプリントしてお客様にさしあげたいと思います。
さて、私が生れて初めてパソコンに触れたのは2000年の4月ごろでした。 以前から息子がノート型PCを時々開いては何やらやってるのを横目で見てましたが、元々メカ音痴の私には無用の長物だと思い込んでました。 でも、マスコミでこれからはインターネットの社会になるよ〜と聞かされたり、やたらあちこちでhttp//wwwなる変てこなアルファベットを見るにつけ、これは一体なんじゃろと知りたくなりました。 そこで、暇を見ては息子に教えを請い、電源の入れ方からローマ字の打ち方を教わりました。 それからは、広告に必ず書いてあるHPを開いては検索する日々が続きました。 でも人んチのHPを覗くだけじゃ飽きてきてしまいました。 そこで自分でもメールを書いてみたいと思い、自分だけのアドレスを貰いました。 そしてハンドルネームを考えて幾つかのメーリングリストに入会いたしました。 着物愛好会、茶の湯愛好会、中高年限定のMLと忘れてしまうほど色々なMLに入りましたが、今でも唯一続いてるのは最後に入ったDMAなる大人のみのMLです。
最初に入ったMLでたまたま同姓の方と知り合い、珍しい苗字なので親しくさせていただきました。 旅行で東北方面へ出かけた折は、ホテルまでわざわざご夫婦で遭いにきてくださいました。 しばらくご無沙汰しておりますがR子さん、お元気でお過ごしでしょうか? また、これを機会にメール交換を復活させたいものです。
今現在、所属してるMLでは何も分からないおばさんの私に親切丁寧に色々な知恵を授けていただいてます。 本当に感謝感激あめあられとはこれを言うのでしょうね。 親戚以上のお付き合い・・は大げさかもしれませんが、日本中に知り合いが増えました。 そんな方々から仕入れた情報は毎日の暮らしに大いに役立ってます。 これからも私はどんどん、おばあちゃんになりますが、何時までもお付き合いをお願いいたします。
それと今、私がかかさず拝見させていただいてるのがブログです。 お気に入りにずら〜と並んだブログ名は教えませんが、他所んチの生活をここまで見ちゃっていいの?って感じですが、とにかく面白いものがはやり出しましたね。 私自身もブログを3つ始めて今では全部止めちゃいましたが、デジカメで毎日写真を撮って載せるのもけっこう時間を取られて、本を読む間も無くなって思い切ってやめました。 そしたら気が楽になりました。 これでブログを書かなきゃと強迫観念にかられていたのがよ〜く分かりました。 元々、読書は大好きで新聞も2紙きっかり眼を通さずにおれない性分でしたので、ブログをやめてからゆっくり活字を追える暮らしに戻れて落ち着きました。 熱しやすく、冷めやすい性格も災いしてたのかもしれません。
そんなこんなで、今はこの店主便りを書くのが一番、私にとって重責ですが、最近知り合いの方から「店主便り読んでるよ」とお声がかかる事がままあって、お恥ずかしい反面、書き甲斐を感じてます。 皆様、いつもこんなつたない文章、読んでくださって本当にありがとうございま〜す。 私のボケ予防にいいかな、と始めたコーナーですが、これを書いてる間はまだ大丈夫だと思っててくださいね。 それでは今週はこのへんで。 運動不足の太りすぎで腰痛とは一生のお付き合いのようです。 わかってんなら、腹八分目にして歩け!って、わかっちゃいるけどこれができないんだな〜。
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【2006/11月17日(金)】 No.89 『 憩いのひととき 』
私は、せわしない世の中忙しい手をとめて、急須でお茶をいれるひと時を大切にしてます。 今は飲み物といったら数しれずありますが、やっぱり飽きないのは日本茶、それも急須でいれたのが一番! 朝9時から10時半まで焼海苔をした後の一服。 午後3時の一服。 急須に鳥山の茶を入れた後、私は必ずお抹茶を一さじ入れてお湯を差します。 すると、えもいわれぬ香りと深い緑色の水色のなんとも体に良さそうなお茶が入ります。 熱めのそのお茶を一口一口、大事にいただきます。 ふ〜、日本人に生れて良かった〜と思う瞬間です。
ご飯とみそ汁と日本茶。 この三つは何時の時代にも日本人なら忘れてはならない食文化ですね。 お〜と、炊きたてのご飯に焼きたてのパリパリ海苔も欠かせない献立でしょうか。 さる高級料亭の懐石料理の最後をしめるのは土鍋で炊いたご飯に焼海苔とおしんこだとか。 それまでいただいた数々のお料理も影が薄くなるほどこの組み合わせはご婦人方に人気があるとか。 やっぱりな。とガッテン! そして、最後に熱々の日本茶が出ればそのお店は一流店と言ってもよろしいとか・・・
そこで大事なのがお茶の選び方。 まさか、スーパーやコンビニの棚に並んだお茶を買い求めて満足していらっしゃるとは思いませんが、やはり風味にこだわるのでしたら是非とも専門店でお買いもとめてくださいまし。 お茶やさんは入りづらい? とんでもございません。 海苔もお茶も保管に最大の神経を使う食品ですから、やっぱり思い切って専門店に入りましょ。 そして100g840円位のお茶から試しに飲んでみてください。 この価格帯が店も一番、力を入れてるはずですから。 他のお茶も飲み比べてみるのも楽しいですね。 そしてお好みのお茶が見つかったらそれがマイブームですね。 可愛いマイ急須と湯飲茶碗とお茶筒をお盆やカゴにセットしてちょっと一服してみてください。 たったこれだけで『憩いのひととき』がどれだけ豊かになることでしょうか。 もちろん、気の合う茶飲み友達がいれば最高! さあ、早速お気に入りのお茶セットを見つけにレッツゴー。
〜当店オリジナルおすすめ銘茶〜 荒茶仕立てでお茶の芽や茎すべてが混ざった「なつかしいっ茶」 当店自慢のオリジナルブレンド茶、一番人気の「鳥山の茶」 高級ブレンド茶の「特選・鳥山の茶」
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【2006/11月10日(金)】 No.88 『 介護 』
家の母、今年で86才になりますが、内臓はどっこも悪く無いのですが良く転ぶんです。 先だっても自分の誕生日の8月18日に朝の散歩の途中で見事に顔から突っ込みました。 広瀬川畔のたった1センチの段差でつまづいたようです。 血液をサラサラにする薬を常用してたせいで、歯茎を切って口から相当の出血をしたようです。 はい、通りがかりの見知らぬお方がびっくりして救急車を呼んでくださったそうです。 ピーポー、ピーポーの音で外へ出てきたポンチ食堂のおかみさんが母の顔を知ってて私に連絡をしてくれましたので、大急ぎで自転車で駆けつけましたら、まだ救急車は弁天通りに止まってました。 中に入れてもらいましたら、母はしきりに弁解してます。 「また、転がっちゃた。両手がふさがってたから顔から転がったみたい。何が何だか分からなかった」 そうです、真夏でしたから愛用の杖の他に日傘を差して散歩に行った模様です。 朝の8時ごろですから私は雑用に追われて母が出かけたのも気がつきませんでしたからびっくりです。
しかし、救急車も搬送相手の病院を探すのに手間がかかるものなんですね。 私が行ってから20分くらいして、ようやく行き先は老人病研究付属病院と決まりました。 もう、口からの出血は止まったようですが着てるものが血だらけ・・・ 早く処置してください、と口には出さねどあんまり悠長でイライラしました。 病院に付いてからも先ず、口の中を見るでもなし、しばら〜く担架に乗せられたまま・・・ 私は息子に携帯でかくかくしかじかと連絡して今日の店の段取りを手配しました。 ようやく、レントゲン室に運び込まれてヒザを写真を撮ったようです。 それからケガしてから2時間後くらいにようやく口腔歯科に運ばれてホホの裏側を5針縫いました。 入れ歯も相当ダメージを受けたようです。
あれから約3ヶ月、車で母の病院の送迎が続いてます。 利根向こうの老研まで時間にしたら5分くらいでしょうが、待ってる時間が長い・・・ 今も病院の廊下でこの原稿を書いてますが、本当に驚くほど患者さんが多い! 良く似た顔立ちの娘さんが押す車椅子に座った母親や、息子に腕を抱えられてヨチヨチ歩く父親、、、、 ここには日本の今の高齢化の縮図を見る想いがします。 私もあと何年かしたらこんな風に子供に世話になるのかしら、と考えたら情けなくなってしまいました。
車も中プルになればガタがきてメンテナンスは欠かせません。 それと同じで人間も日頃から食べ物に気を使い、生活習慣を改めて出来ればピンピンコロリと いけたらしめたものですが、なかなか誘惑が多くて思惑どおりには行かないのが人間ですね。 まずは私は間食をしないように心がけましょうか。特に夜、テレビを見ながらのポリポリを。
母もあと2年で米寿を迎えます。この分だと大怪我でもしない限り大丈夫そうです。 米寿には又4姉妹揃って温泉旅行に行きたいと計画してます。 それまで私とケンカしいしいの毎日ですが母を見守っていきたいと思う今日この頃です。 皆さん、親孝行してますか?
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【2006/11月3日(金)】 No.87 『 愛の鐘 』
県都前橋の中心商店街は日本中の中心街同様、すさまじい寂れ方ですが、先日、昔懐かしい、前橋が一番賑わってた頃の写真を上毛新聞の記事に見ました。 それは「愛の鐘、歌でよみがえる」という記事でした。 前橋在住の銀行員の福田一彦さんと音楽仲間が、1959年(昭和34年)から20年近く前橋の中心街で鳴り響いた「愛の鐘」をモチーフに、昭和30年代の秋の町でつかの間のデートを楽しむ恋人達の物語をさわやかなデュエット曲に仕上げているそうです。 再現した鐘の音もイントロとエンデングに流れ懐かしく新鮮に感じられるそうです。
思い出しました。 今は東急インのホテルの建ってる場所が貿易会館といって旧商工会議所がありました。 その建物の屋上に三面に大時計が付いてて東芝の看板があり、頭頂部には沢山のスピーカーが付いた塔の写真が載ってます。 八間通り沿いからキリン食堂の入り口があって、たま〜にカレーライスを食べに連れて行ってもらった記憶が残ってます。 記事によると午前8時と正午と午後5時にウエストミンスター寺院のチャイムが鳴り、午後10時にはオルゴールで「家路」のメロデーが流れたとあります。
あ〜懐かしい!思い出しました。 昼間のチャイムはあまり聞いた記憶が無いのですが、夜のしじまにオルゴールの音色が鳴りひびいて、もう10時だ!早く寝なくちゃ!と布団にもぐりこんだものです。 大人達には当時、このオルゴールの音色はどのように聞こえていたのでしょうか。 我家の近くには「モンテカーロ」という大きなキャバレーがあり、それはそれは夜も賑やかでしたね。 もちろん、昼間も当時は桑町や横山町、榎町など買い物客でごったがえしてたっけ・・・・ 昭和34年といえば私は15才。2つ違いで妹が3人いましたから、さぞかし我家も騒々しい毎日を過ごしていたに違いありません。 でも、我が人生で何も心配する事もなくのほほんと暮らせていた本当に良い時期だったと今になれば言えるのかなと、ふと思ったりしています。 タイムマシーンで当時に帰れたらどんなに嬉しいかしれませんが・・・
かすかに耳の奥に残ってる鐘の音をもう一度確かめるためにもこのアルバムが発売されたら、早速購入して昔を懐かしむつもりです。 一年を12曲で構成するアルバムの10月分にこの愛の鐘を収録されてるそうです。 シングルで愛の鐘だけをCDにもしてあるようですので、お店で探してみますね。
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【2006/10月27日(金)】 No.86 『 おみやげ 』
朝、晩はともかく昼間はまだまだ暑い! ちょっと陽気が変ですね。お風邪を召していませんか? 私はすこぶる元気ですが、我家の可愛い孫のゆうちゃんは運動会や お祭りで張り切りすぎたのか熱が出て肺炎になってしまいました。 入院こそまぬがれましたが、一週間の安静を強いられました。 ようやく明日から保育所に行ってもよしの許可が出たそうです。 秋口は夏の疲れがど〜んと出る時期ですので油断大敵ですね。
昨日は観光バスで山梨までブドウ狩りに行ってきました。 それにしても山梨県は遠い!帰りのバス内の皆さんバテバテのようでした。 でも家から離れて日頃の憂さを晴らすには旅が一番のようですね。 普段、歩きなれない私はパンパンに張ったふくらはぎにシップを貼って今日は 相変わらず、焼海苔と店と母の病院への送り迎えやハカリの検査etc・・・・ 分刻みのスケジュールをこなしてます。 夜はパソコン教室で慣れないワードのやり方を勉強しに出かけます。 いやはや、一日のたつのが早くて眼が回りそうな日々を送っております。
旅といえばお土産ですね。ガイドさん曰く、バスの棚に乗せておいたのが「ドサン」と 落ちたのでお土産と書くんだそうです。なんのこっちゃですね。 しかし、女性は買い物が好きですねえ。バスが寄る場所、寄る場所、これでもかと 買い捲ってバスは行きより帰りは倍の重量になってるのではないでしょうか。 そういう私も買い助べえですのよ。帰宅して戦利品を食卓に山積みして呆れてます。 ぜ〜んぶ、甘いもん。これじゃ太るわけ。
そういえば先日、友人から珍しい中国土産をいただきました。 何やら不思議な球っころをガラスのカップにポトンと入れて熱湯を注ぎます。 最初の一杯はサッと捨てて2煎目を注いで見てましたら、あ〜ら少しづつ球がほどけてきます。 触手を伸ばすように外側からだんだん花の形に開いた時にジャスミンの香りが立ち上りました。 そして最後に真ん中の芯が開くと眼も鮮やかな「千日紅」の赤い花びらがユラユラとしてます。 ちょうど水中花のようなオモムキの英語で言うと「ハーブティ」でしょうか。 日本には桜湯という昔からお祝い事に使うお茶がありますが中国ではこれに値するようです。 ジャスミンは瞬時に異国の香りを伝えてくれました。
もう一つが「陳皮梅」という梅干のお菓子でした。3重にくるまれた真っ黒の梅干を口に含み 前歯で皮を噛むと香酢に漬け込んだような甘酸っぱい味がして体に良さそうでした。 さすが、中国4000年の歴史を感じさせてくれる貴重なお土産でした。Sさんありがとう。 私など、見るもの皆欲しくてまるで買出しのおばさんスタイルになって帰りますが、これからは 後で後悔しないようなお土産の買い方をしないといかんな、とふと感じさせられる今日この頃です。 あれっ、どっかで読んだブログの閉め方に似てないかい?
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【2006/10月20日(金)】 No.85 『 海苔養殖 』
暦の上では「秋深し 隣は何をする人ぞ・・」の時期なのに秋とはほど遠い 昼間の暑さは異常としかいいようがありませんね。 お祭りも終わったのでここらで一雨欲しいところですがお天気だけはままなりません。
この異常気象に神経をとがらせてる方がが恐らくあちこちにおられるのではないでしょうか。 実は海苔の養殖に携わる方々も海水の温度が早く下がってくれないかと毎日、気をもんでるようです。 この時期が今年の新海苔の出来具合を左右する一番、大事な時期でもあるからです。 ご存知ない方のために海苔養殖についてミニ知識を書かせていただきます。
海苔の年間生産高は明治維新の頃には1億枚にも達していませんでしたが、今現在では100億枚近く生産されるようになりました。 それというのも、昔は天然の海苔を天日に干してわずかに売っていたに過ぎなかったのですが、昭和24年にイギリスの女性科学者によって画期的な発見がありました。 海苔は胞子によって増殖されると分かったのです。 それも貝殻に付いた胞子が発芽すると貝殻を突き破って中に侵入してコンコセリスという物体になるという事もわかりました。
そこで牡蠣殻に胞子を植え、発芽した種を海苔網に付着させて養殖する事にも成功しました。 毎年、9月の末の海水温が20度を切った段階で種付けした網を一斉に海の中に広げます。 栄養満点の江戸前の海で海苔の新芽は着々と伸びてるはずです。 海水の満ち引きで海苔網は水の中から出たり潜ったりして太陽の恵みも存分に浴びるわけです。 ところが今年のように寒かったはずが又暑くなったりすると海水温度も上昇してしまい思わぬ事がおきてしまいます。 秋ぐちに河口付近で採れる青海苔が網についてしまうのです。 生産者は片時も目を離さずに見張ってて、網を一旦巻き上げて冷凍庫に保管します。 夜明け前から海に出ての重労働である事は言わずもがなです。 まるで自分の子供を育てるように海苔の芽を大切に育てているのです。 こうして海水温度と丁々発止の駆け引きをしながらの作業は毎年違うので神経を使うようです。
おかげさまで私達庶民も昔は高値の花だった高級食材の海苔を簡単に格安なお値段で手に入れる事が出来るようになりました。 栄養満点で自然のミネラルたっぷりで焼海苔ならすぐに食べられます。 こんな素晴らしい食べ物が他にあるでしょうか。 新米に香り高い海苔をぜひ食卓に毎日載せていただいてくださいませ。 その時、冷たい海で毎日作業をしてくださる海苔漁師さんに少しでも想いを馳せてくださればこんなに嬉しい事はございません。 12月の初め頃には柔らかくて香り高い新海苔がお目見えするはずです。 乞うご期待!
おすすめブログのご紹介です。 当店で販売している千葉県産海苔を生産している海苔漁師さんのブログです。 東京湾の綺麗な写真とともに海苔の成長過程を見ることができます。 ほんとオススメです!ぜひご覧下さい。 「東京湾海人の日記」
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【2006/10月13日(金)】 No.84 『 前橋祭り 』
ようやくお天気も定まり秋晴れの日が続いてますが、朝晩の冷え込みと昼間の暑さが10度以上も開きがあり、着るものに工夫しないととんだことになりそうな毎日です。 今も長袖だと暑くてまいりました。 さて10月14・15日のあした・あさってと、こちらでは恒例の「前橋祭り」が例年のごとく開催されます。 本当に一年の経つのが早くて眼が回りそうですが、私らロートルは年毎に白髪が増え、全身がたるみ、足腰の衰えを実感して恐れおののく一年ですが、こども達の一年間にはめざましい成長過程を見る楽しみもあります。 我家には小児用の小さな祭り半天が大事にしまってあり、それが一年に一度だけ陽の目をみるのが前橋祭りであります。 むか〜し、私の子供達がこれを着てお祭りに参加し、元気に子供みこしをかついでる写真が残ってます。 あれから20数年、次は息子の子達が同じ半天を着て、鼻筋に白おしろいをすーっとかいてもらって抱っこされてプクプク太った写真があります。 そして今年は娘の7ヶ月の孫が同じ半天を着てお祭りデビューの予定です。 衣装は変わらなくても、中身が代々変わるのも愉快ですね。 いつかアルバムから引き抜いてきて5枚の写真を並べて見比べてみたいものです。
普段は閑散とした中心街もお祭りの2日間だけは歩くのもままならぬほどの人でごったがえします。 今年はお天気も良さそうだし、きっと活気あるお祭りになることでしょう。
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【2006/10月06日(金)】 No.83 『 健康法? 』
新聞の雑誌広告やテレビ番組でどうしても見てしまうのが健康に関係したものが多いのはなぜ? よくまあ次々と変わった健康法を編み出すものだと半ばあきれながらもあきずに見てます。 しかし、見てるだけでは効果はあがらないですよね。 ですから一応はやるんです。 バナナ酢、酢だいず、きなこヨーグルト、玉ねぎドレッシング、黒酢ドリンク、etc 今でも続けているものはいくつかありますが、いつから日本人はこうも病人だらけの国になってしまったのでしょうか。 欧米の食文化が入ってきたからというのが一番当ってるような気もしますが、昔ながらの和食だけをきちんと食べていたら病気知らずかと思えば、塩分取りすぎで血圧が高くなるような気もします。 つきつめれば何事も程々にというのが正しいのではないかな。 それと人それぞれ仕事の量も違えば年齢も異なりますから、決してこれが良い!とひとくくりできないのが難しいところですね。 いくら生野菜がいいといっても、三食とも生野菜じゃとても体が保てないという気がします。 何はともあれ自分のカラダは自分で守るしかないですね。
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【2006/09月29日(金)】 No.82 『 ぐんまの名物商人 』
群馬県商政課のHPに「ぐんまの名物商人(あきんど)」というのがあります。 群馬県下のありとあらゆる商売にたずさわる人々が紹介されてますが、その第一回の交流会に参加してまいりした。 広々とした会議室に10人ほどで5つのグループに分かれて座り、まずは自己紹介。 とても広い部屋なのに50人も入ると大きな声で話さないと聞きづらい程の熱気でした。 私のグループは前橋市内の顔見知りの方が2人いて心強かったですが、初めてお会いする方達ともすぐ打ち解けて、主にネットショップの話が盛り上がりました。 やはりどこのお店もネットでそこそこの売り上げを上げるには、並大抵の努力では追いつかない話でした。 グループの中に幅広くネットで仕事をしている方がいて、その方に今後のHPのあり方について聞くことができました。 何の契約でもそうですが、できるだけ短い方が途中で引き返すことができるので好ましいようです。 ネットショップを始めたのはいいが、もくろみ通りにいかず、やればやるだけ赤字経営になって最後は店を閉めたという類の話を沢山聞くと、商売ってなまじな計算どおりにはいかないもんだとあらためて痛感させられる今日この頃です。
たった2時間の会でしたが、私みたいなおばさん相手でもみなさん和気あいあいと話をしてくださり、とっても有意義な時間を過ごせました。
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【2006/09月22日(金)】 No.81 『 ・・・ 』
ようやく引継ぎの担当者から連絡がありました。 と言っても、こちらから会社の怠慢を指摘したからです。
この先、二度とこのようなことがないように最善を尽くしてサポートしてくれるそうです。 私たちはあなた方のサポートが必要なんです。 契約時のセールストークどおりのサポートをしてほしい!
来週からは、今までどおり2代目おかみの更新に戻ります。 お見苦しい更新が2週も続いてしまいましたが、記録のため残します。
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【2006/09月15日(金)】 No.80 『 不信感 』
当店担当者不在のまま、いつまで放置されるのだろうか?
ホスティング会社ならもちろん顧客の更新欄は読まれていることでしょう!?
はたして本当に読まれているのかな???
はたまたホスティングとは名ばかりの会社なのかな???
不信感は募るばかりです。
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【2006/09月08日(金)】 No.79 『 交差点の事故対策 』
先日書きました我家の目の前の交通事故多発現場の見分が9月1日に総勢20名ほどの関係各位によって行われまして、その結果を担当の交通課の警察官が持ってきてくれました。
それによると原因はどうやら国道の左側車線が2車線の為、次の次の信号で国道50号へ左折する車線は空いてる分、隣の高崎方面への直進車線が詰まってしまい、信号の中に侵入しないのをいいことに右折車が思い切りスピードをあげて曲がると、端の車線の直進車と「ドッカ〜ン」となる訳です。 やはりここだけの問題ではなく、国道全体の交通体系を変えない事には問題は解決しないようです。
そこで根本的には3車線にすれば良いのですが、それには用地買収など気が遠くなるような話なので、すぐに出来る対策として端の車線の路面に「速度落とせ」とペイントをし、停止線も後退させて信号の中にゆとりを持たせ、右折車には交差点の中に停止線をちゃんと書き、頭の上には「右折注意」と大きな標識を掲げてくれるそうです。
昨年は一年間で7回の事故現場に今年は8月だけで7回も、ひどい日は一日に2度も事故が起きました。 それだけ交通ルールを守らないドライバーが増えたとも思えますが、やはりデパートの駐車場に車を入れるご婦人方が大勢いらっしゃると言う事ではないでしょうか。 これ以上、街なかが衰退するのを防ぐためにも一日も早い措置をお願いいたします。 なにしろ全国一の女性ドライバーの多い群馬県ですので。 関係者の素早い処置に感謝いたします。ありがとうございました。
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【2006/09月01日(金)】 No.78 『 商店街 今昔 』
我家の前の通りは別名「リバーロード銀座」とも言うのをご存知の方は少ないでしょうね。 今から18年前、1988年にアスファルトを掘っくりかえして電線を地中に埋める大工事をしました。 その時に下のタイルの模様を川の流れのようにブルーと白で表し、所々に魚が泳いでる感じにしました。 そして西口の国道17号に交差する我家の横に2階建てほどの大きな水門のオブジェを建てました。 この水門を開けると人の流れが銀座一丁目から二丁目までど〜と流れてくれるのを期待して建てました。 そして新しい通りの名称を一般公募した結果「リバーロードGINZA]と命名されたのです。
舗装前の砂ホコリの上がる昔懐かしい道の時です。 私が何気なくセロテープを切ろうと手をやったらカッターの中で何かがうごめく様が眼に入りました。 よくよく見たら「キャ〜、へびだ」 何処から迷い込んだのか50センチ位の薄茶色のヘビがとぐろを巻いていたのです。 恐ろしくて、当時うちの前に鶏肉やさんがあったので急いで飛んで行って店員さんを呼んできました。 さすが男性、棒切れで簡単に引き出してくれました。 厚紙の袋に入れて、前橋公園の草むらに離してやりましたが、今でも生きてるのかな・・・
約1年ほどかけて素晴らしいタイル舗装が完成いたしました。 その完成披露をかねて当時のTBSラジオの土曜ワイドの毒マムシ三太郎さんを招いて生放送をしたのも良い思い出です。 私も紅一点で出演させられて、放送を聴いた東京の友人から電話がかかってきましたっけ。 記念にマムシさんに書いていただいた色紙に「千客万来。商売繁盛」とありますが、当時の放送に出演した面々で今でも街で商売をしてる方は・・・私きりになってしまいました。 時代のすう勢で仕方ないかもしれませんが長く商いを続ける難しさをひしひしと感じる昨今です。 昔の前橋を覚えている方がお越しになったら恐らく、あまりの変貌ぶりに浦島太郎状態になるでしょう。 これからの10年もすさまじい変わり方をするであろう予感がいたします。 いづれにせよ、私の目の黒い内は鳥山海苔店は永遠に不滅です。
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【2006/08月25日(金)】 No.77 『 事故 』
我家の横を国道17号線が通ってます。 昼夜の区別なく車の往来の激しいこの交差点に信号機が付いたのははて? いつ頃だったのでしょうか。 国道50号との交差点や立川町との交差点には一速く信号機はつきましたが、我家の前の銀座通りとの交差点には間隔が短すぎるという理由でず〜と信号機は無かったのです。 しかし、この魔の四つ角と呼ばれる所で何人の方が命を落とされたか・・・
私の中学の同級生のお母さんがオートバイに跳ねられて即死をなさった時は、ショックでしばらくは夜になると恐くて眠れない日が続いたものです。
又、同じ商店街の花やさんのご主人が車にぶつかり、ピクリともしないで道に倒れていた光景は、昨日の出来事のように眼に浮かびます。 その他、書き出したら切りが無いほど沢山の事故が起き、犠牲者が出た挙句にやっとこ信号機をつけてくれました。
ところが何年かして街なかが様代わりしてきました。 車社会に対応するべく大きな駐車場がいくつも、出来てきました。 しかし、この家の横の信号機が右折禁止のマークが付いてるにも関わらず、日ごとに右折して反則切符を切られる車が増えてきてしまいました。 我家のお客様も何人も反則金7000円を払う羽目に陥り、慌てたのは言うまでもありません。 商店街会長、自治会長と私で警察署まで出向き、右折を許可してもらうように陳情してきました。 それでも、なかなか国道の信号を変更するのは厄介とみえて実行には日がかかりました。
そして、今年の4月、やっと右折をしてもOKの許可が下りました。 ところがです。良かった〜と万歳をしてられたのは最初のうちだけ。 前よりも恐ろしい思わぬ事態が待っていたのです。
ペースにすると週一くらい。 いきなり、ブレーキを踏むキ〜という音も無しに「ドカ〜ン」とものすごい音がして衝突事故が頻発するようになってしまったのです。 ひっきりなしに来る直進の車の合間を、すかさず右折しようとスピードをあげて右折する車に、まさか右折車が出てくるとは思ってない北から直進してくる車はスピードダウンしないでまともにぶつかるからたまったもんじゃありません。 すべてが事故後、自走は無理になり、レッカー車を呼ばないとかなわぬ事故になります。 不幸中の幸いで死者は出てませんが、何時起こるか考えると心臓がドキドキします。 忘れた頃にいつも「ドカ〜ン」となるからです。
そこで意を決して県警のHPにメールを2回ほど書き込みました。 とにかく、非常事態だから早急にこれ以上事故が起きないように考えていただきたい。 私が考えるには「右折」だけのマークがついた信号機に変えれば事故は半減するのではと意見も書いておきました。
そのメールの返事が昨日来ました。 9月1日に警察と国土交通省の立会いの下、現場検証して計らいます。 キャ〜、やっぱりこちらから動かなければ事態は好転しないんですね。 9月1日が楽しみです。 また、次の報告をお楽しみに。
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【2006/08月18日(金)】 No.76 『 母の生まれた日 』
今から86年前の今日、真夏の暑いさなか私の母は燃料問屋を商ってた阪本家の次女として生を受けました。 のんびりやで酒飲みの父親と気性の強い働き者の母親との間に生まれた母は、両方の性格を併せ持ってる気がします。 母の下に弟ができ、まだお腹にいる時にはからずも父親は事故で急逝してしまいました。 母がまだ3才の時だったそうです。
それから女手一つで4人の子供を育てながら店を切り盛りする母親をみて育った母は、昔の家政女学校を出ると県庁にお勤めをしながら、帰宅した後やお休みには店を手伝ったそうです。 昔のタバコやの看板娘とでもいいましょうか、その当時店にタバコを買いに来てた男性と縁あって嫁に行くことに相成りました。 第二次世界大戦の真っ最中、職業軍人だった男の待つ旧満州へひとり越しいれする健気さには、何回聞いても勇気のある行為だったと感心いたします。
満州では上官の奥さん達にも可愛がられてまずまずの新婚生活が始まったようです。 そして昭和19年の秋に私が産声をあげました。 今でも陸軍病院の門の前で私をおんぶした小山のように太った幸せそうな母の写真を見るたびに、その後の敗戦、引き揚げの苦労なんて考えてもいなかったんだろうなと想像できます。
それまで顎で使ってた中国人が日本が負けたという日から敵に回ります。 なかにし伶さんの「赤い月」という小説にも書いてありますが、日本の舞鶴港にたどりつくまでの苦労は恐らく筆舌に尽くしがたいものがあるようです。 よく母が言います。 「あの時、子供が4人もいたらお前なんて中国人にあげてきたよ」 「え〜、じゃあ中国人孤児の一人になってたの」 「そうさ、でもすぐに家の子ってわかるよね。なにしろ母親にそっくりだから」 今だから笑ってこんな会話もできますが命からがら逃げ延びて来たお蔭で今があるんです。 感謝、感謝、おっかさ〜ん!
着の身着のままで日本の地を踏みましたが、まづは父親の里にやっかいになりましたが、大勢で迷惑がかかるというので、町なかで一人で小間物やをやってた母の里に落ち着きました。 時節柄、勤めはできないので何か商売をやりたいねえ、と三人で試行錯誤の結果、海苔屋だ! それからの商売の発展ぶりは仕入れれば仕入れただけ飛ぶように売れて売れて面白かった、と母が述懐しております。 あの当時は全部が配給の時代背景もありましたから正直、何を売っても売れたんです。 それでも薄利多売を心がけて寝る間もおしんで働いたそうです。
こうして少し財を残した両親は今の店がある旧横山町に一軒家を構えました。 今でもたまに夢に出てくる裏庭に大きな倉庫と茄子畑のある平屋でした。 悪い事をしたり、言う事をきかないとこの大きな倉庫に閉じ込められて大泣きしたもんです。 この家で私の下には次々と妹が3人も出来ました。ワオ〜。 手狭になった家を二階家に改築したのは国道17号を拡幅する為に近所の家を区画整理した時です。 右隣にあった赤かんばん、という用品やは桑町へ、左隣のお米やさんはタツ町へ移住しました。
こうしてまたたく間にトイレ付きの子ども部屋のある2階家に住めるようになっのも、クソ真面目な父親と働き者の母親が年がら年中、ケンカしながらもガマンして頑張ったお蔭かしら。 それから十数年後には鉄筋の4階建てのビルも建てたのは母の力がなせるワザでした。 しかし、エバリン坊の父親も脳血栓で不自由な体になり平成元年にこの世におさらばしました。
頭の上のつっかい棒が無くなった母は益々元気でとうとう86才の誕生日を迎える事ができました。 気兼ねする人がだ〜れもいないと言うのが長生きの秘訣とでも申しましょうか、愛する孫に支えられて、私という家政婦を顎で使ってわがまま一杯、自由奔放に生きてる母が羨ましいです。 でも、私には少々、お荷物ですがつっかい棒でもある母にはいつまでも元気でいて欲しいと思います。 このままだときっと100才まで生きられそうです。あ〜あ。やんなっちゃた、あ〜ああ驚いた!
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【2006/08月11日(金)】 No.75 『 商売好きです 』
台風7号が思ったより速く行ってくれてまた夏が戻ってきました。 ビチャビチャ雨もいやですが、こう眼もくらむほど暑いのも楽じゃありません。 何しろ、焼のり機の電熱が冬は暖房要らずというほど熱くなりますので、そのすぐそばに座って次から次へと焼きあがって出てくる焼のりを一枚一枚素手で受け止め、穴あきや破れをチェックして枚数を数える作業は、稼業とは申せ朝から12時近くまで焼くといささかバテてきます。 もちろん2台のクーラーをガンガン効かせて、私の顔面には小型の扇風機で風を送るようにしてますが、首やメガネの下の鼻のあたりはアセモにことかきません。 でも、考え直します。 この炎天下の外で仕事をしている人のことを考えたらぜいたくは言えませんと。 まして、毎日焼いても焼いても間に合わないほど仕事があり、「焼きたてはやっぱり違う!」とお褒めのお言葉を頂戴できるのですから海苔屋みょうりに尽きます。 親子4人の極小企業なので今日もケンカしいしい商売にいそしんでおります。 何がいいのか私にはこの道かれこれ40年経ちますが、海苔屋がいやだと思ったことがありません。 むしろ働ける幸せをつくづくと感じる年になりました。 父親の残してくれた「のれん」を働けなくなるまで根性で守り抜く覚悟です。
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【2006/08月04日(金)】 No.74 『 後悔先にたたず 』
梅雨が明けました。 外はまばゆいばかりの夏模様です。 しかし、テレビや新聞で先日起きたさいたまのプールの排水口に吸い込まれて亡くなった女の子の事件を報道していて、なんとも言えないむなしい気分に陥ります。 やっぱりと思えるほどの責任のなすり合いで本当に腹が立って仕方ありません。 他にもこういう施設は日本中に山のようにあるでしょう。 いつ自分や家族がこんな災難に遭うかたまったものではありません。 自分の家の小さなお風呂の排水口でさえ、うっかり栓を抜いたあとに足の裏を吸いつけられて肝を冷やした経験を皆さんもあると思いますが、それをあんな大きなプールの排水口が外れているのをわかっていながら遊泳させていたとは殺人行為と言っても過言ではありませんね! いくら責任のなすりっこしてもかわいい小学2年生の女の子は生きて戻ってくる訳ではありませんが、我家にも同じ年の孫がおるので、親や家族の気持を考えると憂うつな気分になりました。 恐らくこのニュースをご飯時に見せられた日本中の家庭で食欲が失せたことでしょう。
とにかく日本中がたるんでいます。 テレビをつければ横並びに頭を下げてる映像が毎日流れている昨今です。 社会人ひとりひとりが自分の仕事にまっとうに向き合い責任ある行動をとってもらわないと、安心してくらしていける社会ではなくなってしまいますよね。
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【2006/07月28日(金)】 No.73 『 梅雨明け? 』
来る日も来る日も朝からビシャビシャと降り続いた雨もこの2日ほど止んでます。 まばゆい陽を浴びて洗濯物を干すときの開放感はいくつになっても嬉しいものです。 いよいよ日本列島夏本番でしょうか。 雨にたたられていた高校野球もようやく昨日決勝戦を迎え、地元・前橋工業と桐生第一の決戦は息詰まる投手戦の末、延長13回サヨナラで桐生第一に軍配があがりました。 地元「前橋」の名を全国に宣伝できるチャンスでしたので、本当に残念無念という言葉しか出てきません。 見事群馬県代表の座を勝ち取った桐生第一には頂点目指して頑張ってもらいましょう! それにしてもこの蒸暑さ、クーラーの効いた店から一歩外に出ただけで全身汗まみれで、肌の弱い?私にはアセモができて本当につらい日々が始まりました。 でも病気を抱えた方々にとっては、もっと辛い夏を迎えるわけですからぜいたくは言ってられませんね。
食欲のないときは、おかかを混ぜておむすびを作り、焼きたてパリパリの鳥山の焼のりで包んで召し上がれ。 あとは熱々の野菜入りみそ汁でもあれば栄養面でもバッチリです。 とにかく無理はしないで、休養は十分とって、野菜をもりもり食べて、心身共にそう快に夏を乗り切りましょう!
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【2006/07月21日(金)】 No.72 『 趣味 』
先週まで慢性じんましんで全身、かきキズだらけでスカートも穿けない足だったのが、お医者を変えたらウソみたいに治ってきました。 しばらく続けて同じ薬を飲んで様子を見ることにいたしました。 自分の体は自分が一番良く知ってるはずですから、臆する事なくどんどんセカンドオピニオンを探して早く治るようにするべきだとつくづく思う今日この頃です。
さて、連日連夜、よくまあこんなに空に溜め込んでおいたと思うほど降り止まぬ雨にうんざりですが、ご当地前橋は災害の少ない場所のようでありがたいのですが、被害に遭われた地方の方々には一日も早い復興を願うばかりです。 孫達も今日から夏休み、とはいえこんなお天気じゃ夏じゃないよ、早くプールに行きたいと空を拝んでは叫んでおります。 梅雨が明ければ又ぞろ、毎日37度などと熱帯地方さながらのお天気が待ってるんですがねえ・・・ 最近では下の4才の女の子は器用にトランプもセンスのように持てるようになったとか。 お家の中で大人しく遊ばせるのも親御さんは一苦労の梅雨空です。
お年寄りにとっても雨模様は散歩もままならず、一日中、家の中ではくさくさしてしまいますわね。 その点、我家の年寄り、即ち私の母は年は取っても時間を有効に使うので我が母ながら「あっぱれ」です。 ほぼ日がな一日中、布と遊んでおります。 85才といえば普通はボ〜とテレビのお守りかすることが無くて暇を持て余すところですが、家の母は古布を切って接いで細かい針仕事を飽きもせずに楽しんでやってるようです。 今までに制作した作品は恐らく何百となるに違いありません。 ある日、母の部屋の押入れを開けたら風呂敷に包んだこれらがど〜んと落ちてきました。 4人の娘にも上げたり知り合いに差し上げても溜まる一方のようでした。 そこで私が「ねえ、これさ〜お店で売らない?」とすすめてみました。 「え〜、こんなお遊びで作ってるのを店に飾ったら店の品格が問われないかい」 「大丈夫、大丈夫。作者のプロフイールを書いておくから」
てな訳で早速、古木の三段の飾り棚を用意して「母の手作りコーナー」がお目見えしました。 パッチワークの作品は手間ひまがかかり、とても売るにはもったいないような作品ですが、母はそこは太っ腹、材料費だけで価格をつけますからお眼の高い方は購入されていきます。 肩から斜めかけのポシェットも幾つ作ったかしら・・軽くて人気がございます。 和風の布で作った巾着は裏つきで500円也。これが一番売れます。 家庭菜園で作った野菜をいただいた御礼にはちょうどいい、というのがお客様の声。
そんなこんなで母も俄然、作る意欲が湧いてまいります。 作るそばから売れてしまう事もあり予約待ちの場合まで出てくる始末。 趣味の枠を超えてこうなると小商いとまでは行きませんがボケ予防にはもってこいです。 やっぱり、趣味とは申せ押入れに溜めるだけじゃ張り合いがないですものね。 儲かるまでは全然行きませんが材料費にはなってるようです。 娘の私から見ても上で一人ぼ〜とされてるよりどんなにか嬉しいかしれやしません。 このままず〜と頭も目もシャンとしてピンピンコロリと行ってもらいたいと願ってます。 私も後20年もしたら母のように家族の足を引っ張らない年寄りになりたいもんですね。
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【2006/07月14日(金)】 No.71 『 じんましん 』
私が今、一番悩んでる事といったらお恥ずかしい話ですが「慢性じんましん」なのです。 そもそも初めて発症したのが平成15年の春ですから相当長い付き合いになります。 当時、家から徒歩2分の公営のプールにほとんど毎晩のように通っておりました。 運動とダイエットを兼ねてアクアビクスやクロールを2時間ほどして帰宅後、きれいさっぱり入浴をしてから後がカユイカユイ病に襲われるようになったのです。 あまりにも引っかき傷がひどくて、やむなくプール会員も休会届けを出す始末です。
さっそく皮膚科に行きましたが先生の処方は「老人性乾皮症」・・・ ぎょえ〜、わたしゃまだ60才ですよ。もう老人かい? 潤い成分が無くなってるのは心身共に自覚してたとはいえ、情けない話ですね。 仕方なしお風呂では、赤ちゃん用の石鹸で軽く流す程度に洗うしかありません。 でも幾ら痒み止めの塗り薬を塗っても良くなりません。 夏場になると気が狂うくらいカユイ、カユイ。 先生曰く「こりゃアセモだな」 え〜うっそ〜? 塗り薬が変わりました。 お風呂上りに神出鬼没のブツブツに薬を塗りたくり、ユウミン剤にお世話になり眠りにつきます。 朝にはウソみたいにブツブツも消えてなくなり痒みも無くなってました。 そして夜になると痒くなるんです。
ところが涼しくなってアセモの出ない時期になっても痒みは収まりません。 昨日のエビのせいかな? それともお昼に食べた魚のフライかな? 何を疑っていいやら、恐くて魚は一切口に出来なくなりました。 自分ではこいつはアセモじゃない違う病気だと感じてました。 ようやくここへきて先生の処方が出ました。 「慢性じんましんだから、すぐには治りません」 「毎週一本注射して薬も変えてみて様子を観ましょう。」 え〜〜〜でしたね。 最初に診てもらってもう半年かかってましたから。 今までの痒みをどうしてくれるのさ、と思いましたよ、ほんとに。
しかも、慢性ジンマシンの原因は食べ物は関係ありません。 ストレスに過労が重なった場合に良く出るんです。とご卓見賜りました。 ストレスの無い人ってこの世にいるの〜? 過労なんてしてませんよ。 幾ら言っても私のかかりつけの皮膚科のDrは一切聞く耳は持ちません。 はい、次の患者さんと片付けられます。 看護しさんに小さい声で尋ねます。 「ねえ、ほんとに何を食べても大丈夫なんですか?」 「はい、食べて貰わないとどの薬が効くか分かりませんから」 「は?そういうもんですか」
それから延々と2年以上、あの薬、この薬と試してみました。 毎日、朝晩1錠づつから晩だけ1錠になり一日置きになり、ヨシ治ったぞ、と思ったのが自己判断の甘さ・・・ぶりかえして又最初からやり直しを繰り返す有様です。 旅行にも行けません。 だって夕飯を食べた後の猛烈な痒みといったら痛いのよりひどいかもしれません。 掻き出すと止まりません。 ブツブツが広がり丘状になります。 もうどうにかなりそうです。
ついつい友達にこぼしました。 そしたらお医者を変えたらとヘルプされました。 自転車ですぐに飛んで行ける安易な医者に頼ってたのがズルズルと2年にも渡る関係になってしまってたようです。 思い切って車で10分ほどの評判の皮膚科を紹介してくれました。 飛び込みなのに大混雑の中、私の話を聞いてくれた女医は私の中学の一年後輩だったのも驚きですが、いつも飲んでる頭痛薬が犯人かも、と言ったのもビックリ仰天でした。
但し、慢性のジンマシンは幾ら焦ってもすぐには治りません。原因が分からないからです。 効く薬を探して根気良く治しましょうねと母親のように優しく言ってくれただけで涙が出ました。 そして試しに処方してくれた薬を飲みました。 その日の晩、次の日の朝、晩、ジンマシンはおとなしくしてます。 もちろん、色々な食物を口にしても痒くありません。 もしかしたらジンマシンって誰かに優しく話しを聞いて貰っただけで治るのかもしれない・・・ このままジンマシンとお別れできたら嬉しいなと思いながらこの文章を綴っております。
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【2006/07月07日(金)】 No.70 『 七夕まつり 』
今日は七夕。天の川を渡って彦☆と織姫が一年に一度、逢瀬を重ねる日ですね。 昔話で、結婚した途端、働かないで遊びほうけていたので罰として離されて、年に一度7月7日の一日だけ会う事を許されたと聞いた事があります。 思わず、フフフと笑っちゃうお話ですね。 果してこの梅雨空の下、下界から天の川は見られるでしょうか。
折りしも前橋は昨日から七夕まつりの真っ最中です。 年々商店の数も減って七夕飾りもお寒い感じですが、露店がたくさん出ますから、きっとユカタ姿のカワイ子ちゃんがわんさかお出ましになるのに違いありません。 中心商店街はお祭りの会場の為に存在すると言っても過言ではございません。 普段は一歩も踏み入れた事もない人達が、お祭りというと身動きできない位に来ます。 日本人はお祭り騒ぎが好きなんだなとつくづく思います。 じゃ、年がら年中、町なかでお祭りをすればもっともっと賑やかな商店街になるのかな・・・ あ〜、でもお祭りに来る人達は普通のお店には用はないのよね・・・ ただ、ぞろぞろ町を歩いて露店を冷やかして満足しちゃうんだな、これが。 だからお祭りというと普通の商店は暇、そうおちゃっぴきです。
まっいいか。 なにやら北の方から物騒なものが飛んできて寝起きが悪いったらありゃしませんが、ワールドカップも残すところ決勝戦のみとなってしまいました。 早朝4時起きしてテレビ観戦してたのも後で考えれば懐かしいものになりますやろ。 イタリア対フランス・・まるでブランド品の戦いみたいな組み合わせになりましたが、皆さんはどちらに勝ってもらいたいですか? わたし? 10年ほど前に娘とヨーロッパツアーに参加した時の印象で、フランス人はチビの日本人をすごく見下した態度をしたのに比べて、人なつっこく陽気に接してきたイタリアの人々を思い出して、やっぱイタリアにカップを持っていってもらいたいなと私は思います。 さてさて、10日の朝3時に目覚ましを鳴らして起きられるか!? フジテレビを観よう!
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【2006/06月30日(金)】 No.69 『 湿気た海苔の活用法 2 』
前の続きです。 この時期、ついついしまい忘れて一年以上たって紫色がかった茶色に変色した海苔は、もったいないですが食べない方が嫌な思いをしないですむでしょうね。 なにしろ、海苔は風味を味わう食品ですので湿気らしたら価値はなくなります。 でも、どうしても捨てられないと言う方にはこういうお試し方がございます。
ガスの火に餅網を乗せます。 海苔2枚を中表に会わせて網の上を撫でるようにして焼きます。 こうしてあげて又緑色になって香りが出てきましたら、次の料理にチャレンジしてみてください。
その一。 山芋をすりおろします。 味付けはお好みで塩、醤油、八味、等を加えて八等分にカットした海苔に平らに載せます。フライパンに大目の油を敷き弱火で焦がさないように両面焼いたら出来上がり。 酒の肴にはもってこいのヘルシーな一品です。
その二。 合い挽きのひき肉200gに酒大さじ1、醤油大さじ1、しょうが汁小さじ1を混ぜてよ〜くこねます。 これも八つ切りサイズの海苔に薄く載せてゴマを振って両面カリッと焼きます。 甘辛のたれをかけて召し上がれ。お弁当にも合いますよ。
その三。 万能黒ダレのご紹介です。 冷蔵庫にタッパに作り置きしておくと重宝します。 お鍋のたれやサラダドレッシングに、冷奴にかけても旨いですよ。 まず古くなった焼のりを4枚細かくちぎります。黒スリごま大さじ4、砂糖大さじ1、ゴマ油大さじ2、醤油大さじ3、カツオだし汁大さじ4、酢大さじ4を加えてミキサーでガ〜と混ぜて出来上がり。 体に良い「黒い食べ物」を毎日食べてこれからの蒸暑い夏を乗り切りましょう。
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【2006/06月23日(金)】 No.68 『 湿気た海苔の活用法 』
おかげ様で11日間におよぶ60周年謝恩セールは無事終了いたしました。 売りだし期間中は雨も降らず広告の効果もあって、皆様には足を運んでいただきとても有意義な催しをできましたことを心より感謝申し上げます。 なお、ネットショップでの売り出しは7月に入ってから開催する予定でおります。 今しばらくお待ちくださいませ。
さて、毎日じめじめしたうっとうしい日が続いてますが、湿度7・80%の室内で海苔をだして食べようとするとみるみるうちに湿気てしまいますね。 そのくらい海苔は高温多湿を嫌いますので、これからの季節は海苔を購入したらぜひとも冷蔵庫で保管される事をおすすめします。 お店に来られる方から、もらい物や引出物の海苔が日がたってまずくなってしまったという話をよく聞きます。献上品であった海苔を古くなってしまったから捨ててしまうといったらそれこそバチがあたります。 そこで湿気た海苔の活用法をお教えします。
まずは簡単に「海苔のつくだ煮」。 手始めに20枚くらいの海苔を水でぬらした手で一枚ずつクシャクシャに丸めてパッドに並べ、10分ほどそのまま放置してさらにしめり気を与えます。 おなべにダシ汁1カップ、しょうゆ大さじ1、みりん大さじ1を煮立たせていっぺんに海苔を入れます。 木じゃくしで、中火でよーくかき回して、なべ底が見えるくらいまで煮えたら出来上がりです。 これで市販ののりビン1個分ほど出来上がります。冷蔵庫で保管して一週間ほどで食べきってください。 味付はこの他に、椎茸、まいたけ、葉トウガラシ、かつぶし等、お好みで混ぜて自家製のり佃煮を作ってみてくださいね。 食がすすまない時でも炊き立ての熱々ごはんに海苔のつくだ煮と具沢山のみそ汁があればもう栄養もばっちり!忙しい朝には一番ですね!
つづく。
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【2006/06月16日(金)】 No.67 『 千客万来 』
あまりの慌しさに金曜日という事もすっかり頭をかすめておりました。 なにしろ60周年の謝恩ですので店中の海苔もお茶も椎茸も破格値で 大サービスしてますので連日、千客万来でうれしい悲鳴をあげております。 今日もいつもはやらない午後の焼のり加工をしてる最中に店主便りの更新を 思い出して冷や汗をかきながら書いてる始末です。
今日で売りだし7日目で、あと余すところ4日間になりました。 それにしても世の中に本当に海苔好きが多いということが判明いたしました。 最近は色々なテレビやマスコミでも海苔の効用が取り上げられてるせいか 積極的に海苔を毎日、召し上がる方が増えてるようにお見受けいたします。 おかず以外に海苔だけをパリパリと食べるのが今風のようですね。
「60周年、おめでとうございます!」と素敵なランの花をお祝いに持ってきてくれたのは 家の嫁さんのお父さんでした。 本当に心にしみる贈り物とはこういうのを言うのでしょうか・・・感涙ものでした。 たかが60年・・されど60年です。 昨今の中心商店街の衰退を眼のあたりにして嫁さんの実家でも気をもんでおられたのでしょう。 でも、どうにかこうにか60周年を迎える事もできましたし、これからも働き者の嫁さんを迎えて 末永く商売を続ける覚悟ですから安心してくださいね、とお父さんには言いたいです。
もちろん、お店の繁栄はこの店をご贔屓にしてくださるお客様あっての話ですがその陰には 商う家族が一致団結して肩を組んで楽しく商売に励まねばなりません。 それにはお互いのエゴを出すのをひかえて、相手の立場に立って考えて・・と言うは易しで 私が一番、わがまま放題をしては家族のひんしゅくを買っておりますが以後気をつけます。
「ここんチに来るとホッとするんさね。これからもず〜とがんばってね、お兄ちゃん」というお客様の何気ないひと言が、どれだけ私達を感激させてくださるか計り知れません。 きっと若夫婦もこの商売を継いで良かったと思う瞬間ではないでしょうか。 苦労のし甲斐がある個人商店をこれからも皆で力を合わせて盛り立てていくように、私も現場監督の立場で見守る覚悟でございます。 それではどうぞ、これからも幾久しくご愛顧たまわりますように心よりお願い申し上げます。
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【2006/06月09日(金)】 No.66 『 創業60周年 』
戦後間もない昭和21年、私の父が一念発起して始めた海苔屋稼業が今年で60周年を迎えることに相成りました。 60年と一口で言いますが母に言わせるとそれはそれは色々な事があったそうな・・・ それでもこんな小さなお店を愛してくださって、ご贔屓にしてくださったお客様がいらしたからこそ頑張ってこれたのだとつくづく思います。 「お客様は神様です」 まさに名言ですね。 今までのご愛顧に感謝申し上げ、これからもず〜と末長くよろしくお願い申し上げます。
日本中の中心商店街という名の古色蒼然たる専門店街はことごとく郊外の大型店にお客をとられて衰の一途ですが、こうなったら意地でも頑張るぞ!と覚悟を決めました。 ありがたい事に我家には親の代からのお得意様と、これ又あなた一筋という海苔問屋との太い絆がございますのでちょっとやそっとでは潰れないと私は確信しております。
「誠実」 我家の仕事場には毛筆で書いた店の指針が掲げてあります。 今は亡き父親が口をすっぱくして言ってた言葉です。 何時でもお客様の為を思って真面目に地道に商売に励め、と私は教えられました。 そして、暖簾は私から息子に渡しつつあります。 商売の基本である仕入れをすっかり任せられるようになりました。 海苔、お茶、椎茸、干瓢、昆布、若布、すべて産地より取り寄せて小分けして販売してます。 もちろん純国産の品だけを自分の目と舌で確認して仕入れてます。 だから売るのにも自信がございますから、お客様も信頼してくださるようです。 これからの商売は売る側、買う側の信頼関係無くしては成り立たないのではないでしょうか。 いわゆる誤魔化しはきかない、厳しい消費者の眼を感じます。
郊外店にたまに足を運ぶとまるで倉庫みたいな広い空間に従業員の姿は幾ら探せど見当たらない。 探し物をするうちにヘトヘトになって足も眼もくたびれてほうほうの体で帰ってくる始末です。 それも運転が出来るうちは出かけられますが、その内乗せてもらわなければ用も足せない年になります。 そしたらどうすりゃいんでしょうか? 歩いて行ける近場のお店があるじゃないですか。 でも、皆さんが近場のお店を利用しないでいると小さなお店は消えてなくなってしまいますよ。 そうなってからじゃ間に合いません。 一つ一つ、丹念に確実な仕入れをして、落ち付いた雰囲気で買い物が出来る専門店を どうか皆様たくさん利用なさってください。
実店舗では60周年謝恩セールを6月10日より20日まで開催します。 幾ら買っても空クジなしの抽選会をします。 ハズレは190円で販売してる「特製きざみのり」を進呈! 期間限定の目玉商品も盛り沢山に用意して皆様のお越しを心からお待ち申しあげております。 追って、ネットショップ限定の謝恩セールも開催しますので今しばらくお待ちくださいませ。 それでは皆様、これからも鳥山海苔店をよろしくお引き立てのほどお願い申し上げます。
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【2006/06月02日(金)】 No.65 『 どうなる駐停車? 』
6月1日、昨日から妙な制度が施行されましたね。 車から運転者が離れたら、即、駐車禁止の違反キップを切られるというもの。。
当店の前は巾6メートルほどのタイル張りの道路ですが、今までは一日に何台もの車が店の前に横付けされ、ドライブスルーに近い状態でお買物されていました。 ところが、どうでしょう! 昨日、今日と一台もそういう車はお越しになりません。 そして、皆さん口々に「今日からおっかなくて車を置けないね!」とおっしゃいます! また、近くの市営の駐車場へ入れてきたという方や、ご主人や息子さんが車で待ってるからと慌てて買い物をされていかれる方もいました。 ヤレヤレ、店の前に駐車場を持たない個人商店にとっては痛しかゆしの条例が始まったとしか言わざるをえません。 ワイドショーで、一足早く取締りを強化している韓国や英国で違反者から監視員が暴力を振るわれている映像を見ましたが、恐らく日本でもいろいろなトラブルが発生するのは眼にみえてますね。 確かにひどい迷惑駐車をしている車をみると取り締まってくれないかなと思う時もありますが、あまり厳しすぎるのもかえって混乱を招くような気もします。 外に出て街の中を見わたすと、運送会社のトラックが2台、盛んにハザードランプを点滅させて駐車してるのが見えます。 あの人たちが一番大変そうですね!
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【2006/05月26日(金)】 No.64 『 ご存知ですか?江戸前って 』
鳥山の焼海苔でおむすびを作って行くと、周りのみんなが「いい匂い?どこの海苔?」と聞かれるそうです。 その位、鳥山の海苔は美味しいんです。 それは何故? 答えは海苔の産地が江戸前だからです。
大昔、天然の浅草のりは東京湾の葛西、深川辺りでたくさん採れたものを浅草寺の門前市で売り出したのが起源と言われてます。 品川あたりも盛んに採れたので強力な仕入れ網を有してどんどん買い集めて浅草へ送り、人を大勢使ってすき、乾し上げて販売してた模様です。 やがて工業の発展に伴い埋め立てが広がり、どんどん海苔の産地はせばめられていきました。 しかし、現在でも千葉県の木更津周辺から富津岬周辺を中心に、良質で香り高い海苔が採れるということで全国の海苔問屋が一目置く一大産地として、東京湾の江戸前海苔はいたって健在です! やはり昔ながらの江戸前という言葉は生きているのです。 今では江戸前は江戸風とも言われ、おつな味の微妙な表現として用いられてるようです。 江戸前鮨にも必ず生の魚の握りと海苔巻きが付いてるのをみると、やはり海苔は江戸前に限ると言わざるを得ないのではないでしょうか。
「江戸の気に 今日はなりけり 海苔の味」
昔の俳句集にもあるように都会に憧れてせめて食べ物でその気になろうというのは今も変わりませんね。 やっぱり、江戸前、東京風は地方から見ると別格なのでしょう。 テレビに出てる芸能人も聞けば地方出身者が多いようですが、いつの間にか標準語をしゃべり、さも東京人になりすましてる処が泣かせるじゃありませんか。
当店では、このように昔から垂涎の的だった江戸前海苔を、毎日、毎日一枚づつ丹念に焼き上げて、焼きたてのパリパリを売っておりますから、スーパーで売ってる海苔とは一味違うんです。 もっとも我々小売商は海苔を作ってる訳ではございません。 寒中の冷たい海で、自らが種付けをして大きく育てた海苔を船で採取してきて、裁断から板状にして乾燥させる作業はそれはもう大変な重労働です。 千葉の方角に足を向けては寝られない位我家ではお世話になっておる訳でありまして、創業以来60年間、千葉海苔一筋に絞って売り続けていけるのも生産者のお蔭と感謝してます。 これからもず〜と、江戸前海苔を売れるようにお互いに頑張りましょう。 以上、「江戸前」自慢でございました。
ヨッ粋だねえ、なんて言われてみたいもんだねえ。
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【2006/05月19日(金)】 No.63 『 サッカー熱 』
今年は4年に1度のサッカーワールドカップ開催年ですね。 ジーコ監督の思惑とファンの希望はうまくかみ合ったでしょうか!? 私は熱しやすく冷めやすい単細胞人間ですので、4年前同様、にわかサッカーファンになって毎晩テレビの前にくぎづけになることでしょう。 ぜひとも6月12日の初戦オーストラリアに勝って、波に乗って決勝トーナメントに進出してほしいです。
ところで「ザスパ草津」という名前を聞いた事ありますか? かの有名な群馬県草津温泉を基盤に働きながらサッカーをやっていたチームが、あれよあれよという内にJリーグ2に参戦できる位置までのし上がってまいりました。 我家も店長を先頭にホームゲームには家族揃って応援にかけつけてます。 また、アシストカンパニーとして微力ながら陰の応援もしてます。 目下の戦績は4勝3分8敗(12位)。。。 Jリーグ1への道はかなり険しいようですが、そんなに簡単に目標に到達しては夢がなくなります。 いつかきっと応援の甲斐あって華ひらく時がくるでしょう!
それにしてもあのサッカー場へ出かけて大声を張り上げて皆と一心一体になる心持ちはやった者でないとわからないといいますね。 残念ながらこの齢になると家で寝転がって解説付きお茶菓子つきの方が数倍楽しいのはいうまでもありませんがね。。。
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【2006/05月12日(金)】 No.62 『 新茶を楽しむ 』
さわやかな五月の風に身も心もゆだねてのんびりと、、、、、とはなかなかいかないせちがらい世の中ですが、我家では仕事が一段落すると、私がうち中のお茶をいれます。 一応、煎茶道教授の看板を取りましたので、正式な作法は差しおいて、茶葉の量、お湯加減を慎重に計り、急須にお湯を注いでから30秒ほどして、4つの茶わんに平均の濃さになるようにちょっとづつ順ぐりに注いでいきます。 当店特製の「鳥山の茶」も新茶になり、本当にまろやかなきれいな水色といい、芳純な香りといい、申し分ありません。 注ぎたてのおいしい新茶を少しずつ胃の腑へ運んでゆく間、心が落ち着いてきて、又気をとり直して次の仕事にかかれる気分になります。 この一服がどんなにか日頃の気ぜわしい暮らしを落ち着かせてくれるか値千金だと思うのは年のせいでしょうか!? 最近は昔と違い飲み物も種類が多くて、急須でゆっくりお茶なんて入れてられないとおっしゃる方もいるかもしれませんが、日本人なんですから何千年の歴史ある日本茶をもっともっと楽しんで飲んでいただきたいもんです。 私のように小さい頃から他人の飯を食べたこともなければ、他家へ嫁ぐ事もなくわがまま一杯齢を重ねてきた者にとって、周りの人たち、特に息子に対して言いたい放題で後のフォローもせずにすましている分、おいしくお茶を入れて飲んでもらい、気分を取り直してもらいたいという気持もあるのです。(^^ゞ
さあ更新も済んだところで、お茶で一服するといたしますか♪
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【2006/05月05日(金)】 No.61 『 端午の節句 』
♪柱のキズはおととしの〜 5月5日の背くらべ〜♪
きょうは子供の日ですね。 我家にも可愛いこどもが3人います。 知恵がついてきた小学2年坊主と何でもママの真似をするおしゃまな女の子と、朝起きた時が一番ごきげんでニコニコ笑う生後75日の赤ん坊。 祖先から受け継がれた命が脈々と続いているのは嬉しい限りです。 少子化が危惧されている昨今、本来なら最低3人は子供を産まないと人口は増加しない計算ですが、このせちがらい世の中、そう安々と子供は持てません。 せめて産まれてきた子供達が未来永劫こころ安らかに暮らしていける世の中にしたいと、端午の節句の今日、強く思います。 地震・雷・火事・親父はもう古くて通用しませんが、地震と火事と交通事故だけはできれば遭遇したくありませんね。 それから、食べ物が心配ですね。 私なんてもうどうでも構いませんが、子供達には安全で確かなものを食べさせたいものです。 それには生産者がしっかりとした危機管理をしてくれないと、私達消費者は買う時にラベルを見て判断するより方法はないので、絶対にウソ偽りのない食品づくりをお願いしたいものです。 行政の立場からも輸入に頼らざるを得ない今の第一次産業をもっと経済的にもやりがいのある仕事になるように盛り立てていただきたいとおもいます。
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【2006/04月28日(金)】 No.60 『 健康法 』
春先は天候が定まりませんね。 いま雨が降ったと思ったら陽が差したり、いきなり雷やあられが降るという 気まぐれ天気に振り回される今日この頃です。 こんな時に気になるのは体調ですが皆さんはどんな健康法を取り入れてらっしゃいますか。
私ですか? つい最近、洋服が窮屈だったり、しゃがむのも億劫で掃除が苦手になってました。 こいつはヤバイと感じてはいましたがヘルスメーターに乗るのは恐くてついつい敬遠してましたが インターネットで「計るだけダイエット」なる広告が眼に留まりました。 そうか!と清水の舞台から飛び降りる覚悟で体重を計ったところ、余りの重さに卒倒寸前・・・ 自分の許容範囲を超えた数値にメガネを掛けなおして見る始末でした。
ここまでおデブさんになっていたとは・・・ こんなかっこ悪い姿でよくまあ平気で外を歩いていたな〜と呆れてしまいました。 こうなったら痩せるっきゃない! 陽気も良くなってきたし、薄着のシーズンはすぐそこまで来てます。 まずはダイエットの方法を探るべく本棚をかき回して健康関連の雑誌を探してきました。 パラパラと読んでみた処、やれそうなのが見つかりました。 先ずは間食を止めて食事も野菜中心の和食にしました。クエン酸入りの水も1リットル飲みます。 次に体操、ウオーキングです。 朝6時半には服を着替えて水を1杯飲みNHKのラジオ体操をします。 それから森光子さん推奨のスクワットを50回。 それから帽子をかぶり両手にはトンクとビニール袋を持って外に出ます。 街は静まりかえってますが道端に目に付くのタバコの吸殻。 我家もタバコを商ってますからウオーキングを兼ねて30分ほど吸殻拾いをしてきます。 一回りすると30Lの市指定の袋に満タンのゴミと吸殻が溜まってます。 私は脂肪を燃焼し、街も綺麗になる正に一石二鳥とはこれを言います。
7時半に帰り朝食は果物ととヨーグルトと緑茶だけ。 9時に開店、焼のりの途中で10時のお茶。 お昼は全粒粉のパンに具沢山の野菜スープか野菜サラダをたっぷり。 間食は一切してはいけない・・・んだけどガマン出来ない時はおせんべを一枚だけ。 夕食は早めに五穀米と具沢山のみそ汁と豆製品と海草類と野菜をモリモリ。 と、まあこれが守れればグングン痩せられるはずなんですが、誘惑が多くて意思が弱いから・・・ なかなか、思ったようには行きませんがすでにマイナス1キロは出来ました。
戦後の何もない時代みたいになればダイエットなんてしなくても国民全部が痩せるのにな〜。 今の日本の社会全体がたるみきってますから、そろそろツケが周ってきてるようです。 3人に一人が糖尿病予備軍だそうです。 美味しいものには毒がある! これを常に頭に思い浮かべて成人病予防にも昔の日本人の暮らしに戻りたいものです。 せめて11号の素敵な服を着られるようにがんばります。
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【2006/04月21日(金)】 No.59 『 ビル解体 』
先週の店主便りに萩原朔太郎パークがマンションの北側に出来るらしいと書きましたが、昨日この眼で見てきました。 違ってた! 南側に本当にミニミニパークが完成してました。 5月14日に生家跡碑の除幕式が行われるそうです。 又、それに伴いこれまで「裁判所前通り」と言ってたのを「朔太郎通り」と改名とか。 2008年に近くの前橋公園を主会場に開催される全国都市緑化フェアに合わせ来橋される方々に朔太郎の名をアピールするのが目的のようです。 それにしてはあまりに小さい。ちょっぴりがっかりしました。 他所の作家の生家跡は子供が三輪車で遊べる位広々してるのが多いのですがねえ。
さて、暖かい陽気に誘われて朝のタバコの吸殻拾いを再開しました。 しばらくぶりに出かけてびっくり仰天・・・あのオリオン座が跡形もなく消えてる。 急な階段をあがるとオリオン1,2とスクリーンが2館かかる大きな映画館だった。 下には地元のスーパーが最終的には入って便利だったのに・・なんてこった! この空き地もしばらく見ない内にきっと駐車場に様代わりしてしまうに違いない。 本当に能が無い話しだ。 商売があがったりなったら、もっと創意工夫してお客様を呼べないのだろうか。 恐らく、空撮したら中心街の半分が駐車場になってるのではないだろうかと思う位にビルをぶっ壊してはコンクリを流して駐車場にしてる。 すぐそばの元パチンコ屋も解体中でした。先日、火事を出した場所でした。
近くのデパートに来店するお客様にとっては近くて便利になるでしょうが街を散策する楽しみであるウインドショッピングが無くなってしまいました。 これ以上、店が無くなったら歯なら総入歯にすればいいが空き店舗を開けるには相当の覚悟が必要になるでしょう。 それには「まちづくり三法」を机上論にしないで、役所も商人も一緒になって知恵をしぼり、もう一度昔の賑わいを取り戻したいものです。 それにはやる気のある人材確保が真っ先になるのではないでしょうか。
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【2006/04月14日(金)】 No.58 『 マンション建設ラッシュ 』
ナイスシティ前橋住吉、ロータリーパレス前橋本町、シティタワー前橋、サンデュエル前橋大手町。 パソコンで打つのもなかなか難しい横文字の名前は、いずれも最近我家から徒歩5分以内に新築及び新築中の高層マンションです。 前橋市内の中心部にニョキニョキと20階建てのマンションが出来上がりつつあります。 私の3階の部屋の南の窓からは一面に空をさえぎり、グレーのタイル壁に大きなウインドウの建物が間近に見えます。 新築計画を聞いた時は「あ〜、さらい年の春か。まだ先のことだな〜」と暢気に構えていましたらもうあとわずかで完成とは・・・年月の流れるのが早いもんです。
それにしても小さな人間が何もない空き地だった所にコツコツとあんな大きなビルを建ててしまうのですから本当に人間てすごいと思います。 中心市街地とは名ばかりのシャッターばかり下りた寂しい町に住人が増えてくれるのは本当にありがたい事だと感謝しております。 減ったとは申せ、デパートも近しい個人商店も生き残りをかけてサービスにこれ努めております。 車に頼らない快適な暮らしを提供できますので、どうぞ皆様、前橋市内の一等地にお住みになってみませんか?。 意外とチラシ広告を見る限り、賃貸の家賃分位で買える物件なのが嬉しいじゃありませんか。
このシティタワー前橋の建ってる場所は、かの世界的詩人「萩原朔太郎」の生家跡なのです。 大きな門構えのお医者様でした。 が、朔太郎は医者を継がずに詩人になってしまった為に妹さんがお医者様と結婚して「津久井医院」となってやっていたようです。 美人の姉妹とお母様が時たま当店に海苔をお買い求めに来てくださったそうで母は覚えてるそうです。 今回のマンション建築の折も敷島公園に移築した朔太郎の生家を又ここへ持ってきたらという話も持ち上がりましたがうやむやになってしまいました。 でも噂ではマンションの北側に小さい公園を造り「萩原朔太郎の生家跡」の碑を建てるらしいです。 そうしなければ、詩人仲間では高名な朔太郎を偲んで前橋までお越しいただいた方々に申しわけないと私も考えます。 決して、観光資源の一つにして街の活性化を図ろうなどとは思ってませんが、以前みたいなただの一本の柱のみでは朔太郎も浮かばれまいと思ってました。 5月の中旬には完成の暁を見ます。今から胸がワクワクする気分です。 出来上がれば一挙に73世帯の方々が千代田町2丁目の住人になってくれるのですから。 いずれは自治会運営にもどんどん参加していただき昔の賑わいを取り戻したいものですね。
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【2006/04月07日(金)】 No.57 『 何か変 』
口グセのようになりましたが「日がたつのが早い!早すぎます」 矢沢のエーちゃんじゃないですが「時間よ〜止まれ〜♪」と叫びたくなります。もう、4月も7日でっせ・・・ むかし、むかし、私が小学生だった頃、春休みが一番好きでした。 嫌な宿題も出ないし、新学期が始まれば組み替えもあり、少し胸がときめく気分がしたもんです。 陽気も一雨ごとにポカポカと暖かくなり、重い服を脱ぎ身も心も軽くなった気がしました。
子供って季節を先取りしますね。 大人はまだその気じゃなくても、え〜もう?って感じで半袖、半ズボンで素肌を出してましたよね。 それが今はどうでしょう? おっない世の中を反映してか、子供達も外で遊ばないばかりか、服装もムチムチした太ももあらわな半ズボン姿の男子もミニスカートの女子も見かけなくなりました。 親に尋ねたら「そりゃ、変な人がいるから男子でも七分丈のズボンを穿かせてるんですよ」ですって。 なんだ、あのだらしない中途半端なスタイルは流行じゃなくて仕方なくしてるんだ。 私はあまり好きじゃないですねえ、男子はショートパンツがいい・・・
でも、極々普通に仕事も生活もしてる人がひょっとした弾みで殺人鬼になりうる今の世の中。 自分で自分を守るしかないのでしょうね。 それにしても、もっと昔はのどかでした。 昭和30年代が今、ブームですが、ブームになる背景には戻りたいという気持が強いからではないでしょうか。 あの頃、私は・・・と、指を折ってみたら10才ぐらい・・小学生かあ。 4姉妹の長女でしっかりもんの海苔屋のサッチャンで隣近所でも有名?な女の子だったな〜。 私もあの頃に戻りたい。 そして、母にもう一人産んでもらうの、、、跡継ぎの男の子を! そしたら今頃、私は月給取りの奥さんになって、定年退職した旦那と優雅な船旅へ・・・
何、夢みてんだって。 そう、61才になっても相変わらず現役のバリバリ、一人何役もこなすおかみさんは大変! でも、こうなったからにはグチをこぼしこぼし死ぬまでがんばります。 あれ〜、今回は何を書くつもりだったんでしょう? こんな世の中でも生きてりゃ丸もうけ!って言いたかったのかもね。 真面目に働きましょう。
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【2006/03月31日(金)】 No.56 『 ダウン 』
自分自身、こんなにくたびれているとは想像もしていませんでした。 娘が重い腰をあげて70日ぶりに大荷物と赤ん坊を連れて引き上げてくれた途端に 私は寝込んでしまいました。 とにもかくにも全身の倦怠感に襲われて38度の発熱もして立っていられないのです。 這うようにして布団にもぐりこみ、気がついてみれば3食共母が作ってくれた変なおかずが 枕元に置いてありましたが手付かずに寝てました。
何とか今日は起き出してみましたが午前中、焼のりをするのが精一杯で午後は又ベッドへ・・ あれほど夜も昼も無くオチビ優先で店と3階を行き来して世話を焼いていたのが夢のようです。 やってる時は疲れも感じず、膝も持ってくれたのに・・・今じゃ両膝にシップとサポーターは必需。 家事も出来るだけさぼりまくり、本心はオチビの所に飛んで行きたい。 目をつむるとあの泣き声が聞こえて思わず私の目にも涙がじわ〜・・・ なんだ、これじゃ私がマタニニテェーブルーじゃん。 市内なら毎日でも行けるのに長野じゃ峠超えをしなくてはならないから今の気力、体力じゃ とても話しになりません。
唯一の慰めは娘が送ってくれる携帯写メールのみ。 やれ便秘で毎日綿棒でほじってあげてたのを2階のMちゃんに貰った何とかエキスを飲ませたら 初めて自力で大量ウンチが出たとか、お乳が詰まって熱が出て痛くて仕方ないのを 保健センターの助産師さんに色々アドヴァイスいただいて何とか修羅場をしのいだとか・・・ 一喜一憂が日々メールで送ってきます。 こうして私のエプロンのポケットには何時でも携帯は必須アイテムになりました。 さてさて、私の体力が戻った暁には恐らく峠超えもなんのそのオチビに会いに行くんだろうな。 それには今は自重して疲れを取ることにいたしましょう。 それに商売も60周年記念の大事な年なのですからいつまでも孫に溺れてる場合じゃないのだ。反省。
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【2006/03月24日(金)】 No.55 『 春近し 』
暑さ、寒さも彼岸までとは良く言ったものです。 ここ2,3日の日差しの暖かさに気持もゆるみます。 お家によっては卒業式も無事すんでホッとなさってる頃ではないでしょうか。 我家の孫もついこの間、新品の黒いランドセルを背負って一年生になったと思いきや 春休みが済めばもう二年生です。 本当に「光陰矢の如し」。こちらは日増しにあの世に近づいていくばかりですが・・・
いえいえ、まだまだバーサンの出番はございますね。 娘からは子守役を仰せつかり、朝から夜中まで励ましたり怒ったり挙句は親子ケンカも度々。 目も見えないただ自分の意思を伝える手段は泣くだけのベビーギャングに振りまわされた30日。 私の人生でもきっと後で思い出深い蜜月となった事でしょう。 なんだかんだ言っても自分が娘を産まなければ味わえない体験ですから・・・ それにしても産後、あっちが痛い、こっちが痛いと悲鳴を上げてた娘も日が経てば薄皮をはぐように 回復して外出する気にもなるし、お化粧してオシャレに気を使うようになるのですから体は良くなりましたが まだまだ精神的には完全に母性になりきれないようで、時たまヒスを起こしては八つ当たりします。 それが、話しを聞けばどこの若いママさんも同じで、昔と比べて暮らしに誘惑が多い分、子育てだけに 専念してるのが、たまらなくなるらしいです。 そんな時はむずがる赤ちゃんを引き受けて好物のジェラートをゆっくり舐めさせてあげます。 しばらく赤ちゃんから離すと又、オッパイも張ってきて可愛がる気にもなるようです。
本当に産まれてもう一ヶ月たったなんて夢のようです。 こうして又あっという間に半年位たって体重も3倍くらいになってしまうのでしょうね。 そうなったらこのバーサンにはちと重荷になるやも・・ でもいつでも我慢しきれなくなったら車をぶっとばして何時でも帰っておいで。 もろ手を挙げて私は抱っこしてあげるからね。 商売と孫の子守に頭がこんがらかった今年の春はいよいよクライマックスを迎えます。
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【2006/03月17日(金)】 No.54 『 新生児 』
いま、私にとって一番の関心事は娘の出産ではないでしょうか。 他にも考えなくてはならない事は山積してますが、目下他の事はこっちに置いといて とにかく無事に育つかどうか協力体制を敷いて家族は力を合わせて取り組んでます。 今日で生後25日目ですが、まだまだ生活のリズムも定まらず、キリキリ舞の毎日です。 改めて新生児を面倒みるのがこんなに手がかかるもんなんだと感心してます。
こうしてPCの前に座っていても耳から泣き声が離れず、私の胸元からも乳くさい 赤ん坊の匂いが香り立ちます。 母乳のせいかすぐにお腹が空いて、おっぱいタイムの間隔が何もしない内にきてしまい 母親は自分の口に食べ物を入れるのが精いっぱいの有様では助けない訳にはまいりません。 私自身、もう61才だから無理できないと高をくくってましたが必要とあれば出来るものですね。 店は午前中の焼のりは手が無いと出来ないので手伝いますが、後はほとんど上で赤ん坊と 母親の世話に明け暮れてます。
誰に似たのか便秘症の子で平気で24時間もウンチが出ません。 それではとレスキュー隊の出番がきます。 座布団にタオルを敷いてお尻拭き、綿棒、オムツと用意万端で肛門を刺激してやります。 本人は「何するんだ」と真っ赤になって泣き叫んでますが、しばらくすると「お〜と!」 と飛びのくほどの勢いでまるでマヨネーズの細口サイズから出てくるみたいに、いいウンチが 山盛り生産されます。 「いい子だねえ、いっぱいウンチして」なんぞと親ばか丸出しで母親は喜びます。 確かにお腹が張ると機嫌も悪く、寝つきが浅くてぐずってばかりいますが、大量生産が すむと清清しい顔でおちょぼ口してきどってるのが又かわゆい! これだから手のかかる子育ても出来るんでしょうね。
日によって天使のようにおっぱいさえ飲ませてオムツを替えてあげればスヤスヤ寝てくれる いい子の日もあれば、朝から晩まで禄に寝ないで泣いてばかりの日もあり母親は不安と 寝不足でイライラが募り、こちらにとばっちりが来ます。 今は里帰り中だからと私も軽くいなして我慢してますが、これで自宅に帰り当たるのが 夫だけになったら果して彼は育児に協力して母親のイライラに付き合ってくれるのでしょうか。 私はそれだけが不安でまだまだ自宅に帰す勇気?が湧きません。 家族のみんな、もう少しの間、我慢してちょうだいね。お願いします。 T君も大きくなったらきっと皆に世話をおかけした事を感謝しますでしょう・・んな訳ないか・・
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【2006/03月10日(金)】 No.53 『 ビル建設 4 』
もう、いい加減人んチの建築の話しは飽きました? もうすぐ完結しますので最後まで書かせてくださいね。
今、問題の設計管理ですが、常識では別々の会社に頼んだ方がズルしないと言いますね。 我家も設計管理と建設会社は別にしたのは正解でした。 現場監督が何から何まで熟知してる人でしたから大変助かりました。 私のわがままもイヤな顔一つせずに聞いてくれて、最後は家中に棚まで吊ってくれました。 完成後も面倒なお願いを頼んでも電話一本ですっ飛んできてくれたのに・・・ まさか、まさかの建設会社の倒産は私の想定外でした。 可哀想に彼は放り出されて今は仲間とリホーム会社を興したようですが足は遠のいてます。
築25年もたつと、あちこちホコロビが見えてきますが、私は時下に電機やさん、ペンキやさん内装やさんと交渉しては何回もリホームを繰り返してます。 今は外付けの大きな照明看板がアクリルでヒビが入ってきたので取り替える算段をしてます。 テントやシャッターや他の看板類は昨年、大改修しました。 店先の観葉植物も時期ごとに替えてお客様に楽しんでいただけるように心がけております。 考えてみればん千万という生涯一番の大きな買い物をたった二人の女性でした訳ですが 何とか借金も完済。頭の上の重しも取れた観がします。
あらまあ、2月10日に「跡継ぎ」というお命題で書き始めた店主便りがいつの間にか建築苦労話しに すり替わってしまいましたが、あんなに痩せるほど悩んだのが今となってみれば懐かしいと思えるほど昔の話になってしまいました。 おかげ様で当時小6だった息子も大学を出て他社で修業の後、店を継いでくれました。 店も今年で創業60周年を迎えられる事になりました。 これも一重にこんな小さな海苔屋ですがお客様が可愛がってくださり、本当に感謝にたえません。 新築した時に創業35周年記念売り出しをしてから25年たったなんて夢のような歳月ですが 今年の春には60周年記念売り出しを考えておりますのでどうぞお楽しみに! これからも小さくても「ピカッ!」と光る専門店として頑張りますので応援のほどよろしくお願いいたします。
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【2006/03月03日(金)】 No.52 『 ビル建設 3 』
やれやれ、本当に日が経つのが早くて目が回ります。 今日は3月3日、桃の節句ですね。 我家には先月の20日に出産した娘と男の孫が産後で滞在してますから 海苔巻きを作る余裕は無いかと思いましたが、そこは慣れたもの・・ パッパッパとお昼過ぎにかかって12本の太巻きを巻きました。 そんなこんなで店主便りの更新が遅くなりました。
ではでは、先週の続きです。 せっかく新居に越したというのに大泣きしたのは何故?とお思いでしょうね。 それは、あまりの荷物の多さに家中があふれてしまったからです。 なにしろ、貸し倉庫に預けておいた空の海苔缶やら箱で4階の倉庫はパンク状態。 仕方なく子供部屋から階段から運送やがうんざりする程の引越し荷物を運びました。 こんなはずじゃ無かったと設計士も想定外の模様に開いた口がふさがりません。 外は小雨が降ってきて、運送やも追加料金をはずんでくれないとお終いにしたいと ブツクサ文句を言い出す始末でした。 幾らでも出すからとにかく、今日中にどこでも良いから運び込んでとお願いしてやっとこ 夜も更けた8時過ぎに終了しました。 親戚の従妹が炊き込みご飯を差し入れしてくれましたが、私はただただ疲れ果てて 吐き気がして食欲すらわきません。 この引越しを境に私は一気に10キロの体重減を記録しました。 念願のダイエットを苦も無く出来たあんばいでしたが後にその当時の写真を見ると 首筋にシワが寄り、なんとも頼りないというかはかない風情をかもしてます。 よく、家を建てると人が死んだり病に倒れると聞きますが私も倒れる寸前だったようです。
引越し疲れに家中に置き場の無い荷物に囲まれて私はヒステリーを起こしました。 「こんな家やだ〜〜〜」 ありったけの声を張り上げて泣き叫びました。 コンセントだっていざ家具を置いてみればまともに使用できるのは洗濯機置き場位で 他はほとんど延長コードを買ってこないと挿せない状態・・・ 切れて当然でしょ。 「もう、こうなったら残りの設計量の100万は払わない」と言いながら泣きました。 そんな事できるはずもなくちゃんと払いましたがこれ以来この設計士とは音信普通になりました。
そんだこんなでようやく新居に越してたみたものの昼間は店があり夜になると片付け事の毎日。 おまけに新築記念セールと銘打って新聞に折り込みチラシも入れて売り出しの準備もありました。 色々、考えると夜中でも頭が冴えて眠れない日々をずいぶん過ごしましたねえ。 この頃からお医者に相談して誘眠剤を処方してもらう羽目に陥ったようです。 それでは今週はこの辺で。
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【2006/02月24日(金)】 No.51 『 ビル建設 2 』
仮店舗の体裁も整い引越し作業が始まりました。 小6、小4年生だった二人の子供達も台車に自分の小物を積んで舗道をガタガタと運びました。 普通の家庭の引越しとは訳が違い、倉庫の海苔から箱や缶など、朝から夕方まで大きなトラックで何往復もしてやっと運び終えたのを覚えてます。 でも、借家が昔、大きな食料品問屋をしてた店だった為、4枚ガラスがはまった店構えの横に路地が奥までずーと続く使い勝手の良い家だったのは嬉しかったです。 ただ、難点は表の店の2階に今は亡き当家のご隠居さんが住んでらして、台所とお風呂とトイレが共用だったのがちょっとイヤだったな〜・・
でも贅沢を言ってたら申し訳ないですからお互いに我慢をしながら半年一緒に暮らしました。 さて、旧の店の解体作業は急ピッチで進められました。 木造の2階屋ですから、ものの一週間できれいさっぱり跡形もなく平地になってしまいました。 階段をはずすという直前に私は屋根に上がり、「鳥山」の名入れの鬼瓦を取りはずしてきました。 これは今でも大事に家宝?の一つになっております。
地鎮祭には隣近所のお家にご迷惑をおかけするのでお赤飯とお酒を配りました。 残念ながらその時に配った店はもう今では一軒も残ってませんが・・・ 借家が離れていたせいか、建設過程がほとんど分からない内に着々と進んで、あっという間に4階まで鉄骨が組まれてしまった感がしましたが、きっとご近所の方は、かなり地下も深く掘ったようですし、鉄骨を組む時も相当うるさかったようです。 今更ながら本当に申しわけなかったと思います。
ここで一つ頭にカチンと来た事が起こりました。 我家が新築するという話しが持ち上がった段階で隣のデパートの駐車場にビルを建てる話しが急遽決まりました。 あれよあれよという間に家と競争するように上に建てていきます。 何だか、建築申請を本当にしたのかと疑いたくなるようなスピードでした。 おまけに家の東側との隙間が20cm位しかないのを承知で建蔽率ギリギリに建てて、こちらが外からちゃんと防水壁を仕上げない内に自分ちの方を建ててしまって、結局家は出来ず、1回だけ東側から台風の強い雨が吹き付けて雨漏りがする始末です。 これは建設会社ものろまな話しですが隣のやり方が汚いと今でも私は思ってます。 しかも、そんなに性急に作ったくせに今ではたいした用途に使われておらず、呆れてしまいます。 なんで、あんな意地悪をするような事をしたのか聞いてみたいもんです。
まっ、いいか。 昭和55年の夏は確か、冷夏でした。 借家には冷房がなかったですが、涼しくてとても助かりました。 無事に夏も越して、店は遠くに越してしまったせいで暇でしたが家族全員、病気もせずに何とか秋を迎える頃、建築も後は内装を済ますところまでこぎつけてました。 一階が店舗と加工場。二階が両親の部屋とリビングと水回り。三階が私達親子三人の部屋。 四階が倉庫とたった16,5坪にしてはダムエーターも付けて住みよい家が出来たように思いました。 ところがどっこい、住んでみれば不満だらけで私は新居に引っ越したその日に大泣きをしました。 その訳は来週に書かせていただきます。
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【2006/02月17日(金)】 No.50 『 ビル建設 』
平成17年日本中を震撼とさせる事件が発覚しました。 ビルの耐震偽装事件です。 常識では考えられないような悪人共が寄ってたかってたくらんだ恐ろしいワナです。 一生に一度の大きな買い物にウソをつかれてはたまりません。 恐らく、マンションの住人は生きた心地がしない事でしょう。お察しいたします。 分かったのはほんの氷山の一角とも聞いてます。想像すると本当に怖い話ですね。
さて、私達か弱い?世間知らずの母と娘、オントシ60才と36才でした。 果たしてこんな、ど素人に鉄骨4階建てのビルが建てられるのでしょうか? そこで私は商売の傍ら、図書館にせっせと足を運んであらゆる建築関係の本を借りてきました。 大学ノートにびっしりと書き込んだビル完成までの一部始終は、いま、読み返しても当時の不安な気持がよみがえって胸騒ぎがする始末です。
私が思うに建築で一番大切な事は、こうゆう建物が建てたいと思ったらまずは似たような建築物を自分の目で見て、カメラに収めたりして、とことん希望に沿って建てられる様にその分野に適応した設計士を選ぶのが秘訣ではないかと思います。 それぞれ、得意の建築があるでしょうから最初に確かめた方がいいのではないでしょうか。 我家の場合は、私の友人の外科医が新築したのを拝見して気に入って設計士を紹介していただきました。
次に大事なのは建設会社の選択であるのは言うまでもございません。 何軒か見積もりを出させていただいて夜も寝ずに二人で比較検討いたしましたよ。 一社はよそと比較すると確か当時のお金で数百万も価格が安かったのですが、目をこらして良く見れば鉄骨の幅が狭かったり、サッシのメーカーが聞いた事ない会社だったり・・・ 散々迷った挙句、結論を出しました。 一番、高い見積もりを出した建設会社に決定! だって、これから先、恐らく死ぬまで住むであろう家にケチる必要がないと踏んだからです。 お陰で築25年たちましたが、外壁を塗り替えた位で後はビクともいたしません。
次に算段せねばならないのは資金繰りでしょうか。 我家も郊外の土地を手放したお金で賄うつもりで降りましたら、思いがけず土地を購入する羽目に陥り、えらく計画が座礁に乗り上げた気分になったのを覚えております。 急遽、住宅公庫に申し込んだり、役所に何度も足を運んで低金利の融資を受ける事ができました。 と、いうのも私が母子家庭でしたから、新規にタバコの販売も手がける案が浮上しまして無利子で借りる事が出来た次第です。 たたけよ、さらば与えられん! 無い知恵絞ってありったけの策を講じてどうにかこうにか思った以上に早く資金も借りられて、いよいよ5月の初めに借り店舗に移る日が参りました。 店から北に歩いて5分ほどの場所に大きな店舗つきの空き家が見つかって、早速交渉して半年間の契約を結び、動力も引いて焼のりを出来る体制も整えておきました。 中央小の6年生と4年生の二人の子供達にはちと、距離が遠くなりましたがワクワクドキドキの借り住まい暮らしがいよいよスタートです。 つづく。
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【2006/02月10日(金)】 No.49 『 跡継ぎ 』
私が海苔屋の2代目としての自覚を持ったのは、昭和53年の夏に父親が突然脳血栓で倒れて3ヶ月の入院生活の後、右半身不随、言語障害という丁度ミスター長島のような事態に陥った頃と思います。 それまでは二人の子供を育てながら親の仕事を手伝い気分で暢気にやってきましたが、その日を境に総ての責任がこのか細い(?)肩にのしかかってきました。 母は病院での付き添いで当てにできないので妹達にも応援を頼み、仕入れ、加工、店番、配達etc、、、 今から思うと良くまあ体を壊さなかったと自分で自分を褒めてやりたい位働きづめでした。
でも、根っからの商売好きと若さでその時は少しも辛いとは思いませんでしたね。 むしろ、それまではワンマンな父親に頭を押さえつけられてましたから、これで自分の好きなように出来るぞ!と勇気百倍の心持になったのは正直あります。 店のデスプレーも女性の眼からみて良い感じにとお花を生けたり、母の手作りの小物やのれんを掛けてみました。だいぶ雰囲気が変わり、私好みの理想の店に近づきつつありました。 そんな中、父はリ |
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